「続いてのニュースです」
テレビ、あるいはラジオが鳴り響く。
かつての戦争の終結を人々はラジオを通じて知ったように、それらの情報伝達は既に日常の一コマとして数十年以上、ガンダムというコンテンツが生まれるずっと前から日常に定着している。
毎日の出来事をなるべく多くの人に伝える。それがニュースの本質だ。
「昨日未明………の路地裏で性別不明の遺体を巡回中の警察が発見。通報しました」
しかしニュースは人を選ばない。ニュースをどう受け入れ、どう価値を付けるかは人それぞれだ。
性別が判明できないほど酷い損傷を負った遺体を突き付けられたとしても、ある人は自分とは全く関係の無いノンフィクション小説、エンターテイメントとしてそれを受け入れ、またある人は政府の不祥事と個人的に捉えている何かを隠蔽する隠れ蓑としてこれを理解する。
「身元確認の結果、遺体は……市在住のオザキ・ムネチカさんであると判明。警察は殺人事件として捜査を続けています」
だからこそ価値を感じ取れなければ凄惨な事件も日常の一コマとして消費され忘れ去られていく。
人一人の人生が悲劇的に終わった瞬間であろうともそれは会いに行く余裕もないパンダ来日と価値はそう変わらない。そこに価値を見出す大衆とはそういうものだからだ。
そして価値を感じ取ったとしてもそれが倫理に沿った解釈かどうかを保証するものは何もない。故人に恨みが無くともその死を神の恵みと受け取り喜ぶ人間も少なくはない。例え故人が同志であろうともだ。
恋を知らない少女がそれを理解できないままその感情の構成材料である幸福と緊張と恐怖の波の中で悶えるように、言葉にしないまま誰かがそのニュースを見て高揚した。
この感情の構成材料は感謝だ。
殺されてくれてありがとう、殺してくれてありがとう、と。
それを言葉にしないまま、声に出さずに叫んだ。
カスガとの戦いから日が経ち三人が会う回数は徐々に増えていた。それはマユを取り巻く環境を鑑みての同情であり同じ趣味を持つ事実上の同好会の発足でもある。
昨今ガンプラバトルシステムが提案する三対三のチーム戦を最大限楽しむ為には三人全員が顔見知りであった方がいい。
数合わせの相手からはなかなか感じられない友情を直に感じる事ができるしチームとしての統一感を出すことができる。
彼等はそれを意識してやっているわけではないが『薄汚い嫌われ者の寄せ集め』としての統一感は彼らにはあった。意識しているわけではないが彼らはそうだからこそ集まった三人でもあった。
マユにとっても目覚めない兄と向かい合う日々に突如付け加えられた幸福と緊張と恐怖の波は良い作用をもたらしている。鬱屈した日常では到底得られない感情の波から産まれる好奇心が今マユを突き動かしているからだ。
この時こそがマユの生活の中で唯一にして最大の癒しだった。同じ場所で同じことの繰り返しだとしてもその全てが新鮮に感じられるような、そういう感性をマユは持っていた。
しかしそれでも今の真新しい状況は望んでもいないし喜ばしくもない。それはマユだけではなく三人全員にとって初めての経験だった。
実物を見るのは初めての、金で彩られたエンブレムを引っ提げてそれは三人に声を掛けてきた。金のエンブレムの上部で青い背景の中、男が一人笑顔とは言い難い何とも言えない表情でこちらを見つめている。警察手帳。それは警察が己の身分を明かす時に提示する証明書だ。
警察、知名度は高いが普通に生活をしていればまず関わることのない組織。それに声を掛けられたとあっては否応無しに緊張する。
「この人に見覚えはありませんか」
そう語りかけながら取り出された写真は風化し始めていた記憶に湿り気を与え崩壊を一時的に止める。
30代、長髪の男性。軽薄そうな印象。その印象もその顔もウタダとネーナには覚えが無かった。そうなると記憶を探る作業よりも好奇心が勝ってしまう。この男に一体何があったのか。
「何かあったんですか」
「彼、先日死んだんです」
思い出す事を諦めて野次馬のように写真を覗き込んでいたウタダの顔がその一言でぐん、と正面の警察の方を向いた。
「え。死…?死んだって?」
「殺人です。路地裏でズタズタにされて死んでいたらしいです」
