ガンダムビルドフォーディーズ   作:さんこのれい

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09 Daisuki no Daishou-B

ある日を境に娘の様子が明らかに変わった。しかも短い期間に二回もだ。息子のケンイチロウが交通事故で意識不明になってから後、娘のマユはずっと塞ぎ込んでいた。慕っていた兄が目を覚ますのはいつになるかわからない。そして幼いが故に、強く慕っていたが故に心の傷は母親以上に深かった。

 

その娘がまたある日を境に徐々に笑顔を取り戻していくのだが、それは娘が兄の事を忘れたわけではない。兄はもう目覚めないのだと諦めがついたわけでもない。それでも新しい出会いがマユに明るさを与えてくれていた。

 

ウタダとネーナ。マユの兄が生きていた世界を知る二人は、兄との繋がりを求めるマユにとって兄と自分を繋ぎ止める楔であり、マユを守る騎士だった。

後にウタダと話した時に、兄が生きていた世界、ガンダムがいかに残虐に満ちていたかを聞いた。マユもまたその残虐性に呑まれかけていたことと、彼らがマユを救ってくれた事を母はそこで初めて知ったのだ。

なるほど確かにそれならば娘のあの顔も納得がいく。不安だらけの世界で現状を正しく把握し確実に守ってくれる存在、家族のように振る舞えながらも厳密には家族ではない。だからこその甘えも出せたのだろう。

寂しさもあるが、ずっと塞ぎ込んでいるままよりはずっといい。娘の環境を良い方向に変えてくれた年上の友達に感謝していた。そして今度こそ笑顔で送れる日常がずっと続くのだと信じていた。

 

しかしそんな娘が、またある日に目を腫らして帰ってきた。ぐしゃぐしゃになった見知らぬハンカチを持って。そしてそれ以来年上の友達の話を娘から聞くことはなかった。

その電話も、それと同じくらい突然だった。働き盛りの平日の昼過ぎに鳴る受話器を彼女は手に取る。

 

「マユちゃんのお母さんですか。ウタダです」

「ごめんなさい。俺はもうあなたの娘さんと一緒にいる事はできません」

娘の話に出てきた年上の友人は、こちらの覚悟が整う間も与えずにそう切り出してきた。

 

「何で」

「家の都合です」

「見捨てないって言ったじゃない! なのに今更何で!」

「仕事をクビになりました」

「何で」

「それは、言えません」

嘘が下手、彼女の脳裏にその言葉が即座に浮かんだ。まず、こちらを煙に撒きたいなら余計な事を言わなければよかった。口を滑らせてしまったとしてもその後の追及で適当な事を言えばいい。こちらにはそれが嘘か真か確かめようもない。それを言えないなど、そんな言葉では何かがあったとしか思えない。

 

「マユに何かあった?」

息を呑んで、黙る。わかりやすすぎて泣いて笑いたくなってくる。ウタダの身に何かが起こった。その原因の一端に自分の娘が関わっている事を母は確信する。

 

「言って。こんなの納得できない」

言い切った後、数刻置いて電話越しに空気の漏れ出す音が聞こえた。喉と鼻の中間から響く、溜息を嚙み殺したようなその音はウタダの観念と決意の音。そして彼は話し始めた。

 

「この間マユちゃんと遊びに行った日、告白されたんです。大好きだって言われて、キスを」

「キスって。それであなた、どうしたの」

「断りましたよ。もう付き合ってる人がいるし、マユちゃんはまだ子供も子供です」

ウタダの証言を聞いてようやく合点が行く。娘のあの落ち込みようはつまり失恋から来るものだと理解した。

こんな年上の男にファーストキスを捧げるほど娘がませているとは思わなかったが、彼が気まずさから関係を終わらせようとしているのなら早計。考える間もなく本能的に組み立てた意見は次の瞬間に瓦解する。

 

「でも、キスしているところを誰かに写真を撮られていたみたいです。それで女児にわいせつな行為をしている変態野郎ってSNSで拡散されました」

「してないでしょう!?」

動揺のあまり声量を制御できなかった。盗撮、そして飛躍した疑惑、淫行。どれも突然すぎて制御などできるものではない。大声に呼応するように受話器から当たり前じゃないですか、と荒げた返事が返ってくる。

