「あい、お疲れ」
落ち着いたウタダが最初に聞いた声が、それだった。
規則性の無い足音が暫くどたどたと響き渡った後それが消え去ると残るのは空調の駆動音、妙な湿り気、それに相反するような埃の感触。
頭を覆っていた袋が引き剥がされる。乱暴な作業に首を違えそうになりつつ失われていた視覚を一番目立つものに向けた。
仮面を被った何かがウタダを見下している。
唐突な情報に身体が跳ね上げつつもそんな事はお構いなしに新しい情報が視覚と痛覚から一気に入り込んでくる。
仮面の男の服装は一言で言えばコスプレだ。青と白を基調とした丈の長い上着、いかにも女受けが良さそうな男の服装、かつ色合いもシルエットも現実とはかけ離れている格好。
もっと詳しく言及するのであれば、それは鉄血のオルフェンズに登場する敵組織ギャラルホルンの軍服だった。
情報と情報が結び付き、ギャラルホルンの軍服が仮面の記憶を引き出す。あの仮面はヴィダールの仮面、ガエリオ・ボードウィンが己の正体を隠す為に被っている鉄仮面だ。
そのヴィダールは頭の中で情報を整理しながら硬直するウタダを暫く見下した後、飽きたように筐体から出ていった。
一人取り残されたウタダは構わず状況の整理を進める。
今どこにいるのかはわからない。現状を少しでもまともにしようと職探しを繰り返していた日々がまだ非現実に見えていた中、後ろから袋を被せられるという更なる非現実が襲いかかった。
次の瞬間に首筋に走る激痛と弛緩が意識を曖昧にし、漸くまともに息ができるようになったと思ったらこれだ。
自分がどういう空間にいるかはすぐ理解できた。
恐らく大きな部屋の中に小さな隔離された空間が少なくとも二つある。そして自分の両手首が前方左右にあるレバーに括り付けられている。
周囲にある機械類は見覚えが無いがレバーの感触と機械の奥にある壁から答えを導き出すと、今まで何度もここに入り込み座り培った感覚が正しかった事を目の前の画面が光り、証明した。
「GUNPLA Battle System」
ここはガンプラバトルシステムの筐体の中だ。聞き馴染みのある音楽を割いて聞き慣れない声が届く。
「ようこそ。もうしばらくそうして待っていてくれ」
ウタダの状況には似つかわしくない程呑気なその声が余計に怒りを沸き立てた。
「何なんだよこれ!」
「ガンプラバトルシステムに決まってるじゃないか」
「そういう事を聞きたいんじゃない! いきなり連れてきて手首縛ってガンプラバトルだとか意味わかんねぇんだよ!」
「車のハンドルに固定された方がよかったか?」
これは一体何なんだと答えを求める頭が可能性を探る。
うろ覚えが命を繋ぐ言い訳として事実化していく。その事実の中から今の状況との共通点を探り出した。
共通点、それは外付けされた機械から響く聞き慣れない声。聞き慣れない声ではあるが聞いたことのない声ではないとウタダは確信する。
「お前、もしかしてあの時病院にいた?」
ネーナの病室にいた、第一発見者を名乗っていた男、ラスタル・エリオンの声だ。
「覚えていたのか」
その返事は正解の通告と同義だった。それが僅かに引き出す承認欲求が気を強くする。
次の問いかけは今以上に強く大きい声で投げかけられた。
「なんでこんな事する!?」
「そうだなぁ、言うなら趣味と実益だ」
「何が実益だよ。こんなもんに」
「頭を使えば実益になるんだよこれが」
「俺達はこの活動を通じてガンダムの未来を作る」
一呼吸おいて吐き出されたその言葉をウタダは理解したくなかった。
「ガンプラバトルシステムは凄いだろう。ガンダムというコンテンツはガンプラバトルを実現させた事で世界中に広まった」
「しかしこの栄光は未来永劫続くものか?」
「そんなわけがない。プラモデルを動かす技術は今は新しくともあと五年も経てば既存の古い技術だ。その頃にはもっと新しく革新的な技術が開発される。それを世に出すのは十中八九ガンダムではない、別のコンテンツだ」
既存のシステムは時に枷となる。