思わずうわ、と声が出た。流石に遺体の写真まで見せてくるような事は無いがそれでも今顔を見ている男が死んでいると言われて平然とはしていられない。
それはその男の記憶を持っているマユなら尚更だった。
「おまわりさん。わたしこの人見た事があります」
写真を見ていたマユが重々しく口を開く。その周囲の数人、ウタダや警察達の空気が一変した。全員がマユを見る。
ウタダとネーナは純粋な驚き、警察はようやく掴んだ手がかりを離したくないという思いでマユの次の言葉を待ち望む。
「この人とここで2回ガンプラバトルをしました。その時この人は金ピカの、アカツキを使ってました」
黄金の機体を駆りマユのまだ始まったばかりの人生を大きく変えた、変えてしまった男。忘れもしない。
写真の男はアカツキだ。
マユは一度この男に負け、カスガの助力で得たダブルオースカイに機体を乗り換えリベンジを果たした。その男が惨殺されたと聞いてもざまあみろとは喜べなかった。
そもそもイメージが出来ないのだ。ダブルオースカイの力でリベンジを果たした今でもマユにとってアカツキの姿は絶対的な強者、もっと俗な言い方をすれば生涯のいじめっ子だった。
その姿と性別がわからなくなるまで切り刻まれた死体のイメージと繋げることが出来ない。だからこそ困惑と動揺だけがマユを支配する。
こいつが、とウタダが呟いたのがマユの耳に入った。
カスガと戦ったあの日、マユがどうしてデスティニーを手に取ったか、その後どうなったかまで二人に全て話した。勿論アカツキの事も何も隠さず全て伝えた。だから二人はアカツキの顔を知らずともマユがこの男だと発言をすれば写真の男とアカツキが簡単に結び付く。
「ガンプラバトル…あぁあのガンダムのプラモデルで遊ぶやつ。その時何か変わった様子はあった?」
変わった様子が無いとは言えない。マユは散々兄の生ごとあらゆるものを否定された後、泣いている所を盗撮されネットで晒されているのだ。その結果学校でもいじめられている。
その行動を普通と捉えて欲しくはない。発言しようとして動揺と羞恥心で判断が鈍ったマユの代わりに口を開いたのはウタダだった。
彼は他人事だからこそ、そして大人だからこそ毅然とした態度を取り続けられている。
「私達二人は特に関わってはいないですが、この子が嫌がらせを受けていました」
嫌がらせ、と警察が呟く。ウタダは一瞬マユの顔を見てその反応を待たずに情報を付け加える。マユ自身がどう思うにせよ迷惑行為による被害を知っておいてもらう事は悪いことではないはずだ。あわよくばマユの環境が改善されるかもしれない。その打算が語句を強くする。
「盗撮されて、ありもしないレッテルを貼られた上でその動画をネットにばら撒かれているんです。今ネット中にある動画の原本を持っていたのがこいつだと聞いています」
アカツキによって盗撮された動画が拡散されたのはもう数週間前の事だ。動画は既に旬を過ぎ、そこまで人目に付かなくなった。
それでも動画は在り続けている。動画が残り続けている限りコミュニティでは語られ続けマユの身にいつ新しいトラブルが起こってもおかしくはない。
いっそここでその動画を見せて警察がそれを悪質と判断して貰えば一掃できるのではないかとも考えた。
「被害者の素行は悪かったと」
しかし熱弁するウタダの言葉を警察は冷静にメモに取る。期待通りにいかない様子に内心舌打ちしつつもその行動が引っ掛かった。
何故そんな事をメモに取る必要があるのか。そもそもこれは何の調査なのか。先程殺人と確かに言っていた。
「もしかして怨恨の線が?」
「遺体の損壊状況から見て相当恨まれていた可能性はあります」
殺人だとすれば確実に殺す為、もしくはカタルシスの為に必要以上の殺傷はままある事だ。しかしそこまでの殺意を持つ為には怨恨という背景がなければ説得力がない。
つまり何故恨まれていたかが判ればそこから犯人に繋がるはずだ。
ウタダもそれを考え出し、瞬間、嫌な考えが頭をよぎった。そしてそれを吐き出す事を堪えられなかった。
「ってことはまさか、いやそんなバカな。遊びだぞ?」
「何か心当たりでも?」
その言葉をどう受け止められたのか、警察がウタダを見据えた。『殺すつもりがなかった遊びでの不慮の事故』の可能性を誤解している。10代の子供じゃあるまいしそんな危険な遊びをするわけがない。そのまま本心を吐露する。
