「その機体は誰がくれてやったか忘れたか!?この裏切り者が!」
「そんな事を言うならこれが終わったら返します!」
「いらねぇよ!スクラップになったプラゴミなんざなぁ!」
白と黒に彩られたスサノオとダブルオースカイが激突する。二振りのビームサーベル同士が弾かれ、軌跡を描き、空を裂き、軌跡を描き、弾かれる。接近戦の最中不意にロングライフルがその銃口を向け、スサノオが思わず射線から外れながら距離を取る。
無反動のはずの粒子に押されるようにダブルオースカイも後退し、互いが互いの間合いから大きく外れた。
「ネーナさんを悪く言うのはやめてください!あの人はダブルオーと何の関係もない!」
「まだわかんねぇか!?その女は正真正銘と「トぉランザムぅ!!!!!」
突然の大声、突然の奇声に思わずは、と声が出た。
論争に気を取られ、語るはずだった己に酔いしれ、目の前の状況の把握が遅れる。
電車の中で突然隣人に奇声を上げられたような驚きと恐怖に意識が持っていかれる。
我に帰り言葉の意味に気付いた時には赤く輝く、正真正銘トランザムを起動しているダブルオースカイが目の前まで迫っていて、危険を感じた時には既に被撃墜判定の演出に入っていた。
スサノオの撃墜を確認したマユは周囲を見渡す。焦りと思い付きのままに始めた戦術が想定通りに行った事に自惚れと嘲笑を感じた。
今までの戦いの中でマユは一つ気付いた事があった。それはガンプラバトルをする人々は語りたがりだという事だ。
接敵すると敵との通信が繋がるように戦闘中のコミュニケーションは開発側からも想定された事であり、マユの与り知らぬ所だがガンダムシリーズお約束の口論を再現する為の仕様だ。
しかし現実的に考えれば戦いの最中に口論をするなど戦争を舐めていると言われかねない。ガンダムを詳しく知らず重んじるべき伝統も知らないマユはそっちの立場の人間だった。
是非はともかく語らせている内は隙だらけなのだから好きなだけ語らせている間にこっちは勝負を決めてしまえばいい。
何より何を言っても話が通じるわけがないという確信があった。それが決定的にはまったのが今だ。さっさと片を付けなければいけなかったが故に決意し成功したのはマユにとってとても喜ばしい事だった。
周囲の状況を確認する。ウタダのAGE1はともかく支援機であるスローネドライが誰の助けも入らない一対一に持ち込まれているのは危険だ。
現に最大の武器であるGNステルスフィールドは今張られていない。つまり張る余裕が無い。攻撃を凌ぐので精一杯になっている。
自分が助けに入れば二対一。そのまま蹴りを付けられれば三対一だ。ヴォワチュールリュミエールと翼を覆う光輪を輝かせながら全速力でスローネドライの元に飛ばした。
「貴様をガンダムマイスターと認めない!万死に値する!!」
ガンダムヴァーチェのGNキャノンがヒステリックに発射される。溜めのある動作を見切り避けるのは可能であるが、逆に言えばそれしか出来ることがない。
モビルスーツ戦においてスローネドライとはGNステルスフィールドの為にある機体であり、直接戦闘の為にある機体ではない。それはスローネアイン及びツヴァイの役割だ。
対してガンダムヴァーチェは砲撃戦が目的のモビルスーツであり、重厚な装甲だけでなくGNフィールドまで備えている。申し訳程度に腕部に装着されたGNハンドガンを何発撃とうがGNフィールドに弾かれ消える。
ツヴァイから移植したGNファングも悪く言えば射角を変えられるだけの小型ビーム砲でありGNフィールドを貫くものたり得ない。ネーナにできる事は攻撃を避け時間を稼ぎながら僚機に近付いて一対一の状況から抜け出す事だけだ。
そしてそれは成功した。
「ネーナさん!損害は!?」
「大丈夫!なんとかやれてた!」
「あいつまさかもう落ちたのか!?何やってんだ!!」
トランザムの機動力をフルに活用し状況に割り込む。
スサノオがやる必要も無い論争を勝手にやり出して自分に酔いしれているうちに撃破された、というのは撃破した側のマユが言うのも憚られた。
「トランザムが切れる前に終わらせる!」
