技術の革新が世界の全てを変えるとは限らない。ここに至っては特にそうだろう。
例えプラモデルが自動で動くシステムが作られようともプラモデルを読み取りデータ化する事が出来ようともプラモデルが出来上がる工程は変わらない。
人の手で、人力で加工し工夫を加えることで完成する。故に模型店は相も変わらず平積みされた箱を棚に押し込んでいる。
彩とりどりに彩られた光景。そこに目を奪われるのは初めて訪れた者だけか。少なくともマユにとってはそうだった。
「デスティニー置いてあるといいけど」
大破したデスティニーガンダムをそのままにしておけない。あの日共同戦線を張った三人の心は一つだった。
一人は大切な兄のガンプラの為に、二人は少女への同情の為に模型屋のあてを見つけて今ここにいる。
「ガンプラはこっちだよ」
マユの誘導をあの時スローネドライに搭乗していた女、ネーナに任せあの時AGE-1に搭乗していた男、ウタダは二人を先導する。
彩られた光景を見飽きた彼にとって入口からガンプラコーナーへの移動など身体に刻み込まれたルーティーンだ。知らない模型店であったとしてもまずガンプラの売場を探すよう身体が出来上がっている。
「あーよかった。デスティニーあった」
「デスティニーあったってよ。これでお兄さんのガンプラ直そうね」
ネーナに手を引かれ、好奇心を刺激してくる周囲を見渡す暇も無くウタダの声が奥から聞こえてくる。視線をウタダの方に向け一角に置かれた棚の中に見慣れたガンダムを見出せた。
特徴的な光の翼を雄々しく広げ右手をこちらに突き出すデスティニーガンダム。輝く右手は殺意の光線を放つ一瞬だが何かを掴もうと手を伸ばそうとも見えなくもない。
そしてそれが描かれているという事はある事実を明確にする。
「RGじゃなくてHG?」
「うん。接続軸がHGのやつだった」
見出したそれがRG、リアルグレードではなくHG、ハイグレードブランドのデスティニーガンダムだという事だ。
えぇっ、と言葉を漏らし意外と称賛を含んだ驚きの表情を浮かべているネーナを見てウタダは微笑んだ。ネーナがその違いを理解し始めたのだと読み取ったからだ。
棚に置かれたRGデスティニーガンダムに背を向け、男はマユに箱を手渡す。その箱はRGのものより分厚く大きい。
「じゃあこれを買って、飯食べたら作ろう」
「これでお兄ちゃんのデスティニーが直るの?」
「元通りにはならないけど壊れた部品は新しいのに交換できる。とりあえず壊れたパーツの代わりを作ってその後どうするか考えよう」
最初にマユが持っていた、マユの兄のデスティニーガンダムにはどうやっても戻せない。それを確信していた為隠さず事実を伝える。
途中でバトルに介入した二人は以前のデスティニーを知らないが、壊れた今の姿を見るだけでもただものではないと理解していた。
精巧なディティール、余す所なく塗装され拘り抜かれた色合い、そしてアレンジ。
使用キットはHGでありながらRGに匹敵するほど高まったクオリティは作り手の、マユの兄のデスティニーに対する愛情が見て取れる。
破壊された今ですらそれを感じ取れるほどの魂の作品だった。
これほどまでの作品はネットのサンプル、模型店の作品例、フリマアプリ、どこを探しても同じものは見つからない。
だからこそ元に戻すことは不可能だともすぐに察した。
その感覚を理解できないマユはただ、元通りにできないという現実から目を逸らすように棚に目を移す。
しかし現実から逃げた先に次の現実が待ち構えていた。
それを見た途端、心がざわつく。
あの日デスティニーを破壊したピンクの機体、インフィニットジャスティスがそこにある。
脚部のグリフォンビームブレイドを振り回すその後ろにいるのは、手も足も出ずに破壊されるデスティニー。
まるであの日の再現、あの時本来ならばそうなるはずだった最悪の結果を表現したかのような絵。
「あれ、な、なんで」
「え?」
その様子にいち早く気づいたのは目の前で、目線を合わせて会話していたウタダだったがすぐには理解できない。
「どれ?」
指を指され棚の中の箱を一つ一つ精査して男はようやくインフィニットジャスティスに気が付いた。
確認のために箱を見せようと掴み、振り返ろうとしたが脳裏を巡る考えが強引に動きを止めた。
「サザミヤちゃん、ガンダムの事どこまで知ってる?」
「全然知らない」
その返事は予想通りだった。しかしそれならなんであんな場所でガンプラバトルをしていたのか。
疑問は一旦捨て置き説明しなければならないようだ。
「サザミヤちゃん、落ち着いて聞いてね」
「デスティニーガンダムは元々敵のガンダムなんだ」
