学校を頑張って来てと言われても正直気乗りはしない。もし義務でなければ学校に行くモチベーションも維持できない。
教師が妨げにも救いにもならないと誰もが知った今、いじめを止める子供は居ない。ガンダムに触れていた子供から始まったいじめも、何故そうなったかの理由を何も考えず『あの子はいじめられているから自分もあの子をいじめてもいい』という認識に変わり人が増えていく。
想定外の増援が引き起こす出来事も、いじめっ子にとっては都合が良いから黙認される。その負のループが完成していた。
直接の暴力、陰湿な悪戯、そのどちらもマユにとっては怒りと蔑みしか感じない。
いつか先生が言っていた。あれはあなたが好きだからやるのだと。当事者であるマユはそうは思えないしそうだとしても意味がわからない狂人の理屈だった。
好きという感情は、ウタダと過ごす時間は、お互いを慈しむ中で産まれる幸福だ。
その振る舞い方が大人と子供の違いなのだろうか、否、ウタダと似たような年齢の人とガンプラバトルをする機会もあったがマユからしたら学校にいる子供と何も変わらなかった。種アンチ、種アンチとこちらを罵りながら自分が上でないと気が済まない。
だからウタダは特別で、理想なのだ。人との接し方も感情の振り方も全てが理想で、そんなウタダと比べればクラスメイトはあまりにも幼稚。だからこそマユは蔑む。
そんな中差し出された、傷もしわも無い綺麗な手がマユには特段不気味に映った。
「大丈夫?」
他に誰もいない二人きりの空間で少年に声をかけられた。
ワダ・エイチというクラスメイトだと記憶に残っている。イケメンでスポーツ万能成績優秀だという評判はあの日以前、クラスのコミュニティに入っていた時によく聞いていた。
その頃からマユはワダには興味が無かった。その時には兄がいて、今はウタダがいるのだから。
「辛いよね。大丈夫。僕が絶対何とかするから。もう少しだけ待っていて」
その言葉にマユが救われる事はなく、逆に余計な困惑を生む。
「僕が絶対に、君を助ける」
何をする気だ。
今更出てきて何のつもりだ。
お前に何ができると思っている。
僅かに輝き、僅かに暗いその眼は彼の決意を物語っている。その輝きを見た時、マユはワダを信じる気持ちを全て捨てた。
ワダは意志を言葉にする事で決意を固める。
覚悟はある。僕は戦う。
キラ・ヤマトがそう言ったように、自分もそうあるべきだ。
ここからこのクラスは大きく変わる。間違った方向に向かってしまったクラスを正す。
思いだけでも、力だけでも駄目だ。その両方が備わった今の自分ならクラスを変えられる。ワダはそれを確信していた。自分にはキラ・ヤマトが付いているのだから。
そうしてマユにとっては何も変わらない日常が過ぎていった。
「ただいま」
「おかえりマユ。ちゃんと準備できてるから手を洗ってからお兄さんの部屋に来てー」
はぁいと気持ち良く返事をして早足で洗面所に向かう。水栓から冷たい水を浴びせかけられるも、熱が冷めない。新しいガンプラバトルに触れる期待感と、何より帰って来てすぐ顔を出したのがウタダだったという事実がマユに熱いものを感じさせる。
兄の部屋に入ると、昨日とは違う格好をしたウタダとネーナが椅子に座って待っていた。これをどうぞと言わんばかりに動いた掌の先にあるのは兄のパソコンと何かの機械。
「これが新しいガンプラバトルシステム?」
「新しいっていうか家庭用のガンプラバトルな。ガンプラユニバースフェデレーションって言うんだけど」
ゲーミングチェアに座るマユの横に立ち、設備説明をしながら準備を進めていくウタダ。
「このスキャナーでガンプラを3Dデータにして、ネットワーク上で戦うんだ」
ガンプラバトルシステムのレクチャーを受けた時よりも近い距離、家というプライベートスペースに入り込まれている安心感がマユに妙な幻想を見せる。
まるで御姫様になったかのような感覚。ウタダは姫を守る騎士か、それとも誰よりも頼りになる執事か。ネーナは、友達のように接せるメイドだ。
「これエリオさんが買ってきたの?」
