「ガンダムファイトォ、レディーゴー!!」
その言葉と共に取り出された二丁の拳銃は、原作では長布以外の武器を使わないマスターガンダムのイメージとは異なるものだった。
ガンダムファイトは武術や気功での戦いが主だ。それはガンダムファイトが戦争回避の為の手段だという歴史的背景に起因する。
その、モビルファイターであるマスターガンダムが射撃武器を持っているという事実は異様なものを感じさせた。
「解釈違いであれば申し訳ありません。本当なら素手だけで戦うべきなのでしょうが私はまだそこまでの境地には至れていません」
「なので、こうさせて頂く」
銃身を横にして片方を突き出す構え。フィクションの世界ではありふれた、体術と射撃を組み合わせた独特の流派だがそれを見た観衆が湧きたつ。
その構えはストライクノワールの戦闘スタイルだからだ。
つまり味方だ。大衆はそれを理解した。これはストライクノワール、ガンダムSEEDと種アンチの戦いなのだ。依然その形は変わらない。
シールドライフルから螺旋のビームが放たれる。防御フィールドや装甲を貫通するDODS効果を持つ強力なビームは、半身を逸らしたマスターガンダムの胸部装甲の表面わずかな部分だけを削り取り、通り過ぎて行く。
交差するように放たれたハンドガンの一撃は、もう片方のシールドに阻まれ霧散した。
塗膜すら剥がれない、まるで豆鉄砲のような貧弱さだがそれがウタダの胸中には大きな不快感を募らせる。
こちらの攻撃は完璧に見切られているどころか反撃まで受けた。今回はシールドで防げたものの、直撃であることは変わらない。
どれだけ撃ち込もうが避けられ射撃の隙を突かれる。それを確信してしまった。
であれば回避の難しいハイメガキャノンを使う。横薙ぎでもいいし、跳んだところを狙ってもいい。広範囲を焼き払うビーム兵器ならばシールドライフルのようにはいかないだろう。
そう判断して武装を切り替えるとAGE-1はシールドライフルが接続された両腕を下ろした。
マスターガンダムがAGE-1の懐に潜り込む。射撃が止んだその一瞬を彼は見逃さなかった。
シャアのザクがガンダムを攻撃するように、マスターガンダムの蹴りがAGE-1の腹部に叩き込まれる。質量と関節がAGE-1を山折りにし、それでも尚逃げ切れなかった運動エネルギーが機体を後方に弾き飛ばした。
背中から地面に激突し、摩擦と衝撃でリニアシートが揺れる。ウタダはそれが収まるまでただ翻弄される事しかできなかった。
「クソが」
強制的に吐き出された息を吸い直し、モニターを見て悪態を吐いた。
ハイメガキャノン、オフライン。先ほど受けた腹部への蹴りが砲塔とシステムを破壊していた。マスターガンダムに決定打を与えられる可能性があった唯一の武装をこれで失ったのだ。
その様子は筐体の外にもモニター越しで伝わっていた。ライフルを最小限の動きで回避し的確な反撃をする様も、武器を切り替えた一瞬の隙を突いてハイメガキャノンを破壊した様も、何の忖度も無く事実をモニターは映していた。
そしてそこから観客達は東京不敗の優位を、自分たちの勝機を確りと見る。
彼らの脳髄が音を掻き鳴らす。
腹の奥を叩く重低音が二回。宇宙を切り裂くあのイントロが、誰も鳴らしていないのに鳴り始める。
完全なる勝利が演出され始めていた。
「殺せ」
誰かがそう言った。それは個の意思ではなく総意だった。
年貢の納め時。クライマックス。決着の時。最終局面。
その場面を何と表現するから人それぞれだが、予想する結末は何も変わらない。
だからこそ、その一言は引き金となって連鎖した。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「世界を守れ!」
「こいつは殺してもいいやつだ!」
願いは一つ。このまま死ね。
「こいつはクルーゼだ!」
ラウ・ル・クルーゼのように。
「いいやオルフェだ!」
オルフェ・ラム・タオのように。
「いいや議長だ!」
「こんなやつそこまでいかねぇよ!ユウナだろ!」
ユウナ・ロマ・セイランのように。
その瞬間を見納めようと目を見開き、催促する。
望みはシンプルで、簡潔で、単純だ。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
終わった。ウタダはそれを確信した。