最初の1を根幹にし続けなければいけない先駆者と、先駆者から基礎もノウハウも盗んだ上で2.3飛んで10からでも新しく作ることのできる後続。話題性、先進性、技術力において後続が圧倒的に有利だ。
「技術が進歩するならいい事じゃないか」
「そんなわけがあるか。ガンダムのアンチがそこに群がりコンテンツを押し上げる」
「どれだけ質の悪いものだろうが、どれだけ倫理的に問題があるものであろうが、ガンダムのアンチは必ずそれを評価する。評価されれば無知な連中が飛び付く。悪循環だ」
反地球連邦組織がザビ家やジオン・ズム・ダイクンに賛同せずとも尽くジオンを名乗るように、ガンダムのアンチは尽くその新しいコンテンツを評価する。
そこに内実は関係無い。嫌いなものを叩く為だけにあるハリボテの好意。客寄せパンダとしての『ジオン』。しかしそれで十分だ。
「その勢いが倦怠期に入ったガンダムを凌駕しないとは言い切れない」
その時待ち受けているのは逆襲だ。
フレームアームズ達が台頭したように、シン・アスカのファン達がフリーダム軍団を打ち倒したように。
両者が失敗した『ガンダムを潰す』という偉業を達成する為の確固たる地盤が、群がる資本によって出来上がる。ラスタル・エリオンはそれを恐れていた。
「それを防ぐ為に何をしたらいい? 来るかどうかもわからない上位互換に怯えて過ごさなければならないのか?」
彼はウタダと同じくガンダムを愛しているのだ。
だからこそ将来が不安になっている。自分の好きなものが未来永劫人気であってほしいという誰もが持ち合わせている欲望を彼も持っている。
「答えは簡単だ。ガンダムを被害者にすればいい」
「新しいコンテンツが出てくる前にアンチを引きずり出し、新しく出てくるそれを新進気鋭の上位互換ではなく病的なアンチの叩き棒として世間に認識させてやればいい」
「それを愛するという事が、ガンダムを好きにならないという事がテロリストに加担する事になると思い知らせてやればいい」
沈黙。絶句と言ってもよかった。将来の不安に対する対策が、ウタダにとっては一見人でなしの発想にしか見えなかった。
「だから俺達はオザキ・ムネチカを殺してアンチを煽った。撮り溜めていた動画を流してやったらすぐ飛びついたよ」
「殺した!?」
「あぁ殺したさ。それを君達のせいにするのも手伝ってやった。おかげでいい動画が撮れていただろう?」
オザキを殺害したのは種アンチとされた。オザキがアカツキを操縦する事、そして直前にマユと戦っていたからだ。
それに言及し、マユ達を殺人犯としてゲームセンターから追い出す様は盗撮され公開され、フレームアームズ達の大義名分として使われた。
それを盗撮していたのはこの男でありオザキ殺害動画と一緒にガンダムアンチに渡したのもこの男。オザキを殺害した真犯人もこの男。
全て自分達でやった事でありその実その目的はアンチを炙り出し、壊滅させる事だった。
「あいつらはもういない。首謀者の個人情報を流して内部から突いてやったらすぐに仲間割れを起こしたぞ」
職を失って以来ガンプラバトルには触れなかったウタダだが、それでもインターネットは無遠慮に情報を流し込んで来た。だからこそ顛末を知っている。
流れてくる情報は発信者だけ異なるが内容はほぼ同じだった。
フレームアームズ達の指導者コバヤシ・マサル。その顔はカツ・コバヤシにそっくりだった。
彼は病的にガンダムを嫌いガンダムを破壊する為に様々な犯罪に手を染めた。
種アンチと手を組みオザキを殺害し、あたかもそれをガンダムファンの仕業であるように見せかけ告発する。
その後もガンダムファンになりすまし模型店を襲撃。
子供に大人数人がかりで暴行を加えてガンプラを破壊したなんて話も出ている。
その話を見た時マユの事を思い出したせいで余計に印象に残っている情報だ。そんな蛮行すらガンダムという巨悪を倒す為の布石として黙認、否容認されていた事もよく覚えている。
しかし彼らは内部分裂を起こし壊滅した。
