甦生の星神 作:aaa
遥か昔、それこそ星間飛行技術が確立するより以前の話。ある惑星では戦争が続いており、その戦禍により多くの人が命を落とした。戦争は何百年も続き、いつしか人々は、なぜ戦争が始まったのか、自分たちは何のために命を落としているのかさえ忘れてしまった。
大義を失った争いに終わりはなく、破滅へと向かう道は整った。その惑星で最も人口が多い都市の上空に黒い鉄塊がパラシュートを広げてゆっくりと降下していく。無辜の傀儡はコーヒーミルのスイッチでも押すように何ら逡巡することもなくボタンを押し、1ミリ秒後、鉄塊は轟音と共に爆裂した。
――果たして中から出てきたのは、色とりどりの花々だった。
それらは互いを押し合って全てを覆い、やがて惑星すべての空へと撹拌した。それらは地上へと落ち、人々の血で潤った禿山を瞬く間に大森林へと変えた。剣は無骨な木製の杖に、銃は引き金を引けば銃口から花束が飛び出るようになった。
激変した惑星の中心に降り立ったのは、一柱の星神と一人の随伴者。
豊穣の星神『薬師』、そして――彼女の
予定通りなら、今頃開拓者たちはヤリーロⅥであれこれ活動しているはずだった。パムさん曰く跳躍をするためのエネルギーが十分ではないとのことで、俺たちは『ヘルタ』近郊の星界で足止めを食らっていた。
まあ確かに、冷静に考えて列車丸ごと別の場所へ転送するのに少ないエネルギーで済むはずがない。星はパムさんに跳躍の仕組みやエネルギー補充の方法をあの手この手で聞き出そうとしていたが「企業秘密じゃ!」の一点張りだったので、諦めて三月の部屋へ遊びに行った。とんでもなく落ち込んだ様子だったので、逆にパムさんの方がアワアワしていた。
「星の様子はどうかしら?」
俺はいつもの朝食タイムの後は、予定通り作業服に着替えて姫子さんと列車のメンテナンスを行っていた。といっても俺は初歩的なことしか分からないので、手伝えるのは簡単なところまで。機構が複雑な部分は姫子さんが直々に整備している。姫子さんにスパナを渡したところで、突然そんなことを聞かれた。
「どうって、普通ですよ。丹恒たちとも仲良くやってるようですし、今は三月の部屋で一緒に遊んでるはずです」
「それは知ってるわ。私が聞きたいのはそういうことじゃないのよ」
「うーん……」
手元の作業を一旦中止して姫子さんの方を向いた。いつの間にか彼女も作業を止めて俺の方を向いていた。
「星核の専門家としてですか? それとも年長者として?」
「どっちもよ」
俺は顎に手を置いて少し考えた。
「今のところ星核はとても安定していますから、前みたいに暴走することは、余程のことがない限りは無いと思います。それに何かあった際は俺が何とかできますから」
星核に関することは簡単だ。事実を述べればいいだけなのだから。
しかし、年長者としてか。
「……確かに俺は長命種ですから、たくさんの人と出会ってきました。中には事故に遭って、星のように過去の記憶が一切なくなった人もいました」
懐かしいな。彼は、俺が羅浮で星槎乗りになって初めてできた後輩だった。制御不能になった星槎が彼を横から突き飛ばし、それから目を覚ましたのは4年後のことだった。しかし、目を覚ました彼を持っていたのは知らない世界、知らない人間。そして、自分自身さえも分からない。結局彼は退院の数日後に自ら命を絶った。
「どれだけ周囲が気を配っても、どれだけの友達に囲まれようとも、彼は孤独でした。なぜなら、俺たちは彼にとって、失った過去の人物でしかなかったんです。そのうえ、自身の過去の記憶さえ失った彼は、真の孤独を味わっていたんでしょう」
過去と現在と未来。
現在は過去が創り出す。絶え間なく迫りくる未来と、それと同じスピードで過ぎ去っていく過去との一瞬の狭間に彼は取り残されてしまった。
「星もそれに苦しんでいるかもしれないと、そういうことかしら」
「わかりません。あまりに堂々としてますし好奇心も旺盛ですから、新しいことに気を取られて孤独感は無いかもしれません」
でも。
「いつか過去と対面する時がやって来ると思います。それまでに、星の記憶をたくさんの思い出でいっぱいにしてあげたいですね」
「……貴方でもそういうこと言うのね。意外だわ」
「冗談を言う空気でもないでしょう」
ネジを締めて鉄板を閉じた。パタン、という音に反応して姫子さんが機械の中から顔を出した。
「貴方はもう上がってもいいわよ。後は私がやっておくから」
「ありがとうございます。それでは一足先に」
「ええ。手伝ってくれて感謝するわ」
その後、俺はシャワーを浴びて臭いを落としてから丹恒の資料整理を手伝い、そしてメンテナンスの終わった姫子さんに真っ黒のコーヒーを淹れて、みんなで晩御飯を食べてから自室に戻った。いつも通りの一日だ。ただ、食卓を囲んでいる時の星の表情がどことなく沈んでいるのを俺は見逃さなかった。
長く生きると人心の機微に聡くなる。それは適当に生きてきた俺でも例外ではない。
さて、どうやって切り出したものか。あるいは、星が自ら言ってくるのを待つべきだろうか。
そんなことを考えていると夜も眠れず、俺は皆が寝静まった列車内を訳もなく歩き回っていた。
「うん?」