このマスターガンダムは強すぎる。自分が敵う相手ではない。
『東京不敗』を名乗る為に差し引き不敗になるまで戦い続けたという実力は本物だ。今まで戦った誰よりも強い。
終わった。ウタダはそれを確信した。
これならばいっそ先ほどの連中に倒されていた方がいくらかマシだ。
彼が何のために戦いを挑んできたのかはわからないが、周りの連中とは違うことは伝わる。
だから最悪だ。東京不敗の振る舞いが、そのまま周囲の大義名分になるからだ。
彼に乗っかれば、それだけで彼と同じになれる。
『純粋な好き』を持つ『我々』が、ウタダという最低最悪の悪魔を、『力を合わせて』撃ち倒した。キラとラクスが愛を武器に邪悪なファウンデーションを滅したように。
そんなストーリーを作り上げるのに三秒もかからない。
終わった。自分は何も成せずに消えていく。
自棄になりながら操縦桿を捻り握り締めた。
距離を取る。ハンドガンの射程に入らない、それ以上に接近されないようにしなければならない。
しかしそれにも関わらず距離が詰められていく。弾幕を舞うように、跳ねるように掻い潜り接近してくる。
予想外の武器はハンドガンだけ。それ以外の要素は全て誰もが予想していた通りのものだ。機体の見た目通り、見た通りの動きしかしていないしハンドガン以外は記憶通りの武装しか持っていないだろう。
故に誰もが知っている。この機体は本来は接近しなければ戦えない事を。
だからこそ、この機体の突進力はモビルスーツでは在り得ない程高く設定されているのだ。
その機体の真価は今発揮している機敏な動きでは無い。今は銃を握り、塞がれているその拳だ。
その封印を、彼は解いた。
無手となった掌が紫色に輝き唸る。その手は勝利を、理想を掴む為に燃えていた。
「ダークネス・フィンガアアアアアアアアアア!!」
紫に輝く掌がAGE-1の頭部を捉え、エネルギーの奔流と圧力で破壊していく。カメラセンサーを備えた頭部が損傷した事でコクピットに伝わる映像が乱れていく。
四肢もコクピットもまだ大きな損傷は無いが、その視覚情報はウタダの圧倒的な不利と敗北をここにいる全員に教え込む。
「ガンダムファイト国際条約第一条『頭部を破壊された者は失格となる』」
「もう終わりました。これ以上の破壊は不必要かと」
その状況でAGE-1のコクピットに伝わってきたのは東京不敗の戯言だった。
言ってる事は理解できる。なるほどこの男は最後までガンダムファイトの体を成すつもりか。
彼が提示したルールは恐らくガンダムファイトで一番有名なもの。それに従えばこの勝負はこの瞬間、ウタダの負けで決まりだ。
しかしガンプラバトルのシステムがそれを判断しない以上ウタダ自身が敗北を申告をしなければならない。
「降参しろって?」
つまり、先程両目を抉り取られたストライクがそうしたように投降しろ。そう言っているのだ。
「はい。ガンプラバトルでは頭部を破壊されても負けにはならないですから」
「降伏して貰わなければそのAGE-1を破壊しなければいけなくなる」
ガンダムファイトをしに来た彼からしたら当然の提案であり、穏便に済ませられる上に筋も通っている。
しかし彼は重要な事に気付いていない。
これはガンダムファイトではなくガンプラバトルである事。そしてウタダが置かれた状況は、降伏も敗北も違いは無い。
「どっちにしろ同じだ。負けたら終わりなんだよ!最後までやらせろ!」
叫びながら操縦桿をへし折るように動かす。
掴まれたAGE-1の首が根元から千切れ、メインカメラを喪失した事でコクピット内映像が砂嵐に塗れた。
それでも動きは止まらない。シグルブレイドを取り出し、数秒前の記憶を頼りにマスターガンダムに突き立てようと腕を振りかぶる。
負けたらその時全てが終わる。降伏だろうが破壊だろうが結末は何も変わらない。
だからこそ最期の最期まで惨めたらしく抵抗する意味もある。
あるかどうかも定かではない、あったとしてもほんの僅かな可能性に賭けてその刃先を振り下ろした。
帰ってきたのは質量武器特有の手応えではなく、途中で何かにぶつかり阻害される衝撃だった。
サブセンサーから入る僅かな視界がぐるりと回転したかと思うと、今度はコクピット全体が揺れて全ての動きが止まる。
「Cockpit Destroyed」
筐体の外から聞こえる歓声とモニターに表示されたその文字が全てを誤解なく伝達した。