 

確かに母親から見たウタダは娘が突然知らないどこかから連れて来た身元不明の成人男性だ。その文だけで見れば不穏な目的で近付いたという可能性を捨てられない。

しかしウタダと実際に会って話をした。その上でそういう目的ではない、信用してもいいと母親として感じたからこちらからこれからも仲良くする事を頼んだのだ。

 

仮に自分の予感が外れていたとしてもウタダの目的がマユの幼い身体なら告白を拒絶する必要が無い。嘘だろうが恋人がいようがそれを狙うならばマユの好意は好都合なものだ。しかし実際は告白を拒絶し何もしていないにも関わらず、今彼は幼児性愛の犯罪者と見做されている。それが現実ではあるが、不明な点が多すぎる。一体どこからそんな話が広がったのか。そもそも誰が写真を撮ったのか。誰が、何の為に。

 

「でも世間様はそう見てくれなかった。投稿は拡散されてるし、職場にも毎日毎日電話かけてくる奴がいて…あまりにも酷すぎて会社の信用に関わるなんて話が出て自主退職を促されました。懲戒にしなかっただけマシだと」

「やってないのに何でそんな」

「そんな事他人からはわからないんですよ。だから何度も説明しました。マユちゃんには申し訳ないけども、キスしてきたのは向こうからだとも言いましたよ。でも、幼女に手を出す奴の事なんて信用できないって」

凝り固まった偏見を取り払う力はもう個人には無い。客観的に精査されない限りウタダは最早何の反論を許されない立場にあった。しかしだからと言って精査される事は永久に無いだろうとも予感していた。疑惑はあくまで疑惑として情報を拡散し続ける事で永久かつ実質的に社会的地位を貶められるからだ。

世間が、集団が忘れない事を望む限り、これは永久に続く。

 

「俺はもう社会的に見たらマユちゃんへの加害者なんです。これから先また会うだけで迷惑をかけてしまう。だから俺はもうマユちゃんに近付いてはいけない。それに次の仕事を探さなきゃいけなくてもう趣味どころじゃないんです」

ここから先、二人がただ会うと言うだけでリスクが生まれる。次に情報を拡散する情報元候補は星の数ほどいる。騒ぎに乗じて目立ちたい人物もウタダの周囲を探るだろう。

次に二人の情報がネットに流されれば、そしてウタダに反省の色無しと見做されれば今度は制裁では済まない粛清が待っている。そしてそれは可能性の問題ではなく次に二人が会った時確実に起こる。その時過激な手段を取られたなら、今度はウタダだけでなくマユも今の生活を続けられなくなるだろう。

故にもう出会うことはできない。そして彼自身も趣味に興じるより今日や明日を生きる為の食い扶持、職を見つけなければいけない。例えそれがマユが兄と繋がる唯一の手段を断つ事になったとしてもそうしなければいけない。

 

「何で、何でこうなっちゃったんですかね」

状況説明を終え、改めて自身の状況と向き合ってしまったウタダの声は、完全に心が折れた人間の鳴き声だった。状況を伝えられただけでは想像も付かない何かが彼にはあったのだろう。そう感じ取った以上、更なる追求も引き留める事も彼女にはできなかった。代わりに今言われた通りに何故こうなったかを考え出すと、あっという間に一つの答えに辿り着いた。

そもそも誰が話を広げたのか。無名の個人を晒し上げる事に得がある人達とは一体誰なのか。

 

「もしかしてこれもマユをいじめていたっていう奴らの仕業?」

「多分、そうです。俺のことは種アンチだと拡散されてたので」

マユをいじめていた集団、つまりガンダムSEEDのファンの仕業。二人の推理はすぐに一致した。ウタダ・エリオという個人の罪ではなく彼らの言う種アンチ、つまりシン・アスカのファン全体の罪とする。一つの罪を騒ぎ立て、集団の罪だからまとめて罰せられても仕方がないという風潮を作り出す事が最終目的にあったと、情報の拡散のされ方からウタダは感じ取った。

