ああ……愛しい我が君、気高く麗しい悪の華
貴方こそが世界で一番美しい
──鏡よ鏡、教えておくれ、この世で一番………
──闇の鏡に導かれし者よ
汝の心の望むまま、鏡に映る者の手をとるがいい
闇の力を恐れるな
さあ──力を示すがよい
私に 彼らに 君に
残された時間は少ない
決してその手を離さぬよう────
1-少女は帰れない
――ガタ、ガタガタッ
「ん……なに……?」
まだ頭が覚醒しきっていないが、周りの騒がしさでユウは目を開ける。が、視界には暗闇が広がっていた。体を動かそうとすると、ガタリと音を立てるだけで、うまく身動きが取れない。どうやら狭い箱のようなものに閉じ込められている。目の前の壁を思い切り蹴飛ばすと派手な音を立てて壁が吹っ飛ぶ。
「ふなぁ!?」
「……猫? でも耳から青い炎が出てるから違う……?」
「オマエ、なんでもう起きてるんだ!?」
「うわ、猫が喋った」
「オレ様は猫じゃないんだゾ!!!」
驚きつつも、目の前の猫のような生物が脅威ではないと認識したのか、ユウはきょろきょろとあたりを見渡す。ユウが今立っているのは鏡や棺のようなものがあちらこちらにふわふわと漂っている不思議な雰囲気を纏う部屋であった。
そして次に気づいたのは、自分の服が変わっていたこと。見たこともない黒い服に着替えさせられていた。ひらひらとしたローブはファンタジーな雰囲気を感じさせるが、どことなく礼服のような雰囲気もあった。
「で、君は? 猫じゃないならなんなの?」
「オレ様はグリム様なんだゾ!!」
「そう、グリムっていうの。君が私をここに連れてきた犯人?」
「ふな? 違うんだゾ、そんなことよりオマエのその服をよこすんだゾ!」
「いや、明らかにサイズオーバーでしょ。あげられないよ」
「いいからよこすんだゾ! さもなくば……丸焼きだ!」
自らをグリムと名乗った生物が息を吸った瞬間、ユウはグリムの頭部をがしっと片手で包み込むように掴んだ。
「私に喧嘩を売ったってことでいい? 私動物を痛めつけるシュミはないんだけど、やるっていうんなら相応の対応はさせてもらうよ」
ユウの手の中でグリムが震え出す。しかしグリムもこのままではまずいと本能的に感じ取ったようで、なんとか逃げ出そうと必死にもがく。だが、一向に手の中から脱出できる気配がない。それどころか指先がどんどんめり込んでいく感覚さえある。
「ふっ、ふなぁぁ、痛いんだゾ……もう何もしないんだゾ……」
喧嘩を吹っ掛けて数秒で敗北の白旗を掲げるグリムに、ユウは手の力を緩めてそこそこ大きなグリムをよいしょと抱え上げた。
「とりあえずここを散策でもしようか」
鏡が浮いている部屋から外に出てユウは適当に歩き出す。時折もふもふなグリムの頭を撫でながら。
「ふなっ、撫でるんじゃねーんだゾ!」
「はいはい、静かにね~」
「だから撫でるんじゃっ、ふな、ふなぁ」
次第にゴロゴロと喉を鳴らし始めたグリムを抱え直して再び探索を開始する。しばらく歩くと、図書館らしき場所にたどり着いた。
「図書館かな」
「本がたくさんなんだゾ」
すっかり打ち解けた1人と1匹は背の高い本棚を一緒に見上げていた。
「というかグリムはどうして私の服を剥ぎ取ろうとしたわけ?」
「この学園に入るためにはその服が必要って誰かに聞いたんだゾ、だから一番低い所にいたお前の服をもらおうと思ったんだゾ」
「なるほど、手の届く場所なら誰でもよかったわけだ」
「なのに急に蓋が勢いよく開くし、頭はすごい力で掴まれるし、散々なんだゾ」
それはお前の自業自得だ、という言葉が喉元まで出かかったとき、後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには、鳥のような面をつけた長身の男が立っていた。
