虎杖の熱い意向により昼食にチェーン店の牛丼を頂いた一行は、その後2人1組の別行動を開始。
伏黒と釘崎を補助監督が待つ都内の裏通りまで送り届けた秋津島は、虎杖と共に青梅市は勝沼。風の子・太陽の子広場の芝を踏んでいた。
時刻は14:17。運動するにはピッタリの立派な昼下がりであるにも関わらず、既に夜暗が辺りを包み込んでいる。
人を隠し、呪いを暴く術……〝帳〟によるものだ。
「────先月頭。行楽シーズンも落ち着いたゴールデンウィークの終わり頃から、ここで変死が相次いでるんだ。場所の評判に関わるし……何より、そろそろ悠長してられない数が犠牲になってる」
「……どれくらい?」
「ざっと7人。ど〜も死因がややこしくってね、被害者との共通点を考えてはいるがいまいちピンと来ないんだ。……あ、これに目を通しておいてくれるかい。何か気付いたことがあったら教えてほしいな」
虎杖に手渡されたファイルより一部抜粋する。
男子小学生1名・女子高校生2名・成人女性1名
四肢、頸部に細い糸状の絞痕
気道
男子高校生1名・成人男性1名・成人女性1名
同様の絞痕を確認
直接的な死因は高所からの落下による全身打撲
「……ンだ、これ?」
「ね、もやもやするでしょ。
「む……」
書類を睨みつけながら悩み込む虎杖を見て、肩から強張りを追い出すようにぽんぽんと叩く。
「ま、呪いにとっちゃ殺り方なんてそれこそ何でもありだ。そう深く考え込まなくとも、呪いが狙ってくる部位が何とな〜く分かったなら大丈夫。───僕らがやるのはそれを踏まえてブチ祓うことだけさ」
「───押忍っ!!」
その一言で、虎杖は腹の底から気合を込め直す。秋津島の思惑通り、『呪いを祓う』という目的のみを残して、余計な思考は綺麗に省かれたようだ。
まだ日は浅いものの、彼の効率的な動かし方を心得ているらしい。
聞いた方まで元気になれそうな掛け声を合図に、2人は帳の中を進み始めた。
「確か、今は呪具を借りてるんだったね? すぐ襲われても対応できるよう、構えておきたまえ」
「応っ。……そういや秋ちゃん先生」
「……五条さんが居ない時はただの『先生』でいいんじゃないかい?」
あくまでも判別するためにとあの場のノリで決めた呼称だが、普段使いするには少し呼びやすさに欠ける。
そんな今更すぎる指摘が入った。
「へっ? あぁ、まあ確かにそうなんだけど……なんか気に入ったんだよな、これ。今更使い分けるのもなんか距離あるし、このまま呼ばせてほしいんだけど、良い?」
そう聞けば、彼女は不思議そうに傾げていた首を正して満更でもなさそうに頬を歪めてみせる。
やはりこの男、人たらしだ。
「ふ〜〜〜〜ん……そっかそっか。まあ、僕の方から好きに呼んでと言ったし? キミが気に入ってるのなら勿論構わないともっ。───っと、話の腰を折ってすまない。それで、何を聞きたかったんだい?」
「あ、え〜っと、秋ちゃん先生ってどうやって戦うんかな〜って。伏黒みたいにワンコ出したり、釘崎みたいに釘と藁人形使ったりすんの?」
そう聞かれると数瞬前の饒舌さをどこへやったのか、黙り込んでしまった。
それに対し虎杖が、デリケートな部分に触れたのかと不安そうに顔色を伺ったのは無理もない事だろう。
「……ゴメン、なんか聞いちゃマズかった?」
「あ、違う違うっ! ……いやね、僕のは経緯がかなりややこしいもんでさ。その〜、やること自体は単純だから、実際に見せた後で補足説明する形でもいいかな……?」
「えぇえ〜〜なにそれ超気になる!! じゃあ、とりあえずなんか一言で表してみてくんないっ? 言わばこれ!的な」
「ハードル上がってないかなぁ!?」
虎杖 悠仁は唯一の肉親が空へ発ち、己には最悪の厄ネタと執行猶予がつき、その上で化け物と殺し合わなければならない立場……とはいえ、ついこの間まではれっきとした男子高校生だ。
少々頭のネジと体のリミッターは外れているが、階級等と同様にこう言った概念にときめく心は残っているのである。
「う〜〜ん、言わば……言わば……そうだな。私のは言わば、う〜〜〜ん……」
「何が出るカナ? 何が出るカナ?」
いつになく思考を回す秋津島の横で、屠坐魔を振りながら呑気に歌う虎杖。流石に危ないのでやめていただきたい所。