「だから負けたんだ」
インフィニットジャスティスのパッケージに描かれた絵は変えようがない現実、絶対視されるべき過去だ。
その言葉が尾を引いてその先のことをマユはあまり覚えていない。二人に会計して貰い、手提げの袋伝手にガンプラの重さを感じながらふらふらと歩く。
その間ずっと同じ疑問を、絶対に一人では解決しない疑問を巡らせていた。
そうして連れられてきた喫茶店は特に何かを想起させるものではなかった。
わざとらしいモチーフも、あざといデザインもない。ただただお洒落と美味を追求した無味無色の喫茶店。
ガンプラバトルシステムが世に出て以降しつこいほどに『ガンダム』を推す世間が、今は精神を揺さぶるほどに煩わしいと感じていたマユにとっては無意識的に待ち望んでいた休息の場だった。
届いた料理にネーナがスマホを向けている。
撮影に映したくない、余計な物を自分の側に引き込んだウタダが料理に手を付けられずに舌を持て余して水を飲む。
そうして一息ついた時にいよいよ持っていた疑問を二人にぶつける決意が沸いた。
「お兄ちゃんは、何で悪役のロボットを好きになったの?」
悪役は嫌われて然るべき。
悪役は格好悪い。
道徳を説くならその表現もさもありなん。ましてマユのような道徳を学びだしている年頃の子どもならばその考えに至るのも当然だ。
しかし、だからこそ、あえて悪く言うならばその考えは幼稚だ。
「かっこいいからじゃないかな」
いきなりの矛盾を目の当たりにして頭に血が上る。悪役は格好悪いものだ。それを格好良いとは何事か。
「でも悪役のロボットなんでしょ!?おじさん言ってたじゃん!!」
「悪役を好きになっちゃいけないなんてルールはないでしょ」
「マユちゃんはデスティニーの事が嫌いになったの?」
見かねて飛び出た横槍にマユは言葉を詰まらせた。
悪役の機体と言われても兄が好きな機体である事には変わりない。拒否反応を示すべきと理性が警鐘を鳴らしても身体が言う事を聞かない。
マユは兄の事が好きだ。それは客観的に見て好きを越え、愛していると言っても差し支えない程だ。
だからこそ兄を否定したくない。
兄が愛するデスティニーに嫌悪感を抱くのは兄を否定する事になる。
そしてマユ自身もまた兄が駆るデスティニーの姿が好きだった。
だからこそ悪役という事実を突き付けられた事が、デスティニーを好きになってはいけないと言われているようにも思えて、心がぐらついていた。
好きになってはいけないものを好きになってしまったら、どうなるのだろうか。
「別に悪役でもいいじゃん。あたしのスローネドライだってそうだし」
「そうなの?」
マユにとってのスローネドライは赤い翼を広げ自分を守ってくれた機体。ある種天使のようなものだ。既存のガンダムとは意図的にずらされたデザインもマユにとっては何の影響もない。
その赤い翼が人体に害をなす猛毒であることも彼女は知るよしもない。ましてそのモビルスーツが持つ大罪など彼女が知るはずもない。
ネーナは深く答えずただ肯定し話を先に進めた。
「別に本当に人を傷付けるわけでもないし、問題あるならそもそもそんなガンプラ売ってないよ」
「ガンプラは自由!でしょ?」
その言葉はマユに向けられているように見えてその実とんでもない方法に飛んでいた。それに気付いてウタダは思わず失笑した。
「うん。そうだね。ガンプラは自由だ。自由だからなんでもありだ」
「だから悪役だったとしてもデスティニーの事好きでいいんだよ。それで誰かに迷惑がかかるわけでもないし」
好きでいていいと、マユがその言葉を受け入れられたのはそれが自分にとって都合がいい言葉だったからなのだろうか。
少なくともこの時点で彼女が目の前の男と兄を重ねて見始めていた事は理由の一つであった。
マユはウタダを、血の繋がっていない兄として見始めていた。全てを受け入れ、頼れる、甘えられる存在として。
「さて!そろそろデスティニー作りに行こうか」
このもう一人の兄はこれからパーツの切り取り方、ゲートの処理の仕方、プラモデルの作り方を手取り足取り教えてくれる。
兄の世界へ、自分を導いてくれるのだ。
「とりあえず頭と手足を作ろう」
ニッパーにデザインナイフにサンドペーパー、デスティニーのキットを机に並べ、袋から取り出していく。
妙に整った欠片が細い線で繋がり穴の空いた板を形成している。ランナーをまともに見る事すらマユには初めてだった。
広げた説明書の該当箇所をネーナの細い指が差し示す。1からではなく失ったパーツを作るのが今回の目的である事から該当箇所だけ作ればいいのだ。