しかしどんな理由だろうが三対二の状況が三対三に戻るわけがない。この好機を逃す手は無い。
時間切れによる粒子切れが起こる前にヴァーチェを撃墜すれば、粒子の再充填を交戦中にしなくても済む。
「バスターソードを使って!あのバリアは実体剣に弱い!」
ネーナに言われるがままバスターソードを展開する。太刀筋を確かめるように振り下ろしながら下段に構え、切先をヴァーチェに突き付ける。
不利を悟ったヴァーチェもトランザムを起動させるがトランザム同士の戦いではトランザムそのものによるアドバンテージは無いに等しい。機体のスペックや兵装、反射神経の適応力と操縦が物を言ういつも通りの戦闘だ。そして機動力においてヴァーチェがダブルオースカイに勝る要素は無い。
勝っている火力面もスローネドライがGNステルスフィールドを展開すれば十分に発揮する事が出来なくなる。
ダブルオースカイとの戦いは不利で、スローネドライを狙えば背中をダブルオースカイに狙われる。
ヴァーチェとしての外装をパージしてガンダムナドレになればトライアルシステムで一発逆転が狙えるかも知れないが、その為にはダブルオースカイを剝がさなければならない。
「パージに注意!胴体が無理なら背中のキャノンから破壊すればパージした後ビームサーベルしか使えなくなる!!」
原作の知識があるネーナがヴァーチェの手の内を全てマユに伝えていく。機動力に劣るヴァーチェがいつまでもバスターソードの攻撃を凌ぎ切れる理由は最早無い。しぶとい行動はガンプラへのダメージを徒に加速させるだけだった。
致命傷の回避と引き換えにGNキャノンが切り飛ばされる。GNフィールド発生装置が欠け、フィールドが張れなくなるとスローネドライのGNハンドガンも無視できないものへと変わっていく。
ヴァーチェが撃墜回避の引き換えにダメージを負い、追い詰められていく。
そしてバスターソードがヴァーチェを、中のナドレごとコクピットを貫いた。
「そこまで!」
撃墜を知覚し、達成感に気持ちが浮ついた最後の瞬間に水を差すように聞こえる声。
現れるレーダー反応に目を、メインカメラを向けると予想もしていなかったが一番見たくなかった光景がそこに広がっていた。
黒獅子が、AGE1を鷲掴みにしてこちらに掲げている。
装甲が砕かれ、コクピットを包括する胸部パーツがかろうじて形が残っているまま持ち上げられたAGE1は地に足を付けられないままアームドアーマーから垂れ下がっている。
ウタダを絶対的なヒーローとして見ていたマユにとってそれは目を背けたくなる光景だった。しかしカスガはそれを許さない。マユにこそ、この光景を見せつけてやりたいと考えていたのだから。
「ウタダさん…!」
「この爪の破壊力はビームサーベルとは段違いよ。バラバラになって、修復はもうできない」
アニメやドラマ映画、あるいはニュースでまれに聞く言葉。マユはある言葉の意味を初めて理解できた。
人質。その概念を初めて実感した。ダメージレベルが設定されている今、ビームサーベルに切り裂かれる方がまだマシだ。アームドアーマーVNの一撃は引き千切り引き裂く。
綺麗な溶断ではなく砕く。それはカスガの言う通りガンプラに修復不能のダメージを与える。
「マユちゃん、ネーナを殺しなさい。やらないならこの機体を握り潰す」
ウタダの大切なAGE1が二度と戻らないほど破壊されるか、ネーナのスローネドライを破壊するか。
ウタダを見捨てて裏切るか、ネーナを裏切りカスガに付くか。
昨日までと同じようにカスガの庇護の下で兄と自分の名誉を守る戦いに戻る最後のチャンスでもある。
「ねぇマユちゃん。私がどうしてあなたに声をかけたかわかる?私達は似ているの。ガンダムに家族を奪われた者同士」
「え?似ている?家族が奪われたって何の話?」
「シンの家族はキラに殺されたのよ。ネーナがルイスの家族を殺したようにね」
それはマユが知らないデスティニーの過去。ガンダムSEED DESTYNY、シン・アスカという男の物語はそこから始まった。