ラウンジの扉を開く。星系標準時間で夜に当たる現在、列車内のライトは暗めに設定されている。これはパムさんによる計らいで、宇宙では昼も夜も関係ないという意見を「そんなことではダメじゃ! 健康に悪い!」と一刀両断して始まったことだ。
列車の照明が暗くなるので、必然的に窓から見える星々の輝きはより見やすくなる。だから俺は皆がいなくなったラウンジで一人座席に座るのが好きだ。特に寝られない夜はそれが一番心地よい。今日もそうしようと思い、マグカップにココアを入れてラウンジへ向かったのだが……どうやら先客がいたようだ。
「星?」
「……无名」
彼女は窓際に立って、一人で星々を眺めているようだった。ふと俺の方へと瞳が向く。その琥珀色の美しくも儚い印象に、思わず息を呑む。星はこんな目の色をしていたのだろうか? まるで初めて見たような心地だった。
「こんな時間にどうしたんだ。もう寝る時間だぞ」
「无名こそどうしたの」
「ちょっと眠れなくてな。そんなときはいつもここで星を見るんだ」
俺はマグカップを置いてソファに座り込んだ。窓の向こうで輝く星々が、まるでシアターのスクリーンに映っているようだった。しばらくそうして黙っていると、ぎゅっとソファの軋む音が隣から聞こえてきた。
「ココア飲む?」
「え、別にいいよ。无名が自分で飲むために作ったんでしょ?」
「そうだけど、今は誰かに自分の作ったココアを飲んでほしい気分なんだよね」
「はあ」
星は困惑しながらも了承してくれたようで、マグカップを手に取って恐る恐る口を付けた。そんなに警戒することもないだろ。一応命の恩人的な立ち位置なんだぞ。
最初は何やらオドオドしていた星だったが、ココアを飲んでいるうちにリラックスしてきたのか、マグカップを机に置いてソファに背を深く沈めた。
「……」
静かな時間が流れる。
星穹列車は列車という名でありながら、その駆動する音は極めて静かで、こうした無音に等しい状態にあったとしても物音ひとつ聞こえてこない。俺の耳は隣に座る星の小さな息遣いを絶えず捉えている。
「ねえ」
最初に沈黙を破ったのは星だった。
「ん」
「……无名から見て、私ってどう?」
「それは」
俺は首だけで星の方へ向く。
星は膝の上で手を組み、親指同士をすり合わせている。
「それは、星核の専門家として? それとも開拓の仲間として?」
「……わからない。でも、多分无名に聞くのが一番いいと思った」
「言っておくけど、俺なんかより姫子さんやヴェルトさんの方がずっと頼りになるんだからな」
「でも、あの時私を助けてくれたのって无名なんでしょ?」
あの時――。
「終末獣を撃退したあと、私は」
そうだ。
ヤツの放った閃光を浴びた星は、あの時。
「私は……」
「……星」
言葉を言い淀む星は、他人の部屋で寛いでいたときの堂々たる態度は露と消え、顔を俯かせたその姿は酷く悲愴だ。まるで世界に彼女以外の生命が消え去り、茫漠たる暗黒が広がる宇宙空間に身一つで投げ出されてしまったような孤独、と言えようか。とかく、彼女の姿は初めて会った時よりもずっと小さく感じられた。
「不安か?」
「……うん」
「そりゃあ、不安だろうよ」
あんな態度をするもんだから、てっきり神経が図太い堂々としたヤツなんだと思っていた。それこそ、記憶が全く失われていてもヴォイドレンジャーにバットを振るうくらいには。でも実際は違った。俺はその内側を見抜けていなかったんだ。
「お前の不安も無理はない。身体の中に星核を持っていて、しかも先の戦闘で暴走しかけたんだ」
恐らくヘルタ辺りから星核の危険性について聞いたんだろう。
「確かに星核は危険だ。星核に苦しめられている人なんて数えきれないほどいる。そんな危険物がお前の身体に眠っている……これは事実だ」
「……」
「だからといってお手上げじゃない。
危険だからと、そう言って投げ捨ててしまうことは簡単だ。ほとんどの人間がそれを選択するだろう。しかし、いま宇宙を光速で駆け回る商団や飛行士たちは、そうした知的生命体たちが血を流して連綿と紡いできた技術の結晶と言って差し支えない。
「それでも、また暴走しないなんて言いきることはできないでしょ」
「そうだな。だが、保証はできるぞ」
星は顔を上げて潤んだ琥珀の瞳を俺に向けた。
「たとえお前の星核が再び暴れ出そうとも、必ず俺たちが止めてみせる。誰にも悲しい思いはさせない。もちろん、お前もな」
「……ほんとに? 信じてもいいの?」
「ああ。俺の正直度は100%だからな」
「……ふふ、何それ」
星は瞼を閉じて一度深呼吸をした。
「もう落ち着いたか?」
「うん。ありがとう、无名」
星はマグカップを手に取って残りのココアを飲み干した。
「私が片付けとくよ」
「おお、助かる」
席を立ちあがって伸びをした星が、空のマグカップを持ってラウンジを去ってゆく。
客室の廊下とラウンジを隔てる扉の前で、「そうだ」と呟いて星は振り返った。
「无名」
「なんだ」
「正直度は流石に90%の方がいいと思う。じゃ、おやすみ」
そう言って星は扉の奥へと消えた。
一人残された俺は、天井に浮遊する鯨のホログラムを見上げて溜め息を吐いた。
「……確かに100%は高すぎるよなぁ」
ユーモアの勉強でもしておこう。
時間ならいくらでもあるんだから。