牙守の一族 作:わんころ
例えば、刀身から伸ばした氷の刃は、そのまま幅を広げて通路一杯を横断する刃に出来た。或いは太さや厚みを増して棍棒とする事も出来る。
それだけでなく、周囲の地形を凍らせて、その凍らせた地形から無数の鋭い先端を有した氷山を乱立させる事も出来た。
だが、欠点もある。
「せいっ!!」
まず氷の強度そのものは、氷の域を出ない。割り砕く事もそこまで苦労しないだろう。
そして何より、どれだけ優れたギフトもその力を発揮するには使い手の力量次第というもの。
鉄砕牙を振るって氷を砕き、同時に壁に走った氷を駆け抜ける事で回避する。
(ちょこまかと……!)
鋭い氷山の群れを殺到させながら、武者鎧は内心で呻く。
右目が揺らめく黄金へと染まった辺りから、目の前の男の動きは文字通り見違えた。
(手を抜かれていた?或いは、出し惜しみか。“ノーネーム”の有する人材か?コレが……!)
武者鎧は、気付いていた。相対する男は、
少なくとも、己はあそこまで妖刀と霊格を混じらせたりはしない、と。
「考え事とは余裕だね!!」
「ッ!黙れ……!」
跳んで迫ってきた真司に対して、武者鎧は複数の氷の壁を連ねる事で防ぎにかかる。
だが、真司はその更に上。斬撃に風の傷を上乗せした一撃によって氷の壁は粉砕。その衝撃の余波は、容易に武者鎧をぶっ飛ばしていた。
宮殿の床を滑っりながら、武者鎧は更に追撃を行おうとする真司を睨む。
「舐めるなァァァアアアア!!!」
咆哮と共に、烈凍牙の群青の刀身に暴風雪が纏わりつく。
「
振り下ろされると共に吹き荒れる暴風雪と、その中に無数に混ざる氷柱の嵐が真司へと向けて放たれた。
宮殿の通路一杯を埋め尽くす様な規模のソレは、単純な回避を許さない。
「くっ……!!」
迎え撃つ真司は、振り下ろすと共に風の傷を加えた一撃をもってぶつかりに行った。
(重い……!)
踏ん張ろうとするが、床が砕けじりじりと押されていく状況。
「無駄だ!」
「ッ!?うわぁあああああああああ!?」
更に踏み込んだ武者鎧の一撃によって、拮抗は崩壊。
真司の体は風の傷ごと暴風雪と氷柱の嵐に飲み込まれ、そのままもみくちゃにされながら壁へと叩きつけられる事になった。
宮殿の壁が粉砕され、真司は外へと投げ出される。
大の字で転がった彼の体はピクリとも動かない。
武者鎧は、用心深く近づいていく。危険度の度合い的に、氷漬けにでもして完全な無力化をする必要があると考えての行動だった。
残り数メートル。瞬間、真司の体が跳ね起きる。
「ぶはっ!!……ハァー……ハァー…………ゲホッ!エホッ!死ぬかと思った……」
「ッ、貴様……!」
「はっは……ゲホッ!まだ戦えるよ」
鉄砕牙を杖代わりに、真司は立ち上がる。
真紅の羽織をジンに持たせたことが、裏目に出ていた。アレは、妖力を覚醒してから防具としても機能していたから。
それでも生きているのは、妖刀の所有者防御の性質から。叢雲牙と鉄砕牙の二重の結界が、烈凍牙の大技を軽減していた。
「スー……ふぅー…………」
体の節々の痛みを無視して鉄砕牙を構えながら、真司は改めて妖刀との意識をシンクロさせていく。
あの瞬間、相手の大技を押さえ込もうとしたとき、鉄砕牙の柄を通して何かを間違った、という感覚を覚えていた。
(ああじゃない。もし鉄砕牙が、叢雲牙と同じ系統の妖刀なら多分大技がある筈)
風の傷も強力ではあるが、それでも真司の感覚としては決め技というよりも牽制や一撃の威力を上げる為のバフ程度の認識だ。
そして、鉄砕牙の方も風の傷の扱いを誤っていると伝えてくることは無かった。
真司は考える。この一戦に勝つ為に、そしてこれから先の戦いを勝ち残っていく為に。
「……よし」
一つ頷く。
(任せるよ、鉄砕牙。僕は、どうすればいい?)
