牙守の一族   作:わんころ

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 箱庭二一〇五三八〇・外壁外道。

 

「お馬鹿様!!お馬鹿様ッ!!こんんの、お馬鹿様方ぁあああああ!!!」

 

 そこに響くのは少女の声。

 扇情的な審判衣装に身を包んだウサミミ少女、黒ウサギはその豊かな髪を淡い緋色に染めながら怒髪天衝く勢いで説教を行っていた。

 彼女の前には四人の少年少女たち。そして、彼らの背後では雁字搦めに縛り上げられた巨大な怪物が気絶して転がっていた。

 

 こんな面白状況となったのは、つい一刻ほど前にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペリベッド通り、噴水広場近く。“六本傷”の旗を掲げたカフェテラスにて十六夜たちは耳を疑う情報を得る事になる。

 

「ギフトゲームが全面禁止?この一帯でか?」

 

「YES!これはちょっとした緊急事態なのですよ!」

 

「どういう事だ?箱庭のギフトゲームは、言っちまえば経済の流通そのものだろ?ソレを禁止しちまえば、どんな影響が出るか分からない訳が無い」

 

 十六夜が首を傾げる。

 反対に緊張した面持ちとなったのは、飛鳥だった。

 

「まさか、魔王が現れたの?」

 

「え?いえいえ!違います、違います!」

 

「そんな感じはしないけど?」

 

「うん。焦ってる?声とかは聞こえるけど、悲鳴とかそういうのは無さそうだよ」

 

 慌てて否定する黒ウサギの言葉を補強するように、感覚の鋭い耀と真司が補足する。

 実際の所、道行く人々は慌ただしく動きながらも、そこにあるのは危機的状況を前にした焦燥というよりも困りごとを前にした忙しさ。

 現に、道行く人々は行商人を捕まえては何かしら交渉し、しかしいまいち状況は芳しくないらしい。

 

「何かの品不足、かな?」

 

「YES。皆さまが買い求めておられるのは、“水”にございますからね」

 

「水?確かに売買してるって話だが……この街には水路も通ってただろ?何より、水不足とギフトゲームの禁止に何の関りがあるんだ?」

 

「そうですね。正確には、これから訪れる事態に対して水が必要となるんです。何でも、箱庭の南で猛威を振るっていた干ばつが、ここ東側へとやって来るようなのですよ」

 

「……変な事言うのね。干ばつに手足でも生えてるっていうの?」

 

「YES!正しくは、腕が一本、足が一本生えていたそうです」

 

「何それ、奇抜」

 

「そもそも、それって生き物なの?比翼の鳥じゃないんだからさ」

 

「比翼の鳥?」

 

「右と左それぞれの翼しかない鳥だよ。二羽揃わないと空を飛べない空想上の鳥だね。比翼連理って四字熟語の比翼にあたる中国の伝承かな」

 

 真司の説明に、耀が頷いた。

 その一方で顔色を変えて驚いていたのは、十六夜だ。ただ、彼が驚いているのは真司の説明ではなく先程の黒ウサギの言葉に対してだが。

 

「腕一本に足一本でやって来る干ばつ……旱魃?この箱庭には、“魃”まで居るってのか?」

 

「流石ですね、十六夜さん。とはいえ、魃そのものではなく、その遠い系譜にあたる怪鳥なのですが。箱庭の南側も、この魃による日照りによって大きな被害を受けたそうですよ」

 

「魃って?」

 

「ん?ああ、中国神話に出てくる神獣の一体だな。生まれながらに日照りを呼び込み、雨風を退ける力を持ってるらしい。その力を使って、魔王蚩尤の討伐に利用されたんだが……ま、力の使い過ぎで天へと戻る事も出来ず、旱魃を恐れて幽閉された、とか」

 

「……割と思うけど、神話は救われない内容が多すぎないかな?その魃自身は、別に悪い事をしている訳じゃないし」

 

「ま、そういうもんだろ。それより、魃が来るなら水を求めるのも納得だな。炊事洗濯だけじゃない、農業なんかにも水は必須。日照りがどれだけ続くかも分からない以上、たっぷりと水を買い求める、と」