負けた。最悪の形で自分は負けた。
「これっぞ!天罰だァ!!」
湧き立つ歓声の中、それを突き抜けるほどの声をウタダの聴覚が捉えた。
特段大きなその声だが、それでだれも静まり返ることはなかった。誰もがそれに異論はなく、誰もがそれに同調していたからだ。
次に筐体の扉が乱暴に開けられた。襟に手を突っ込まれ引き摺り出される。
ゲーセンの床に転がったウタダの横腹に靴底がめり込む。
やっぱりこうなるのか。ウタダが予想した通りの痛みだった。だから敗北も降伏も変わらないと彼は確信していた。
視界に新しい靴底が映り込み、思わず挙げた手ごと顔面を潰された。
ここから先はエンディングだ。
悪党が涙を流しながら断末魔を上げる。
地べたに這いつくばり、それまでの罪の代償を払い、無様に、容赦無く、グロテスクに、全ての尊厳を踏み躙られ、赦しすら得られず滅びていく。
勧善懲悪。
王道の、故に何十年、下手をすれば百何年以上も愛され続けた結末だ。
「そこまでぇ!」
その感動のシーンを止めたのは他でもない。ウタダを打ち倒した勇者、東京不敗その人だ。
その空気にそぐわない、癇癪のような、そして腹の奥から飛び出た大声は大衆の動きを止めるには十分だった。
自分よりも大きな声に委縮する本能か、それとも狂人を一目見ようとする好奇心か、最早用済みとばかりに蚊帳の外に置かれた東京不敗に再度注目が集まる。
その紳士はウタダのガンプラと端末をビニール袋に入れ、その口を閉じた。
ウタダもまた東京不敗を見ていた。
ここから何をするつもりなんだと、大衆と同じ疑問を抱いていた。
この一瞬、東京不敗以外の誰もが同じ気持ちを抱いていた。その感情の出所が違うだけで、誰もが等しく困惑していた。
その注目と困惑を受け取った後、紳士は口を開く。
「勝負に勝ったのは私です。だから彼の処分方法は私が決めます」
ぞわ、と空気が変わった。祝勝の空気、勝利のテーマが流れ必殺技を叩き込むその一瞬が一気に冷え込む。
なんだこいつは。味方と思っていた男への視線が切り替わっていく。
何でお前がそれを決める権利があるんだ。
こいつを殴らせろ。
こいつを蹴らせろ。
何故止める。
何故止める。
同志じゃないのか。
同志じゃない。
敵だ。
敵だ。
冷えた空気に比例して、頭に熱がこもり出す。
こいつを黙らせろ。そうすれば殴れる。黙らせる言葉を引き出せ。
その命令が脳を駆け巡り、熱を出し、火花を散らす。その演算の果てに言葉が出力された。
「そりゃないんじゃないか?こっちはお前のわがままに付き合ってやったのに?」
「わがまま?私の好きを尊重してくれたものと思っていたのですが、違いましたか」
「ではなぜ乱入しなかったのです?彼は私との戦いに集中していました。後ろから撃つチャンスはいくらでもあったはずです」
「あなた方にはそれをしても許される自由があり、私にはそれを拒否する権利は無かった」
そう言いながら胸ポケットから取り出される物を見て観客達は目を見開いた。
録音機だ。この会話は記録されている。
「違いますか?」
ここから先は言葉を選べよ。自分に従わなければこれをばら撒く。
言葉にした途端に意味が無くなる脅しを、東京不敗は無言で実施した。
「そもそも皆様に彼を抑えられるのですか?もしかしたら彼はこの敗北を認めず暴れ出すかもしれない!隙を見て逃げ出すかもしれない!あなた達に理不尽な暴力を振るうかもしれない!」
「しかし私であれば彼を確実に抑えられる。余計な被害を出さないためにも確実な手段を取りましょう!」
東京不敗が口を開くたびに録音機の存在が大きくなっていく。
彼はあくまでウタダを大衆が憎悪すべき悪、種アンチとして語り、価値観を合わせ合理的な提案をしている。
だが本心は違う。
同じであればウタダをこの場で半殺しにするのを止める理由がない。
後で地面に叩き付け、踏み潰す予定だったガンプラを丁寧に保管する必要もない。その端末も暗証番号を引き出せれば談合に使えたはずだ。
であれば嘘。
しかしそれを嘘と断ずる事にはリスクが生じる。彼が喋るたびにそのリスクはどんどん膨らんでいく。
今この状況において東京不敗は同士だ。今この瞬間は『純粋な好き』を体現している『正義の集団』が力を合わせて『種アンチという凶悪な敵』を撃ち倒したシーンだ。