ここ一番の場面で組織の人間が口を滑らせたのだ。自分達は自分達の楽しみの為にガンダムを潰したいだけ。正義なんてないしフレームアームズを愛しているわけでもないと露呈してしまった。
彼らは自分で自分達の大義名分を捨てたのだ。カツ・コバヤシを再起不能になるまで打ちのめしたいという一心に釣られて。
そしてガンプラユニバースフェデレーション内で全滅した。実際にそこで戦っていない人々も、彼らの蛮行を巨悪を取り除く為の必要な生贄と擁護していた中立の人々も、戦闘員共々消えてなくなったのだ。
これではガンダムを潰せないと悟り、まさに蜘蛛の子を散らすように自分の選択の責任から逃げ出した。
残ったのは、非人道的な行為にすら及ぶ異常者とそれを賛同する異常者に責め立てられていたガンダムという図式だけだ。それだけが電子上に半永久的に記録された。
しかし、ガンダムにとってあまりにも都合良く事が運びすぎていないか。あまりにも簡単に上手く操られてはいないか。
その疑問への答えは男の発言の中にあった。
「お前、アンチになりすましていたのか?」
「そうだ。ダインスレイヴを先に一発撃たれたように見せれば後でこちらが何発撃とうが許されるからな」
煽り、賛同し、暴れ回り、裏切る。その全てに彼が直接関わっていた。全てはガンダムが被害者と見做される為の自演だ。まさにラスタル・エリオンのように。
彼が例えとして出したのは鉄血のオルフェンズに登場した禁止兵器ダインスレイヴ。
物語の終盤で味方陣営に入り込んだ工作員が放ち、それを大義名分にギャラルホルンはダインスレイヴの一斉射撃を行った。
『相手が使ってきたから』を大義名分に禁止兵器をどれだけ使っても許される状況は最後まで尾を引き、それは主人公である三日月・オーガスの死にも繋がる事となる。
そうなったのは敵将ラスタル・エリオンの策だ。自分が禁止兵器を使用したいからこそ敵に一度撃たせることで責任を敵に全て押し付ける。
「簡単だったぞ?考えに同意してやるだけでどんどんと数が増えていったからな」
そういう意味でも今ここで勝ち誇る男はラスタル・エリオンそのものだった。今回ダインスレイヴを撃たされたのはマサル達だ。
「ガンダムの地位はこれで暫くは安泰だ。ガンダムを否定するものがどうなるか、どういう人間なのか、はっきり伝わっただろうからな」
「俺たちを批判する人間は全員野蛮でモラルのないテロリストだ。平和の為に完膚なきまでに叩き潰して絶滅させてやらなければいけないな」
被害者。その地位に立つ事は一種の安寧と安全を齎す。何百何千何万ものダインスレイヴを射出しようが全てが許される特権。
被害者であるが故に批判を中傷にすり替え、不信を持つことそのものをモラルに反する異常者と見做せる。
社会的な死という制裁のダインスレイヴを何千何万と放っても許される究極の特権。そしてその既得権益の甘い蜜を吸おうと人が集まる。ガンダムに宣戦布告したフレームアームズがそうであったように。
例をもう一つ挙げるのならばキラ・ヤマトだ。作中彼は常に被害者の立場にあり続けた。
戦乱に巻き込まれる中立コロニー。
友との殺し合いを強要する軍。
大量殺戮兵器に一人でも多く巻き込むための捨て駒。
隠居した身にも関わらず命を狙う連中。
陰謀に巻き込み罪を被せる国家。
彼は、少なくとも彼の視点からでは常に被害者であり続けた。
それ故に彼の不殺に対する指摘も、彼の選択の間違いも、彼の加害も、全て彼が被害者であるという事実で封殺できる。
彼は可哀想。
彼を批判すべきではない。
彼に優しくするべきだ。
彼は被害者だ。
その言葉が全ての批判を誹謗中傷に貶め、全ての誹謗中傷を殲滅する大義名分となる。
被害者とはつまり、否定を封じる最強の抑止力だ。故に、ここまでしてでも手に入れたいものだった。
これらを自由に発生させ、制御できるのであればそれは最早この世をコントロールできると言っても過言ではない。この男はそれを成し遂げたのだ。
「気持ち悪い。何なんだよお前。何でそんなことができる」
「どこにでもいる普通のオタクだ。金と地位は持っているが、ガンダムを愛している普通のオタクだ」