 

 何となく黒ウサギの狙いが読めたのか、十六夜は椅子の背凭れへと体重を預けた。

 同時に、ここまで情報があればその意図に気付ける者も居る訳で、

 

「つまり、コミュニティの水樹の出番って事だね」

 

「YES。その通りです。確かに干ばつが訪れる事は宜しくありませんが……少々やらしい一手とはなりますが、備蓄を増やすチャンスでもあります」

 

「確かに、あの水源を私たちで使うのは勿体ないものね。これを機に、他コミュニティとの定期契約でも結べるのならソレもありだわ」

 

「うん。あの立派な宝物庫も空のままじゃ寂しいもん」

 

「つきましては、皆様には現在の魃の情報収集を御願いしたいのです。位置や距離、状態を把握できればそれだけ売込みにも繋がりますから」

 

 堕ちたとはいえ、相手は元神獣の系譜。近づくことは愚か、探す事すら本来は宜しくないのだが、黒ウサギが話を持ち掛けたのはこの箱庭でも屈指の問題児たちだ。

 

「良いぜ。どうせギフトゲームも禁止で暇してたとこだしな」

 

「幻獣の捜索なら、春日部さんや真司君の得意分野かしら。よろしくね」

 

「うん。確認するけど、腕が一本足が一本と翼が一つの怪鳥を探せばいいんだよね?」

 

「そうですね。正確には、左右で足の大きさが違う怪鳥を探すと宜しいかと。後、魃は大量の熱を内包するという話ですので、陽炎が妙に発生している場所を探しても良いでしょう……ただ、相手は幻獣です。くれぐれも用心してください。そして、身の危険を感じればすぐに撤退を」

 

「あっははは……流石にそこまでの無茶はしないよ……多分」

 

 中々不安になる面子ではあるが、しかし他に頼れるあては無し。

 かくして問題児一行は、街を出て神獣“魃”に関する情報収集へと赴く事になる。

 

 これが凡そ、冒頭の一時間前の事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は冒頭へと戻る。

 四人と黒ウサギは、衆人の注目の的となっているのだが、如何せん黒ウサギは髪を緋色に染め上げて怒髪天衝く勢い。周りの視線など意に介していない。

 

「良いですか!?黒ウサギが頼んだのは、これから訪れるであろう干ばつに際して必要な“魃”の情報収集です!!情報収集というのは、“魃”の巣であったり、姿形、大きさであったり、進行方向であったり、とにかくそういうもんです!!断じて、“魃”を討伐する事ではございません!!!」

 

「「「「むしゃくしゃしてやった。今は反省してます」」」」

 

「黙らっしゃい!!」

 

 黒ウサギの高速四連ハリセンツッコミが炸裂する。

 彼らの傍らには縛られて気絶した六メートル程の怪鳥の姿があった。左右で足の大きさが違うのは、長い年月を経て無理矢理にその体を変えてきたせいだろう。

 ただ、如何に神格を穢れで失ったといえども“魃”は並大抵の者に討伐出来る存在ではない。それこそ、ただの人間たちならばまず不可能だ。

 だがこの場に居る四人はただの人間ではない。

 第三宇宙速度による移動、投擲などが可能でその上山河を砕く怪力と耐久性、そしてギフトを無効化する逆廻十六夜。

 人獣、植物問わずに支配下に置き、更にはギフトすらも支配するギフトを持つ久遠飛鳥。

 友誼を結んだ“獣”の特性を再現し、肉体に反映する春日部耀。

 人は愚か、並大抵の神格であろうとも飲み込まれかねない妖刀を複数有しながら、一切飲み込まれる事無くそれらを自在に扱う来馬森真司。

 

 何れも、人の範疇で恐らく最上位だ。それこそ、神格であろうとも相手取れるかもしれない。

 

「はぁあああああああ…………」

 

 深い溜息だ。彼女の苦悩というものが伺える。

 

「折角の備蓄の機会、ひいてはコミュニティ再建への足掛かりになるかとも思いましたのに………いったい、何がどうして“魃”の討伐なんて事に……?」

 