「ああ、やっと見つけました。君、今年の新入生ですね? ダメじゃありませんか。勝手に扉から出るなんて! それに使い魔まで連れて……。手懐けているからまだしも、校則違反ですよ」
「ふな! オレ様はこいつの使い魔じゃねーんだゾ!」
「はいはい、反抗的な使い魔はみんなそう言うんです。はあ、まったく。勝手に扉を開けて出てきてしまった新入生など前代未聞です! どれだけせっかちさんなんですか。さあさあ、とっくに入学式は始まっていますよ。鏡の間へ行きましょう」
「鏡の間?」
「貴方が目覚めたたくさんの扉が並んでいた部屋ですよ。この学園へ入学する生徒は、全てあの扉をくぐってこの学園へやってくるのです。通常、特殊な鍵で扉を開くまで生徒は目覚めないはずなんですが……」
「扉……?」
いやあれは棺だろうと内心でツッコみつつ、ユウは学園という言葉に引っかかる。自分はそんなところへ来るような予定はなかったと。そもそも自分は自室のベッドで眠っていたはずだと。そのことを目の前の鳥の面の男に尋ねると、不思議そうな顔をしつつも、空間転移魔法の影響で記憶が混乱しているのかも、などと言い出した。
「まあいいでしょう。よくあることです。では歩きながら説明してさしあげます。私、優しいので」
「こいつ自分で優しいとか言ってるんだゾ」
中庭のような場所に出ると、男はおもむろに説明をしだす。
「ごほん。ここは『ナイトレイブンカレッジ』。世界中から選ばれた類い稀なる才能を持つ魔法士の卵が集まる、ツイステッドワンダーランドきっての名門魔法士養成学校です。そして私は理事長よりこの学園を預かる校長、ディア・クロウリーと申します」
「……はあ、ナイトレイブンカレッジ……」
「この学園に入学できるのは『闇の鏡』に優秀な魔法士の資質を認められた者のみ。選ばれし者は『扉』を使って世界中からこの学園へ呼び寄せられる。あなたたちのところにも、『扉』を乗せた黒い馬車が迎えにきたはずです」
「いやわかんないですけど」
「あの黒き馬車は、闇の鏡が選んだ新入生を迎えるためのもの。学園に通じる扉を運ぶ、特別な馬車なのです。古来より特別な日のお迎えは馬車と相場が決まっているでしょう?」
「相場ってこの相場ですか」
「さっ、入学式に行きますよ」
「いやだから」
「もう入学式は始まっているんです、これ以上の質問は入学式が終わってからにしてくださいね」
そう言ってユウの手を引いて男は歩き出そうとするのだが、ユウにグイッと引っ張られ、つんのめる。ユウは明らかに苛立ちを孕んだ表情と声で言った。
「人の話を聞け」
そこにわずかばかりの殺気も混ぜられており、男、クロウリーはひぃっと情けない声を上げた。
「何、ナイトレイブンカレッジって、私そんなところに入学した覚えはないんだけど。第一魔法とか使えないから魔法士とかも知らないし。私その黒い馬車とやらに拉致られたってことになってない? 年頃の女拉致って監禁してタダで済むと思ってんの? 場合によったら私も正当防衛として反撃させてもらうから」
一気にまくしたてるユウの剣幕に押されつつも、なんとか弁明しよう思うのだが、それよりも前に疑問が勝ち、クロウリーはぽろりと言葉を落とす。
「年頃の、女、ですって?」
「はぁ? 今更とぼけるつもり? どう見ても女でしょ」
「……」
「ちょっと黙らないでくれる?」
「こ、ここは男子校ですよ!?」
「えっ、あんたの目どうなってんの? どう見ても私女でしょう?」
「あ、あぁ、どういうことなんでしょう、入学した覚えがないことも驚きですが、まさか闇の鏡が女性を選ぶなんて……そんなことあり得ません! 絶対に!」