アークエンジェルが逃げ込んだ先である中立国オーブでシン・アスカは暮らしていたが、オーブは地球連合軍とアークエンジェルオーブ連合軍の戦場と化した。
その最中、地上に撃ち込まれたフリーダムの砲撃がシンの家族に直撃する。その一撃はシン・アスカの父と母、そして妹のマユの命を奪った。
製作陣の本当の意図は第三者からはわからない。しかし、少なくとも当時の視聴者の一部は作品をそう読み取った。
その時のトラウマを抱えながら、その時のトラウマの為に、シン・アスカは軍人として生きていく事となった。
「ルイスも似たようなもの。ネーナに家族を殺されてガンダムを憎むようになって兵士になった。でもシンのそれは無かった事にされた。製作陣はわざわざ演出を捻じ曲げてキラがシンの家族を殺したという事実を無かった事にした。キラが可愛くて可愛くてしょうがなくて、綺麗なままでいさせたかったからって!」
かけがえの無い家族の死は不可抗力ですら無くなった。
その場で戦いを繰り広げていたにも関わらず一切の負い目を揉み消されたキラ・ヤマトはその後もただ只管にシン・アスカから奪い続けた。
心を許せる上官たり得たハイネ・ヴェステンフルス、守りたかったステラ・ルーシェ、現実という悲劇を経て死に体のまま妥協の末に辿り着いた信念、親友レイ・ザ・バレル。
その略奪の全てが何一つ間違っていない正義とされた。シン・アスカの全てが間違いの悪とされた。
そして打ち倒され続けたシン・アスカが最後にキラ・ヤマトに屈した時、ファンは笑顔で言った。
これでもうシン・アスカは間違えない、と。
「逆にこう言った方がわかりやすい?キラはネーナよ。キャラ可愛さで守られて罪から逃げ続けたネーナ。罰せられるべきものを罰せられないまま全部正しいとされたネーナ!そんなわけがないのに!ただのキャラ萌えの為に整合性までいじって正当化されたネーナ!!」
「そういう私欲が巡り巡って今マユちゃんを苦しめている!罪を負うべきものがのうのうと正義面して生きてそれを言及する方が悪者扱い!」
キラ・ヤマトの罪が少しでも清算されていれば、その罪の被害者たるシン・アスカが嘲笑の対象にはならなかったのだろう。
しかしそうはならなかった。
その呪いは今も、否ガンプラバトルが開発された今こそ呪いとして世界を覆っている。その呪いはシン・アスカやデスティニーに好意を持つ人間に対して例外なく悪意を塗りたくる。その悪意はこの世界の正義として見做され、それ故に消える事は無い。
「キラはシンに殺されるべきだったのよ!でも00はそれを成し遂げた!!罪を償わせた!!そうあるべき事を!当たり前の事を当たり前のようにやった!!SEEDができなかった当たり前を!!00はガンダムファンの理想を全て実現した最高の作品なのよ!!SEEDを否定し!宇宙世紀が成し遂げられなかった相互理解を完遂させ!遂にターンエーまで打ち倒して黒歴史から抜け出した!!」
興奮するカスガの言葉の詳細までは理解できずとも、少しずつカスガの心を理解し始めていた。
この人は、ガンダム00を心から愛し、ガンダム00が至高と信じて疑わない。
そしてガンダムSEEDに嫌悪感を抱いているのはマユもカスガも同じだという事も把握し始めていた。
デスティニーを内包したダブルオーであるダブルオースカイを与えられた事も、何か意味があるように思えてくる。
「マユちゃんは何故デスティニーを選んだの!?どうしてお兄さんがデスティニーを選んだと思う!?ガンダムSEEDが間違っているんだとわからせてやるためよ!!」
そうでないのなら素直に主人公であり続けたフリーダムを選べばいいのだ。デスティニーを選ぶのは浅薄な嘲笑と共に生きる道であり、それでも折れずに在り続けるのは少なからずその信念があるからだ。
その信念を理解しているからこそカスガは叫ぶ。カスガから見てネーナ・トリニティはキラ・ヤマトの負の側面の抽象でもある。ここでネーナを見逃すというのなら信念は何の為にあるのか。