「ニッパーで切る時はパーツの根本からじゃなくて、少し棒が残るくらい外側から切るんだ」
「その後ちょっとずつ棒を削る感じで切っていって、ニッパーで削りきれない分をデザインナイフとヤスリで調整する」
パチパチと、目の前で実演されたそれの真似をする。ウタダ達があえて手間のかかる方法で教えているのは少しでも元のデスティニーに近付ける為の小細工、ささやかな工夫だ。
「そう!上手いね」
「ここまでやったらデザインナイフで削るんだけど、これ切れ味凄いから指を切らないように気を付けて」
「身体の方に刃を向けないようにしてちょっとずつやっていこう」
デザインナイフの鋭い刃の間違った扱いに思わず出た指がマユの指に触れた。男の指がマユの指の形と向きを矯正していく。マユはそれを嫌とは思わなかった。
切り取り、整えた欠片をはめ込みパーツという塊を作り上げていく。色分けされたプラスチックによってたったそれだけの工程でパーツに情報量を与え込んでいく。これもまたかつての技術の躍進の賜物だ。
しかし、それでも、足りないものがある。それは執念とも言える愛だ。
惜しみない企業努力とはベクトルが違うが故にそれはキットには込められない。個々人の工夫によって始めて具現化されるものだ。
その足りない愛の差が、出来上がったデスティニーから継ぎ接ぎという概念を想起させる違和感として現出していた。
「とりあえずモビルスーツとしての形には戻せたな」
説明書通りに作っただけの片腕片足、そして頭。同じ白でありながら明確に違うと感じられるのは選び抜いた塗料に覆われているか否かの違いだ。
全てのパーツを塗装し、プラ板やパテでディティールを追加、時にはパーツに穴や傷を付ける事でガンプラの完成度を高めていく。その極地に至るには愛が必要不可欠だ。説明書に書かれた工程はその土台でしかない。
これほどわかりやすいテセウスの船も無い。たとえシルエットが一致していたとしてもそれを構成しているパーツは違う。
これは兄のガンダムと言えるのだろうか。否、これは兄のガンダムではない。マユはそう判断した。
やはり兄のデスティニーはもう戻らない。逃げ続けた現実とついに直面した。であるならばマユはどうするべきなのだろうか。
「ウタダさん。ガンプラバトルのやり方を教えてください」
せめて逃げ出してはいけない。あの戦場で兄の帰りを待ち続ける事がデスティニーを壊した償いになるのではないか。混乱と後悔の中でマユが選んだ道はそれだった。
ネーナはその言葉に驚き、ウタダは平然と返事を返す。デスティニーを修復して終わりと予定を定め、そうなるものと思っていたものの、心の奥底ではこうなればいいとウタダがずっと考えていた状況だった。
「それはいいけど、そのデスティニー使うの?」
「はい。デスティニーで戦いたいんです」
その言葉を出すに至ったマユの考えを理解していたわけではない。しかしガンプラファイターが増えるのは同じガンプラファイターからしたら同じ趣味の仲間が増えるのだからいい事しかない。
であればたった一つの条件をマユが承諾する限り、ウタダに断る理由は無く逆に歓迎する理由は沢山あった。
「わかった。それじゃあ今からゲーセンに行こうか。まずはアカウント作って…」
「ダメージレベルが0になってるのは絶対確認」
「そうそれ」
同じ轍を踏んでやり直しはごめんだ。誰もがそう思っていた。その気だるさを二人が感じずにいたのは、『仲間が増えて嬉しい』と顔に書いてあるのではないかと思う程ウタダが上機嫌だったからだ。
何度目になるかわからないアラーム、機械が動く独特の反響とコクピット内の電子音。最先端の演出技術はガンダムの世界に入り込む為の通過儀礼だ。
「サザミヤ・マユ、デスティニー行きます!」
ミネルバのカタパルトから射出され、デスティニーガンダムが土に覆われた鉄の大地に立つ。
ここは宇宙空間で暮らす為の巨大施設コロニーの内部。現実にはないそれかガンダムの世界にはあると理解し始めているものの、具体的にどの作品のどのコロニーなのかはマユにはまだわからない。
レーダーの反応に従い敵を捉える。緑色の塊、ガンダムというコンテンツにおいてガンダムの次に有名と言っても過言ではない傑作量産機ザク、正しくはザクⅡが映り込んだ。
敵の主兵装であるザクマシンガンの有効射程に入り込む前にビームライフルを叩き込む。
撃たれれば当然避ける事を考えるものだ。CPU操作であるザクⅡもそれを真っ先に感知し、横に機体をずらす事でビームによる攻撃を避けにかかる。
その回避ルーチンを刈り取るようにザクⅡの着地点に投げられたフラッシュエッジⅡ周辺の空間に翼を広げたデスティニーの影が落ちた。その影はビーム刃を飛び越えザクⅡの頭も飛び越え背後に着地する。