彼の提案を無視すればその構図を崩される。それが崩れた時、自分達は今までとは違うものとして見られる。
勝ち馬に乗ったハイエナ。
美味しいところだけ持っていったせこいやつ。
散々利用して切り捨てる、アークエンジェルをサイクロプスに巻き込もうとした地球連合のような存在。
嫌だ。それになるのは嫌だ。
自分達は地球連合ではない、キラ・アスラン・ラクス達と同じ、コンパスだ。
しかし彼の言葉を無視すれば下手をしたら、いつかGBNにフレームアームズ達が現れたように、面倒なアンチを呼び出すきっかけになるかもしれない。
そしてそのきっかけを間抜けにも作ってしまった自分達はガンダムSEEDのアンチとして、ウタダ・エリオの仲間として処理されるだろう。
自分達が今までやってきた手段であるからこそ次に打たれる手を彼らは理解していた。そしてそれ故に動けなかった。
「ありがとうございます。では行きましょう」
手詰まりの沈黙に一礼し、音声しか記録していない録音機には東京不敗の言葉に納得して大衆が道を譲った様子が記録される。
老人がウタダの肩に手を回し、この場から引きずり出す。
ウタダの背中は警察に連行される犯人のように哀れで無様だった。しかし一瞬、保護される要救助者にも見えた。
その感覚が大衆の一人に強烈な電気信号を送る。
彼は、この馬鹿の利敵行為を許してはならないと決意した。
拳を握り駆け走る。拳がウタダに当たろうとも東京不敗に当たろうとも、どちらに転んでも有利に立ち回れると踏んでいた。
悪そのものに鉄槌を下すか、邪魔者を排除した上でじっくりと鉄槌を下せるか、そのどちらかしかない。
考えてみれば録音機など大したものではない。奪って壊してしまえばいいのだ。
しかし帰ってきたのは拳に伝わる衝撃ではなく、あらぬ方向に捻じ曲がる力と服を掴まれた感覚だった。
視界がぐるりと回転したかと思うと背中から叩きつけられ、肺が押し潰されたような、ごっ、という音が声帯を震わせる。
「何故私があなた方を制止しているのかわからないなら、痛い目に遭ってもらわなければなりませんが」
「老輩ですが東方不敗を志す身。まさかガンプラバトルだけかとお思いで?」
東方不敗は武術の達人だ。彼の武術は流派東方不敗という架空の武術だが、気功を使うこととアニメ特有の非現実的な動き以外は既存の武術とそう変わらない。
つまり東方不敗の真似をするのに流派東方不敗の習得は必須ではない。空手、合気道、八極拳、テコンドー等等等。東京不敗はそれの内どれか、それともそれら全ての達人なのか。
不意打ちに失敗した時点で圧倒的に不利だ。殴りかかる事で『同士』という前提を崩してしまった。
背中を強打して悶絶する男の様は恐怖を湧き立てる。痛みは恐怖に直結する。
「大人しくしていれば、これは無かった事にしますよ」
殴られる恐怖と正義が崩れ去る危機感が彼らの足を完全に止めた。
二人はそれを見て再び背を向けたが、今度は走り寄る人間はいなかった。
その場でのリンチは避けられたものの安心はできない。
車に乗せられる事には嫌な思い出があるから尚更だ。
あの時と違い、何も塞がれる事なく丁重に助手席に座らされている。窓から見える景色もまだ見慣れた光景しか映していない。
しかしその状況がいつまで続くかわかったものではない。
「どうするつもりなんですか?」
まずウタダは敬語に切り替えて疑問を投げかける。
東京不敗の真意が読めない。
どこに行くのか。何故こんな事をするのか。ウタダには全く理解ができていない。
今の状況で唯一理解しているのは、この紳士は東方不敗にどれだけ近付けるかという挑戦をしている飛び抜けたバカだということだ。
それが彼を知る手がかりになるのだろうか。
「まさか、ドモンになれとか?」
馬鹿馬鹿しい妄想だったが敢えて口にした。
東方不敗の魅力は彼が主人公ドモン・カッシュの師匠であることに大きく由来している。
彼が東方不敗に近付く事を夢見ているのであれば、彼にとってのドモン・カッシュもまた必要になる。
東方不敗のそれではないにせよ『武術の達人が成敗した悪漢を弟子にして更生させる』なんて武侠ものにありふれたストーリーにもできる。
客観的に見ればウタダはその材料にぴったりだ。
「それは違います。私にとってのドモンはもう決まっていますから」
東京不敗はその妄想を前提から断ち切った。彼にはもう弟子がいる。そして弟子は二人も必要ない。
