って感じでスタートした小説ですが明星ヒマリを知らなくても大丈夫なように書いているので問題はない……多分。
神様なんてこの世に存在しないって、そう思っていた。
気付いたら、本当に気付いたら真横に無灯火のトラックが迫っていて避ける事なんてできなかった。直後、凄まじい衝撃とともに身体が宙を舞ったと思ったら
───転生していた。いわゆるトラ転。
転生したと早々実感しているのにはちゃんと理由もある。転生後の自分の身体が違う。20年と少し苦楽を共にした相棒が装備されておらず代わりに胸には控えめだけど確かな小山が存在していた。
より具体的に言うのであれば、性別が男性から女性へと変化してしまっている。そして一番問題なのが『私』があのミレニアムの特異現象捜査部部長の明星ヒマリとして転生しており、ここがキヴォトスではなくかなり昔の日本にタイムスリップしてしまっているという事。
(これがトラ転……ですか。しかも超天才清楚系病弱美少女ハッカーたる私に転生ですか……何故か凄く頭が痛いのですがこれは一体……?)
男性として生きた20年、特に波乱万丈な経験をする事もなく人畜無害な一般通過サラリーマンだったはずなのだけどどうしてこんな摩訶不思議な体験をする事になってしまったのだろうかと誰しもが疑問に思っただろう。原因は神様の怠慢……らしい。転生直後に急に頭痛に襲われたと思ったら、この身体に備わる能力を植え付けられた知識によって強制的に理解させられた。
神様知識を端的に表現すると、『星の管理って思ったよりめんどくさいから誰かに任せよ。せや! ここにおる人畜無害そうな一般通過サラリーマンに任せよ!』という事らしい。いや、神様雑すぎでしょう。
神様としては前世の地球で急に増えすぎた人間の魂の行き場を確保するために、ヤケクソかつ慌ててコピー&ペーストの要領でビッグバンを起こして宇宙を作りまくったそうなんだけどもどうやら無心でひたすら単純作業を繰り返していると辞め時が分からなくなってしまったそう。気付けば大量の宇宙を管理しなければいけない立場になってしまった神様は、思い付いた。『せや! 転生者のために作ったんやし、余った分は転生者に管理させたら万事解決ちゃうんか!! 神ってやっぱり天才!!』と。
そうして天才な閃きを得てしまった神様は、もはや集合体恐怖症を発症してしまうレベルで増えすぎた宇宙・星の管理者に人畜無害そうな一般通過サラリーマンを任命したのだ。しかも神様の粋な計らいとして生前に一般通過サラリーマンが思っていた『転生するんならこんな美少女(清楚系病弱美少女ハッカーを見つつ)が良いなぁ……』という願いを叶えてあげる特典付き。なんて心の広い神様だろう、神様は自分の行いに感動してうっかり宇宙を追加でビッグバンさせてしまったらしい。少し涙目になってしまった神様がいたらしいが、恐らく感動しての涙だろう。
そんなこんなで神様の下で神様(明星ヒマリの姿)として宇宙の管理をする事になってしまった明星ヒマリだけど、余分に生まれた宇宙空間だったため特に何もする事はない。というか神様としては逆に
つまり明星ヒマリに求められているのは如何に宇宙空間を平和に保つか、のみに尽きる。神様としてチートしてもヨシ、色んな未確認物質を生成してもヨシ、だけど神様に反乱したり他の宇宙に穴開けて神様に迷惑をかけるような行為だけは止めてね? という事なのだ。長くなったが要するに明星ヒマリはオペレーターなのだ。宇宙の維持・星の管理監督者、神様のドジのシワ寄せで転生させられてしまった哀れな中間管理職なのである。