内心で、問う。叢雲牙が騒がしいが、今は彼の意識の全てが鉄砕牙へと向けられていた。
これに歓喜したのは、鉄砕牙だ。
現状、叢雲牙に完敗中の妖刀さん。生半可なギフトより格上の筈なのに、完全な上位互換が居るが為に、いまいち力不足が否めない今の立場。
故に、張り切った。具体的には、発する妖気が爆発的に増大した。
その圧力の変化は、相対する武者鎧にも届く。
「ッ……!」(未だにこれほどの力を……!?)
驚愕。しかし、逃げる選択肢は無い。
意地で烈凍牙の群青の刀身へと力を集めて、先程以上の暴風雪と氷柱の嵐を巻き起こす。
そして、空へと跳び上がった。
「先程とは、訳が違うぞ!!」
掲げられた烈凍牙のその切っ先。そこに刀身を包んでいた暴風雪と氷柱の嵐が圧縮されていく。
武者鎧の力を全て込めたソレは、人の頭部ほどにまで圧縮され臨界を迎えた力が青白く輝いていた。
「
振り下ろされ、嵐の塊が放たれた。
それは、切っ先から離れると同時に爆発的に肥大化。瞬く間に二階建ての住宅を一棟のみ込めるほどの大きさにまで広がった。
中心では青白い妖力が渦巻き、その周りを荒れ狂った暴風雪とその嵐に乗った氷柱の群れが暴れ狂っている。
巻き込まれれば先程の一撃以上に悲惨な事に成るだろう。というか、ひき肉にされかねない。
迫りくる死のイメージを前にして、真司は一歩前に出た。同時に鉄砕牙を高々と掲げる。
風の傷では、まず間違いなく押し負ける。それは真司にも分かっているが、しかし退く理由にはならなかった。
(最大威力を、ぶっ放す!!!)
本来、鉄砕牙の風の傷は基本技だ。同時に、使いこなせて当然の技でもある。
そして当然ながら基本技という事は、その先があるという事。
原理はカウンター。発動条件は、相手の仕掛けてきた技を上回る気、この場合は妖気などではなく気迫や気合いの意。これを上回る必要がある。尚且つ、カウンターという攻撃の特性上、相手の技の破壊力が最低でも通常の風の傷以上の威力を求められる。
自発的には出せないが、しかし決まれば自分の風の傷の破壊力+相手の攻撃=破壊力という図式が完成しその一発で勝負を決める事も出来るだろう。
その奥義の名は、――――爆流破
「ハァアアアアアアッッッ!!!」
「な、にぃぃぃぃいいいいい!?」
巨大な横倒しの竜巻が、暴風雪と氷柱の嵐嵐を飲み込んで更に巨大な竜巻と化して鎧武者へと襲い掛かる。
まさかここ迄巨大なカウンターが飛んで来るとは思わない。
何より、精根込めた必殺の一撃を飲み込んだ上にカウンターとして返されたのだ。最早、防御も回避も不可能。
「ッ~~~~~!?」
声も出ない。巻き込まれた竜巻の内側は、宛ら撹拌機だ。
縦横無尽。上も下も右も左も、前も後ろも何もない。ただ只管に出鱈目に無茶苦茶に、力の奔流の中で振り回され続ける。
時間にすれば、一分ほどだろうか。
吹き荒れていた竜巻は細くなり、やがて勢いを失って消えていく。
そして、落ちてくる誰か。
「……女の人?」
警戒を緩める事無く、落ちた誰かの下へと向かった真司が目にしたのは気絶した長い藍色の髪をした女性だった。
武者鎧を纏っていた為か、体格が隠され性別が分からなかった相手。
傷はあれども、致命傷は無いらしく気絶してしまっていた。
「……はぁー…………」
鉄砕牙を鞘へと収め、真司は大きく息を吐き出した。
強い相手だった。少なくとも、“ノーネーム”ならば真司以外なら十六夜位しか相手取れなかったのではなかろうか。そのレベル。