「愛!?人を殺すのがか!?」
「そうだ。 愛とは他人を傷つける為の言い訳に過ぎない。他人を傷付ける楽しさに比べれば思想や好みそのものはゴミクズみたいなものだ」
今もウタダにとってこの男は狂人であり続けている。そしてその一言一言に、無性に腹が立ってくる。
こいつの全てを否定してやらなければならないという使命感が無意識の内から滲み出てくる。
「何言ってんだお前」
「人は、他人を傷付ける大義名分として何かを愛する。他人に害を加えたいという欲望の為の言い訳と言ってもいい」
「特にアニメやゲームは公平平等だ。そこには金も地位も学歴も関係ない!誰もが勝ち組になり得て誰もが負け組になる可能性がある!」
「だから愛する。勝ち組になって負け組を虐げる為に」
「だから逃避する。負け組の人間が唯一勝ち組になり得るその世界に」
「だから裏切る。大事なのは自分が気持ちよくなるためだけで、愛する対象が何だろうが関係がないからな。自分の役に立たなければ被害者になり、搾り取って捨てるだけだ。続編が爆死したコンテンツなんてまさにそうだろう?」
「俺達は『消費者』だからな。コスパのいい消費をしなきゃ」
こいつは何を言ってるんだ。こいつの言葉は理解できない。だが理解しなくとも理性が訴えかけてくる。
こいつはクズだ。人間としてこいつの全てを否定してやれ、と。人格とそれを形成した環境。血統、家庭、趣味、仕事、容姿、経験、その他諸々。全てを否定してやれと理性が喚き散らす。
「面白い実例を紹介してやろう。今回君を拉致するのに半グレの連中を使った。俺はこういう事をする時半グレに仕事を頼むんだ。身辺調査、傷害、嫌がらせ、拉致からSEO対策まで何でもしてくれる」
半グレ。暴力団に属さずに犯罪行為を行う集団。それはつまり彼の言う活動は犯罪行為を含むという告白に他ならない。そしてウタダを拉致したのも一線を越えたものではない日常茶飯事なのだ。
「強引な手を使っても、どれだけ怪しい事をしても誰も俺に文句を言わない。むしろありがたがって乗ってきた」
出所不明のマサルの個人情報、オザキの死、半グレによって齎された明らかにモラルが失われた出来事をも受け入れ利用する。
大通りを歩く犯罪歴や悲惨な過去の無い一般人が、反社会的かつモラルもない半グレの犯行に嫌悪感を示す事なく、むしろ彼らを英雄のように讃えるのだ。
「アンチどもだってそうだったろう? 半グレが持ってきた情報を疑いもせずありがたがって使い、仲間になりすましがいる事にも気付かず、フレームアームズの同好だと思い込んでいたのだから」
「対立煽りなんて言葉を作り上げた癖にいざ自分達が当事者となったらそんなものがなかったかのように情報を鵜呑みにするか、全て敵の工作と思い込んで憎悪を増すだけだ」
「愛の前には常識や倫理なんて何一つ妨げにならない」
「自分達さえよければ、人殺しだって許すだろう」
「ふざけるな!そんな事が、そんな事があってたまるか!」
たかが遊びに。そう言いかけた所で記憶が言葉を詰まらせる。
初めてマユと出会ったあの戦場で戦ったアスラン・ザラは言った。
自分はガンダムSEEDに救われた。それを否定するシン・アスカを殺すと。
彼にとってガンダムSEEDは『たかがアニメ』ではなくガンプラバトルは『たかが遊び』では無かった。それが上っ面の嘘だったとしても今ここでそれを否定する事は出来ない。
「お前の勝手な思い込みを押し付けるな!人は…人は、お互いを敬って慈しむ心があるんだ!! それで人はわかりあえるんだ!!」
代わりに頭にとっさに浮かんだ言葉をそのまま吐き出すとまた沈黙が訪れた。
そして大声で笑い出す。不条理でナンセンスなギャグを見たかのようにげらげらと、スピーカーから絶え間なく響く。
「何がおかしい!!」
「まるで君が全てを知っているかのように話すものだから、つい、な」
「君は何を知っている? 俺の言葉を否定するだけの知識が君にはあるのか?」
