そうして一同は図書館へと移動し、地名に関するあらゆる本を開いてみたのだが、ユウの生まれ故郷の日本は存在していなかった。
「やはり、ない。世界地図どころか、有史以来どこにも貴方たちの出身地の名前は見当たりません。貴方たち、本当にそこから来たんですか? 嘘をついてるんじゃないでしょうね?」
「は? 私を疑うの? 自分に都合の悪い結果だからって責任転嫁はやめてくれる? 不愉快」
バッサリと言い切るユウにクロウリーはぐぬぅ……と黙る。
「……こうなってくると貴方がなんらかのトラブルで別の惑星……あるいは異世界から招集された可能性が出てきましたね」
「異世界ですか」
「えぇ。貴方、ここへ来るときに持っていたものなどは? 身分証明になるような、魔導車免許証とか靴の片方とか……見るからに手ぶらですけど」
「私は見ての通り、何も持っていませんよ」
明らかに不審者を見るような目で見られたユウは、不満そうに両手を胸の前で開く。その答えを聞き、クロウリーは腕を組み神妙な顔をした。
「……困りましたねえ。魔法を使えない者をこの学園に置いておくわけにはいかない。しかし保護者に連絡もつかない無一文の若者、それも女性を放り出すのは教育者として非常に胸が痛みます。学園内に今は使われていない建物があるにはあるのですが、なにぶんボロボロで、さすがにそんなところに女性を置いたとなると私個人の信用問題に関わります。数日時間をくれれば、多少その寮の整備をすることは可能かもしれませんが……」
「じゃあそれまで宿無しってことですか?」
「さすがにそれもよくない。なのでしばらくは学校関係者が使う仮眠室を使ってください」
クロウリーの言葉にユウは頷く。それから思い出したようにユウはグリムを抱え上げてクロウリーの方に見せる。
「あの、この子も一緒でいいんですか?」
「使い魔くんですか? ええもちろん」
「え、いや、使い魔じゃないんですけど」
「……えっ」
「最初に言ったんだゾ」
「使い魔じゃない……。つまり、侵入者……? そうなってくると、この学園から出ていってもらわなくてはなりませんね……」
「ふなっ! オレ様何もできずに出ていきたくなんかないんだゾ!」
「それはなんだか可哀そうかも。私がしっかり見ているので、彼も私と一緒に置いてくれませんか?」
「ええ? うーん……問題を起こさないことを約束してくれますか?」
「はい。ほら、グリムも」
「えぇ~~」
「グリムも」
ニコリ。と笑ってユウはグリムを見つめる。その顔を見て、何か嫌な予感がしたのか、グリムは渋々と言った様子で首を縦に振った。
仮眠室に案内された後、夕食を持ってくるまで待っているようにと伝えられ、ユウはベッドに座る。グリムも同じようにベッドの上にぽすっと座った。
「追い出されなくてよかったんだゾ。……その、ありがとう、なんだゾ」
「どういたしまして」
ユウがグリムの頭をまた撫でる。少し照れくさくなったのか、グリムはぷいっとそっぽを向いた。
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しばらくして。
コンコンッとノック音が響く。ユウが扉を開けると、そこには銀のワゴンを押したクロウリーがいた。ワゴンの上に乗せられているのは2人分のスープとパン、そしてサラダだった。
「夕食をお持ちしましたよ。あと着替えも。さすがに式典服で眠るのは窮屈でしょうからね。あと、例のモンスターくんの分の食事ももちろん持ってきましたよ」
「ありがとうございます」
「やった~! なんだゾ~!」
ユウが礼を言うとクロウリーは満足げに微笑む。そして、クロウリーは部屋に入り、テーブルの傍まで行き、そこにワゴンの上にあった食事の乗っているトレーをテーブルに置くと、椅子に腰かけた。
「少しお話してもいいですか?」
「? ええ、いいですけど……」
「少し考えたのですが、貴方を元の世界へ戻るまでただ居候をさせるわけにはいきませんし、闇の鏡に選ばれなかった、しかもモンスターの入学を許可するわけにはいきません。ですが、ユウさんの魂を呼び寄せてしまったことに関しては、闇の鏡を所有する学園にも責任の一端はある。とりあえず、当面の宿についてはこの仮眠室を、準備が出来次第植物園の近くにある元寮を無料でご提供します。すが、衣食住については自分で支払って頂かねばなりません」
「というと?」
「とりあえず、雑用係はいかがです?」
「それはこの子も込みの話?」
「ええもちろん。ひとまず2人1組で『雑用係』ということで。そうすれば特別に学内に滞在することを許可してさしあげます。元の世界に帰るための情報集めや学習のために図書館の利用も許可しましょう。私、優しいので。ただし仕事が終わってから、ですよ」
「ええ~!? そんなのいやなんだゾ! オレ様もあのカッケー制服着て生徒になりたいんだゾ~!」
「不満ならば結構。ユウさんとは違い、貴方をこの学園に置いておく理由はないので外に放り出すだけです」
「まあまあ、雑用は大体私がやるから、グリムは少し手伝うだけでいいから、ね? 図書室には魔法を勉強できるようなものもあるんですよね?」
「もちろん。ありとあらゆる場所から集めた選りすぐりの蔵書が揃っていますとも」
「だって。どうする、グリム?」
「ふなぁ~……わかったんだゾ!」
まだ腑に落ちないと言いたげな顔ではあるが、グリムは了承する。ユウはホッとしたように息をつくと、改めて頭を下げた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、こちらの手違いで貴方を呼び寄せてしまい申し訳ありませんでした。では2人とも、明日からナイトレイブンカレッジの雑用係として励むように。食べ終わった食器は明日の朝取りに来ますのでテーブルの上に置いておいてください。それでは、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。クロウリーさん」
「はぐはぐ、おやすみなんだゾ~」
クロウリーは出て行った。
既に食べているグリムを視界に捉えつつ、ユウもパンに手を伸ばした。ふわふわの白パンだ。一口サイズにちぎって口に運ぶ。
「美味しい」
思わず顔が綻ぶ。そのままもくもくとユウは夕食を食べ進めた。
ユウが食事を終える頃には、グリムもすっかり完食していた。ユウは片づけを始める。といっても食器類をまとめるだけだが。
「満腹なんだゾ」
「私シャワー浴びてくるけど、グリムは?」
「水に濡れたくねーんだゾ!」
「ふふ、わかったわかった。じゃあ私一人で入ってくるね」
1人でシャワールームに入り、簡単に体を洗って出てきた。寝間着は学園長の用意してくれたTシャツとズボンに着替える。
「ふわ…」
あくびが漏れる。ユウはベッドに寝転がり、目を瞑る。今日は色々なことが起きた。自分の常識の追いつかない範囲で、訳の分からないことに巻き込まれて正直混乱している。どれだけ平静を保とうとしても、彼女はまだ17歳だ。限度がある。
「これからどうなるんだろう……」
漠然とした不安がユウを襲う。元の世界に戻れない、その事実は17歳の少女には重すぎた。
「……考えてると馬鹿になりそうだ」
そう呟き、彼女は訪れる睡魔に身を委ねることにした。どうか夢でありますように。そんな願いを抱きながら。