「あーうん。そう買ってきた」
どきりとさせる質問に反射的に頷いた後、ウタダは自信をもって言えていたかどうか、嘘がバレないか不安でいっぱいになる。
元々ここにあった、つまりケンイチロウの私物だとバレればあのアカウントを探される。リアルから離れた分純粋な悪意をばら撒いていただであろう兄をマユに見せたくはないし、余計なトラブルに巻き込まれかねない。
思考すると共に思い出す。思考を巡らせた通り、今から飛び込む世界は純粋な悪意をばら撒ける世界だ。
本来であれば今の状況でマユに触らせるべきものではない。
しかしそれでしか兄に触れられないというのならば、赤の他人であるウタダに止める事はできない。
ヘッドセットを装着し、ゲーミングチェアに座るマユを見る。彼女の視界は今モニターに映る映像と同化してウタダの視線に気付かない。せめて何も起こらずに終わってくれればいいのだが、最悪ネットを切断する覚悟は持っておく。
「ID data convert.Please scan your Gunpla」
ガンプラスキャナーにダブルオースカイ、の頭部がデスティニーに挿げ替えられたガンプラがセットされる。
純正のダブルオースカイではないのは、決別したカスガに対する彼女なりのけじめだ。
「Are you ready?」
準備はいいかと聞きながらもこちらの返事を待たず、プログラムがモニターから光を出させる。
白く強い光はモニターからそれ以外の全てを掻き消す。ヘッドセットからこの光景を見るマユの意識は、光と共にネットワーク空間に吸い込まれるように錯覚した。
放たれていた光が消えていくと周囲の状況が見えてくる。
マユは格納庫に似た長い廊下の上で直立不動をしていた。その場で視界を上下左右に動かし、コントローラーを持つ自分の腕を確認する。
見覚えのある赤と黒を基調とした格好、マユの体格に合致したザフトレッドの制服に身を包んでいた。シン・アスカと同じザフトレッドの恰好を。
それを認識する間、音も立てずに無から人々が湧き出し、最後にこちらを見ろと言わんばかりの矢印が視界に浮かび上がった。
素直に従い首を動かした先、矢印の先にあったデスティニーはあまりにも大きく、上を見上げなければ顔が見えなかった。
設定と同じく18m弱の大きさ、リアルに再現されたデスティニーは二つの足を地に付け立ちながら、真正面を真顔で見続けていた。その様子があまりにも力強く、マユは思わず喘ぎ声を上げた。
「凄いだろこれ」
両肩を撫でられる感覚に更にはしたない声が出る。両肩の重さと圧迫感を感じ始めてようやくそれがウタダの手だと理解する。ヘッドセットとイヤホンで視覚と聴覚を奪われているマユでもわかるように、かつ騒音にならないように普段よりも耳元で語り掛けられる声と温もりを今のマユは敏感に感じ取ってしまう。
ネーナは目を見開いた。
「ガンプラバトルシステムじゃ自分の機体を見上げる事なんて無いからなぁ。設定通りの大きさで見るデスティニーはどう?」
「う、うん…凄い…」
「だろ? いやこれ本当に凄いよなぁ。等身大の好きなモビルスーツで見れるようなもんだし技術の進歩ってのはほんっと… あ、久々に俺もやりたくなったな。帰ったらやるか」
ぶつぶつと呟きながら上機嫌に、ウタダの人差し指がマユから離れては触れる。指の貧乏ゆすりとも形容できそうな、ガンプラバトルシステムの時のウタダの癖だ。
ネーナは目を見開いたまま眼球を動かした。
スタークジェガンのパイロットみたいになりたくてやってると言っていたそれが今マユの身体でされている。
布越しとはいえ鎖骨をとんとんと叩かれ指の腹で撫でられる感覚がくすぐったい。指の動きに釣られて位置を変える掌が肩や二の腕を撫でる。熱を持った、自分のものではないそれが身体を撫でる度にマユの胸の奥にある何かが幸福感と共に暴れ出す。
「それじゃ早速動かすか。チュートリアルミッションってのがあるからそこから始めよう」
「…え?」
「え?」
ネーナはキレた。
「MISSION COMPLETED」
