獣人は架空の空を見上げていた。最新鋭の技術で作られた空を、VRゴーグル越しとはいえ彼自身の目で見ていた。
今後、遥か未来に人類が宇宙に進出する程の力を得るとしたらその時はゴーグルすら付けず見上げるだけで本物のような空を映し出す事ができるようになるのだろうか。宇宙に漂う筒状の大地、スペースコロニーがそうであるように。
そこまで彼が考えを巡らせた途端、彼の頭の中に黒い影が横切る。それはまさしく黒い影、黒い機体だった。正しく具体的に言うならば黒く塗装されたガンダムMkⅡ。スペースコロニー、グリーンノアを飛び回るティターンズのガンダムMkⅡ。地獄の橋渡し役。
それが映った瞬間、強引に思考をシャットアウトする。思わず手で顔を覆っていた。ゴムとプラスチックを押し付けられる圧迫感、皮膚と皮膚が触れ合う感覚とは裏腹に視界に映るのは分厚く硬い皮に覆われた肉球と人間のそれより尖った爪、そして髪の毛のように硬い体毛。人とは違うそれがまた彼に彼自身の惨めさを見つめさせた。
獣人はガンダムに興味が無かった。否、興味を持てなかった。彼の人生を暗い物に決め付けさせたガンダムに嫌悪感以外の何かを持つことはできなかった。
しかしどれだけ逃げようとも、どれだけ願っても、どれだけ乞いても、視界に入れない事は叶わない。テレビを見れば、やれ次は動く何ガンダムを開発するだの何ガンダムの特集だのを押し付けられる。特に彼は特集が嫌いだった。
ネットに逃げても逃れられるどころか更にガンダムを押し付けられる。人気故にどこに行っても話題に上がる。頼んでもいないのにトレンドを読み取り表示してくるおすすめをしらみ潰しに非表示にしても閲覧数稼ぎの新たな情報源がまた生まれては表示される。
では現実の中で全く関わりを持たずに生きていけるかと言われればそれも最早、彼が地獄に叩き落とされたと自覚する何年も前からずっと、不可能だ。既に日本国内で一定の知名度と人気を保っていたガンダムというコンテンツはガンプラバトルシステムの開発によって世界中に拡散された。
以前から老舗コンテンツとして現実にも幾度も顔を出していたが、ガンプラバトル普及以降になるとその頻度は爆発的に増加した。顧客を振り向かせる為の営業努力の結果、ガンダムに擦り寄る手段を取る企業が増えた。人気が出るというのはそういう現象も引き連れてくる。
利益を上げることが第一の企業にとってその選択は定石になりつつあるが彼個人にとってそれは汚物を顔面に押し付けられ続けるようなものだった。
何より、ネットで話題のものは現実でも話題になる。逆に現実で話題になるものはネットでも話題になる。ネットは非現実ではなく延長線上なのだ。
ガンダムの面を拝むだけで彼は、どんな時も、僅かながらでも、心が嫌悪感で揺さぶられる。現実のどこにいても、ネットのどこにいても彼に逃げ場は無かった。
獣人は二択を迫られた。己の身の振り方を。全てを諦め、いずれ過ぎ去るだろうという希望すら持たず、されるがままで生きるのか。或いは世界に抗い、ガンダムというコンテンツを破壊する事で己を取り戻すか。前者を選べるほど彼はプライドを、否、人としての尊厳を捨てられなかった。
復讐だと揶揄されればそうだと答えるしかない。しかし何も産まないとは言わせない。これは彼が次の一歩に進む為に必要なプロセス。人間になる為の必須条件だ。
だからこそ勝たなければいけない。ここに降り立った時奪った、自分達の拠点に今まさに向かって来るガンプラの軍団を見つめながら獣人は静かに闘志を高めた。
敵を全滅させるに至れずともこの場所は守り通さなければいけない。自分達がガンダムという腐り切ったコンテンツに波紋を起こし続ける為にも、自分達の存在を消させるわけにはいかない。
自分達にはできるはずだ。ガンダムに頼らないフレームアームズというプラモデル、そして志を同じとする多くの仲間がいるのだから。その仲間もこうして自分達が存在し続けている限り今もどこかで増え続けている。
ガンダムを打ち倒すという皆の目標の為に、その統一された意志の為に、これからも集う未来の仲間の為に、この場所を守り通さなければいけない。