「違うな。君はただ俺を否定したいだけ。俺が白と言えば黒と言い、黒と言えば白と言う。俺が今ここで1たす1は2と言ったら、君は答えは10だの100だの、それか田とでも言うだろう。知識も思想も意志もない、ただの条件反射だ」
「なんでそんな事がわかる?」
「わかるさ。君の言葉には根拠が無い」
「君がこれまで見てきた連中は君が言うように他人を敬って慈しむような奴らだったか?」
「そうじゃなかった。でもそんなものは全体の一部だけだ」
「全体とは何だ? 一部とは具体的に何割だ? 九割九分九厘も一部ではあるぞ?」
「それとも自分の周りが特別なだけで自分のいないところではそうだと? 自分はそういう環境で育った異常者だと言いたいのか?」
「異常者はお前だ」
売り言葉に買い言葉で出たその単語は、訴えられれば罪に問われかねない程のものだ。しかし理性がそれを承知していた。
こいつの全てを、それまでの人生や今ここで生きている事すら否定しろと理性が指示を出し続けている。
しかしその渾身の罵倒もラスタル・エリオンにはただの言葉としてしか刺さらない。
「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。もし君が異常者なのだとしたら君にとっては普通の人こそが異常者に見えているだろう」
「もし俺達が異常者なのだとしたら、そうだな、君にいい言葉をあげよう」
「自分が異常だと理解できていれば常人のフリをするなんて簡単だ。人間という生き物は知恵だけで何万年と生きてきたんだ。その程度の事は無意識にできる」
「それにもし俺達が異常者なのだとしたら君も例外ではない。君も異常者だ」
「ガンダムAGEの評判の悪さはわかっているだろ? それなのにどうして君はずっとAGE-1を使うんだ?」
「悪いか」
「悪いさ!ガンダムAGEなんて見るだけでも不快になる人間は多い。見るだけで目が腐るなんて言う人もいるんだ!それでも君はAGE-1を使い続けている!」
「君のその行動は、ホロコーストの被害者親族の目の前でナチス式の敬礼をするに等しい!」
「何が慈しむ心だ!ネオナチ同然の君にそんなもの備わっていないのに!」
「異常者の言い分だろそんなもの!放っておけばいい!」
「異常者はどうなろうが知ったとこではないと。なら君や君の周りが傷付けられることは放っておかれて当然だろ? 君はみんなが好きなものを好きにならず、みんなが見て不快になるものを大っぴらにして喜ぶ異常者だからな!」
「君は人が苦しむ姿を見たくてガンダムAGEなんてゴミを好きだなんて言っているわけだろ?」
「そんなわけがあるか!」
「どこの誰がそれを証明する? 君が悪意を持っていないと誰が証明する? みんなに聞いてみるか? 間違いなく君の方が異常者だとみんな答えるぞ!」
「君は異常者だ。世界の誰もがそれを認める。誰かが傷付くとわかっていながら、それを目的に悪意を振り撒く異常者だ」
「自分の考えが絶対に正しいと思い込む傲慢さと、潔癖でありたいと言う傍迷惑な自尊心と、責任感の無さ。その三つが弾き出した良識、常識というウソを隠れ蓑にしながら、隙あらば自分の本能を曝け出さずにはいられない化物だ」
「だが安心しろ。君だけじゃなくてみんなそうなんだ。俺も俺以外の全ても、みんなそうなんだ」
「『好き』というモノそれ自体が、他人を傷付ける言い訳でしかないからな」
慰めにもならない勝利宣言がスピーカーから響いた。
「君が間違っている理由はまだある」
「君は何も知らない。君はまるで主人公のような口ぶりで騒いでいるが今ここに来るまで何一つ知らなかっただろ?」
「オザキ殺害に俺が関わっていると少しでも思ったか? 犯人が目の前の男だとわかっていたか? もしそうなら今こうはなっていない。そんな君が知ったように語る言葉に何の意味がある?」
「君の恋人をレイプしたのも彼だ」
その言葉が感情のハンドルを一気に切る。
さっきのあいつが、ヴィダールがネイナを。その事実だけで今の今まで殆ど意識を向けていなかった仮面にウタダの意識の全てが敵意を以って注がれた。