「自分でも馬鹿らしくなる妄想です。ガンダムファンが諍い起こして人を殺しただなんて」
半分は伝達の為。半分は自己満足の為。普段より饒舌な口を回していく。
「知っていただいた通り素行の悪い奴です。ガンプラバトルの最中に人を煽ってそこから…なんてことが、と思ったんですけど、無いですよね」
「あぁそれは…ないですね」
作り笑いか嘲笑か。どちらにせよ警察が話を合わせてくれるのは有り難かった。一瞬かけられた嫌疑が晴れた事。自分の被害妄想を第三者が否定してくれた事。どちらも有難い。
「そうですよね。こんなのたかが遊び。それで人を殺すなんてイカれた奴がどこにいるんだって話ですよ」
同調を補足するように大袈裟にものを言った。
警察が当たり前にいるように法も当たり前のように存在している現代社会で殺人は禁忌中の禁忌だ。まして趣味の諍いでの殺人など、そこまでのリスクを負って得られるリターンが無い。普通に考えたら有り得ない、とウタダは考えはするものの自信はない。
ガンプラバトルが開発されて以来、ガンダムという作品の知名度は爆発的に向上した。
特に平成のファーストガンダムと名高いガンダムSEEDの人気は凄まじく半世紀以上前に初めに産まれた本当のファーストガンダム、機動戦士ガンダムよりも世界中の人々によって支持されそれが正義だと信じられている。
だからこそアカツキによる制裁もまた正義と見做されているし、少なくとも黙認されているのだからマユはあんな事になってしまった。殺人とまではいかないまでも他人の人生を歪めた行いは正義として受け入れられている。
であれば実はズレているのは自分なのではないかという考えが頭を擡げる。
ウタダが認識できていないだけで実は『趣味の諍いで殺人など正気の沙汰ではない』などという発想こそ馬鹿げた考えなのかもしれない。
現実にはコーディネイターやSEEDは勿論ニュータイプもイノベイターもいない。どれだけ親しかろうが他人の心などわかるわけがないのだ。
そう思ったからこそ、警察がこれを馬鹿げた考えと切り捨ててくれた事に心の底から感謝した。
これは助力でも捜査妨害でもない。自己暗示だ。これが現実逃避にならなかった事にウタダは酷く安心感を覚えた。
微妙な気持ちを引きずったまま到着したゲームセンターの違和感に気付けたのはそこが行き付けからだったのか。それとも行き付けだったからこそ、この日の違和感を醸し出していたのか。入った瞬間異様な空気を感じ取った。
他のゲーム音が重なり合うゲームセンターの喧噪はたかが三人程度の来店で覆りはしない。
ガンダムコーナーがその騒がしさから人でなしの獣の居場所『動物園』と揶揄され始めた時代ですらせいぜい一角の空気を支配する程度だ。
来店者ではなく施設の設備の交響曲が主導権を握る場所がゲームセンターだ。マユを助けに乱入した時も、アカツキにリベンジを挑んだ時も、カスガと決別し戦った時もそうだった。変わるのはあくまで集団内の空気であり、店全体に影響を及ぼす事は無かった。
しかしこの日はゲームセンター全体の雰囲気が違って感じた。
「あら!人殺しがようやく到着ね!」
カスガがわかりやすく、この状況を簡潔に大声で説明するがそれはそれとして意味がわからない。カスガの声に誘導された視線がこちらを向くと、空気が更に重く不快感のあるものに変わった。
「いきなり何よそれ。意味がわかんない」
「とぼけるな。お前達が殺したんだろ」
主語が無い。それでも通じるだろうというある種の傲慢。その期待通り周囲の人間はまるでニュータイプかイノベイターかの如く、カスガとわかりあっていると言わんばかりに深く頷いた。それを理解できない、理解したくないのは今来店した三人だけだ。
「昨日のニュースのやつ。あいつ、この間バトルしたあいつでしょ?だったら犯人はあんたらで決まり。動画を拡散された事を恨んで、仲間を連れて復讐をしたんだ。『社会的に殺されたから本当に殺してやる』って」
びし、と指を指し真実を言い当てたと言いたげにはきはきとしゃべるカスガの在り様にマユの顔が青ざめる。ネーナとの付き合い方で決別をしたとはいえそんな事を言う人だとはマユには信じられなかった。まるで死んだはずのアカツキの様だとも感じた。事実マユを犯人として告発する事はガンダムSEEDファンにとっては利しかない。
