3年担任、今日もアホほどヒマである   作:うちか

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第5話 翔ぶ

 

 

 




 ある種は田の神が化身として。



 

 ある時はこの国の別称として。

 



 また、ある(つわもの)どもには『勝ち虫』と呼ばれ、名の通り勝利や不退転の精神を呼び込むものとして。



 

 ソレは日本において強く、深く、信仰されてきた。

 

 




 ───だが、海を越えればその評価はぐるりと裏返る。

 

 



 曰く、邪悪なる竜。災いをもたらす存在。悪魔の針。




 

 そのような言葉を用いるほどに、向こう側の人々はソレらを恐れたのだ。

 

 




「……そろそろ離してくれるかな」

 

 




 静かにそう呟いたかと思えば、彼女の脚を縛っていた赤い線が途切れ、姿が消える。

 

 既に地上50mは下らず、今更脱出したところで落下死は免れない高度。

 

 



 ……だが、下を覗けど無謀を働いて重力の罰を受けた愚か者の姿は無かった。

 

 




 ならばどこに行ったのか。

 10体の目玉は、文字通り血眼になって捕えたはずの獲物を探し回る。

 

 




 低級呪霊の頭でも分かるのだ。


 あれを生き延びさせたならきっととてもまずいことになる、と。

 

 




「おいキミたち、そんな見せかけで節穴かい」

 

 

 降って来た言葉により意識は一斉に上へと向けられる。

 

 


 推測は現実となり、()()()()()()()()が悠々と彼らの眼前まで降りてきた。

 

 

 背より伸びるは、二対の翅。



 

 頭髪を染めるは、黄の縞模様。

 

 そして何より目立つのは、己以外の飛行物……その一切から合切までに向けた『撃墜してやる』という剥き出しの敵意。

 

 




 ───ソレは、魔物の名を冠する蟲。

 



 日本原産『鬼蜻蜓』




 

 

「さて、虎杖クンはどうかな。……お、しっかりやれてるね。えらいえらい」

 

 

 空を切り刻み、気を震わせる羽音に気圧され、呪霊共から狩る側としての意識が消えていく。


 

 その内、彼らの内部で戦闘か逃走か……意見が割れ始めた一方、彼女は地上で奮闘する虎杖の姿に目を凝らしていた。

 

 

 実に堂々とした戦闘中の余所見。

 

 

 だがしかし、それを隙と見た4体の呪いが撤退を選択し、僅かに後ろへ傾いた瞬間────10体の合間を鋭角に曲がる烈風が通り過ぎ


た。

 

 それに続き、四重の破裂音が周囲へ響き渡る。

 

 

「───む、一掃したつもりだったんだが。やはり反応、もとい本能には逆らえないな。……それじゃキミたち、次は全員揃って動いてくれたまえよっ」

 

 

 ───もはや呪い側に勝ち筋は無い。

 

 

 『49kg以下を絞め殺し、50kg以上は落として殺す』

 

 

 非常に稚拙で簡易的とはいえ、非術師を殺すためなら充分な〝縛り〟として成立しており、これによって3級以下の貧弱さでも対象の重さに左右されず、空へと誘えた。

 

 

 では、此度の相手はどうだ?

 

 

 飛行しているおかげで落下死したビジョンがまともに思い浮かばない。

 手首を捕まえようと、どうせ再び引き千切るだろう。

 そして何よりも、今の機動力を見てしまっては捉えること自体が現実的ではない。

 

 

 以上を踏まえ、先ほどは行動に移らず2択の狭間で葛藤していた残りの6体が、今度は少しの迷いも無く一斉に逃亡を図った。

 

 

 ───それは言わずもがな、捕食者にとって最も唆る行動である。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 ぱぁんっ

 

 屠坐魔の鋒が瞳孔に深々と突き刺さり、実に景気の良い音が鳴る。

 

 

「っしゃ! 3体目っ!!」

 

 

 それに合わせ、達成感に満ちた声が轟く。

 彼を置いて空へ昇っていってしまった副担任に任されし払除の任。

 

 呪力に関しては素人に毛が生えたような虎杖でも、呪具を持ってすればこの程度の相手を祓うことは容易いもの。

 

 

 加えて、彼の身体は特別性。

 戦闘における体捌きは勿論、括られて浮かされようと20m程度であれば糸を切り、五体満足で着地するなどなんてことはない。

 

 

 故に、順調なくらい終わりへと近付いていた。

 

 

「……ん、あれ? どこ行った?」

 

 

 しかし、四方に浮かんでいた呪霊も残すところあと1体というところで、その姿を見失う。

 