リーオーの残骸の山、そしてその文字を見るのに大した時間はかからなかった。
ある程度なら経験で動く機体に明らかに的になりに来る敵機。悪い言い方をすれば未経験でも気持ち良く勝てるよう接待された戦場だった。
「どう?」
「なんか、操縦桿が軽いかな」
「そりゃゲーセンとは勝手が違うよな」
ガンプラバトルシステムとガンプラユニバースフェデレーションの明確な違いがそれだ。
大金を叩いて作り上げられた大掛かりな筐体と最新技術を集結させ家庭用に収まったコントローラーでは取り扱う感覚が違いすぎる。
そのギャップは操作精度にも大きく影響を及ぼす。装備はガンプラバトルと同じものを同じ感覚で使えるが、今までと同じような操縦をするにはまだ時間と慣れが必要だろう。
「見ぃつけた」
しかしその時間があるかどうかは別の話。急に開かれた回線から聞こえてくるのは喘ぎ声に近い何か。その気色の悪さに悪寒が走る。
森の奥、地を滑り木を薙ぎ倒しながらそれらは現れた。
それに続き森の奥、木を越えながら四つの影が一直線に飛び越えていく。
「こちらN2!種アンチを発見!種アンチを発見!これより掃討作戦を開始する!!来れる奴は全員来い!!」
「出てくると思ったぜ!お前みたいなバカがなぁー!!」
「このご時世にデスティニーの頭付けてくるなんて礼儀のなってねぇ奴だ!!」
「わざわざダブルオースカイの頭外して付けてくるなんざ生粋のガンダムアンチだぜ!リク君に謝れよリク君に!!」
地を滑るモビルスーツ、ドムトルーパーがビームランチャーを発射し、デスティニーはそれを空中に飛ぶ事で回避する。追い込むように戦闘機に変形したムラサメが追撃をかける。
「何機いるの!?」
レーダーグラフの一箇所に密集する赤い三角、敵機の数に舌を巻く。
最大三機、MS小隊が相手のガンプラバトルシステムとは異なりここでは更に大規模な戦闘、フォースと呼ばれる集団との戦闘が起こり得る。世界最高峰のサーバーに支えられた仮想世界がそれを可能としていた。
それはつまり一対多の状況、それも三どころではない二桁以上の相手を一機でする事もあり得るという事。数の暴力という言葉が三人の脳裏を支配する。
「トランザム!!」
GN粒子によって赤く染まったデスティニーは殺人的な加速を以て回避を試みる。しかし回避というにはあまりにも無駄が多くわかりやすい動きはトランザムに慣れているガンプラユニバースフェデレーションプレイヤーにとっては偏差射撃の練習台にしかならない。
「はい下手くそー!!」
ビームがGNドライヴと機体を繋げるアームを抉り取る。機体を動かすスラスターでもあるGNドライヴの動きが乱れ、最大出力で推力を生み出していたGN粒子はデスティニーを地面に叩き落とした。
「ここはお前みたいな人殺しがいていい場所じゃねぇんだよ!」
「こうなりたくないならなもう二度とデスティニーなんて使うんじゃねぇ。そしたら俺らも何もしない!お前らが出てこなけりゃ、こんな事する必要もなかったんだ!」
「無茶な事言うなよ。こいつらは異常者だ。そんな簡単な事できるわけがないよ!」
別に撃墜されても死ぬわけではなくゲーセンのバトルシステムとは違いガンプラが破壊されるわけでもない。
しかしそれでも負けてはいけない戦いが今までにもあった。
負けてはいけない戦いで負けた結果どうなるか、それをマユは十分思い知っている。
ここで負けるという事がどういう事か。
ドムトルーパーがアンチビームフィールド形成装置スクリーミングニンバスを起動する。触れたものを溶解するエネルギーフィールドを纏い、デスティニーを轢殺する心積もりだろう。
賭けに負けた事を察したウタダがマユの見えない所でケーブルを掴む。
「死ねよやぁああ!!」
地を滑るドムトルーパーが肺の空気を全て吐き出し叫ぶ。
その叫びがマユに届く事は無く、空っぽになった肺に二つの弾丸を横殴りに叩き込まれ悲鳴を出す余裕すらなく転がり爆散した。
文字通りの横槍。全員が想定していなかった銃弾の方向を全員が見る。そこには二つの銃口を携えた一本のライフルを構え、異物が立っていた。