つまりウタダはこの状況を作り出す為のただの生贄だ。目障りな存在を排除しつつ理想の状況を作り出す、一石二鳥の生贄だった。

 

ガンプラバトルシステムによってガンダムというコンテンツが世界中に拡散された今。その中で起こったスキャンダルは有象無象のそれよりも注目され、ガンダムに合わせた区分けをする事でその出来事は更に他人の興味を集める。

 

「何でそこまでするの? そんなにアニメが大事? たかがアニメの事でここまでする?」

「それは前に聞いた事があります。たかがなんて言うな、と怒られましたよ。彼らにとってガンダムSEEDっていうのは人生を生きる希望を与えてくれた存在なんですって」

「そしてシン・アスカとデスティニー…マユちゃんとマユちゃんのお兄さんが好きなものはそれを否定する存在。だから、死んで欲しいそうです」

マユと初めて会った日、相対したアスラン・ザラから語られた心情を記憶の奥底から取り出し見せる。印象に残る強烈な言葉。死、という単語に彼女もまた息を呑む。馬鹿じゃないか、と以前言ったがもはやそんな言葉では言い表せない。

 

「狂ってる」

しかし仮にこの推理を元にウタダを弁護しようものなら、たった今彼女に狂人と誹られた彼らは彼女の事を狂人を見るような目で見ながら言うだろう。

 

『たかがアニメに何ムキになっているの?』と。

あまりにも幼稚でくだらなさすぎるが故に現実味が無くそれ故に可能性から外される。そうして弁護を封殺した後に当初の予定通り種アンチ全体に罪を被せる。その、たかがアニメの為に。

 

理屈ではなく法的に訴えを起こし、貴重な資金と時間を使ったとしても止められるのはせいぜい一人や二人。数百数千以上まで膨れ上がった偏見を改める事はどうあがいても不可能であり、それらを止めない限りウタダの名誉は回復できず、彼らの大義名分を、武器を取り上げる事はできない。つまり最早ウタダにできる事は何もない。手遅れなのだ。

 

「俺は、もうこれ以上何もできません。こんな事になってしまって、本当に申し訳ございません」

「何で謝るの」

「マユちゃんの事を傷付けて、貴方との約束も果たせない。こんなつもりじゃなかったのに。ただ友達が欲しかっただけなのに」

初めて話した夜、彼は娘からガンダムを引き離すよう提案してきた。何か取り返しのつかない事をやられてから後悔しても遅いと。

取り返しのつかない事態になった今、彼は後悔しているのだろうか。ガンダムに触れた事、もしくはマユと出会った事を。

ガンダムに触れなければ、こんな事に巻き込まれずに職を失う事はなかっただろう。マユと出会わなければ、彼女からの好意を引き出さなければ、こんな事にはならなかっただろう。

 

しかしそれを聞ける程の多大な勇気も欠如したデリカシーも彼女は持ち合わせていなかった。

 


 

マユが違和感に気付いたのは教室に到着した朝、すぐの事だった。昨今はいじめの件で悪意の視線を感じる事もあったが今日のそれはそれとも違うものが混ざっている。可哀想なものを見る目、哀れみ。それを違和感としか捉えられなかったが原因もすぐわかった。

 

クラスメイトからSNSの投稿を見せられて愕然とした。ウタダと自分が一緒にいる写真、公園のベンチで身を寄せている写真、キスをしている写真。初恋が破れたその時が切り取られて拡散されている。思い出とするには新鮮過ぎて、受け入れるには苦すぎるがそれだけなら事実だ。マユが納得できなかったのはその投稿によってもたらされた情報であり、恐らく投稿者が一番伝えたいもの。

 

『種アンチ、小学生の幼女に路上で淫行』

 

あの告白によってウタダが悪人に仕立て上げられている。それもマユを拒絶したから悪いと主張しているわけではない。むしろ受け入れた上で自分に酷い事をしたとされている。

写真として残っているにも関わらずそこから読み取られた真実は全くの事実無根であると同時に叶わなかった理想でもあった。

 