フレームアームズに占拠された、フォース『方位磁針』の元拠点に向けてガンプラ達が進んでいく。ガンダムへの悪意を隠さず居座り続ける彼らを今日こそ排除せんと、各地より集まったガンプラ達が行進する。
その面持ちは堅い。普段相手にしている同好の士とは違う、悪意ある外敵を相手にした戦争をするのだ。その緊張感は今までの比ではない。
「不安か?」
その中の一機、地球連邦の量産機であるジェガンのコクピットに通信が入った。機体が触れるかという程近くから届く声の方にカメラを向ける。そこにいたのはギャラルホルンの量産機、レギンレイズだ。頭の先から爪先まで磨かれムラなく塗装された精度の高いガンプラを見て、ジェガンは甘えるように感情を吐き出した。
「そりゃあ不安だよ。ここで勝てなかったらどうなっちゃうんだ?」
「調子に乗るだろうな。最近はパクリプラモデルの軍団が他のフォースを占拠したって噂を聞いた。このままいけばGBNからガンプラが駆逐されるかもしれない」
「ガンプラの為のGBNなのに!」
「あいつらガンダムが嫌いだからな」
不安を打ち明けた先に待っているのは想像以上の最悪の未来予想図だった。ガンダムというコンテンツがあってのガンプラユニバースフェデレーション(愛称GBN)にも関わらず、そこからガンプラが排除されるなどあってはならない。
そもそも自分達が何をしたと言うのだ。ただガンダムを愛しガンプラを作っていただけの自分達が何をしたと言うのだ。その理不尽に怒りと、それ以上の不安が込み上げる。
レギンレイズはジェガンのある種の素直さに可愛げを覚えつつ軽く言い放った。
「大丈夫だ。俺達には秘密兵器がある」
「秘密兵器?それってソーラレイとかジェネシスみたいな?」
「GBNで使えるわけないだろそんなん」
鼻で笑われた事に少し苛立ちを覚えるものの、先程までの怒りと不安と比べれば可愛いものだ。その感情がジェガンの緊張を和らげていく。生まれた余裕をレギンレイズが口にした秘密兵器という勝算、それに対する興味に捧げる。
「じゃあ、何?」
「それは使ってみてのお楽しみだ。こっちまで巻き添えを喰らうようなものじゃないから安心していい」
「今教えてくれてもよくないか?」
「駄目っ面白みが無くなる。でも使ったら絶対面白い事になる」
そう焦らされては、何だよそれもったいぶりやがってと不貞腐れるしかなかった。
「大丈夫。あと10分もしないうちに見れるんだ。それで俺達は勝ちだ」
レーダーを再確認し、目的地へとカメラを映すとすぐそこに目標の拠点が見えていた。拠点の前に隊列を組むフレームアームズと向き合う形でガンプラが展開されていく。両陣営が戦列を展開しきったところで、ガンプラ側からの広域通信が戦場に響いた。
「GBNはガンダムのものだ。部外者は出ていけ」
「そうやって我が物顔して暴力で追い立てるしかできないからこうなっているとわからないのか」
フレームアームズ達がそうだそうだと湧き立つ。広域通信から伝わる情報によって正義が自分達にある事を再確認していく。互いが絶対にわかり合えない事を理解し、闘争の空気が戦場に満ちる。
わかり切っていた事だ。これは最早お互いの神経を、陰茎のように撫で回す前戯に過ぎない。いきり立たせる為の、精をぶち撒ける対象の事で頭を一杯にする為の儀式。
しかし十分に注目を集めたにも関わらずガンプラは銃を向ける事無く、また通信を飛ばす。
「戦う前に一つ見せたいものがある。俺達はお前らの首謀者の情報を掴んでいる」
「脅しか?」
「まず見てほしい。それを見て判断してくれ」
遠巻きから通信を傍受するジェガンはそれがレギンレイズの言う秘密兵器なのではないかと胸を躍らせる。しかし情報、それを見せるとはどういう事か。レギンレイズは使ったら面白い事になると言っていたが、何か一つ見せるだけで状況がそんなに変わるのだろうか。
一つ一つ情報を整理し、自分の中の疑問をはっきりさせるジェガンを尻目にガンプラが掲げるビームフラッグによって一つの画像が空を覆うようにでかでかと映し出された。