白・青・黄のトリコロールで彩られた装甲の奥でツインアイが緑色に光る。大抵のガンダムにあるはずのツインアンテナが頭頂部から伸びていて、その形状はガンダムのそれと比べれば板、あるいは兎の耳のようにも見えた。
「は?バーゼラルド!?」
「バーゼラルドって…どこのガンダムなの?」
見た事のないプラモデルだが何かには当てはまっているのだろうという甘い考えの下ウタダの知識を頼る。
ウタダは知識を元に言葉を詰まらせつつ答えを出した。この場である種求められてはいない、予想だにしない答えを。
「いや、これガンダムじゃない。ガンプラじゃない!」
「ガンプラじゃないって、じゃああれは何!?」
「フレームアームズだ」
フレームアームズ、ガンプラではないその何かの名前を受け入れる為に復唱する。
同じ二足歩行型ロボットでありながらガンプラではないプラモデル。ガンプラバトルを通じて模型を知ったマユにとってそんなものがある事すら今まで知らなかった。
「ガンプラバトルに他のプラモデルが出てきてる、って事!?なんでそんな事ができるの!?」
「成分から見たらガンプラも他のプラモデルも変わりはないから」
ガンプラユニバースフェデレーションは作り手のアイデアを漏れなく受け入れる為に何でも読み取り反映する。
そうでなければ手塩にかけてフルスクラッチした機体、キット化されていない機体が出禁になるという悲劇が起こるからだ。
しかし門出を広げた自由な場の行き着く先は競合他社のプラモデルがガンプラバトルに出るという無秩序だ。
「そこまでにしておけよガノタども」
バーゼラルドからの広域通信が戦場に響く。重く罵るようなその言葉にマユは慣れ親しんだ不快感を覚えると同時に一つの違和感を感じた。
何故慣れ親しんでしまったこの感覚をあの機体から感じるのか。
助けてくれたはずのあの機体から感じるこの嫌な感覚は。
「あ?なんだテメェ」
ガノタという蔑称に反応したのだろうかわざと荒々しくした言葉はまるでこれから主人公に軽く屠られる三下のようで、こういう状況でもなければウタダは吹き出していたかもしれない。
その王道に則って先を予想するのなら主人公はあのバーゼラルド、この場にいるべきではない異物だ。
「ここにいる時点でお前もガノタだろうが!!天に唾吐いて楽しいでちゅか?この」
致命の一撃を加えようと開かれた口は決め台詞を言う間もなく撃ち抜かれ消えた。
実力差もわからない三下の雑魚がタフガイに不用意に近付き一撃でボロ雑巾にされるように、滑稽という言葉しか思い浮かばない程見事で芸術的な一撃死だった。
怒号と共にムラサメ隊がビームライフルの引き金を引く。この瞬間に勝敗が決まったと言っても過言ではない。
味方を殺され、ようやく状況を理解し、激昂しながら銃を撃つ。
あらゆる作品で何千と繰り返されてきたお約束の展開。この状況で彼らが勝てる道理も要因も何一つ無くなった。
飛び出た弾丸、ビームの弾幕を過剰なまでな動きでバーゼラルドが回避しながら視界から消える。
早い。見た目に違わぬ機動力重視の機体。旋回が間に合わなかった一機が視界の外から迫る二つの弾丸に貫かれ沈黙し、何となくで選ばれなかっただけの幸運な機体が旋回を完了させると彼の視界には二丁のライフルを携えたまま自分に殴りかかろうとするバーゼラルドが映った。ライフルの下部に取り付けられたブレードが肩にめり込み突き抜ける。地に叩き付けられた刃先がすぐさま跳ね上がり、横にいたムラサメの肩半ば程から上を切り飛ばす。
「何でだ!?何でスクリーミングニンバスが効かない!?」
「たかが2000円そこらの安物がフレームアームズに勝てるわけないんだよ!」
この一瞬でパイロットの腕も機体の性能にも明確な差を見せつけた。当然バーゼラルドの方が何重も格上だ。
乱戦の最中コクピット内モニターに、不意にウィンドウが開く。
何処かの動画共有サイトに強制的にアクセスさせられたのだろう。動画視聴はメタバースとしての側面もあるこのゲームに備わっている機能であるが、視聴を強制する事は出来ないはず。