幼児性愛の異常者。それがウタダが今社会から付けられたレッテル。それを付けて欲しいと望んでしまったのは、マユだ。あの時の強い拒絶にはそういう理由もあったのだと今更思い知る。歳の離れた恋愛が他人からどう見られるのか、実体験で理解する。

これがクラスメイトに対する感情であればこうはならなかった。

 

違和感の正体にもその場で気付いた。SNSを見せてきたクラスメイトの視線。つまり、悪い大人に卑劣な事をされた被害者として見られている。その哀れみの感情が違和感の正体だ。

スマートフォンが普及しきり生まれた時からネットワークに繋がれる日本だからこそ、幼い彼らにも情報が行き渡る。それが正しいかどうかは別としてだ。ただの初恋だと思っていたあの日の出来事はいつの間にかそれで済む話では無くなっていた。

 

その風景の奥にワダがいた。マユの反応を伺う目は、彼がこの投稿に何かしらの形で関わっていると直感させた。

スマートフォンをクラスメイトに返し、ワダと視線を合わせて歩みを進める。ワダはそれを見てそそくさと教室から立ち去り、それを追いかける。そして辿り着いた場所は他に人がいないと明確にわかる影。今の時間ならば誰からも聞き取られず誰からも見られない空間。そこでワダは立ち止まった。

 

「エリオさんに、何した?」

「君が悪いんだ。僕を利用して、捨てた君が悪い」

「エリオさんに何したの!?」

「君が悪いんだ。君が、ちゃんとしていたら僕は」

「お前の事は聞いてない!!!」

聞いている事に返事をしない苛つきに語句が強まる。数週間前に告白されて少しはときめいた少年に、今はろくに答えず自分の事ばかり言いやがってと嫌気が差している。否、ガンプラバトルで遭った時、とうの昔に嫌気は差しているが今の態度が余計に神経を逆撫でする。

 

沈黙の後、答えの代わりにワダは涙を流した。

 

「家に、家に石を投げられたんだ。ガラスが割れて、ママが怪我をした。一生消えない傷になるってお医者さんから言われた」

 

その答えにマユは怯んだ。それとこれに何の関係があるのだと気付き指摘する前に掴み掛かられる程の隙ができていた。

 

「わかってんのかよ!全部お前達のせいなんだ! 何もかも!お前達のせいでママが!!」

「何で」

「あの戦いに負けてからだ!嫌がらせが始まったのは! 種アンチの奴らで共謀してるんだろ!!」

「知らないよ」

「知らないなんて事があるか! お前のお兄さんがずっとやってきた手口だろ!?」

その一言が感情を揺さぶる。マユにとって聞き捨てならない言葉だった。デスティニーやシン・アスカへの悪口ですらない、本当に愛している、兄への直接の侮辱だ。

 

「お兄ちゃんが、何だって?」

「サザミヤ・ケンイチロウはガンダムSEEDファンの個人情報を割って、リアルで嫌がらせをしているって。だから僕を狙ったんだろ!」

「何、それ」

「とぼけんなよ家族のくせに!僕は被害に遭った人を何人も知ってるぞ!」

「知らないよ!そんなの!!」

そんなわけがない。あの優しい兄がそんな事をするわけがない。マユ自身が兄からそんな事をされた事もないのだから、そんな事をするという可能性を考えない。

 

「やるわけがないでしょ!? そんな怖い事!!」

「自分はやらないからって他の人もやらないだろうって? そんなわけないじゃん! 所詮は他人だ!他人の考えていることなんてわかるわけがない!でも横から見てたらちょっとはわかるだろ! どういう人間がガンダムSEEDの事が嫌いなのか! その時止めようと思えばお前は止められただろ!」

「でもお前は止めなかった!お前も同じ考えを持っていたから止める気なんてなかったんだろ!!」

 