「なんだ、あれ」
その場にいる誰もがその画像、写真に注目する。目線の合っていない、盗撮という言葉を連想させるレイアウト。
だがそれ以上に皆が興味を惹かれたのはその外見だ。十代半ばから後半くらいの、特徴的な顔をした少年。画像の下部には、彼の名前だと直感的にわかる単語、そして住所と思わしき文が書き記されていた。
「コバヤシ・マサル」
その写真を見て人々の意思は統一される。そこから読み取った情報を元に出されるそれぞれの結論は不気味な程一致していた。
カツ・コバヤシだ、と。機動戦士Zガンダムに登場するエゥーゴの少年兵、それがカツ・コバヤシだ。
その写真は、現実と非現実という違いはあれどガンダムの知識を持っている人であれば誰でもそう思わせるだけの、ある種才能とも言える何かがあった。
顔の輪郭、目鼻の形、雰囲気、年齢。何からそれを感じ取るかは人それぞれだが最後に抱く感想は凡そ同じ場所に辿り着く。被写体はまるでカツ・コバヤシが現実に現れたかのような少年だった。
「カツだ」
「カツじゃん」
「かなりカツだよこれ!」
「これマジ?実在の人間?」
前から、後ろから、右から、左から、同一の感想が漏れる。闘争の空気が掻き消えるほど、戦場に和やかな空気が漂う。敵も味方も差し出された画像を面白がっていた。勝算を持って出されたものがこんな馬鹿みたいな写真である事を嘲笑した。
ただ一人を除いて。ただ一人だけ、平静を保てなかった。
「やめろ!やめろ!!」
フレームアームズ軍の後方から絶叫に近い叫び声が上がる。その異常な行動に、誰もが目を奪われる。ガンプラ達はその声で、フレームアームズ達は更に布陣の情報から現状を把握する。
今叫んでいるのはあの日演説をしていた獣人、フレームアームズ達の指導者だ。
「その名前を出すな!その写真を出すな!!」
その叫びはその場にいる全員に答えを教える。フレームアームズを指揮する獣人こそ写真の人物、コバヤシ・マサルその人なのだと。そしてモビルスーツ達は確信する。つまり今この瞬間、自分達は憎むべき敵の実体諸共心臓を掴んだのだと。
「えーと、コバヤシ・マサルさん?」
近くにいた重装狙撃型フレームアームズ、輝鎚が笑いを漏らしながら獣人、マサルに本名で呼びかける。
「なんで今反応した?」
他人事でしかない第三者からしたら真っ当な反応だ。この一連の行動はしらを切れてさえいればガノタ達の自爆でしかなく、それをネタにさらに叩くことだって出来た。だからガノタの奇行をあえて見逃した。知らない誰かの情報がばら撒かれた所で痛くも痒くもないのだから。
しかしマサルからしてみれば本名と住所を晒された時点で即時撤回を望むしかないのだ。今ここで知らぬふりをしてもネット上で晒されたその情報を消すことはできない。発信者が消さない限り半永久的に補完される情報を基に面白半分で家に押しかけられるかもしれない、否、間違いなく押しかけてくるだろう。
それは自分がカツだからだ。
マサルを壊したその言葉その定義が、今もマサルの思考ルーチンに取り憑いていた。
嘲笑われる度に、マサルのトラウマが顔を出しては頭の中を掻き乱す。生まれて十数年後、あの日まで彼は普通だった。日本の普通の家庭のように普通に親と過ごし、普通に親に甘え、自分の容姿にも名前にも不満を持った事はなかった。
しかしガンプラバトルシステムの開発、それによって広がったガンダムというコンテンツは彼からマサルという名前を奪い、カツという烙印を押した。それが彼を普通でなくした。
ガンダムを知らなかったマサル少年は、知らないうちに色々なものを奪われていた。興味もなかったガンプラが、存在すら知らず見ることもないアニメが、生きていく上で全く意味のない娯楽が、彼の人生から人として生きる為の大切なものを奪い去った。
彼の顔がカツ・コバヤシにそっくりだと。
Zガンダムにおけるカツ・コバヤシというキャラクターは他のどのシリーズのキャラクターよりもある種救いようのないものだ。