そしてその明星ヒマリはというと、現在進行形で宇宙空間をクルクルと漂いながらガックリと肩を落としていた。それもその通りのはず、自分が神様としてこの宇宙空間の中で絶対の能力を獲得した理由が実にしょうもない理由だったのだから。ヒマリは自分に何か特別な素質があって選ばれたのではないか、と期待に胸を膨らませていたのだ。あっけなく打ち砕かれた自身の妄想に頬が赤くなるのを自覚しながらも能力を使いこなすための訓練を行う事にした。宇宙空間では天体を操作したり、そこら辺にあった隕鉄から創り出したヴァルキリーもどきでマクロスごっこをしてみたり、小さな星を適当に作っては森羅万象を操って見たりと実に好き勝手した。
だがしかし、人は飽きる生き物である。ヒマリは神様の能力を十全に使いこなせるようになったは良いものの、この退屈な生活に若干飽き始めてしまった。思えば前世は普通に歩いたり走ったりできていたのだけど、車椅子に乗っていないと生活がままならない上に病弱な身体を持つヒマリは歩いたり走ったりが出来ない。それにこんな広大な宇宙に自分ひとりだけがぽつんと存在してしまっている事実が、ヒマリの心の内に心細いという感情を生み出してしまった。
そこで神様からもらった【全知】という名の能力を使ってみる事にした。
明星ヒマリの持っていた学位だったはずが神様の手にかかればあっという間に素敵な能力に早変わり。自身の管理する宇宙空間内の事象全てを把握可能、というチート能力の誕生である。そして【全知】を使って出した回答はずばり外的刺激が不足している、との事だった。
それならば、と身体が不自由でも上半身を鍛えるトレーニングを行ってみようと思い立ったヒマリは、前世の知識からアイソメトリックトレーニングを行おうとしたのだが開始早々身体がギブアップしてしまった。『ヒマリさん、不味いです! 演算処理が追い付かず身体が崩壊してしまいます!!』神様としての能力である【全知】がヒマリの脳裏で囁いている……気がした。ヒマリは察してしまった、この身体は銃弾を弾くくらい頑丈だったりハッキングを簡単にこなせる頭脳はあるものの、内側からの攻撃に対しては非常に脆いのだと。
ヒマリは天才的な頭脳で考えた……がしかし、どう考えてもヒマリの筋肉トレーニングの才能は皆無である。ヒマリは時には諦める事も大切なのだと学んだのだった。
(地球へ、日本へ向かいましょう……力で遊ぶのが楽しかったのは分かりますが、何故今の今まで思いつかなかったのでしょうか……?)
神様としての力に慣れるつもりだったはずが、気付けばかなりの時間を孤独に過ごしていた事に気付いてしまった。朝も夜もない宇宙という時間の概念が薄い空間で過ごしていた弊害を感じつつ、宇宙で呼吸も食事も睡眠も必要としなかったヒマリは『そういえば人間ではなくなってしまったのだ』と、それまで興奮していた幼心に冷や水を浴びせられる形で実感した。
一向に景色の変わる事のない宇宙に居てもやる事もない、思い立ったが吉日とばかりにヒマリは地球を探し始めた。瞬間移動出来れば……と思ったのだけどどうやら宇宙が出来てから既にかなりの時間──具体的には百数十億年は経過しており、それこそ星の数ほどある星の中から一発で地球を見つけるのは至難の業である。例えるなら砂漠の中に紛れ込んだ一粒の黒糖を、スカイダイビングしながら見つけるのと同じくらい至難の業なのだ。【全知】を使って地球の座標を探ろうともしたのだが出来なかった。端的に言えば宇宙が広すぎて処理する情報が加速的に増加したためヒマリの脳が処理落ちした。ヒマリのキャパシティが不足していたのに加えて【全知】の習熟度が足りていない不慣れな状態であったが故に起きてしまった事故だった。
思いのほかこの身体は脆くて病弱であるため急加速急減速はご法度である。ヒマリは車椅子を操り慎重に、慎重に加速してゆく。なお、移動中に凄まじい速度で接近してくる彗星に気付かず、直前で急加速をした際、『神様なんだから重力の影響なんて受けないのでは?』と気付く事になるのを全知たるヒマリは知らない。そして、長い旅路の末見つけた地球が自身の知っている地球とは少し違う事も、ヒマリはまだ知らない。
