『ヘリの機能回復には然程時間はかからない、すまないが外で待機していてくれ』
「了解です」
あらゆる場所で戦争が続いている惑星ルビコン3、その戦地の一つである旧市街に一機のACが居た。外部の技術者によって最適化されたらしいその機体は、ある部隊へと送り届けることになっている。
ACというのはアーマード・コアの略称であり、規格化された各パーツを組み替えることで他の兵器には無い汎用性を持つ強力な人型兵器だ。このルビコン3においても主力兵器の一つとして運用されており、需要は高い。
「にしても運が悪いな、ここで立ち往生なんて」
『戦地は居心地が悪いかい、無理はないけどな』
輸送ヘリの操縦士が話しかけてはくれるが、初の実戦を体感中の訓練生が抱く緊張が完全に解れるとまでは行かなかった。武器には実弾が入っているとは言え、乗り手は未熟。彼は不慣れな実機のコックピットに普段であれば感じない窮屈さというものを感じ、身を捩った。
『それにしても実機を任されるとは、訓練生さんは中々優秀らしいな』
「人手不足なだけですよ、最近は戦いが激化していて回せるパイロットが居なかっただけです」
ベイラムグループの専属AC部隊レッドガンも被害が目立つと聞く、構成員の一人であるG7も確かこの近くで残骸が見つかったと他の訓練生に聞かされて彼が震え上がったのは数日前のことだ。
『まあ大丈夫だろう、この辺りのMTなら万が一襲って来てもACの敵じゃな…』
ヘリのパイロットが話していたその時、コックピットにアラートが鳴り響く。回避行動を取ろうとする前に機体は大きく揺さぶられ、爆発の余波に輸送ヘリが巻き込まれる。
『何が起こっ…』
ミサイルが爆発によってばら撒いた金属片は装甲の薄いヘリを穴だらけにし、操縦席も例外なく加害範囲に収めていた。先程まで話していた操縦士との通信が途切れたのを見て、その場に残された彼はどんな感情を抱けばいいのか分からずにいた。
「…えっ?」
あれだけの衝撃を受けても機体は負荷限界に達していない、まだ動ける。その場から離れるためにブースターを噴かし、レーダーの光点を頼りに敵機を視界に収めた。目の前に迫るのはブレードを構えた探査用ACで、何処かの企業所属とは思えない装備に身を包んでいた。
「てっ…敵襲!」
敵対しているアーキバスグループの機体であれば航空力学を考慮した流線的かつ先鋭的なデザインが目立ち、土着のゲリラであるルビコン解放戦線ならば時代遅れの角ばった形状をしている筈だ。つまり何処にも所属していない、独立傭兵であるという可能性が高い。
「解放戦線…いや、独立傭兵か!?」
そのことには彼も気がついたようで、自らに襲いかかった傭兵に銃を向けた。わざわざこの瞬間を狙って来たということは、輸送中のこの機体に用があるに違いない。
「やってやる…!俺だって訓練は受けてるんだ!」
ミサイルの発射トリガーを引き、手に持つライフルをひたすら撃ち続ける。相手の機体とはそこまで性能に差があるとは思えず、何の偶然か武装も似通っている。双方の両手にはライフルと近接戦用のブレード、背中には片側にミサイルポッドが一つだ。
「レッドガンの正規パイロットに…この機体を届けるのが…俺の…!」
ライフルはFCSの計算した敵機の予測地点へと弾丸を発射するが、敵機はそれをブースターによる急加速で避けて見せる。弾速が遅いこちら側のミサイルも傭兵にはひらりと躱され、お返しにと言わんばかりの四連ミサイルが叩き込まれる。
「がっ…!?」
ACS、姿勢制御システムへの負荷はもう限界値ギリギリだ。相手の攻撃は次々と命中し、絶え間なく放たれるライフルがACSに復旧するだけの暇を与えてくれないのが原因だろう。
「不味い、回避を…」
そう思ったのも束の間、彼の機体には傭兵の放ったパルスブレードによる斬撃が叩き込まれた。数ある近接戦用の装備の中では威力は控えめな部類だが、今彼らの持つ武器の中で見れば最も強力な装備だ。
「ACS、負荷限界…?」
警報が鳴り響くコックピットで、彼は自らの死を幻視した。機体の姿勢制御は溜まり切った負荷に耐えかね機能を停止してしまい、機体の駆動系は一時的にとは言え完全に沈黙した。
「畜生…こんなところで死ねるか…!」
だが現実は非情であり、誰からの援護も受けられず機体は傷付いていく。コックピットに被害が出るのも時間の問題だ。
「俺はまだ、何も!」
トドメを刺すべく接近して来た傭兵に向けて片腕に装備されたブレードを起動し、一気に斬りかかる。しかしそれは傭兵の機体が逆噴射をかけて後ろに飛んだことで避けられ、決死の反撃は敢え無く空を切る。
「…あっ」
この状況で隙を晒せばどうなるかなど簡単に想像がつくだろう。彼の機体は二度目の斬撃を受け、そのダメージによりジェネレータやブースターが火と煙を吐いた。回路という回路がショートして火花を散らし、コックピットの内壁が弾けて身体に突き刺さる。