 前後左右。そして念のため頭上も確認するが、やはり影も形も無し。

 

 

 刹那、虎杖に鋭い緊張と葛藤が過ぎる。

 この判断を即座に下せるだけの経験は無く、追うか待つかを決めるまでに数秒の時間を要した。

 

 しかし舌の上に溜まった一すくいの固唾を飲み込めば、逆手で握った屠坐魔を片手に最後の標的を探し始めた。

 

 

 とはいえ呪力の操作はおろか捻出すらできない彼に、微かな呪力探知はまず不可能。

 『なんかこっちに嫌な気配が続いている』程度の感覚で、芝生広場から薄暗い森の中へと足を踏み入れる。

 

 

「あ〜〜、くそ。先輩に付いてく時はこんなんじゃなかったのに……やっぱ出るって分かると気分も変わんだな……」

 

 

 まだ記憶に新しいオカルト研究部での活動を思い返す。

 あの頃は廃屋も山奥も一切の恐れ無く進めたというのに、今は自分で枯れ枝を踏む音すら心地悪かった。

 

 最後なんだから一刻も早く出てきてくれと願いながら、じりじりと木々の隙間を通り抜けていく虎杖。

 

 

 ……その『あと1体』という緩みと、それを狩れない事による焦りは文字通り彼の足を掬った。

 

 

「う〜ん、こっちのがぽい気配はする───のぉわっ!?」

 

『ぷか、か』

 

「……ッべ、やらかしたっ……!!」

 

 

 前に行こうと足を上げたその瞬間、もう片方の足を後ろに引かれ、歩いてきた道を逆さまの視点で拝ませられる。

 

 

 なんて事はない、虎杖も発見できるほどのあからさまな痕跡を残し、気配を潜めながら木の間に糸を張り、通過した者を絡め取る。

 

 〝縛り〟同様なんともお粗末な罠だが、術師として未熟なヤツや考えるより先に手が出るヤツにはよく効くようだ。

 

 

 秋津島が吊られる様子を第三者として見ていたおかげで、彼はパニックになることなく今の状況を理解できていたが、やらかしたと嘆く要因は別にあった。

 

 他でもない、咄嗟のことで思わず我が身から離してしまった得物だ。

 地上に残した屠坐魔に手を伸ばし、すかりすかりと空を掴む。

 

 

「(待てこれ……ヤバくね……?)」

 

 

 ヤバい。

 

 アレが無いと祓うことが出来ないとか以前に、まずこの状況を打開できないことが限りなくヤバい。

 

 いくら一般人より強靭とはいえ彼の肉体にも限度はあり、呪力による強化も行えないなら尚更である。

 

 

 呪霊にとっては敵討ちか、人質か、はたまた1人でも多く殺すという意志か。

 いずれにせよその上昇には迷いが無かった。

 

 

「秋────」

 

 

 情けないが命には変えられない。

 

 助けを求めようと声を張り上げかけたその時……ソレは既に飛来していた。

 

 

「そぉ〜、れっ」

 

『ぷ───きョっ!』

 

 

 仮にも人の眼球を(かたど)ったものに対し、何の躊躇も遠慮も容赦も……ついでに言えば捻りもないサッカーボールキックがジャストミートで叩き込まれる。

 

 めぎょり、と目玉はくの字にひん曲がると、珍妙な断末魔をあげて残骸も残さず弾けた。

 

 

「んよいしょっ、と! ……ふぅ、あぶないあぶないっ。そう簡単に呪具を手放しちゃあ駄目だぜ、虎杖クン。今のキミにとって、唯一呪いに干渉できる手段なんだから」

 

 

 空中に留まる理由を失った虎杖が地へ引き寄せられる前に、秋津島はその身体を確かに受け止める。

 ……所謂(いわゆる)お姫様抱っこで。

 

 

 ほっとしたのも束の間、自身と相手の状況・状態を理解した15歳の複雑な心模様が乱れ始めた。

 

 他の誰に見られているわけでもないが、男として……それも、体力に自信があれば尚更きついものがあるのだ。

 

 

「それは、良いんだけど……! それより───」

 

「……む、こらこらこら、今良いって言ったでしょ。逆さまに落ちるとこだったんだからぜ〜んぜん良くないよ〜? 体操踊れちゃうくらいあたりまえの事を言うけど、人も呪霊も頭がおシャカになればぽっくりだからっ!」

 

 

 ビシッと人差し指を立てながら、彼女は強く念を押す。

 