感情に身を任せた独断専行、軍機違反を繰り返し、恋慕の情から捕虜だったティターンズのサラ・ザビアロフを逃がし、ティターンズに打ち勝つ為にエゥーゴが第三勢力であるアクシズとの共闘を画策するもこれを拒否。かつてのアムロ・レイのようにサラ・ザビアロフを自らの手で殺してしまうがティターンズとアクシズに責任転嫁した。
主人公カミーユ・ビダンをはじめ味方に多大な迷惑をかけた上でそこから何一つ挽回する事なく戦死。否、彼の死に様は戦死とすら扱われない、余所見中のデブリへの『衝突事故』とファンの間で確定され最期の最期まで嘲笑の対象になった。その後メディアミックスで出演した作品でも活躍する事もなく、むしろお荷物だった事から嫌悪感を増幅させていった。
カスガを含むガンダム00ファン達が嫌う、ネーナ・トリニティのような美少女ですらないが故にカツ・コバヤシは誰からも何一つ同情されずただの害悪と見做された。
その感情が、カツ・コバヤシへの嫌悪と嘲笑が、彼の生き写しのようなマサルにも当然のように向けられた。Zガンダムは数十年前の作品ではあるものの、ガンプラバトルという革新でつい最近ガンダムを、カツ・コバヤシを知った人達にとってそんなものは関係なかった。
死ね、死ね、と声をかけられることは毎日のように起こった。酷い時には何もないからとりあえず殴る、という目にすら遭った。そして周囲の誰もそれを問題だとも思っていなかった。
マサルは耐えられず教師に泣きついた。その時の一言が今もマサルの脳髄にへばり付いている。
それはお前がカツだからだ。
マサルからしたら意味がわからなかった。それでも教師はそう言い切った。マサルの倍以上生きて培った人生経験が引き出した言葉が、お前がカツだからやられても仕方が無い、だった。教師はそれが真理と言わんばかりに言い切った。
みんなみんなカツが嫌いだ。お前がカツであり続ける限り、これは続く。恨むならその顔と名前で産んだ親とカツを恨め。カツなんてつけたお前の両親は馬鹿じゃないのか。そう言われたマサルは時が来るまで親にも相談できず抱え込む事しかできなくなった。まさか本当に顔と名前をこうした親を恨む事などできはしないからだ。
15になってすぐ、マサルは狂ったように両親と役所に駆け込み改名を希望したが、たかがアニメ・ゲームへの愛情表現を個人的に受けていた程度が改名の正当な理由と見做されなかった。
マサルは、カツ・コバヤシの呪縛から逃れる事が出来ない。人生で関わらないと思っていたたかがアニメのせいで、彼の人生は暗く、細く、棘にまみれたものになっていた。彼が物心ついた時には気にもしなかったガンダムというものが、彼の人生が苦痛に塗れだした途端に毎日のように顔を出していた。
笑い声が背中から聞こえてくる。すれ違いざまに笑われるあの感覚を思い出すと共に、背中から聞こえてくる意味を理解してしまう。
マサルは目の前の敵に目もくれず、自分の背後を確認する。笑い声が聞こえる。正面から笑い声が聞こえる。今目の前にいるのは、フレームアームズの軍団だ。そこから笑い声が聞こえてくる。
「何笑ってんだよ」
「いやだって、これ、面白すぎでしょ」
「アンタ、カツなんだな!!」
「かなりカツだよこれぇ!!!」
戦場に笑い声が響く。敵も味方も関係無く、誰もが笑っている。先ほどまで憎しみ合っていたとは思えない程、笑い声を合わせ、笑い声に同調した。今、戦場に笑顔に満ち溢れていた。
「違う! 俺はマサルだ! マサルなんだ! 笑うな!笑うな!!笑うな!!!」
「怒るなよっカツ! 岩に激突して死ぬぞ?」
何の面白みも工夫も無い一言、ただそれだけで世界に残すべき名言が生まれた瞬間かのように場が再度盛り上がる。その言葉の意味がわかっているからこそ、彼らは笑う。
その熱狂と反比例し、マサルの背筋は凍り付いた。もう自分がこれまで指揮してきた人物ともマサルとしても見られていないと理解してしまった。
常に的外れに暴れ回るピエロ、カツ・コバヤシとしか見られていない。もう何の言葉も届かない。それがさっきまで志を同じとしていたはずの味方であろうとだ。まるでもっと良い玩具を見つけたかのように、ただマサルを嗤う。マサルはコクピットの中で頭を抱えて絶叫した。