「そんなこと言われても困るんだけど」
「調べます。ついて来てください」
「は、ちょっと!?」
クロウリーは半ば強制的にユウの腕を掴み、鏡の間へと向かう。鏡の間には、先ほどとは違いユウと変わらない年代の男子が何十人もいた。入学式というのは本当なのだろう。
「すみません、道を開けてください」
生徒たちの間を縫うように歩き、中央にある大きな鏡の前に立つ。そこには仮面をつけた顔が映っていた。
『汝の名を告げよ』
「……?」
「鏡にあなたの名前を言ってください」
「はぁ……。ユウです」
『……汝の魂のかたちは………………わからぬ』
「なん、ですって?」
『この者からは魔力の波長が一切感じられない……色も、形も、一切の無である。よって、どの寮にもふさわしくない!』
「魔法が使えない人間を黒き馬車が迎えに行くなんてありえない! 生徒選定の手違いなどこの100年ただの一度もなかったはず。一体なぜ……」
「だったらその席、オレ様に譲るんだゾ!」
「あっ待ちなさい! この狸!」
「そこのニンゲンと違ってオレ様は魔法が使えるんだゾ! だから代わりにオレ様を学校に入れろ! 魔法ならとびっきりのを今見せて――」
がしっ、ユウがグリムの頭を掴む。これで2回目だ。中々に学習しない生物だ。
「やめろ」
「ふ、ふな……」
グリムの耳と尻尾がへにゃりと下がり、威勢がしゅるしゅると縮んでいく。
「とっ、とにかく! 少々予定外のトラブルはありましたが入学式はこれにて閉会です。各寮長は新入生をつれて寮へ戻ってください。……ん? そういえば、ディアソムニア寮、寮長のドラコニアくんの姿が見えないようですが……」
「アイツがいないのはいつものことだろ?」
「あれ? もしかして誰も式のこと伝えてないのか?」
「そんなに言うならアンタが伝えてやればよかったじゃない」
「うーん。でもオレ、アイツのことあんま知らないんだよなー」
”ドラコニア”という名前を聞き、複数の場所からざわざわとした話し声が上がる。よくわかっていないユウは僅かに首を捻ると、小柄な男子がその場に入ってくる。
「──おお、やはり。もしやと思って来てみたがマレウスは来ておらなんだか。”また”式典の知らせが届いていなかったとみえる」
「申しわけありません。決して仲間はずれにしたわけじゃないんですよ」
「どうも彼には声をかけづらいオーラがあるんだよね」
「まあよい。ディアソムニア寮の者はわしに付いてくるがいい。……あやつ、拗ねていなければ良いが……」
そうしてその場からクロウリー、ユウ、グリムを除く全員が姿を消していく。
「さてユウさん、でしたっけ。貴方には、この学園から出て行ってもらわねばなりません。魔法の力を持たない者をこの学園へ入学させるわけにはいかない。心配はいりません。闇の鏡がすぐに故郷へ送り返してくれるでしょう。さあ、扉の中へ。強く故郷のことを念じて……」
夢だったのだろうか、そんなことを思いながらユウは鏡の前に立ち、元居た場所のことを強く頭に浮かべ、念じる。
「さあ闇の鏡よ! この者をあるべき場所へ導きたまえ!」
『…………』
「ゴ、ゴホン……もう一度。闇の鏡よ! この者を……」
『どこにもない』
「え?」
「……」
『この者のあるべき場所はこの世界のどこにもない……。無である』
闇の鏡は温度を持たない冷たい声で、無惨にもそう言い放つ。鏡が言った言葉を聞いた学園長が「あり得ない」と何度も譫言のように呟いていた。どこから来たのか、そうクロウリーに聞かれ、ユウは元居た場所の名前を告げるが、学園長はピンと来ていないような感じで首を傾げていた。
「……聞いたことのない地名ですね。一度図書館で調べてみましょう」