それはラスタル・エリオンが求めた理想の反応だった。
「やっぱり知らなかったか! さっきまでとは全然違う凄い顔をしているぞ! 君は目の前に恋人の仇がいるにも関わらず格好つけながら妄想を語っていたんだ! この事を知っていたら君はベラベラ喋る前に彼を殴りに行ってた!その縄を必死に解こうとして! 違うか!? だから言ったんだ!君は何も知らないくせに知ったふりをして妄想を語っていたんだと!」
「勝手な思い込み? お前がそうしているんだろう!プライドが産み出した妄想を現実と錯覚している!」
何故人が何かを愛するのか、などウタダにはもうどうでもよかった。先程にも増して勝ち誇る男の話は半分も入ってこない。
重要なのはネイナをレイプしたヴィダールとそれを知っていたこの男に何発拳を叩き込むかだ。それ以外はどうでもいい。
「お前、関わっておいてそんな態度を」
「仕方が無かったんだ。依頼されてたのはレイプだけで殺せとは言われてなかったのに、ヴィダールが殺しに行くものだから止めなきゃいけなくなった」
ネーナ・トリニティを憎むガンダム00ファン、カスガは作品への愛に従い現実のネーナにその矛先を向けた。
だがカスガにとっても、ラスタル・エリオンにとっても殺害に及ぶのは予想外だった。前者にとってはネーナを殺すのは
だから止めた。通りすがりの第一発見者を演じて都合の悪い情報を揉み消した。
ただそれだけだ。ただそれだけの事がウタダの意識を一変させた。ラスタル・エリオンにとって重要なのもそれだけだ。
「これでわかっただろう? 愛するから必要とするなんてのは、極少数のイレギュラーがそうと気付かずに多数派の振りをしているに過ぎない」
否、それも妄想に逃げているだけか。そう付け加える。
愛するから必要、と言ったのはラクス・クラインだったか。
ウタダがそうであるように、自分の考えが絶対に正しいと思い込む傲慢さと潔癖でありたいと言う傍迷惑な自尊心と責任感の無さが弾き出した綺麗事の産物。
世界を管理する為に与えられた世界最高の能力、頭脳を持つラクス・クラインと、幼女に性的暴行を働いた無職の社会不適合者ウタダ・エリオの両者が一致した瞬間だ。
唯一違うのは、ラクス・クラインは現実逃避の妄想こそが真実であり現実とされているファンタジー世界の存在だということだけだ。
死んだ人間が生き返る事を前提に、手から熱線を出し生身で空を飛び回る戦いをする格闘家のように、そもそもの前提が現実ではあり得ない荒唐無稽な世界の住人であるという事だけだ。
しかし状況を全て管理できていれば化学反応が常に同じであるように、知性にどれだけ差があろうとも似たような心境・状況に置かれれば人が取る対応は同じ。彼は改めてそれを知った。
自分もその例外ではないことも、また思い直す。
「皆必要だから、満たされたいから愛するのだ」
「ならお前もか」
「勿論。それを理解しているからここまでできた。人間皆そうだと自覚しているからこそ操るのは簡単なんだ」
「人は他人を傷付けたい。だがそれを大っぴらにできないからこそ好きという隠れ蓑を大義名分にする。君も俺も同じだ」
「『好き』というだけで傷付く人がいる。『好き』だからこそそれを受け入れない他人を傷付ける」
「そして他人の『好き』を否定する。一つ一つ丁寧に潰して、喜びや生き甲斐も何もない植物人間を作り上げる。殺人が大っぴらにできなくなった現代で唯一、人目を憚らず人を合法的に殺す方法」
「それが、『好き』がこの世にある本当の理由」
ラスタル・エリオンは勝ちを確信するようにそう結論付けた。
「どれだけ綺麗事を抜かそうが、モラルがないと第三者気取りで抜かそうが、お前と俺達は同じ化け物だ」
「…それで説教してるつもりかよ」
「説教!?馬鹿言うな!」
「君は、自分に、説教されるだけの、価値が、あると、思ってるのか?」
自意識過剰もいいところだ。正気を疑う。彼はそう言いたげに、刻みつけるようにゆっくりと言い放つ。