「これだ!これが嫌だったんだ!ガンダムなんてものがなければ俺は!! あああああああああああああーーーーーーーーー!!!」
「なるほど、それがこんな事をした理由か」
マサルはガンダムを憎んだ。ガンダムなどというものがなければ彼はまともな人生を送れたと確信している。
だからこそ彼はガンダムというコンテンツを破壊する事を考えた。それを可能にする恐るべき証拠をネット経由で手にした時、ネットゲームであるガンプラユニバースフェデレーションを通じてガンダムを崩壊させてやると決意した。そして自らは獣人のアバターで名前と姿を隠し、仲間を集めて決起した。
ガンダムのファンの悪辣ぶりが世界に広まれば、あわよくばガンダムというコンテンツがタブーとして完全に消え去ってしまえば、これから先の未来ではマサルはカツとして生きていかなくても済むかもしれない。
そう思った。そう思っていた。今はその覚悟と希望が砕け散りそうになっている。彼がずっと抱えていた誤解と一緒に。
アンチの一つの方便として、ファンよりもその作品を理解しているという考えがある。正当性を持たせたいが故に対象を理解している。それがアンチの一側面だ。
反転アンチというものがある。ファンの一人がふとした事をきっかけに嫌う側へと移ることだ。
フレームアームズに乗り込むパイロット達は、大凡がガンダムのアンチだ。故にフレームアームズ達はガンダムを、そしてカツ・コバヤシを知っている。場合によってはファンよりもガンダムを知り尽くしている。故にマサルを、カツ・コバヤシを嗤うのだ。
先ほどまで憎み合っていたガンプラ達と肩を並べることになろうとも、その欲望を発散せずにはいられない。
カツ・コバヤシを叩く、その一心でファンとアンチは通じ合い、一つになり、わかりあった。
今この場においての敵とは、異物とは、カツ・コバヤシを嗤わない者、その一点に他ならない。嗤わなければ例えガンプラだろうがフレームアームズだろうが等しく敵になる。
そしてガンプラは億が一不本意だとしても同調すればこの場は凌げるが、フレームアームズ達はそうはいかない。
笑い声を裂くように銃声が響いた。
コクピットを撃ち抜かれたフレームアームズ、轟雷が前のめりに倒れ込む。それは後ろから、味方から撃たれたという証明でもあった。
「笑うな!! ここで彼を笑ったら、俺達はガノタと何が違うんだ!?」
倒れ込んだ轟雷の真後ろに青いフレームアームズ、スティレットが銃口を前に向けて立っていた。彼が轟雷を撃ち殺したのだ。
「なぁ思い出せよ!俺達はこういう不条理をなんとかしたくてここに」
言い聞かせる為に声を張る。味方に伝えたくて視界を左右に振る。今すぐ、少しでも早くこの場を治める事だけに集中していたからか、彼は最期まで自分に向けられた銃口に気付かなかった。
「で? 言いたい事はそれだけか?」
バーゼラルドの一撃、否二撃が演説に夢中になっていたスティレットのコクピットを確実に撃ち抜く。恐ろしい程唐突にぶつりとスティレットの声が途切れ、撃ち抜かれた身体はごろごろと勢いのまま転がり、他の機体にごつんとぶつかって動かなくなった。
味方が味方を躊躇無く射殺するその瞬間を、自分を思いやり守ろうとした味方が味方に排除されるその瞬間を、マサルは自分のモニターに捉えていた。捉えてしまっていた。
「何で、何で撃った!?」
「そんなのこいつに聞けよ。いきなり味方を撃ちやがって!」
「利敵行為は嫌われて当然だろ、カツ? あっわかんないか!!カツだもんな!!カツだもんな!!」
再び戦場が笑いに包まれる。笑顔が、戦場を彩る。カツ・コバヤシの話題であるが故に、マサルという一人の人間の尊厳と引き換えに。そのやるせなさと、裏切られた怒りがスティレットの遺志を継がせる。彼が言おうとした事を汲み取り代弁する。
「俺達は、ガンダムを潰す為に、ここまでやってきたんだろ? ガンダムが憎くないのか!? ガンダムに怒りを覚えないのか!?」
「キッショ!たかがアニメにそこまで入り込めるかよ」