カスガなりの信念、カスガなりの義理、カスガなりの倫理観で語り掛けられる言葉の洪水。ガンダムSEEDへの嫌悪感・ウタダとネーナに対する親愛・カスガへの恩義と軽蔑。兄への追慕、信念。そこに与えられる新しい情報。ガンダムSEEDへの嫌悪感・ウタダとネーナに対する親愛・カスガへの恩義と軽蔑。兄への追慕、信念。そこに与えられる新しい情報。ガンダムSEEDへの嫌悪感・ウタダとネーナに対する親愛・カスガへの恩義と軽蔑。兄への追慕、信念。そこに与えられる新しい情報。ガンダムSEEDへの嫌悪感・ウタダとネーナに対する親愛・カスガへの恩義と軽蔑。兄への追慕、信念。そこに与えられる新しい情報。
判断し切れなくなったマユの理性は張り詰め遂に切れた。穴の開いた袋のように、穴の開いたマユの小さな胸にあった空気は溜息となって噴出する。
「嫌です。例えネーナさんのせいで今こうなっていたとしても、わたしはやりたくない」
理性が失われれば飛び出してくるのは何も取り繕わない生の感情。拒絶だ。
マユは、デスティニーが好きでネーナの事も好きだ。それ以外の事を考える余力はもうマユには無い。
一瞬の静寂の後、状況を理解したネーナが口を開く。
「子供じゃあるまいしアニメと現実くらい区別しなさいよ。みっともない」
そのネーナの一言が不可逆的に状況を動かした。
アニメの存在を現実に実現させようとしながらアニメの非現実性を説くネーナのその発言は、散々ルイス・ハレヴィから奪った上でなお被害者面をし続けるネーナ・トリニティのそれと同じだ。そうカスガは判断した。
「お前が言うなああああああああああああ!!!!!」
叫びに呼応するかのように黄金の爪が震え出す。動力を先端にまで伝える駆動と、破砕の為の超振動がカスガの怒りに共鳴する。
爪が食い込み、AGE1の身体があらぬ方向に曲がる。めきめきめきめきという音と共に腕が落ち、脚が千切れる。コクピットを中心に向かい合っていた爪同士がその実態を触れ合わせた時、AGE1の首がぼとりと落ちた。
コクピットのある胴体は原型を留めない程破砕され破片となって砂のように零れ落ちる。
その中に赤黒い水滴が見えた気がしたのはカスガの気迫が成した奇跡か。
これが本物のガンダムであるのなら、ウタダは今カスガに殺されたのだ。
「何の面白味も無いガンダム史上最悪のクソアニメ」
転がり落ちたAGE1の頭部を踏み潰す。
「声優だけが取り柄のクソ女」
何度も脚を振り下ろして細かく踏み潰していく。
「ガンダム界の汚物どもが、こんな場所に揃いも揃って!!くっさいくっさい汚物どもが表舞台に出てくるんじゃないよぉ!!」
AGE1がAGE1と認識できなくなる程踏み潰された後、バンシィ・レグナントのメインカメラが再びダブルオースカイを捉えた。
「マユちゃん、なんでわかってくれないの?わかりあう気は無いのかぁ!!」
「わかりあうっていうのはそうやって気に入らないものを全部無くさないとできない事?」
「そうよ!人類全員がイノベイターになる為にサーシェスもリボンズもネーナも!邪魔になる者は全て排除した!それと同じよ!邪魔なものは取り払う!!」
「わかりあうっていうのはそんなに酷い事なんですね。それなら私は絶対に誰ともわかりあいたくなんてない」
これ以上理解も同情もする余力はマユには残っていない。感情のまま、無感情に拒絶する。
それがガンダム00の否定になり得るという事を考えもせずに。対するカスガにはその言葉の意味は十二分に伝わっていた。
愛するものを否定された怒りのまま、金切り声に近い叫び声と共に接近するバンシィ・レグナントをダブルオースカイはメインカメラに捉えたまま構えもせずに見守っていた。
粒子の充填が完了したバンシィが再びトランザムを発動する。ダブルオースカイはその様子も見守っていた。
勝負を捨てたわけではない。マユの感情は余分なモノを捨て去り、勝利だけを考えていた。怒りも後悔も恐怖も一旦置いておき、とにかく目の前の敵を打ち倒す事だけを考える。
少し世界が眩しく感じると共に、空気が冷たく感じた。その空気が喉を通じて頭の中を冷やす。
さっさと終わらせたい。
それだけをマユは考える事にした。
「トランザム」