にも関わらずそれができた理由を考える間もなく、始まった動画に意識を持っていかれた。
「デスティニーも!シン・アスカも!ただアンチの神輿になってるから持ち上げられてるだけで何の魅力もありゃしねぇんだ!!当然だよなぁ!ただのやられ役を誰が好むってんだ!!お前の兄貴もそんなんだから、どうしようもないクソ野郎だったんだ!」
そこに映るものと流される声はマユと、アカツキもといオザキだ。
オザキが拡散した動画、それを更に遠巻きに映した動画。盗撮映像を盗撮した映像。
オザキにとって、ガンダムSEEDのファンにとって都合が悪かったものが全て白日の下に晒されていく。
「あの世で兄貴によろしくな!」
それはガンダム界隈で一世を風靡した動画の裏側。種アンチが癇癪を起こして発狂したとされていた動画に至るまでの経緯の記録。
大衆にとってのあの動画は何もないところから急に湧いた幸運だった。しかし現実は、癇癪を起こすに足る下準備の上で仕組まれた茶番であるとここで証明された。
場面が転換する。
「もうまけませぇんもうまけませんからぁ」
泣きながら懇願する声が先程まで勝ち誇っていた男、オザキのものだと理解するのが一瞬遅れる。
あまりにも急な場面転換に頭が追いつかなかった。それでも彼の服に切り刻まれた跡と、赤黒い染み、皮膚に貼り付いたグロテスクな焦げを見たウタダはマユのヘッドセットを早急に、強引に剝ぎ取った。
「見ちゃダメだ!ネーナ、目と耳塞げ!!」
ウタダがマユの身体を投げ飛ばすかという程の勢いでモニターから引き剥がし、受け止めたネーナがマユを抱きしめ包み込み動きを封じる。
動画には椅子に括りつけられたオザキと、その前に立つ人。その手に握られているのは人の皮膚を貫き命を繋ぐ臓器を破壊するであろう刃物。暗い室内で繰り広げられるその様子はまるでスプラッタかホラー映画のようだ。
痛めつけられた男が椅子に括られ、それを見下ろすもう一人の手には刃物。
低予算の簡素なものから何十億とかけた豪勢なものまで、どんな映画であろうとも視聴者がその場面から感じ取るものは古今東西問わずただ一つ。
今から、人が殺される。
刃物を持った人が腕をこれ見よがしに上げる。それこそ映画の殺人鬼のように、今からとどめを刺しますよと、喋らないまま視聴者に語り掛けていた。
「もう負けませんから!もう負けませんから!もう負けませんから!もう負けませんから!もう負けませんから!もう負けませんから!」
もぞもぞと暴れるオザキの叫び声が人の影から鳴り響く。その命乞いの言葉が視聴者の頭にこびり付いた頃合いで腕が振り下ろされた。
「もう負けまあああああああああああああああああ!!!!!」
命乞いが豚のような悲鳴に変わった。
「お前ら自分が正気だって思ってんの?」
更に場面が転換し、カスガの姿が映る。
記憶に新しい光景だ。あの日、ゲームセンターに行く道中でオザキの死を警察から聞いた。そして到着したゲームセンターで起こった出来事がこれだ。
「誰がお前らをまともな人間だと思うものか!!お前らなら人殺しをやる!!犯人はお前らだ!!」
指指すカスガの言い分はその場に居合わせた人々にとっては真実だった。しかし今まさにオザキの死に様を見た視聴者にとってはそれはあまりにも的外れな指摘。
過激で軽薄な視聴者は、むしろこいつが殺したのではとも感じ取る。もう負けません、と言いながらオザキは死んだ。つまりオザキは負けた事への罰で殺されたと思われる。
幼児向け番組の悪役が失敗した部下を粛清するように。番組と違うのは殺した上で、その罪を幼い子供になすり付けようとしている事だ。幼児向けという枷が外れた悪は、大衆のイメージする悪役よりも余程悪辣で陰湿だと思い知る。
「人殺し!人殺し!出ていけ人殺し!」
勝利を確信し笑うカスガの顔が映る。その映像が、一瞬前に感じ取った感覚の正当性を与える。
即ち、こいつらが悪なのだと。
誰もそんなカスガに反論をしない。誰も違和感を持たない。それどころかカスガと一緒になって指を指す。