「諸行無常」

 

「弱肉強食」

 

「世道人心」

 

「天佑神助」

 

「せめて言い訳は統一してください!」

 

 ウサミミ逆立て怒る黒ウサギだが、揃いも揃ってそっぽ向く問題児たちは何故だか少しも理由を話す気配が無い。

 結局、このまま魃を放置する訳にもいかず換金できる場所へと向かう事に。

 お説教の正座から解放された四人の内、十六夜と真司が向かい合った。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

「望む所だよ」

 

 チリッと二人の間に走る緊張感。

 何事かと目を剥く黒ウサギだが、二人が止まる気配はない。

 

「「じゃ~んけん…………ほいっ!」」

 

 十六夜のパー(張り手)が、真司のグー()を受け止めた。

 結構な良い音がしたのだが、それだけ。

 

「あちゃ~……僕の負けか」

 

「んじゃ、店まで頼むぜ真司」

 

「了解、分かってるよ」

 

 呆気にとられる周りを無視して、真司は徐に魃へと歩み寄るとその傍に膝をついて熱い羽毛の下へと手を差し込んだ。

 そのまま担ぎ上げる。

 

 発端は、魃を仕留めた時の事。

 六メートル程の体長は伊達ではなく、陸生最大の肉食動物であるホッキョクグマの最大体長の凡そ二倍。ミナミゾウアザラシの最大体長ほどもある。

 当然、重い。飛行生物は基本的に空を飛ぶために体重を出来るだけ軽くするのだが、ここは箱庭だ。骨と筋肉が詰まっても空を飛べる。

 そんな魃を運べるのは、十六夜か真司だったのだが、如何せんこの怪鳥はその特性上物凄く熱い。気絶すれば触れることが出来るが、それでも蒸し暑い。

 当然、運ぶ人間はその熱気を最大限に浴びる事になる。

 

 という訳で、じゃんけんでどちらが運ぶのか決める事にした。そして一回目は十六夜で、今の二回目が真司になった。

 

「あっっっつい………」

 

「ハハッ、まあ頑張れよ」

 

「風いる?」

 

「いや、この状況でやっても熱風を辺りに振り撒くだけになると思うから……」

 

 髪の毛の約三割程を白銀に染めながら汗を流す真司。妖力の扱いに慣れてきた彼は、十六夜程では無いものの怪力を得ていた。具体的には、巨岩を軽く持ち上げられる程度。背負った怪鳥も、持ちにくさがあれども重さは特に障害にはならない。

 

 周りの目を集めながら、五人はやがて双女神の旗を掲げる商店へと辿り着く。

 

「ふぅー……暑い、暑い」

 

 店先へと魃を下した真司は、羽織の袖を捲りつつ顔を手で扇ぐ。温い風だが、無いよりはマシ。

 この間にも十六夜と黒ウサギが店番をしていた女性店員と何やら交渉している。

 程なくして、何やらむっとした表情の女性店員が店先へとやって来た。そして徐に、怪鳥より羽毛を一つ毟ると、軽く振るう。

 すると、むあっとした熱気が通りを駆け抜けていった。同時に、女性店員の顔色が変わる。

 

「…………“魃”の末裔?しかし、下層のコミュニティが打倒できるような相手では……」

 

「ふふん♪ご自身の鑑定眼にもっと自信をお持ちください。これは正真正銘の巷で噂となっていた“魃”なのですから!」

 

「テンション高いね」

 

「騒がれてたのは本当だもの。高値になるから舞い上がってるんじゃないかしら?」

 

 魃から離れた真司と飛鳥のこそこそ話。

 二人と、それから耀が交渉に割り込まないのは、知識や経験がある者が対応した方が円滑に進むと理解しているからだ。

 程なくして、交渉は終了。互いの利害一致もあって、魃は確りと買い取ってもらえることになった。

 

 余談ではあるが、四人が少し顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのは魃討伐の理由が少々困ったものであったから。

 それには、とある存在が絡んでいた。

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