それなら彼は自分をどうするつもりなのか。その考察は振り出しに戻った。
「じゃあデビルガンダム四天王?」
「まさか!私が東方不敗の真似をしていると言っても人類抹殺までは真似しませんよ」
そう言われて黙り込むしかなかった。特に考えもせずに疑問を出しただけで、そう返されて当たり前だったからだ。
東方不敗はガンダムファイトによって破壊されていく地球を目の当たりにした事で、人類抹殺による地球再生を決意した悪人でもある。
しかし、目の前の紳士がそんな真似をするはずがない。まして『キャラが好きだから彼と同じように人を殺します』など言い出したらそれは狂人だ。
そういえばそこから二つの記憶をウタダは連想する。
ガエリオ・ボードウィンになりきっている事を理由に狂人と見做され無罪になった男。
そしてネーナ・トリニティの容姿になっただけで彼女と同じ虐殺者と見做され尊厳を踏み躙られた女性。
キャラが好きだからといってその行動や思想まで真似するものではない。それが常識ではない、狂った理屈というのならなぜ彼女はあんな目に遭ったのか。
なぜ彼女があんな目に遭っても世間で騒がれないのか。
何故、批判の矛先が『特定の何か』になった瞬間にその常識は簡単に捨てられるのか。そして誰もそれを指摘しないのか。
キャラと作品は違う。作品と人格も違う。
考えずとも、ほぼ本能だけでそれは理解できる。
それでも『敵』になった瞬間、その区別がつかなくなる。『敵』を見做した瞬間に倫理は免除される。
「正直に言ってしまえば…」
続く紳士の言葉に慌てて思考を中断して耳を傾けた。
「あなたはおまけです。私のドモン、私の弟子の為にあなたを連れて行く」
そうですか、と返して窓の外を見る。人となりが多少なりともわかってきた今、目的をはっきり言ってくれて安心した。自分は彼の弟子の餌になるだけだ。
となれば、次の疑問が湧いてくる。
「連れて行くってどこへ?」
「ガンダムファイターの修行の場となったら場所は決まっているでしょう!ギアナ高地のような場所です」
「嘘でしょ」
本当に海外に連れ出されるわけではないだろう。しかしあのような場所に行くということは都会を離れ、街を外れ、山々が連なる場所へ赴くという事だ。
「あなたはそこで少し頭を落ち着かせて考えてみるといい。それがあなた達の未来を決めるはずですから」
「仕事も無いのでしょう?」
それはそうだ。社会的に死んだ身、仕事にはありつけていない。であれば自己都合も何も無いのだから山籠りしようが誰にも迷惑はかからない。
確かに何も問題はない。しかしその前の発言には納得は行っていない。今更何を考えろというのか。それが未来を決めるとは何なのか。
「目的地はまだずっと先です。退屈になるので何か音楽でも聴きましょう。『FLYING IN THE SKY』がいいですか?それとも『Trust You Forever』?」
「ビル蹴って脱出する時のやつ」
「『戰鬥男孩』ですね。渋いチョイスだ」
「あのシーン好きなんですよね。Gガンダム!って感じがして」
「あります?」
「もちろん」
長い移動を経て車が止まった場所は宣言通りの場所だった。
山中の合宿場、或いは別荘だろうか。それ以外は建物の前に広がる平地と木々しかない。
平地が途切れる坂・崖の先には遠近法で小さくなった木々が山沿いに縦横に並んでいるのが見える。
まさに高地だ。ギアナではないが。
恐らくガンプラで遊ぶのだろうが、それにしてはあまりにも大袈裟であまりにも不相応な場所で、ウタダは思わず疑問をそのまま口に出した。
「あなたいったい何をしている人なんですか?」
「馬鹿げた娯楽をやるくらいには金を稼げたケチなおじいさんですよ」
何かの経営者か、何にせよ気色悪い返事だ。デウスエクス・マキナ気取りのクソボケジジイ。それを口に出しても殴られたりはしないだろうが、その言葉は飲み込んでおいた。
それよりは現状を把握する事を優先するべきと判断して状況確認に神経を配る。
「ジュウモンジ先生、エリオさんは」
「先生ではなく師匠と呼んでくださいよサザミヤ君。連れてきてあげたのですから、そのくらいのわがままは聞いてくれてもいいじゃありませんか」
建物に入り早々に聞こえてきた声とその容姿に驚愕し悪態まで吹き飛んだ。
そこにいたのは、サザミヤ・マユだ。