「現実見た方がいいですよ」
カツ・コバヤシに容赦なく正論を浴びせる行為に、フレームアームズ達は歓喜に震える。感情の赴くまま我儘に振る舞う馬鹿を叩き潰す快感が彼らの声を上擦らせる。
「じゃあ何で、何で俺達に加わった。俺達は一体何をしていた…?」
「ひまつぶし」
その決定的な一言は、脳内麻薬中毒によって引き出された失言は、曖昧だった空気を凍らせるのには十分だった。
「アニメ文化の浄化? 民度向上? そんなもん本気でやろうなんて思ってる奴なんていねぇんだよ」
「こんなバカ高い上に面倒臭いプラモの何がいいと思ってんだ? ガンダムを潰す為に便利だから神輿にしてやっただけなんだ!」
「潰したいから潰す!殺したいから殺す!俺たちはみんなみんな、それだけなんだよ!!」
誤解と共に、マサルの心は完全に砕けた。共に肩を並べる仲間だからこそ、彼らはガノタとは違うと思い込みたかった。悪意を大義名分で隠して暴れ回るガノタを責めるのだから、彼らはみんなそうではないのだと、そう思い込んでいた。
だが違った。マサルが仲間だと思っていた人々と、憎むべきガノタに違いなど無かった。悪意を振る舞いたいが為にガンダムファンがフリーダムを評価しフリーダムに乗るように、悪意を振る舞いたいが為に彼らはフレームアームズを評価しフレームアームズに乗る。
彼らは、ガノタもそれに反抗するフレームアームズ達も、共に、いかに悪意を振る舞う事しか考えていない。だからカツ・コバヤシを嗤ったのだ。
それはつまり万が一ここから自分達が勝てたとしても世界は変わらない事に他ならない。ただ主語が、悪意の実行者が入れ替わるだけだ。肝心の行動が、述語が入れ替わる事は無い。
これからも彼は顔と名前を知られてしまったら、カツ・コバヤシにならざるを得ないのだ。彼が悪意に晒されなくなるのは、彼にとっての地獄はいつ終わるかすらわからない。
もしかしたら、終わるのは、彼が死んだ後。
言葉を成していないマサルの絶叫と銃声が響く。誰が撃ったかはもうマサルには認識できなかった。バーゼラルドが撃ったのか、彼の言葉にショックを受けた例外、マサルに同調してくれたマサルにとっての真の仲間が撃ったのか、それとも自分が撃ったのか。
それが誰のものであろうとも、鳴り響き出した銃声は敵と味方の区別を曖昧にする。隣の味方はどちらかと考えている間に味方に撃ち殺される。
「このイナゴどもが!!」
「信者が!!」
であれば向かってくる機体は何であれ撃ち殺さなければこちらがやられる。意志があればあるほどその考えに固執し、意志が無ければ無いほど少しでも生き残り楽しもうとその考えに固執する。
銃撃戦が始まった。目の前の本来戦うべき敵を蔑ろにして。
ガンプラ達は凄惨故に何よりも滑稽な光景を眺めていた。ジェガンは、乾いた笑いを浮かべるように鼻で笑った。或いは、鼻で笑うように乾いた笑いを浮かべたか。
その横を、物々しいガンダムが通り過ぎていく。金色のフレームで眩しいそのガンプラにジェガンはアイカメラを向ける。
ストライクフリーダムをベースとしたその機体は一部パーツをインフィニットジャスティスのものに変えている事がジェガンにはすぐわかった。それ程わかりやすいミキシングであり、わかりやすいが故にそのガンプラの強大さもすぐにイメージが出来た。CE最強のモビルスーツ、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスを一つにしたそのガンプラの力を。
「撃て。戦争はもう始まった」
「了解」
ファトゥムの砲塔が、サイドアーマーと一体化したレールガンが、両手に持つビームライフルの銃口が、腹部のビーム砲が、頭部と胸部のバルカン砲が前を向く。コクピット内のモニターが敵機をいくつもの鍵括弧の中に捉えていく。
ロックオン完了音が脳を絞り上げ、限界まで達したその瞬間、ワダはトリガーを引く。
彼が作り上げた最強のガンプラ、ジャスティスフリーダムガンダムによるフルバーストが、フレームアームズ達に突き刺さった。
吉田創先生ありがとう!!!!!!!