ガンダムビルドフォーディーズ   作:さんこのれい

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12 Dirty Deeds Done Dirt cheap-C

 

『法は最低限の道徳』という言葉がある。

法とは人々が自由に共存する為に最低限の規範を定めたものでしかなく道徳的に正しい行為を保証するものではない、という意味だ。

 

有名な言葉ではあるがこの考えを知らない人、道徳と法が深く結びついていると錯覚している人も多い。

そのような人々にとって、法は正義そのものであり道徳的判断の大部分を占めるものになっている。

 

 

つまり彼らは、道徳的に反するとされるものを凄惨な拷問にかけることすら許容する。

逆に法が許した行為は道徳的にも問題ないと断じてしまう。

彼らはそうした単純な二分法に支配されている。

 

その一方で多少頭の回る人間は時にこの言葉を振り翳し思慮深い人間を演じ、時にあえて知らないふりをして情の深い人間を演じる。

全ては自分の都合の良い展開に持っていく為の小細工だ。

 

ウタダが有罪判決に拘った理由はそこにあった。

 

 

この裁判は話題を呼んだ。『無罪』という言葉の衝撃が一人歩きして世界中に拡散されたのだ。

特にガンダムというコンテンツを愛する人々はこの出来事に深い関心を示した。

 

 

「彼は種アンチを駆除しようとして捕まり、相手が種アンチだったからこそ無罪になった」

裁判に参加しなかった大多数はこの一文で事の真相を知った気になり、納得した。

 

もちろん被告人が心神喪失による無罪だった事を指摘する者も少なからず存在した。

しかし彼らの指摘は取るに足らないものとして処理され、事実に水を差し有耶無耶にしようとする犯罪者の仲間と見做されコミュニティから攻撃を受けた。

 

何故なら裁判では全く触れられなかった新しい真実達が拡散されていたからだ。

その真実の中の代表的なものを挙げるならば、こうだ。

 

 

「被告人は種アンチに責められ続けて心を壊した真の被害者」

「被害者こそ本当の加害者であり真の被告人。殺されていたとしてもそれは自業自得で被告人に罪は無い」

 

 

本来無関係であったはずの心神喪失と種アンチが結び付けられた。そしてこの仮説は瞬く間に既成事実として定着した。

それを支えたのはこれまで積み重ねてきた種アンチの悪行を断片的に記録した莫大な情報。

 

女児への性的暴行、殺人、暴行といった、『種アンチのウタダ・エリオ』個人の『事実』だけではない。

一ガンダムSEEDファンであるワダ・エイチ少年の家族に降りかかった悲劇や、今ではフレームアームズ達によってもたらされたとされる数々の事件、その他諸々。

 

真偽不明であったにも関わらずそれらは各地でそれとなく事実とされ続けてきたそれら、そしてそれを担保に作られた新しい仮説もまた事実になっていく。

 

「そんな事をする連中であればこんな事もしているのだろう」

 

その『事実』が、彼らの望む結論へと導いていく。

まずはこの事件が自業自得でしかないものだという結論。そしてその事実から更なる結論を導き出す。

 

 

「種アンチは犯罪者の集団であり、それに対するどんな行為も許されるべきものである」

 

「そんな奴らが愛するシン・アスカなんてものは本来は誰からも愛されない。否定され揶揄され嘲笑される玩具でしかありえない」

 

「シン・アスカが好きな人間は種アンチだ」

 

「シン・アスカが好きな人間はガンダムファンではない」

 

「シン・アスカが好きな人間はガンダムのファンに悪意を持っている」

 

「シン・アスカが好きな人間は犯罪に手を出す」

 

「シン・アスカが好きな人間は犯罪者予備軍だ」

 

 

言葉にしてしまえばあまりにも突飛で馬鹿馬鹿しく意味不明で荒唐無稽だ。

そんな主張を正面から真面目に聞かれれば発言者の正気を疑われかねない。

 

 

しかし逆に言えば、言葉にさえしなければ誰もその考えを指摘できない。

 

現実の人間はニュータイプやイノベイターのように思考だけで意思疎通はできないからだ。口に出した言葉だけが現実を形作る。

だからこそこの考えは暗黙の了解、或いは良識や常識として浸透された。

 

言葉にしなければ、指摘を事実無根の被害妄想、統合失調、精神異常者の暴走として簡単に処理できる。

言葉にしなければ、人は物事を都合の良いように解釈して捉え直す。

言葉にしなければ、状況に応じて大義名分を使い分けることもできる。

 

 

シン・アスカはガンダムSEEDの敵であり、全てのガンダムの敵である。

そのどちらかに味方する者はあっさりと彼らの一員に加わっていく。

 