どういう人間がガンダムSEEDの事を嫌っているか。その問いに、不意にカスガの顔が浮かぶ。彼女がネーナに悪意を向けた事を許せず決別したが、そもそもの出会いはガンダムSEEDの、キラ・ヤマトのファンの悪意に対抗する力をくれた事からだった。

その時彼女が何を言っていたか、あいつらは頭がおかしいとはっきり言っていなかったか。その良識の無い言葉に対して自分が何かをした記憶はない。何もしなかったからだ。その時のマユは、重箱の隅を突いてカスガとの関係を悪化させる気はなかった。カスガのことを仲間だと思っていたからだ。

 

インパルスは兄の事故がガンダムSEEDファンの陰謀だと思い込んでいる。可能性としてそういう事もあるかもしれないがマユは半信半疑だ。それでもインパルス以上に事情を知っている当事者であるにも関わらず、マユは一度意見を伝えたきりそれ以上彼を否定しなかった。あの場でそれが正しいかどうかを決めるよりもフリーダム達を打ち倒す方が大事だったからだ。そして戦いに勝利した後にその話を振り返すことはしなかった。勝利の高揚感と疲れからの逃避で頭が一杯だったからだ。

 

覚えているだけでもマユは二度も、咎めるべき悪意を黙認した。自分の周囲に二人もいたというのに、シン・アスカのファンの中に悪意を持った人間が一人もいないとどうして言えるのか?

悪意を持った人間に大義名分を得させたらどうなるのか?

 

「お前があいつらを放っておいたから!あんなものを好きでいたから!ママは一生消えない傷を付けられたんだ!どう責任取るんだ!!なぁ!?どう責任をとってくれるんだよ!!」

 

何より、マユ自身が今目の前にいるワダを拒絶した取っ掛かりは彼がフリーダムに乗って現れた事だ。大前提としてウタダという異性の存在があるが、穏便に済ませなかったのは彼を敵と認識したからだ。マユがデスティニーに乗るが故にガンダムSEEDファンから悪意を向けられるように、マユもまたフリーダムに悪意を向けた。だからワダを拒絶した。

 

それに至るまでどれ程同情を誘い納得できる経緯があろうがなかろうが、ワダにとっては結果が全てだ。

ただフリーダムが、キラ・ヤマトが好きだっただけなのにこうなった。ただそれだけが全てでありそれだけが真実だ。

 

「シンは、デスティニーは勝つべきじゃなかったんだ!あの時勝たなければ、こんな事にはならなかったんだ!勝っちゃいけなかったんだよお前達は!!」

「お前があんなもの好きだなんて言うから、馬鹿を調子に乗らせたんだ!!」

「お前の好きはキチガイを甘やかしただけの害悪だ!」

「ママがあんな事になったのは、お前らのせいだ!!!」

 

万が一悪意を持った人間が勝ってしまったら、こうなる。否定されなくなった異常者は増長し、生を受けてから今に至るまで叩き込まれ続けた倫理をあっさりと捨てる。他人を傷付ける事が当然の権利のように振る舞う。

一年戦争に勝利した地球連邦から虐殺を是とするティターンズが生まれたように。

こうなってしまった以上、敗者にやるべき事は限られている。

 

「だから写真をばら撒いてやった。種アンチがどういう人間なのかみんな知れば、もうこんな事は起こらないはずだって言ってた」

 

その悪意を知らしめてやればいい。どんな形であろうとも、どれだけ取り繕った嘘であろうとも、それを実現さえしてしまえばいい。彼らがたかがアニメの為に悪意を振るえる狂人であると証明できる。そう教えられた。

ティターンズの横暴をエゥーゴが、敗者となったかつてのジオンのシャア・アズナブルが暴露するように。培われた若き息吹を以って敗者は勝者に終止符を打つ。

 

「あれは、私からの告白だった!エリオさんは…」

ウタダは自分を拒絶した。状況説明として言わなければいけない事にも関わらず言葉に詰まる。

しかしその名前を出す事で最低限の意図は伝わった。写真のあれがマユからのアプローチであると伝われば、その事実が認められれば、コミュ二ティ批判の前提が崩れ去れば、ただそれだけでこの騒動は終わる。