◇◇◇
(ふふっ……ようやく見つけましたよ)
上も下も、右も左も、区別のない宇宙空間を【全知】の習熟をしながら移動すること約半年。今では能力による索敵範囲は数億光年を軽々と超える。そんなヒマリの索敵範囲内に入り込んだ銀河の名前はおとめ座超銀河団という。そう、そこには地球の属する天の川銀河が存在するのである。おとめ座超銀河団の直径はおおよそ2億光年、次々に飛び込んで来る情報の波にも負けずヒマリは余裕の表情を浮かべていた。ついに地球に訪れる事が出来る、そう思うだけで自然と笑みが零れてしまう。
そうして瞬き程の時間が経過し、ヒマリは青い星を知覚によって発見した。車椅子を加速させると、1時間もかからずに地球へと到達する。ヒマリは間違っても地球に衝突したりしないようにゆっくりと大気圏に突入し、地球に降り立つことに成功した。
──―のだがどうやら様子がおかしい。神様としての知覚能力で日本全土の情報を集めた結果にヒマリは唖然とした表情を隠せなかった。
道路は舗装されておらず辺り一面地面が剝き出しになっているだけでなく、竪穴住居であったり牛車といった社会の教科書で見たことしかなかった光景が日本中で広がっていたのだ。
(どうやら平安時代……のようですね)
そういえば神様は宇宙を作った後かなりの長時間放置していたんでした、とヒマリは盛大にため息を吐きたくなってしまった。そういえば神様になってからずっと宇宙空間に居たから呼吸してなかったんだった、すっかり忘れていた。そうして緑あふれる大地の清々しい景色を楽しみつつ久しぶりに息を吸うと……盛大に
「忘れていました……平安って確か公衆衛生の概念が一般的ではなくておまけに飢饉で治安が悪化しているのでしたね」
ざっと確認した限りだと都(首都)は平安京で間違いないようだ。平安京の中を知覚範囲に含めてさらに詳しい情報を調べていくと、今は993年(正歴4年)でいわゆる平安時代中期と呼ばれる時代で間違いないようだ。特に平安時代は飢饉や災害の酷いイメージが歴史から感じられるがどうやらそれはウソではなかったらしい。時の天皇は一条天皇のようだがどうやら体調が急に悪化したと伝えられていたタイミングで地球に降り立ってしまったようで、陰陽師が何やら儀式を執り行っているようだ。
(そういえば一条天皇の体調が回復したのは安倍晴明が禊を執り行ったからって聞いたことがあるような……ってことはあの陰陽師ってもしかしなくてもかの有名な安倍晴明と言う事になりませんか!?)
安倍晴明、幼少期に賀茂氏より陰陽道や天文道を伝授され出世は遅れたものの、天皇にその働きを認められ最終的には
ゲホゲホと咳き込む天皇の前で
(ふぇ!?!? お札が、お札が浮かんでます!!!)
『祓いたまへ浄めたまへ、
安倍晴明らしき男性はパシンと柏手を打つと何やら呪文のようなものを唱え始める。すると一条天皇を囲むように宙に浮かんだままのお札が天皇の身体から噴き出て来た黒い霧のようなものを吸い込み、それによって力を失ったのかお札から光が消え床にはらりと落下した。おぉぉ、これが陰陽術ですかさすがは安倍晴明殿、とはやし立てる朝廷人と同じように思わずヒマリも拍手してしまった──―が直後、ヒマリは何か重大な見落としをしているような、そんな違和感に見舞われた。【全知】がスーパーコンピューター顔負けの速度でヒマリが感じた違和感の正体を暴きだす。
(陰陽術って思ってましたがあれって魔法……ですよね? もしかしなくても私が宇宙で好き勝手やってた事で世界の法則が捻じ曲げられて、素養のある人間なら魔法が使えるようになってしまったのではないでしょうか?)