 当然ながら、姫抱きして恥ずかしがらせてみたい、とか……密着して年頃の男の子をちょいとドギマギさせてやろう……なんて、チャチな悪戯心からこの体勢を選んだわけではない。

 

 秋津島にしてみれば、ただただ単純にこれしか人の抱え方を知らなかっただけである。

 

 

 ……そもそもだ。空気抵抗と一生無縁で過ごせそうなすっとんとんの平地ボディに、そう言った方面のちょっかいを掛けられるほどご立派なメンタルは備わっちゃいない。

 

 そして更に残酷なことを言えば、胸囲は虎杖の方が厚いくらいだった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そんなわけで、彼女には悪意どころか他意のカケラも無いのだが……危機にさらされた男のプライドというやつは、そこを汲み取れるほどの余裕を持つことは出来ない。

 

 

「おっけ分かったっ!! 俺が注意不足だったし、これから気をつけるから、その前にさ───」

 

「……ああ、そういえば僕のコレについて見せながら話すって言ってたっけね。えと、2年前くらいだったかな。僕ぁ兵庫出身なんだけど」

 

「いや待って秋ちゃん先生それ今じゃない!! ……あっ、羽音! さっきからタイムラグあると思ったら、羽音のせいで俺の声あんま聞こえてないんでしょっ!? ちょっ、抑えてくんない!?」

 

 

 一度目の注意はまだ妥当なものだったため、虎杖も会話が遮られるのを受け入れた。

 だが、二度目のこれは流石に正確な情報が届いていないのだと確信するのに十分だ。

 

 一応言葉による意思疎通も図りながら、彼女の背を指差した後に水平にした手を何回も下げるジェスチャーでなんとか伝えんとする虎杖。

 

 

「……うん、慌てなくても教えるとも。しかしほら、こういうのは経緯から辿っていかないとさ」

 

「違う違う教えてじゃなくて抑えてっつったの俺!!」

 

 

 だが、駄目。

 あり得ないくらいのすれ違いが起きていた。

 

 と、手と首を勢い良く横に振る様子を見れば、彼女は困ったように眉を寄せる。

 

 

「……いや、ごめん虎杖クン。あんまり飛びながら人と話すことないからさ、良く聞こえないんだよね。下りてからでいいかい……?」

 

「だっ、かっ、らぁ!! 何よりまず下ろして欲しいんだって!!」

 

 

 腹から捻り出した声により、ようやく一言一句羽音に負けず伝達された。

 秋津島があっ、と合点がいった表情を浮かべ、実際に降下速度も上がると、ため息と共に虎杖から力が抜ける。

 

 

 ふと、途中から一刻も早くお姫様抱っこをやめてもらうことではなく、それをちゃんと伝えることが目的になっていた気がしなくもないが……それは些事として、すぐさま思考の隅へと追いやった。

 

 

 とはいえ、礼節よりも己の羞恥心を優先するほどガキではない。

 無事五体満足で虎杖は地を踏むと、何を置いてもまず始めにその頭を下げてみせる。

 

 

「秋ちゃん先生っ! さっきは本当に助かったっ、ありがとう!!」

 

「あぁいえいえ、どういたしましてっ! ちなみに、呪霊との戦闘はこれで2度目なんだよね? 随分と上手く立ち回るからそう感じなかったよ」

 

 

 本心から出た言葉の応酬。

 しかし、その割に虎杖は苦い表情を浮かべた。

 

 

「でも、俺1人だったら多分やられてた。不甲斐ねぇ……」

 

「ん〜……それは、大事な気持ちだね。ただそれはそれとして、だ。最初から完璧にこなせちゃう奴なんて……まぁ、何故かいるにはいるけどあの人ぐらいなものさ。でもキミには呪力って伸び代があるだろ?」

 

「……確かに」

 

「安心して、虎杖クンに反省はまだ早い。今はまだ『強くなり放題なんだー!』って心底ワクワクしとけばいいのさ」

 

 

 無論、この男はそれで納得できる性格でも立場でもない。

 それでも少し、胸に渦巻くモヤが拭き取られた気がした。

 

 

 虎杖は返事を言葉にせず、力強い頷きを返す。

 

 

 そして、先ほどよりは多少すっきりした気分にて、付近で屠坐魔を回収していたところ……ぽろっと秋津島から一言。

 

 

「あ、ちなみにさっきは何を伝えようとしてたんだい?」

 

「………まぁ、帰りに補聴器買おうねって」

 

 

 

 

 





とんぼ大好き。
犬猫も含めたありとあらゆる生き物の中でも、ダントツで好き。
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