真司としてはルール関与出来て無いな、と反省していたりするのだが。彼がこの場で押さえておかなかったなら、春日部耀の感覚網にも引っかからない強力な相手の一手が残る事になっていた。ある意味では、あの場で真司が見つかった事は、“ノーネーム”にとっても運が良かったと言える。
「とりあえず、二人のどっちかに合流しないと……」
疲れの色濃い体に鞭打って、真司は歩き出し。
「ッ…………?」
直後、世界は褐色の光に包まれる。
反射的に目をつぶり、顔を腕で庇う真司。
照射時間は一秒ほどだろうか。光が収まり、腕を下して首を傾げた。
何が起きたのか、何が起きようとしているのか。現状の真司には分からないことだらけだ。ただ、
「叢雲牙?」
背負った叢雲牙の柄頭に嵌められた大きな紫色の水晶が煌々と輝いているのが気にかかる。
柄に触れると、その手を伝って抜いてほしいという念が柄を通じて伝わってきた。
何が起きているのか分からないが、とりあえず動こう。そう決めて宮殿内へと足を向け、不意に彼の真上に影が差した。
「…………え……」
岩が降って来ていた。それも、一つ一つが山と見紛う大きさの岩塊だ。
思わず、目を見開いた真司。しかし呆けたのは一瞬。すぐさま叢雲牙を鞘より引き抜き両手で柄を握った。
状況が重なれば、自然と現状も見えてくる。少なくとも、真司からすれば先程の褐色の光が原因であろうという事は推察できる。
そして、どう動くべきなのかも。
(宮殿が崩れるかどうかすらも分からない。なら……!)
叢雲牙を振り被りながら腰を落とす。
真司の周りの空気が渦を巻き。瘴気と妖気と邪気が混ざり合いながら、叢雲牙の刀身へと幾重にも纏わりついていく。
走る黒雷は龍を象る。
初めて出した時の流された一発とは違う。正真正銘、来馬森真司が己の意思をもって大敵を打ち払う為の一撃。
渾身の一歩と共に、最上位の妖刀を横薙ぎにフルスイング。
「獄龍破ァァァアアアアアアッッッ!!!!」
爆流破とは違う、三種の毒気によって生み出された藤色の巨大な竜巻。
それは、中心に膨大な妖力の核をもって所有者が標的と見なした対象を完全破壊するべく空へと駆け上がっていく。
恐るべきは、その規模。
カウンター技として相手の攻撃に影響を受ける爆流破に対して、獄龍破は自発的に放てる上にその破壊力は全力の爆流破を軽く上回る。
現に山とも見紛う大きさの岩塊は、毒気の竜巻に喰い潰される様にして巻き込まれ、削り、砕かれているのだから。爆流破ならば、一つ破壊するだけでも一苦労だろう。
だが、
「もう……いっぱぁあああああああつ!!!」
フルスイングした叢雲牙を元の位置に戻す様な軌道で再度振るい、放たれた獄龍破。
最初に巻き起こっていた獄龍破と合流し更なる規模となった毒気の嵐は、空より落ちてきていた岩塊を一掃すると同時に空を真っ新に晴れ上がらせた。
「…………」
同時に、真司もまた崩れ落ちる。
限界だった。元々ボロボロであったのに、その状態で体の調子などガン無視して全力の爆流破と獄龍破×2をぶっ放したのだから。
寧ろ、ギリギリまで意識を保っていた事が最早奇跡。
余談ではあるが、このゲームは“ノーネーム”の勝利によって幕を閉じた。
同時に二人のプレイヤーが力を示す事にもなり、収穫は上々。それこそ、魔王を打倒するコミュニティとしての在り方に一つの裏付けを最低限つけることが出来た。
もっとも、これらを真司が知るのは数時間後の事となるのだが。