しかしウタダには、カスガがそちら側に着いた理由に察しが付いている。この女は種アンチではあるが00が最上位、それ以外は等しく下郎に落とし込みたいだけだ。
そもそもマユに声をかけたのもできる限り自分達の手を汚さずにガンダムSEEDを攻撃する為の鉄砲玉としてシン・アスカを、マユを抱き込もうとしていただけだ。マユや彼女に似た境遇の人物を前線に立たせる事で側から見ればガンダムSEEDファン同士の内乱、内ゲバの形にする事が理想だった。
そして万が一取り込んだ人員がシン・アスカこそ最高の主人公だとでも騒ぎ出したらあっさり切り捨てて不倶戴天の敵として排除していただろう。
否、言わずともいずれはそうする。そうしなければ00が最上位に就くことはできないのだから。
予め考えていた切り捨てるタイミングをマユに失望されたという個人的私怨、見方次第では逆恨みによって早めただけだ。
そして自分達を棚に上げるのであれば、アカツキに恨みを持つ可能性のある人間として真っ先に挙がるのはマユ以外にない。
「あのなー、たかが趣味の話で人を殺すようなイカれた奴がいると思うか?」
それでも道理を説く。犯人ではないのは勿論の事その推論が的外れな事は警察が保証してくれている。
「お前ら自分が正気だって思ってんの?」
その常識を崩しながら論破するにはそれしかない。自分自身は兎も角隣人の正気を一体どこの誰が証明してくれるのか。今顔を突き合わせている相手が正気だと誰が証明してくれるのか。証明人が嘘を吐いていないと一体どこの誰が証明してくれるのか。
ウタダを正気と信じて疑わないのはマユとネーナだけ、つまりウタダの仲間だけだ。身内贔屓で歪み切った目ではなくもっと客観的な証拠、否定しようのない事実という現実をもってウタダの、あるいは三人全員の人間性を全否定すれば勝ちの目が見えてくる。
正気の人間がやらない事とはつまり正気じゃない人間がやる事。正気じゃないなら人も殺す。シンプルな論理だ。
だからカスガは三人の正気を否定する、誰にも否定できない確固たる証拠を持っている。
「何一つ面白味のない、奇形の人間がわーわーやるだけの史上最低のガンダムが好きな男」
まずウタダを指差す。周囲が頷く。
「同情の余地もないガンダム史上最大の悪女の真似を進んでするキチガイ女」
その指先が動きネーナを射角に入れる。周囲が頷く。
「嫌がらせ!暴力!誹謗中傷!転売!人が嫌がる事ならなんでもやる種アンチ!!」
最後に、一番力強くマユを指した。周囲が一番強く頷く。
「誰がお前らをまともな人間だと思うものか!!お前らなら人殺しをやる!!犯人はお前らだ!!」
一瞬眼球が痙攣し、ぐるんと回しながら力強く指を指す。完璧な証拠に完璧な推理、モニター越しに見てきた何十何百の、『生気ある』人生を下地としたプロファイリング。その様子はまるで名探偵かのような様だ。
そこから訪れた静けさが決着を物語る。反論ができない方が敗者。彼らはずっとそのルールの中で生きてきた。つまり、犯人はこの三人で決まりだ。
「人殺し」
誰かが、ウタダ達は忘れかけているがかつて戦ったアスラン・ザラが上擦った声で呟いた。他人を人殺し呼ばわりすると言う未だかつてない経験に対する恐怖とそれを潰すほどの好奇心、復讐を果たせるという達成感が声を上擦らせている。
「人殺し」
それに誰かが乗っかった。本当に正気ではない殺人犯であればこの行動は悪手中の悪手だ。目を付けられ殺される前に真っ先に逃げるべき所をそうしないのは、三人が殺人犯ではないと確信しているからだ。
殺人犯ではないのだからいくら罵倒しようが危害を加えられない。これに逆上して襲いかかってきたらそれこそ殺人未遂、少なくとも暴行の罪は免れない。
殺人犯ではないとわかっているからこそ殺人犯扱いができた。その奇跡の恵みを全身で享受する。
「出て行け人殺し!ここは真のガンダムファンが集まる場所だ!!」
「馬鹿な事言うなよ。それ以上言うなら出るとこ出るぞ!」