「説教というのはやる意味があるからこそ、やる価値がある時にこそやる。これはただの事実確認だ。この世界がどういうものなのか、その上でどうすべきなのか。それだけだ」
この男はこの事に怒りも哀れみも危機感も持たない。
今この世界に生きる人々は誰も本当の死を体験した事が無いが死が己の世界の終わりと理解している。それと同じように彼は愛が人を傷付ける言い訳に過ぎない事を知っている。
原始人が死への恐怖から死後の世界を空想した時のような、ラクス・クラインのような綺麗事を宣うつもりも無い。
彼は現実だけを見据えていた。
死があるからこそ命を繋ぐ為に食料や身を守る服や家や保険を手に入れる。それと同じ事をしているだけだ。
清濁を併せ呑める人間こそ世界を動かす権利がある。鉄血のオルフェンズのラスタル・エリオンがそうであるように。
そしてこれが世界を正しく理解している賢い大人のやり方なのだと確信している。ラスタル・エリオンがそうであるように。
「だがもう十分だ。最後に一花咲かせて終わりとしよう」
「今から君を殺す。これは脅しでも生存フラグでもない」
「俺なんか殺したって、何にもならないだろ」
「ところがそうでもない。被害者とは鮮度があるものだ」
「かつて同性愛者は往来に晒され嬲り殺しにされた。投げつける為の猫の死体が露店で売り出されていたとも聞く。黒人は黒人というだけで犯罪者とされた。死なない程度に身体を切り落とされ、何時間もかけて焼き殺された」
「それが今や彼らはLGBTQやポリティカルコレクトネスという名で活動し我々オタクを抑圧する立場に立っている」
「彼らはかつて被害者という名の敗者だった。倫理に反する理不尽と犠牲と苦労を嫌というほど味わいながらも抗い続けて勝者となったのだ」
「だが、勝者は衰退の歴史を辿らなければならず若き息吹は敗者から培われる」
『私は敗者になりたい』。トレーズ・クシュリナーダの言葉だ。敗者こそ時代を動かすものであると主張し彼はそう言った。
しかし時代を動かした敗者はその後一体どうなるのか。それは勝者になると言うことではないか。
「元敗者であろうとも勝者になったその瞬間から有象無象の勝者と同じく衰退が始まるのだ。LGBTQやポリコレが我が物顔でいるのもそれが原因だ。彼らも衰退し、最早その時生きてすらいなかった出来事のツケを他人に払わせ続ける事が当たり前だという傲慢さを持った」
「彼らが特殊であると言いたいわけでは決して無い。人種や思想関係無く、我々も同じだ。同じ出来事の被害者であり続けては、勝者であり続ければ衰退するだけだ。だから常に最新で新鮮な敗者・被害者であり続けなければいけない」
最早、何が言いたいとすら言う気も失せていた。
「筋書きはこうだ。まずフレームアームズの騒動が忘れられた頃に君の死体が上がる。明らかに他殺の痕跡が残ったままな」
「その死体から二つの事実がわかる。一つはその死体は幼児性愛の犯罪者。シンのファン、種アンチのもの。もう一つは君を殺したのは半グレグループの犯行だとわかる」
「君はガンダムSEEDを憎むあまり半グレを利用して殺人までしたがそれを弱味にされて金を要求されたんだ。それを断って反感を買った君は勢い余って殺された」
「人々は思い出すだろう。ガンダムのアンチとは人殺しすら厭わない異常者なのだと。ガンダムを愛さないとはテロリストを甘やかし育てる事と同義なのだと。ガンダムはそういう異常者に付け狙われている哀れでか弱いコンテンツなのだと」
「その新しいニュースがガンダムを新鮮な被害者に戻してくれる」
「お得意様の半グレを捨てるのか」
「いや裁かれるのは君だけだ。万が一彼らが明るみに出ても彼らはガンダムの敵を滅ぼした英雄として賞賛される」
「悪人は、お前だけだ」
他人事で都合が良ければ人は称賛する。それが殺人であろうとも人は擁護し、英雄として讃える。
自分にできない事をやってのけた者に人は憧れる。それが殺人であろうともそれで死んだ人間が嫌いな人間であれば、死んだ人間に罪があると思い込めば、人はそれを悪とは思わない。そうした方が気分が良くなるからだ。