緊張感があるやら無いやら紛らわしい空気の中、彼女の指が鳴った。
「……これだっ!」
「おっ、待ってましたぁ!!」
「え〜、コホン。言わば────
わざわざ咳払いまでして、ふふんと自信満々な鼻息と共に言い放ったそれは、虎杖から熱い歓声を引き出す。
「……人、なんて?」
なんて事は一切無く、辛うじてただ一つの疑問のみを返させるだけだった。
肩透かし以下のリアクションに、秋津島へ決して小さくないショックが走る。
「えっ……虎杖クン、知らない? 読んだ事ない?」
「あ〜、なんか漫画のヤツだった? 俺ジャンプしか読まないし、単行本買わねぇからさ……」
「うっ、ぐぉ……まさか22歳にしてジェネギャを感じる事になるとはっ……」
巷で噂の若者との価値観の違いが他人事ではなくなったのだ、と彼女の胸に突き刺さった。
「や、これはそういうんじゃないでしょ〜! てか22って全然若ぇじゃん!」
「20はラインだからね……現役高専生と比べたらなんとも────」
ぞわっ
談笑の最中、突如背後に纏わりつく呪いの気配。
言われた通りに携帯していた屠坐魔を虎杖が振りかぶる───より速く、秋津島の蹴りがその場を薙いだ。
……しかし、得られた手応えは無し。
あやふやだった緊張感が確かな物として2人に走る。
「……ようやく来たね。最初こそ帳が降りても上手く身を隠して出てこなかったが、縄張り内で
「(───俺、フツーに会話のつもりだったけど……!!)」
「ま、大方非術師ばっか殺してた所に呪力の
不意に、秋津島が見ていた景色がひっくり返った。
今の今まで立っていた地面がぐんぐんと離れて行き、先ほど一撃を放った右の脚が強く引かれているのを感じる。
「(……吊られてるな)」
慌てず判断すれば、秋津島は即座に空を見下ろした。
『……ぷか、プか』
血走った大きな瞳と、そこから伸びた一本の血管のみで構成されたシンプルかつ気味の悪いデザイン。
ソレを物に例えるならば風船が適当だろう。
一体どこからどうやって鳴いているのか、ゆらゆらと放つ片言に合わせて上昇して行く。
秋津島の身長は164cm、体重は60と少し。それでも尚、止まる気配も千切れる様子も無い。
「あんま言いたかないけど、僕は割と重い方なんだがね。(……そういう概念に関係無く持ち上げられるのかね。しかし、見た感じは3級以下。重さを一方的に無視するには少し心もとない気がするけど────はて、重さ?)」
ここで、彼女の頭に被害者のリストが駆け巡る。
今はまさに攻撃を受けている真っ最中……考える時間こそ少ないが、秋津島の脳はすぐに理解と納得を弾き出した。
「秋ちゃん先生っ!!」
「……あぁ大丈夫っ! 少し考え事をしていただけさ! こう見えて僕は結構余裕だから、キミの周りを警戒したまえっ!!」
真っ逆さまの宙ぶらりんで言われてもまるで説得力は無いが、促した注意は確かなものだった。
───呪いってのは、弱い奴程よく群れる。
誰が言ったかこの言葉、ごもっともな事この上無い。
いつの間にやら、虎杖の周囲にも同じものが4体。
更には空で待機しているのが9体。
秋津島を引き上げているのと合わせて14体の目玉風船が周囲に浮遊していた。
「さっきまでビビって縮こまっていたくせに。自分のお得意に持ち込むなり随分と良くなったじゃあないか、威勢が」
犬歯を見せつけるように獰猛な笑みを浮かべれば、上下反対のままおもむろに上着を脱ぎ捨てる。
そうして晒すは、背部がばっくりと開いたタンクトップ姿。
これこそが彼女の臨戦態勢なのだと、誰もが一目で分かる思い切りの良い行動だ。
「下のソイツらは任せたよ、虎杖クン! おそらく僕らの事は手足を持ち上げて落とそうとはすれど、首に巻き付いて締め殺しはしない!!」
「んぇっ!? なんで分かんのーっ!?」
「説明は終わってからねーっ! あ、また隠れられても面倒だしこっちのヤツは全部上で祓うからぁっ!! ………さて」
そろそろ声を張るのも一苦労な距離まで離されたところで、最低限を地上の虎杖に伝えれば、まずは目を瞑って呼吸を整える。
一、二、三。
片手で数えても指が余るたった3秒。
しかしその3秒ぽっちを経て、教師ではなく呪術師として彼女の翡翠が輝いた。
「残さず叩き割ってやるぜ」