周囲の人間もこいつのグルか、グルでなくても同調をする事自体が論外だ。
「ここは真のガンダムファンが集まる場所だ!」
ならば真のガンダムファンとは人殺しも厭わない気狂いの集団か。
誰かがそう考えた。それが自分にとって都合の良いものだったから。
いいや違うこれは恣意的に切り取った工作だ。
誰かがそう考えた。それが自分にとって都合の悪いものだったから。
ウィンドウごと切り変わり、獣人の姿が映る。
ここからは録画ではないゲーム内から中継されているものだ。街中ではないどこかのフィールドに立っているのは妨害を避ける為か、或いはあえて妨害ができる場所を選んだ為か。
「今、ここで私が語りたいのはガンダムのファン、つまりガノタが極めて横暴になって来た事、そしてこれからの未来を踏まえた上での提案です」
画面の中央で、獣人が語り出す。
その言葉だけで意図を読み取ったウタダは視界の中の亜人と記憶の中の
「ガンプラバトルという夢のシステムの開発で、ガンダムというコンテンツは世界中に拡散しました。この動画をご覧になられている方々の中にはそこからガンダムを知ったという人も多いでしょう。しかしその行動が、その反応が、ガノタという存在そのものが力を持ったとガノタに誤解させたのです」
この光景はよく覚えている。あの時そこに、ウタダの心の中に在り続けている人もいた。ウタダにとっての人魚姫。そしてAGE-1を使う理由にもなったあの男。
「ガノタは流行、空気と、あらゆる言い訳をしながら他人に自分の好みを強制し、自分達にとって気に食わない連中には何をしてもいいと思いあがっている」
獣人に重なる影はクワトロ・バジーナ、この時彼はシャア・アズナブルを名乗った。彼もまた、敵の横暴を世に知らしめようと姿を現したのだ。
「ガンプラは自由だと宣いながら自分勝手なイメージを他人に押し付け押さえ付ける!終いには失敗した仲間をも手にかけた!!さらに!!その罪を他人に押し付けようとまでしている!!」
ダカールの日と呼ばれる一連の出来事。
一年戦争の勝者となった地球連邦軍から生まれた、一年戦争の敗者ジオンの残党を狩る部隊ティターンズが特権を振りかざし続けた結果、その悪行が世に知れ渡る瞬間。
例え結成以前に星の屑作戦というジオンの悪行を繰り返す出来事があろうと無かろうと、ティターンズの横暴は許されるものではなかった。
「これがガンダムの末路なのです!オタク文化が生まれてもう五十年以上経っているが、ここまで悪質で危険な連中が他にいただろうか!?いや、いなかった!!」
「うるせぇ死ねよカス!!」
言葉をかき消すように、大音量の広域通信で吐き出された暴言が心臓を吊り上げる。
空から現れたF91が最大出力のVSBRを獣人に向けるが、発射される数瞬前、変形した紫の機体に貫かれビームの軌道がズレた。ビームシールドすら貫通するVSBRの最大出力は整えられた舞台を破壊し砂煙を上げながら地面に穴を穿つ。
たった一人の人間に向けられたその一撃はその恐ろしさを遺憾なく発揮しつつ、達成したかった殺害だけは成しえず消えた。
「ご覧になりましたでしょうか!これがガンダムのやり方なのです!暴力によって全てを解決する事しか能のない!これがガンダムの末路なのです!」
獣人の言葉に熱が入る。
ジェリド・メサが味方であるダカール議会を誤射した事をエゥーゴがティターンズ全体の悪行の証拠としたように。それがティターンズの情勢を決めたように、妨害を狙ったF91の介入は視聴者にガノタが悪だと強く印象付けた。
「我々は、ガンダムを捨て去らなければならない!」
ガンダムという勝者は今ここで衰退するのかもしれない。
否、衰退はとうの昔に始まっていた。
であればいつからか敗者の中で培われてきた息吹が今、出始めているのだろうか。
「だから我々はGBNを制圧する!ガンプラではない、このフレームアームズを以て!!」
敗者であった彼らがこの先何になりどこに行くのか、少なくとも彼らはそれを知らない。
来年も宜しくお願い致します。