その内に事件は忘れられ罪は搔き消える。
残るのは『ガンダムは被害者』という単純な一文だけだ。
「それに半グレが殺したなんて直接的な証拠は出ない。実際に殺すのは彼だからな」
「君の前にいる俺の甥は命を奪う事に何よりも興味を持っている。昔は野良猫の背中にコンクリートブロックを投げつけ、カッターナイフで切り刻み、頭を踏み潰して殺すなんてこともしていた」
「しかしそれも中学までだ。高校生の頃には猫殺しに飽き、自分と同じ人間を壊してみたいという欲求に囚われだした」
「家族として何とかしてやりたい。彼の欲求を満たすにはどうしたらいいか?」
「で、人を選べば殺してもいいと教えた?」
「そうだ。俺は彼の人生に彩りを与える手伝いをしてるんだ。殺してもいい人間を作り上げ、殺し、時に賞賛され皆が守ってくれる」
ヴィダールは恵まれている。皮肉たっぷりにそう考えた。彼は殺害までのお膳立ても、その後の世論操作の手段を持ち合わせているのだから。
「だが君はオザキのようには殺さない、彼がこの形で決着をつけたいと言うのでな」
「ゲームをしよう。君もやり慣れているゲーム、ガンプラバトルだ」
長い事実確認の末、漸くここまで辿り着いた。筐体に閉じ込められた意味が漸く明かされる。
「ただのガンプラバトルではないぞ、ダメージレベルは当然マックスだがそれだけではない。ガンプラが受けたダメージは君にも受けてもらう」
言葉だけでは意味がわからないが、周囲にある機械群がそれを理解させる。ガンプラバトルをするだけであれば全く必要の無い装置。それが、ダメージをフィードバックする仕組みだろう。
「撃墜されればコクピットが爆発する。正確には君の目の前で爆弾が爆発する、だがな。もし貫かれでもしたらドリルが飛び出し君の内臓をズタズタにするだろう。脱出ができない事は、もうわかっているな?」
操縦桿に括りつけられた両手首を再度見る。ガンプラの操縦に支障は無いが逆にそれ以外のことは何もできない。
つまり撃墜は死だ。作中のガンダムがそうあるように。
「本当のガンダム、本物の戦場だ。楽しいだろう?」
「ふざけんじゃねぇ」
「ふざけてなにが悪い。遊びとは楽しむものだろう」
「人殺しを遊びだなんてな!」
「遊びだよ。我々にとってはな」
「神様にでもなったつもりかよ」
「『おぉ何と傲慢なのだろう!彼は神にでもなったつもりだろうか!』…だったかな?こんな時にも語録で話すとは生粋の種アンチだな君は」
半ばわかっていたが話が通じない。飄々と飛び出す豊富な語彙から伝わったものはそれしかなかった。
こいつらは何を言おうがデスゲームを中止する気はない。
「やるか、やらないか。やらないならそのまま死ぬだけだが」
この場に基本的人権や法律は無い。それらが今ここで分厚い鉄板になって守ってくれるなんて事もありえない。目の前に振り翳される暴力、悪意の前に倫理は空気ですらない。空気は吸えば呼吸が整うがそれすらも倫理には無いからだ。
「ちゃんと君の愛機を用意してある。全力で戦うといい」
画面に映し出されたのは標準的なガンダムAGE-1。使用可能ウェアはノーマルとタイタスとスパロー。ウタダ独自のカスタマイズは無いものの戦い慣れた機体であるのは間違いない。
操縦桿を握る。勝ったところで生きて出られる保証は無いが、勝たなければ確実に殺される事はわかる。やるだけやってやる。そう思った途端にウタダの身体はシートに押さえつけられ、戦場に引き摺り出される。
だが心に貼り付いた不快感は剥がれない。
ラスタル・エリオンの言葉は何一つとして受け入れなかった。あいつはただ自分が気持ち良くなる為に話していただけだ。
しかしそれでも耳に入り、文字としてでも理解してしまったものがへばりついている。
演出上作られた擬似的なGがカタパルトを置き去りにする。それでも心にへばり付き吸い付いたそれは振り落とされず、強アルカリ性の粘液のようにウタダの心臓をじくじくと溶かしていた。