「ああ…俺も…」
身体中から血を流した彼は、脱出レバーを引くことすら出来ずに身体中の力が抜けていくのをただ感じるしか無かった。
「コールサインが、欲しかったなぁ…」
訓練生を卒業して正規のパイロットになり、あわよくばあのレッドガンの一員になりたい。そんな夢は露と消えた。彼に任されていた機体は一気に燃え上がり、中のパイロット共々機能を失った。
こうして訓練生は傭兵に殺され、ルビコン3で続く資源争奪戦で積み上がり続ける死体の一つとしてカウントされることになる。そう、なる筈だったのだ。
「ミッション、リスタート…?」
彼が死ぬ間際に見た、たった一行の文字列の存在が無ければ。
ー
『ヘリの機能回復には然程時間はかからない、すまないが外で待機していてくれ』
「えっ」
『…どうかしたのか?』
「な、何でもありません!」
彼は死ぬ前、それもたった数分前に戻って来たことに気がついた。機体は新品同然、ヘリもミサイルの攻撃を受けてはいない。だがあれが悪い夢でないならば、あと数回の会話の後に傭兵の機体が襲いかかって来る筈だ。
「何処から来るんだ、来てみろ…」
周囲を見渡していると、赤いブースターの光が目に入った。ロックオンが可能な距離では無いが、背の高い建物から降りてこちらに向かって来ている。
「アレか!」
来ると分かっていれば対策も出来る、まずやるべきことはこの場からの移動だと彼は判断したようだ。機体のブースターに火を入れ、自身が立っていた背の低い建物の上から飛び降りた。
『オイどうした!?』
「敵です、ACが一機接近中!」
彼は牽制のためにマニュアルで狙いを定めるも、傭兵の機体は最小限の回避行動でそれを避ける。本来なら無かった筈の二度目のチャンス、この機会を活かさなければ未来は無い。
「どうする、勝てるのか…?」
彼が戦った結果分かったのは、傭兵との圧倒的な力量の差だけだ。やっと実機を任されるようになった程度のパイロットに対AC戦をやれというのが酷なのだ。彼の脳はその事実を再度認識した結果、勝てないということを理解した。
「気ままな傭兵に…金だけで殺されてたまるか…!」
『訓練生!』
「傭兵の狙いはこの機体です、引き剥がすので離脱して下さい!」
正面から戦えば勝てない、だが死にたくもない。逃げるにしても機体の構成からして傭兵のACの方が足は早いだろう、どうすれば前回の再現をせずに済むだろうか。
「近くの部隊が援護に来てくれれば、なんとか…」
ヘリのパイロットに通信を任せ、二度目の交戦を開始する。相手の機体や武装に差異は無い、一度見た攻撃なら前回よりはマシな動きが出来るだろう。
「なんで弾が当たらないんだ!?」
だがそれは微々たる差でしか無かった、ダメージは一方的に与えられていく。相手のジャンプと左右へのブースト移動を絡めた立体的な動きは、FCSの演算を騙し弾丸を明後日の方向へと飛ばさせているのだ。
「ミサイルが…来るッ!」
相手のライフルはそこまで火力がある訳ではない、彼が危惧すべきはミサイルとブレードだ。機体が数十メートル分一気に横へと吹っ飛ぶような回避方法、クイックブーストを頼りに引き付けたミサイルを避けて見せる。
「やった!」
有効打になり得る武装の一つに対処法を見つけて喜ぶのは良いが、相手はそんなことに反応する訳もない。回避先にライフルを撃ち込み、淡々と攻撃を続けている。
「くそっ、そう簡単には…」
『輸送中だったテスター機がACに襲われている!救援を頼む!』
たった数分の交戦で勝てるようになるならパイロットに長時間の訓練など必要とされない、未だ差は開いたままだ。ヘリの操縦士が救援要請を絶えず行っているが、味方がそう簡単に到着する訳もない。
「あっ不味」
彼は瞬きをしたことを心底後悔した、傭兵の機体が眼前に迫っていたからだ。恐れを知らないような突撃に繋げて放たれたパルスブレードによる斬撃が機体に命中し、電磁波の影響かセンサ系が悲鳴を上げる。
「がっ、何が!」
斬られた後に続いたのは機体の腕から繰り出される殴打、ブレードは一度使えば一定時間放熱が必要になることを知っていた傭兵は単純かつ協力な攻撃に頼ることにした。巨大な人型兵器がその質量をぶつければ、大きな運動エネルギーが機体に伝わることは明らかだ。
「またACSが…この一瞬で!?」
彼の機体は衝撃から立ち直れず、対する傭兵は冷却の終わったパルスブレードを構える。情けや油断という物は無く、訓練生は二度目の撃墜を味わった。
だがまた火を噴く機体の中で、彼の目にはまたあの文字列が映っていた。ミッションリスタート、本来ならば彼が手にする筈が無かった権能だ。記憶を保ったまま成功するまで繰り返す、ある意味では呪いとも取れるその能力は死ぬ筈だった訓練生に時間を巻き戻すことを再度提案した。
「リスタートだ…何度でも、やってやる!」
よろしい、その死して尚立ち上がる精神こそがプレイヤーたる資格そのものだ。