彼らはまるでニュータイプやイノベイターのようにわかり合った。

『好き』という感情が脳量子波のように共鳴して彼らは繋がっていた。

 

普段歪み合い互いを理解しようとしない彼らは自分達の帰れる場所を守る為に、そしてそれを広げる為にわかり合うという奇跡を起こした。

何故なら彼らの根底にあるものは全て同じ。何かを愛する、『好き』という感情に突き動かされる者同士だったからだ。

 

 

世論は既に裁判の本質とは大きくかけ離れたところにあった。

そこでは事実や倫理も意味を失い、感情だけが絶対的な力を持っていた。

 

世界は『好き』で満たされた。

彼らはこれからも自分達の『好き』を守る為に戦い続けるだろう。

一先ずは、いつの日か自分達の『好き』が、ガンダムが全ての世界に浸透するまで。

 


 

ようやく気付いた事がある。

ラスタル・エリオンにとって、ここまでの事が全て想定内だったという事だ。

 

 

完全に自分達の領域に引き摺り込んだにも関わらず拘束を解かれて逃げられるという失態。

 

しかも真実が露見すれば破滅すらあり得る蛮行を及んだ上でのあの詰めの甘さ。

 

ガンプラバトルが終わってからはもう何も知らないとばかりの不干渉を決め込んだ態度。

 

逃げるのに必死で考えもしなかったことが今になって答えを出す。

 

 

逃げられても構わなかったのだ。

 

その時はヴィダールを、自分の甥を切り捨てる事ができる。

標的がまんまと殺されれば過激な手を打てる駒が手元に残り続ける。

恐らく前者の希望の方が強かった。だから自分は逃げられたのだ。

 

 

あの男は自分の甥を捨てようとしていた。その動機は簡単に推測できる。

 

例え親族とはいえ人を殺したくてたまらないなどと宣う狂人を側に置いておきたい人間なんていない。

それが本音だ。

 

 

しかもその狂人が自分の甥と知られてしまえば芋づる式に自分の地位を脅かされる。そうなる前に、比較的被害の少ない内に彼を秘密裏に処理したかったのだろう。

閉鎖病棟という文字通り世間から閉じられた、人目につかない空間はその為にうってつけだった。

 

弁護士が言った通り、無関係の人間からしたら死刑とほぼ同義だ。

いると知らなければ死んでいるのと変わらないのだから。

 

 

彼は利用されていた。

あの男は親族のよしみという大義名分で彼の殺しを管理しながら自分の欲望の為に働かせていた。

 

今回ウタダが死ねばそのまま殺しを続けさせられる。自分を脅かす爆弾を抱え続けるリスクを背負いながらではあるが、それでも利用価値はある。

逆に彼が途中でしくじればそこで彼を切り捨てられるよう手筈を整えていたのだ。

 

自分とは無関係な狂人として処理し、その後の一生を閉鎖病棟で過ごさせる。

二度と世間に出られないようにすれば自分の地位を脅かす事も無い。

 

 

それだけではない。彼は事後の対策にも事を欠いていない。

万が一この処理を少しでも不審に思い、調べる人が現れたとする。その時には肉の壁がその人の前に立ちはだかるようになっている。

 

「あの殺人犯はアンチに正当な裁きを下そうとした殉教者だ」

そう信じてやまないガンダムファン、という名の肉の壁だ。

 

彼らは物事を誤魔化し、その人を『マスゴミ』と蔑み全力で邪魔をする。或いはアンチの一員と見なして暴力を振るう事もあるだろう。

 

人としての尊厳を無視した妨害を受けても調べようなどという気合の入った人間はいない。我が身可愛さに早々に逃げ去るか、暴力に屈する。

真実の奥の奥にある、彼と彼の叔父の関係に気付く筈もないのだ。

 

 

この裁判での無罪とは安全かつ確実に駒を処分する手段であり、彼らの欲望を実現するための一手。

『無罪』というたった二文字の印象を利用し、自分たちの思う通りの状況を作り上げる。

 

天才だ。世界を知り尽くし、清濁併せ呑み、あらゆる手段を講じている。

だからあの男はまさしくラスタル・エリオンなのだ。

 

 

笑いが込み上げてくる。万策が尽きてもうそれしかできる事がないからだ。

自分は完膚なきまでに負けた。社会的地位を失い、職を失い、価値観を否定され、大衆がそれを喜んでいる。

 

そして今実質、人権すら失われかけている。

これが負けでなかったら何だというのかと言いたくなるほどの完全敗北だ。

 

負けを意識した時、新しい疑問が浮かび上がってくる。

どうして勝ち負けの話になったのか。いつから勝負になっていたのか。何故戦いを挑んでしまったのか。そもそもの元凶を振り返る。

 

 

初心者のマユのガンプラが、彼女の好きなデスティニーが破壊されるのを見ていられなかったからだ。

それを止めたのが間違いだったのだろう。

あの時見て見ぬふりをして何もしなければ今こうなっていなかった。

 

それはわかる。しかし納得できない。間違いという答えを返されてもそれがどういう間違いなのかを理解できない。

 

 

それの何が悪い?

