【2巻発売中】TSしたから隠れてダンジョンに潜ってた僕がアイドルたちに身バレして有名配信者になる話。~ヘッドショットロリがダンジョンの秘密に迫る配信~ 作:あずももも
荷物が1つも置いていない、使われていない木の机。
それが、教室の半分。
――それが、僕が過ごしていたはずの日常。
生徒の半分が、登校できないほどの惨劇。
それも知らなかった/知ることのできなかった僕は、ただ虚ろな目で座っているだけ。
「………………………………」
……そんなかつての僕を見下ろしている、今の僕。
『……みんな、酷い経験をして……酷いものを見てきた。現代社会に「ダンジョン」――それが放置された末に起きる「魔界」なんてものを、見て』
『ダンジョンの中から帰ってきたり、モンスターを見た人は……今でも「この世界はマンガとかゲームの世界なんだ」って、思い込んだままだったりする人も居るって……』
『たぶん、その方が幸せなんだろう。たまたま無事だった僕みたいなのだって、そう思う』
『私も……だからせめて、生き残った人にはなにかをしてあげたくて。だから、将来はお医者さんになろうって決めて……』
うん。
今なら、知ってる。
かつての世界では――彼ら中学生が目の前で出会った現実では、どんなことが起きたのかって。
『なのに、同じような目に遭ったはずの春海は「この話題」が出ない限りは普通にしてますし、学校が再開してからはずっと、毎日登校してきてるんです。……俺、すごいって思うんです。だって、あのときにいろいろあった人は……あれ以来、自宅学習ですから。クラスの仲間も、部活の仲間も。家から出られても、学校みたいなところには……って』
僕の、かつての友人が、そう言っている。
……そう言われたことを、この瞬間まで忘れていた/分からなかった僕へ――とても中学生とは思えないまなざしを、注ぎながら。
そうだ。
たとえ悲劇を目の当たりにしていなくたって、彼らは僕とは違う。
彼らは「ダンジョン発生直後」を経験して、心に傷を負って――無理やりに心を大人にさせられたんだ。
『ね。……征矢君のお母さん、ちょっとだけど言ってたもん。征矢君、通学中に見かけただけの小学生の子を助けようとして……それで、その子を助けるために辛い光景を見たらしいって』
『ああいうとき、他人を助けられる人って……征矢みたいな人、居たよな』
『居た。私たちを押しのけて逃げる人も多かったけど……居たの』
「………………………………」
覚えて、いなかった。
でも、たぶん、そうだった。
だって僕は、「普通に登校していた記憶しかない」から。
『征矢君は……あのとき、助ける側だったんだもん。それも、顔も知らなかったはずの子供を。私とか……泣きわめきながら助けられるだけだったのに。ううん、私たちも、あのときは子供でしかなかったんだもん』
『普通はそうなんだよな。俺も、倒壊した瓦礫から助けられただけだった。それから病院に運ばれて、両親に連れ帰ってもらえて。……でも、征矢は』
ぽつり、ぽつり。
浅くない傷を胸に背負った中学生たちが、言葉を漏らす。
……本の虫だった僕を受け入れてくれていた人たちが、僕の話をしていて。
『……そうだな。だけど、あのときのみんなは――生き延びたんだ。どんな形であれ……それは、覚えていてくれ。先生は、みんなが生きていてくれて……嬉しいんだ』
『……先生』
『……はい』
しんと静まりかえる、教室。
ひとことも口を利かない、僕。
『保健係は――いや、みんなは自習課題をしていてくれ。征矢は、先生が保健室へ連れていく。気分の悪くなった人は……そうか。悪かったな、みんな……春海。先生の方が……よっぽど弱いよな』
教科書を閉じた教師の人が、僕へ近づいてくる。
「………………………………」
たぶん。
『先生も、たぶん……いや、忘れてくれ。……ええと、すまない。普段、征矢を立ち上がらせるときはどうやって……ああ、いや、最近は生徒とはいえ異性に触れるのは……』
『先生。征矢は絶対になんにも気にしないと思います』
『本当に大丈夫です』
『征矢君の机の1番手前の本だけ一緒に持ってったら大丈夫です』
『春海に言うんなら「救護のため」で平気です。こいつ、状況が分かれば落ち着くので』
『女子のこと気にしなさすぎるせいで、女子更衣室へ忘れ物とか頼まれるくらいですし』
『……そう、か。征矢は……「あの日」のことを、なにもかも……』
先生は――かつて僕へ勉強を教えていた大人は、泣いては、いない。
でも、分かる。
分かって、しまう。
――今でこそ幼女だけど、一応は大人になったからこそ、分かるんだ。
『征矢。……強いよ、お前は』
強い感情をぐっとこらえて、封じ込めて――それでも前を向いている、作った笑顔。
そんな痛々しい顔をした先生/同世代の、見た目と肩書きと年齢だけは大人になっていても中身は子供な僕たちが、年下の子供たちの前で必死に隠そうとしているその気持ちは、目元や口元でわずかに歪んだ、その震える顔の――隅っこ。
「……いや」
僕は、それを見たからこそ――何年越しに返事をする。
「――世界がダンジョンに呑まれるなんて出来事を、真っ正面から受け止めて。それでも、前に進んでいる……みんなの方が、ずっと強いって。今なら、そう言えます。……僕は、そう言います」
◇
【目標座標】
【到達】
「おくられてきた」
「まほう」
「はる」
「……とどいた」