大正解。違和感の正体は既視感であったのだ。
宇宙が誕生して138億年──ヒマリはおよそ2000年前に管理者として送り込まれた後(飽きる事なく宇宙で遊んでいたので時間に対する感覚が非常に狂っているが)最初に使った能力はヒマリにぶつかりそうな惑星の軌道を変更する、いわゆる超能力であった。これは地球の法則の形成に大きな影響をもたらした。そういった経緯で、平安時代の権力者は陰陽術という古式魔法を発展させ厄払いを行ったり情報次元から式神を呼び出して使役したりする技術を持っているのだった。ちなみに紀元前12~11世紀からオカルトチックな現象が頻発するようになったのはヒマリによる法則の改変があったからだと知っている者は存在しない。
(前世の記憶が残っている所為かやはり今の暮らしは私には合いそうにありませんね……さて、これからどうしましょうか)
『安倍晴明よ、此度の儀式は見事であったぞ。報酬を取らせる故、何ぞ申せ』
どうやら体調が良くなった一条天皇が床に平伏している安倍晴明さんに報酬を渡すそうですね。そうです、私は天才ですからいい考えを思いつきました。さて、それでは彼らの下へ向かいますか。ふふっ、彼らがどんな顔をしてくれるのか楽しみですね! ということで転移でこんな臭いところからはおさらばする事にしましょう。私は神としての能力を使用して空間と空間を繋げ、音もなく寝殿へと移動しました。
「それでは──「そのお話、少々お待ちください?」──何奴じゃ!?」
「無断で陛下の寝所へ侵入するなどこの無礼者が!!」
「誰ぞこの曲者を捕えよ!」
私の出現によって騒然となる寝殿。おぉぉ……これが蜂の巣をつついたような騒ぎ、という状態でしょうか。皆さんビックリしているのと、急に私が現れた事に対する怒りと半分半分といった感じでしょうか。それにしても安倍晴明さんの台詞に待ったをかけたら一瞬で誰何されてしまいましたね。ですが私は【全知】にして神ですので心配ご無用です。
「誰ぞっ!!」
「誰ぞおらんのか!!」
「あぁ、今この空間は世界に存在していませんから貴方方がいくら騒いところで誰も助けには来ませんよ?」
私の言葉を聞いて扉に向かって走る男が数名。儀式のために完全に閉ざされていた寝殿の扉に飛びつき下働きの男が力いっぱい引いてもビクともせず、その場の人間の視線が私に向くのがハッキリと分かります。
そうです、私は神様の能力を駆使して騒がれても良いように事前に寝殿に繋がる空間を捻じ曲げてこの世から隔離してしまったのです。なおも朝廷人らしき男性が大声でわめいたり私を捕まえようとしていますがそれも無駄です。
「貴様、何をした!!」
「無礼であるぞ! 答えよ!!」
「少々お待ちください、と言っているではありませんか」
どうやらお偉いさんである貴族の方々は雅、という言葉を知らないようでせっかちに私に何とか近付こうとしていますが私はというと貴族の方の手が触れるたびに煙となり別の場所に現れる、また手を触れられたら煙となり別の場所に現れる、と彼らをからかう事に本気になっています。そうして少しすると寝殿には私を何とか捕まえようとドタバタと走り回る者と、一条天皇や安倍晴明を始めとしたこの場で起きている異常な事態の把握に努める者の二つに分かれていました。
「はぁ、はぁ…………」
「この化け物め、この奇妙な妖術を解かぬか!」
「ふふっ、
「神だと!? そのような戯言が通るものか!」
「我ら朝廷を愚弄するか!!」
「えぇい、何をしておるか晴明よ! 早く式神で祓ってしまわぬか!!」
素直に正体を明かしてあげたのに怒声が止む気配はなかった。これはさすがにしょうがないですよね、と神様としての能力を一部解放して黙ってもらうことにする。
「えいっ♪」
「「「「!!!!!?」」」」
「ふふっ、安倍晴明でしたか? この世の最上位の神である私に対して式神が打てるなら打ってみても良いのですよ?」
「…………」
「ど、どうなのだ安倍晴明!!」
「……打てませぬ。この方からは悪しき気配は感じませぬ」
「何と……!?」
ようやく私にケンカを売るのは得策ではないと気付いていただけたようで、幾人かは泡を吹いて気絶したり陰陽師の方々は私の力の一端に触れてしまったためか顔を真っ青にして倒れ込んでしまいました。
「ふぅ、ようやく静かになりましたね。さて天皇──いえ、この地を支配する人間達にいくつかお願いごとがあるのですが聞いていただけますか?」
「…………聞きましょう」
「では快適に暮らせる家と書物を所望します。もちろんタダでとは言いませんよ? 対価として私直々に陰陽術の指導をして差し上げましょう」
懇切丁寧にお願いしたと言うのに、私が口を開くたびに震え上がるのはどうかと思いますね、全く!