名指しで人殺し扱いは人と人の対話の中で越えてはいけないラインを越えている。無礼、冗談では済まされない。法とはその越えてはいけないラインの基準であり、トラブルを解決する為の手段でもあった。出るところに出るとはつまり法に訴えるという事だ。
「起訴!?起訴するって!?やれるもんならやってみなさいよ人殺し!」
強固な法とは国に属するものだ。そして国とは何か。『国の構成要員として人が存在するのではなく人の為に国がある』と昔、あるいは未来に誰かが言った。その言葉は美徳として今も語り継がれている。人としての自由の方が大事であると。
しかしそれは時として人の前に法が無力になるという事に他ならない。まさに今がその時だ。人を守る為の法は人によって無力にされる。
法が無ければ、人は人を簡単に殺すことが出来る。
例え法が国ではなく人が本当に必要としている社会に属するものであったとしても、ヒトは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に都合よく捻じ曲げる。ヒトの前に法は無力だ。
「脅しか!?スラップ起訴か!?俺達全員を訴えられなきゃお前スラップ起訴だからな!?やれるもんならやってみろや!できるわけがねぇけどなぁ!!」
人を守るはずの法はいざ頼るとなるとそれだけで金と手間がかかる。
数十、場合によっては百万を越える経費。
証拠と事実の精査にかかる時間。
決着が着くまで社会から向けられる目。
資本も後ろ盾もない独身男性が複数人を訴訟するのはその点だけで一気に現実味が無くなる。名誉を踏み躙られる事に対する防御として、法に訴えるのは悪手だ。
何より訴訟という言葉で相手を威圧するのは法によって禁止されている。言論の自由はこの国で保証されているものだ。自由があるからこそ嘘によって言動を萎縮させる事は違法とされ許されてはいけない。その違法行為こそスラップ起訴と呼ばれるものだ。
今この瞬間彼らは法に守られながら法を破る力を手に入れた。
「今日は、帰ろう」
ネーナが裾を引っ張る。自由の剣だけでなく法の盾を手に入れ更に足に力を入れた彼らを、万が一ここから打ち負かせたとしてもまともにガンプラバトルなどできない。そもそも状況を打開するビジョンが見えない。
だからウタダはマユの手を取り、出来る限り余計なアクションを起こさず静かに帰る事にした。
唯一振り返ったマユは最後に、逃げ去る自分達の背中に落ちる夕日を投げつけてやらんばかりの目で勝ち誇るカスガの顔を見た。
三人がいなくなった時、彼らの心に達成感という爽やかな風が吹いた。勝利と自分達の権利を存分に実感した。
しかしアスラン・ザラは知らない。今意気投合している女が自分達の好きを否定する一派で、いずれ自分達を潰そうと画策している事を知らない。
カスガは知っている。隣の男はいずれ自分が抹消しなければいけない人間の一人であり、今はわかり合っているふりをしているだけだとしっかりと意識している。
キラ・ヤマトを至上とする男と全人類が心の底からわかりあえる世界の素晴らしさを知った女。
それぞれの信念を捨てる気がない以上、二人は決して、形上だけだとしてもわかりあってはいけない二人だった。
そしてその夜一つの情報が日本中を駆け巡った。種アンチがついにファンを直接殺害した、と。
アカツキもといオザキ・ムネチカの素性がプライバシーを完全に無視されながら公開され、いつかの種アンチがあのサザミヤ・ケンイチロウの妹だという新たな情報もリークされた。
これによってオザキが拡散した動画は再度日の目に当たることとなる。
今度は殺人犯の動機を裏付けるものとして。
種アンチ、つまりシン・アスカのファンが人を殺す事も躊躇しない異常者の集まりだと証明する決定的にして不可逆的な証拠として。
そしてキラ・ヤマトの行いは全て正しく称賛されるべきものとする証明として。
多くがその情報に飛び付き、その余りは飛びつきはしないもののそういうものとして受け入れた。
このニュースはこれから日常の中に溶け込んでいく。消えるのではない。溶け込んでいくのだ。
形は変わり、見えなくなろうとも消えない限りはそこに残り続ける。
捨てられず、飲み干されない限り消えることはない。あえて検証されないままマユが犯人だと言う推論は真実としてそこに在り続けるのだ。