 

「関係ないねそんな事!!」

しかしそれは通じない。

子供は判断能力と責任能力に乏しいと世間一般からは捉えられている。だからこそ子供の当事者が、子供の被害者がどう主張しようが、自分の責任を主張しようが、世間はそれを認めない。それどころか加害者は自分の欲望の為に非力な少女を洗脳をして騙した卑劣な大人として更に罪を重くする。そして罪が重くなればなるほど気分良く裁く事ができる。

 

だがそれはあくまで第三者の事情でありマユの意見に対する否定だ。写真を撮れた、つまり真実を見ているワダには唯一この理屈は適応されない。

ワダにはこうするべき他の理由があった。

ワダにとってウタダは自身の失恋の原因であると同時に倒すべき種アンチの一人。初恋を邪魔した悪魔であると同時に憧れのキラ・ヤマトを否定するもの、そして母の仇。だからこそ、その言葉と行動には第三者を凌駕する強い意志があった。ウタダを何としても破滅させるという強い意志が。

 

否、そもそもの話。マユが種アンチであるという事実、つまり最初から悪意を持っていたと気付けたなら、最初から手遅れだったとしたら、全ての辻褄が合う。

 

「何だよその目は! こんな事に巻き込んでおいて何を言う気だよ!?」

「巻き込む?」

「僕の事をいじめを止める便利な道具としか思ってなかったんだろ!楽しかったかよ!?大嫌いなキラのファンを操れたのは!」

「お前がそんな人間だって知ってたら好きになんてなってなかったのに!!」

 

最初から初恋を弄ぶ気でいたのだ。この種アンチは。他に男がいるにも関わらず、好きになるはずがないのに嘘をついて利用するだけしてから捨てられたのだ、自分は。そして最後に、種アンチ仲間に自分の情報を流して石を投げさせたのだ。

ならばその報いを受けるべきであり、自分は報復する権利を持っている。人間関係を滅茶苦茶にしようが、母が受けた傷に比べればささくれ程のものでしかない。

 

「こんな事なら好きになんてならなきゃよかった。そうしたらこんな思いしなくて済んだのに」

ワダが、マユをはっきり見据えて言った。なんて不幸なんだ、僕は被害者だと、視界に入る目がそう陶酔しているように見えた。

 

「でも僕は戦う。覚悟を決めたんだ。キラみたいに」

ワダは確固たる意志を持って言い放った。真実を教えられた今、彼ができる事はそれしかない。

 

「覚悟はある。僕は戦う」

「次にガンプラバトルで会った時は、迷わず君を討つ」

キラ・ヤマトがシン・アスカの仲間になってしまったアスラン・ザラのセイバーガンダムを切り刻んだように。正義を以てマユを討つ。

そう言い切り、ワダは一人その場を後にした。マユの横を通り過ぎる時もただ真っ直ぐ見据えて歩いていく。物語の主人公のように。

 

 

好きになんてならなければ。もし自分がウタダの事を好きにならなければ、ウタダが破滅する事はなかっただろう。もしデスティニーガンダムを好きにならなければいじめられる事もなく、何の不幸もなく、今この時もこんな影で立ち尽くしもせず、日光と電灯で照らされた教室にいただろう。

 

デスティニーとウタダ、その二つを好きになってしまった。それが今を招いている。ワダは、否彼にそうするよう助言をしたガンダムSEEDファン達もそれを利用したに過ぎない。

 

せめてどちらかを好きになんてならなければ誰も傷付かずに済んだ。デスティニーとシン・アスカが好きでなければ、この恋はそれとは全く関係のない、誰も気に留めないただの歳の差の恋に過ぎなかった。

ウタダを好きにならなければ、彼をここまで貶める事にはならなかった。

 

「好きになんてなっちゃいけなかった」

 

大好きを二つ持ってしまったが故にその代償として、マユは大事な人をその手で地獄に叩き落としたのだ。




マユ達は全滅しましたがあと3話(6.7回分)投稿までして一区切り付けます。
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