無駄に蓄えた知識で、無駄に怒りと悪意を振り翳して、他人の好みを否定するのを咎めて何が悪い?

例えそれがどんなものであろうともそれを否定する権利が他人にあるのか?それを貶す権利が他人にあるのか?

 

ただそれを好きだった、嫌わなかったというだけで人殺し呼ばわりされ、性犯罪者呼ばわりされ、今では殺してもいいとまで言われる。

そこまでの権利が他人にあるのか?

 

人生を救われただか何だか知らないが、どうしてここまでの事ができる?

他人の人権まで否定してでも守らなければいけない程のものなのか?

 

 

「『好き』って、何だ?」

ウタダは自己正当化の果てにその疑問に辿り着く。

思えば、誰もが自分の『好き』の為に動いていた。

 

キラ・ヤマトを愛しているからこそシン・アスカとデスティニーを嫌悪するガンダムSEEDファン。

シン・アスカとデスティニーを愛しているからこそキラ・ヤマトを嫌悪するサザミヤ・ケンイチロウ。

ガンダム00を愛し、ルイス・ハレヴィと自分を重ねているからこそネーナ・トリニティに悪意を振るうカスガ・ユイ。

 

フレームアームズ達の首領、コバヤシ・マサルの青春をぶち壊し追い詰めたZガンダム。

彼に付き従い、ガンダムを排除しようと動いたフレームアームズ達。

ヴィダールとラスタル・エリオン。

 

自分に合わせる為にネーナ・トリニティになりスローネドライを駆るネイナ。

兄の為にデスティニーに乗るサザミヤ・マユ。

 

 

娯楽のはずのガンプラバトルで誰が、どうやって幸せになったと言うのか。

ガンダムSEEDのファン達が、カスガ・ユイが、ラスタル・エリオンが、誰かを傷付けられたから幸せになったのではないか。

 

 

「人は、他人を傷付ける大義名分として何かを愛する。他人に害を加えたいという欲望の為の言い訳と言ってもいい」

 

「特にアニメやゲームは公平平等だ。そこには金も地位も学歴も関係ない。誰もが勝ち組になり得て誰もが負け組になる可能性がある」

 

「だから愛する。勝ち組になって負け組を虐げる為に」

「だから逃避する。負け組の人間が唯一勝ち組になり得るその世界に」

「だから裏切る。自分の役に立たなければ被害者になり、搾り取って捨てるだけだ」

 

「続編が爆死したコンテンツなんてまさにそうだろう?俺達は『消費者』だからな。コスパのいい消費をしなきゃ」

 

 

あの時からへばり付いている言葉が、疑問の答えになっている。

しかしウタダはそれを受け入れられない。『好き』が誰かに悪意を向ける為の言い訳でしかないなんて納得したくない。

 

だがもしその言葉が間違いだとしたらこれは一体何なんだ。

 

何故自分は負けた?

何故あんな奴らが野放しになっている?

何故ここまでの事態になっても誰も何も言わない?

 

考えがそこまで及んでも尚、彼は自分の負けを認められなかった。自分が間違っていると認めなくなかった。

 

 

間違っているのはあいつらの方だ。自分は全てにおいて正しい。

 

ウタダはそう信じ続けるしかできなかった。

しかしその信念も、何かが『好き』だからこそのものだ。

 

ウタダ・エリオは今、彼が軽蔑する大衆と同じように自己正当化と被害者意識の汚泥に沈んだ。

ウタダ・エリオもまた、どうしようも無いオタク。『好き』という感情に突き動かされる者の一人なのだから。

 

 

「間違いを正さないといけない」




あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
そしてUA9000超えありがとうございます。

このお話はここで一区切りとさせて頂きます。
しばらく書き溜めをして続きを書く予定です。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。宜しければ『一番嫌いな人物』を教えて頂けますと幸いです。

  • サザミヤ・マユ
  • ウタダ・エリオ
  • ネーナ(ネイナ)
  • カスガ・ユイ
  • ワダ・エイチ
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