「621、アーキバス本社から直々の依頼だ」
薄暗い格納庫の中で、コックピットに繋がれた時代遅れの強化人間が飼い主の言葉に耳を傾ける。成功するとは思えなかった壁越えが成功してしまった以上アーキバスも焦りが見えており、そこに熟練のハンドラーが付け込むのは容易だった。
「つい先日ベイラムが制圧した解放戦線の重要拠点、壁に関する作戦になる」
「ヴェスパー第二隊長、スネイルです。私が立案した作戦に臨めること、光栄に思いなさい」
「…」
独立傭兵を見下した態度から始まるブリーフィングに一抹の不安を感じざるを得ないものの、副作用によって感情を失った強化人間には気にする必要のないことだ。
「解放戦線からベイラムが制圧した壁ですが、未だ防衛設備は大きく損壊したままなのが現状です。数合わせにBAWS製の移設砲台を設置したようですが大した脅威にはならないでしょう、それを破壊し壁内部に到達しなさい」
防衛ラインはレッドガンが派手にぶっ壊し、更には増援として後からやって来た二台目のジャガーノートが放った砲撃によってズタボロだ。移設型砲台さえ破壊すれば、アーキバスのMT部隊は突入が可能になるだろう。
「壁に駐留しているレッドガンの番号付き、G7およびG5の撃破が依頼の達成条件です。別ルートで我がヴェスパーの第四隊長も侵攻しますが、偵察のため送り込んだ独立傭兵は全て撃破されています」
大量の残骸が目立つ市街地にはアーキバスが送り込んだACが確認され、そのどれもがスクラップの仲間入りを果たしていた。難易度の高い依頼であることに間違いはない。
「G4は先の戦闘によって機体の調整に入っています、長引かせることが無ければ出てくることはないでしょう」
火力担当が不在というのは大きなアドバンテージだ、投入されるヴェスパーと協同すれば同数にて戦える。
「せいぜい犬死にせぬよう、気をつけることです」
今までに成功させて来た依頼の報酬で彼の機体は性能が増していた、特にAC用のジェネレータに載せ替えられたことで機動性は段違いといえるまでになっている。
「621、お前の価値を示してこい。G5は一度見た相手だ、慎重に当たれ」
ーーー
ーー
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「…雪がやまないな」
「新入り、天気なんざ見てどうする」
「いえ、ルビコンに来る前は雪が降らない所に住んでいたもので」
G7となったシナノは束の間の訓練を終え、ベイラムが制圧した壁へと戻って来ていた。そして今回のローテーションではG5であるイグアスと組むことになっており、彼は時折悪態を吐きつつも巡回に付き合ってくれていた。
「俺も横槍さえ入らなければ参加出来てたっつうのに、気に入らねぇぜ」
「は、はあ」
「壁越えを果たしたからって調子に乗るなよ、新入りとして面倒は見てやるが馴れ馴れしくしようとは…」
話には聞いていたが、なんとも面倒な人物のようだ。しかしパルスシールドにリニアライフルと、その性格には似合わない装備を搭載している。恐らくツーマンセルが前提の装備なのだろう、壁越えの際にG4が溢していた言葉から察するに火力の高い機体との連携に重きを置いている。
「…けっ、まあいいか。新入りを虐めてもミシガンに怒鳴られるだけで面白くねぇ、それよりあの木っ端傭兵をブチ殺す算段を立てた方がマシだな」
「傭兵ですか?」
「ガリア多重ダムで組まされたレイヴンとかいう独立傭兵だ、気に食わねぇ野郎だった」
「レイヴン…」
初陣で遭遇したACのライセンス名はレイヴン、機体のコンピュータはそう弾き出していた。全身の毛が逆立ち、汗が身体を伝う。操縦桿を握る手に力が手に入り、死に続けた記憶がフラッシュバックする。
『おいどうした!バイタルが大変なことになってるぞ!?』
「なんでもない」
『なんでもあるわボケ!鎮静剤は打つか、深呼吸は?』
「要らない、操縦が鈍る」
オペレーターのヘリパイロットが乱高下するバイタルを心配して声をかけるが、G7は不安を心の奥に押し込んだ。鎮静剤を使った後でレイヴンに勝てるとは到底思えない、それに倒せない相手ではない筈だ。
「オイ新入り、ビビってんのか?」
「奴には一度、初陣の際に負けました」
「…じゃあ俺と同じく因縁があるってわけだ、奴を潰す時は手伝ってもらうぜ」
彼なりの励ましだったのだろうか、それとも同じ敵を見つけたことで態度を変えるに至ったのだろうか。G5は煽ることなく、レイヴン討伐には手を貸すことを伝えて見せた。
「分かりました、全力を尽くします」
「そうしろそうしろ、使えるとは聞いてるからな」
壁の上は冷える、そう思っていた時だった。広域レーダーに大規模なジャミングが行われ、四脚MTからだと思われる砲撃が防衛ラインに降り注ぐ。復旧作業中だったMT数機が撃破されるが、大多数はすぐさま障害物の影や塹壕の中に飛び込んだ。
「おいでなすったか、ヴォルタ!」
『機体は調整中だ、出られねぇ』
「チッ、俺とお前だけかよ」
G4ヴォルタの乗機は激戦の中で大きく損傷しており、壁の中の設備にて修理を行なっていた。しかし丁度調整さえ終われば復帰出来ると言う時に攻撃が始まった、一番来て欲しくない時に来たものだ。
「まあいい、ツーマンセルで動くぞ」
「壁はどうしますか」
「整備班が弄ってるオモチャがあんだろ、時間稼ぎには使える」
エレベーターで壁上にまでやって来たのは、ベイラムに鹵獲されたジャガーノートだ。壁内部の予備機と残骸を組み合わせ、どうにか動く代物を用意したらしい。最も武装の大部分はベイラム系列の製品に載せ替えられ、より攻撃的に仕上がっている。
「…う、動かせたんですか、コイツ」
「俺も正直驚いてるぜ」
ベイラム・ジャガーノートの支援砲撃が受けられるのであれば百人力だ、市街地に侵入しようとする敵航空機を片端から撃墜出来る。
「見てる暇ねぇぞ新人、着いて来い!」
「はい先輩!」
「けっ、調子狂うぜ」
二機は壁から飛び降り、減速しながら着地する。ベイラムの誇る中量級パーツMELANDER一式にて固められたG7の新生ループザループと、G5の駆るMELANDER C3が市街地へと舞い降りた。
「…機体が軽い」
戦い方に合ったパーツを選ぶこと。単純だが難しい問題に対し、MELANDERはそのバランスの良さで持ってG7へと答えて見せる。大豊の内燃型ジェネレータが唸り、オレンジ色の噴射炎が機体を前へ前へと押し出した。