地上から急上昇しアームドアーマーVNで掴もうとするバンシィを僅かな、無駄のない上昇で避け、顔面を全力で踏み付ける。元々上を取っていたダブルオースカイは降下しながら何度も何度もバンシィの顔面を踏み付けていく。
推進力と機体の重量が込められた踏み付けはそれだけで機体制御を奪う程の衝撃を与え、絶え間ない攻撃の機会を与える。
機体の顔面を踏み躙るというある種尊厳への攻撃にも近い行為にマユは申し訳無いと思う程の余裕も無かった。ただそれがこの場の有効打だからというだけで機械的にそれを繰り返していた。
バンシィが地表に叩き付けられる。オートパイロット機能が機体を起き上がらせる前にバスターソードがコクピットを貫いていた。
主が投げ捨てたバスターソードの運動エネルギーと質量だけがカスガを殺害した。
今の一撃が敵機のコクピットを破壊した事をモニターが伝え、バトルが終了する。
それを見てまた溜息が漏れた。心地が良いとはとても言い難い、固い背もたれから僅かな眠気が滲み出していた。
「だったらその薄汚いガンダムもどきと一緒にいればいいのよ!後悔したってもう遅いんだから!!」
カスガのその言葉を聞くまでの記憶がマユには曖昧だ。取るに足らない、どうでもよかったとも言える。
ウタダとネーナがカスガ達と何かしらの話をしていた事だけは思い出せる。それだけだ。
怒りのまま立ち去るカスガの姿も、特別何か強い感情を思い起こさせるもの足りえなかった。ただ、眠気が酷くなっている。
「マユちゃん。アタシ達の味方をしてくれてありがとう…ごめんね」
「ううん…こっちこそウタダさんのエイジを壊しちゃってごめんなさい」
「いいよ。負けた俺が悪いし、AGE1のキットは改造用にいくつかある。それ使って作り直すよ。むしろうまくいかなかったところをやり直すいい機会だよ」
予定調和。
鈍っていくマユの意識の中に浮かんだ概念がそれだった。いつからか、ウタダならそう言ってくれると疑いもせず信じていた。そうあって当然だという、言葉にはしていないがその実傲慢な甘えがマユの思考を鈍化させている。
肩に置かれた手の温もりが心地良く感じる。見上げる必要の無い、視界の真正面からこちらを見据えるウタダの顔がぼんやりと映る。
「それよりも今まで本当に大変だったね。本当に辛かったと思う」
真剣で、それでいて少し無理したような滑稽な作り笑顔。
それが思い出させる。ウタダ達もまた、踏み躙られる側の人間なのだと。
カスガが言っていた、ガンダムAGEが史上最悪のガンダムという言葉を思い出す。ネーナ・トリニティもまたシン・アスカと同じように嫌われ者で在り続けていた。
踏み躙られ汚れた者同士だったからこそ、二人はマユを助けた。二人との出会いは偶然だったかも知れないが気まぐれでは無かった。マユはそう感じた。その予想がマユの胸を暖かくする。
「俺達と一緒にいたらもう大変じゃなくなるってわけじゃないけど、俺達はずっとマユちゃんの味方でいるよ」
「ずっと?」
「うん。ずっと味方でいるよ。約束する」
その言葉を聞き、込み上げてきた感情と共にウタダに飛び掛かった。カスガは大人の体格でマユの身体を受け止める。
余力を全て吐き出す。その間もウタダは引き剥がさずにそのままで居てくれた。何の遠慮も無くなったマユは甘えるがままに余力を全てウタダの胸の中で吐き出していく。
誰も理解してくれなかった。それどころか追い打ちをかけてきた。カスガは戦うための力を与え、同情はしてくれたものの受け止めはしてはくれなかった。
誰にも共有できなかった感情のぶつけどころをマユは漸く見つける事が出来た。骨肉と絹がマユの叫びと涙を吸い取っていく。
一定間隔でトントンとリズムを刻む背中の振動が鼓動と同調していく。顔まで覆う体温にのぼせ上がる。柔軟剤の香りに混ざった温もりの匂いが意識を混濁を助長する。
意識を保つ力までも全て吸い取られたマユは穏やかにその意識を手放した。思い出した悲しみと、今確かにここにあるという幸福感が音を立てずに砂が吹かれるように消えていった。
「え?寝てる?」
「そりゃ大変だよね。こんな小さいのにこんな事になって。疲れもするよ」