即座に反転し、ザクⅡの背中に蹴りを入れる。後ろを振り向く間も与えない攻撃は綺麗に入り、ザクⅡは迫り来るフラッシュエッジに自らを捧げる形になった。
機体と刃が交錯するその一瞬にビームライフルの着弾を重ねる。線と点、前後から両断され貫かれたザクⅡは遂に大爆発を起こし、消滅した。
「マユちゃんめちゃくちゃ腕がいいな」
コクピットに仲間内無線が届く。ウタダのものでもネーナのものでもない、男の声だ。
この男はガンプラバトルをやり始めて数日経ったある日、向こうから声をかけてきた。
曰く自分は兄の知人であると、その言葉だけでマユは男を信用しようと決めた。事態が好転しようがない近況報告の後、今ではこの男と共同出撃をしながら戦い方を教わる関係を築き上げている。
男の称賛は兄の関係者だからこその気遣いか方便か。マユはそう考え軽く流したが客観的に見てマユの上達は早い方だ。
ガンプラファイター人生は戦いの連続だ。多くのガンプラファイターの戦いを見てきたが故に男のマユの腕を観る目は確かだった。マユの謙遜は現実を見ていなかった。
「お兄ちゃんってどういう…人なんですか?」
ガンプラファイター、とは気恥ずかしくて言えなかったが、知らない世界の兄が知らない世界で何をしているのかはどうしても聞きたかった。
「主人公みたいな奴だよ」
ぼやかした質問にもっと気恥ずかしい答えが返ってくる。
「バトルの腕はピカイチ。リーダーとしても判断力は抜群だし指示出す時の冷静さも尋常じゃない」
「それに、悪い奴は絶対に許さないっていう信念もある」
「あいつの存在自体が仲間みんなに勇気と希望を与えていた…本当に主人公みたいな奴だ」
恥ずかしげもなく際限なく湧き出す賞賛の声にマユもまた誇らしく感じた。自慢の兄の偉大さを誰かから聞く事ほど嬉しい事もない。
「そのデスティニーもあいつの強さの一つだった」
この数日間ずっと引きずっていた、マユにとって痛い所を突然突かれて通信越しにでもわかるほどのうめき声をあげてしまった。
「壊れたのは君のせいじゃない。何も知らないのにダメージレベルを引き上げる奴が100%悪いに決まってる」
「あいつらはそのデスティニーが怖くて仕方がなかったんだ。だからあんな卑怯な真似してまで壊そうとした」
各々が考えるオリジナル兵装を盛り込む風潮がある中で、敢えてオリジナルそのまま性能だけを引き上げる改造が施されたデスティニーガンダムは悪夢であり、象徴そのものだった。
だからこそ、このデスティニーの破壊に成功すれば心理的に多大なダメージを与える事が出来る。サザミヤ・ケンイチロウとそのデスティニーを討つというのはそれ程までの意味があると奴らは信じていたのだ。
少なくとも男は、そうであるに違いないと判断した。
しかしその試みは中途半端に失敗し、多少は破壊されながらもデスティニーは今もここにある。
だから自分たちはまだ負けていない。だからこそ今デスティニーに搭乗している彼女に言わなければいけない事がある。
「ケンイチロウが戻ってくるまでデスティニーは大事にして欲しい」
マユにとってそんな事は言われなくてもわかっている事だった。だからこそ彼女は今ここにいるのだから。しかしこの言葉はそんな当たり前の事以外にも、マユの知らない事も伝えてくれていた。
「あなたも、デスティニーが好きなんですね」
「当たり前だ。そうじゃなきゃこんな事はしていない」
「俺たちはみんなデスティニーとシン・アスカが好きなんだ」
「それを否定してくるあいつらは…絶対許しちゃいけないんだ」
突然、コクピット内にアラームが響く。
ロックオンの警告音とも違うアラームはコクピット内に見慣れない警告と共に現れた。
「乱入!?」
対人戦に重きを置いているガンプラバトルシステムはどんな時でも即時対人戦に切り替えられるよう乱入システムを採用している。すでにそこに在る戦場に介入し、戦うことができるのだ。
ガンダムというコンテンツだけではなく格闘ゲームをはじめとした対人戦こそ主流となるコンテンツには当然のように盛り込まれているシステムだが、そもそも乱入・武力介入はガンダムの華なのだ。大きな争いに入り込み、少数精鋭で戦況を覆す。そんな展開はある種のお約束でもある。
例を挙げるのであればガンダムZZのネェルアーガマ、ガンダム00のソレスタルビーイング。
そしてガンダムSEEDのアークエンジェルを筆頭とした三隻同盟。
「さっさと終わらせて帰ろうか」
今、不可能を可能とすべく、金色の機体が戦闘区域に舞い降りた。