一条天皇は少々お待ちください、と私に断ると何やら考え事を始めた。そうして何人かの朝廷人を呼び寄せると二言三言交わし私に向き直り言った。
「証拠を、何か貴女が神であると信じるに足る証拠を頂けないでしょうか?」
「証拠、ですか……」
「これは貴女のためでもあるのですが、悠久の時を生きる神であるならばその方が私達のような人に煩わされずに暮らせると思うのです」
「ふむ……分かりました。ではこういうのはどうでしょう。天皇とその后には私自ら身体強化と陰陽術の加護を与えましょう」
「何と!! そのような事が出来ると言うのですか……いえ、貴女が神であるならば出来る、のでしょうね。分かりました、ではこれより文章の作成に入りますからこの空間を元に戻していただいてもよろしいですかな?」
交渉の結果、天皇とその后の身体を丈夫にするのと簡単な陰陽術が使用可能になるよう力を与える事で私は図書寮という平安宮の中の建物で悠々自適に暮らす権利を得たのでした。
──安倍晴明side
たまたま平安宮の図書寮へと訪れる機会があったので尋ねると、私の顔を見た
「どうされたのですか?」
「いえ、少し昔の事を思い出していたのです」
「はぁ……もしや5年前の事でしょうか?」
5年前、それは明星ヒマリ様と我々朝廷人の最悪に近い出会いから既に5年が経過しているということ。後から思い返してみてハッキリと断言できるが、あれだけの無礼を働いておいてよく全員見逃していただけたものだ。
いや、無理もないか。陰陽術に理解のある者はあの場に居た者の半分程度であろうし、当時の私があのお方の強大な気配に気付く事なんて出来なかっただろう。このお方は本当に神様なのだろうかと、今でもふとした瞬間に思ってしまう事がある。
「ええ、あれほど愉快な出来事は久しぶりでした。ですからこうして時々思い出しては可笑しくなったりするのですよ」
「全く、五摂家と妙な友誼が出来てしまった我々の身にもなっていただきたいものですなぁ……」
「私は悠久の時を生きるのですからこうして時折愉快な事が無ければ退屈してしまうではありませんか」
明星ヒマリ様の持つ力によって黙らされた朝廷人の表情は確かに愉快だったが同時に何度死んだと思った事か。それまで事あるごとに我々を見下して来た正四位以上の
一条天皇との交渉で、目の前で楽しそうに読書をされるヒマリ様は図書寮へ好きに出入り出来る権利を得る代わり、私達陰陽術に関わる陰陽師に対して指導を行ってくださるようになった。それ以外にも陛下と何やら約定を交わしていたもののそれ以来、寝殿にヒマリ様による強固な結界が張られて平安京は妖魔に襲われる事もなく久方ぶりの平和な時が流れていた。たまに神の気配を敏感に感じ取る神祇官によってヒマリ様が追い回されているがまあそれは身から出た錆とでも思ってもらえば良かろう。
どうやら一条天皇はヒマリ様のおっしゃった「神の住むところ」=「神社だよね!」と神祇官達がヒマリ様の生活の場所として神社を建立(平安時代は神仏分離がなされておらず造営とは言わない)しようとなにやら計画しているらしい。ヒマリ様がそんな動きを察知出来ない訳がないのに知らんぷりしているところを見るに、「それもまた愉快ですね!」と嬉しそうに思っているという事だろう、はぁ。
交渉から数日後、静と紫という名の2人の少女を拾ってきた時にはどうしたものかと頭を抱えてしまったが、彼女たちはヒマリ様の指導を受けて今では彼女たちは立派な歌人として活動している。女の身でありながらそれぞれ少納言と式部の官職を得ているのは立派だと言わざるを得ない。あの2人が書く物語を一番楽しんでいるのはヒマリ様だと思うが、それが何故か売りに出され何故か庶民にまで親しまれているので下手に文句は言えぬ。ただ、絶対にヒマリ様が面白い事が起きそうだと思ったからあの2人の少女を召し上げたのだと私は確信している。
願わくば陰陽頭としてヒマリ様に師事して師匠であった賀茂氏と陰陽道の高みへと至りたいと思ってしまうのは我儘であろうか……。
「はぁ……」
ヒマリ様と二言三言交わした後、図書寮を後にした。秋風が身に染みるからかそういえば私もそろそろ80が近い事を意識させられる。
世に未練が無いとは言い難いが、従四位下にまで出世しもはや天命を座して待つ身となった。息子である吉晶と吉平も十分育ったなどと考えてしまう。もうそろそろ身体が朽ち行くというのに年々ため息が多くなってゆくのは何故だろう。最近の悩みはヒマリ様に関する事が多い。一条天皇とヒマリ様の小間使いのようなものもさせられている。
私の名前は安倍晴明、苦労人だ。
ヒマリ様と出会ってからは、もっと苦労人だ。
あぁ、胃薬はどこだったかな……。
こんな感じで不定期に更新していきたいと思いますので評価や応援を何卒。