牙守の一族 作:わんころ
箱庭二一〇五三八〇外門居住区格。
様々なコミュニティのホームも置かれているこの区画に、“ノーネーム”の本拠も存在していた。
「……良し。行こうかな」
本館の自室にて、トレードマークの真紅の羽織に袖を通し、腰の左側、そして背中に妖刀をそれぞれ佩いてから来馬森真司は一つ伸びをする。
まだ朝早い時間帯だ。しかし彼は、外出の準備を終えて今まさに出発しようとしていた。
凡そ一ヶ月。それが、彼含めた問題児たちがこの箱庭で過ごしてきた期間。
結構色んなことがあったが、同時に退屈しない生活でもあった。
部屋を出た真司は、そのままの足で本館を出て外へ。
「アレ?真司様?」
「やあ、リリちゃん。おはよう」
「あ!おはようございます!」
その道中で出会ったのは、狐娘のリリ。
まだまだ幼いが着ている割烹着が様になっている、“ノーネーム”のお世話係を頑張る少女であった。
「お出かけですか?」
「うん。少し野暮用があってね。僕の分の朝食は用意しなくて大丈夫だから。もし余ったら、皆で分けてもらって良いからね」
小柄なリリに視線を合わせるように腰を折った真司は、限りなく優しい声色で言葉を紡ぐ。
「分かりました!他の皆様には……」
「うーん……大丈夫かな。そんな大した事でもないと思うし……それに、僕個人の問題だからね」
左右に揺れる狐耳のある小さな頭を一撫でして、真司は身を起こした。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい!行ってらっしゃいませ!」
元気な少女の声に見送られ、真司は朝の清々しい空気の中を目的地にまで真っすぐ突き進んでいく。
噴水広場を超えて、花の散った後の並木道を通り、見えてくるのは双女神の旗印を掲げた箱庭でも名高い商業コミュニティ、“サウザンドアイズ”。
といっても、まだ開店前の時間帯。暖簾はまだ出ておらず、店先の掃き掃除をしている顔馴染みの女性店員が居るばかり。
「おはようございます」
「……開店時間はまだ先ですが?」
声を掛ければ、露骨に嫌そうな反応が返ってきた。ただ、“サウザンドアイズ”の規定を守っているだけで、ソレもろくに買い物せずにギフトの買い取りばかりを求めてくる“ノーネーム”を相手にしたくないと思うのは当然だろう。
だが、今回の真司は完全なお客様なのだ。その証拠に、羽織の内側から一通の封筒を取り出した。
「いや、今回は白夜叉さんからの呼び出しなんです。コレ、証拠の手紙です」
「…………拝見しても?」
「どうぞ」
受け取った封筒を開き、女性店員は中身に目を通す。
眉間に皺が寄っているが、しかし内容を確認し、加えて手紙に刻まれた双女神の紋章からも中々に面倒な気配を察知。
「成程、オーナーが本日いらっしゃるのはこの為ですか」
「何か聞いてません?」
「いいえ、何も。というか、聞きたくありません。中にはお通ししますので、私を巻き込まないでください。オーナーは私室にいらっしゃいますから」
明らかに最後から二番目の言葉が本音だろうが、道は開けて貰えた。
いつぞやのギフト鑑定の折に通った通路、そして中庭を通って向かった和室。
縁側から上がって障子戸の前に立ち、ふと思う。
(ノックって、どうするんだろう)
扉なら三度のノックで入室伺いが出来る。しかし、障子戸の場合下手に叩けば障子紙が破れかねない。
少し迷って、真司は声を上げる事にした。
「白夜叉さん?“ノーネーム”所属の、来馬森真司です。入っても良いですか?」
『おお!来たか!入ってくれ!』
入室許可をもらって、真司は障子戸を開けて部屋へ。
上座に腰掛けるのは、十六夜曰くの和装ロリ、白夜叉。そして、その彼女の傍らに置かれた一振りの抜身の直剣。
物騒なモノが置かれてはいるが、しかし白夜叉はそのようなものを使わずとも自分一人容易く消せることを真司は知っている。
故に今更緊張しても仕方がない、と白夜叉の前に妖刀二振りを傍らにおいて正座で座り込んだ。
「すまんな。こんな朝早くから呼び出して」
「いえ、大丈夫です。それで、単刀直入にはなりますけど僕に頼みたい事がある、とか?」
「うむ、その通りだ。まずはこれを見てもらいたい」
そう言って、白夜叉は自身の傍らに置かれていた抜身の剣を持ち上げた。
諸刃の長剣だ。パッと見では普通のモノだが、纏う気配が尋常ではない程に禍々しい。
「コレは……邪気、ですか?」
「その通り。この剣の銘は、“
「はあ……それで、僕は何を?その、実家は神社ですけどお祓いとか出来ませんからね?」
「ふふっ、流石にそのような事は頼まんよ。とりあえず、この闘鬼神を持ってみてくれんか?」
「え?……わ、かりましたけど……」
白夜叉に差し出された諸刃の長剣。その赤い柄紐の巻かれた柄へと真司は手を伸ばした。
掴み、持ち上げる。
見た目ほど重くは無い。自身の所有する二振りの妖刀ほどではないが、振るう事に難儀する事も無いだろう。そんな感想を、真司は抱いた。
「……何とも無いか?」
「はい……何かあるんですか?」
「いや、私の見立ては間違っていなかったと思ってな」
首を傾げる真司に、白夜叉は軽く手を振った。
これは、彼女の思惑の第一歩。しかしだからといって、自身の気に入っている者が所属するコミュニティから人材を奪いたい訳では無い。
要するにちょっとした賭け事を行った様なもの。無論、アフターサービスは万全を期していたが。
「おんしには、妖刀や邪剣、魔剣の回収を頼みたいのだ」
「回収?」
「ああ。勿論、回収したそれらはおんしの持ち物という事にしてくれて構わん」
「……何故それを、僕に?」
「うむ、疑問に思う事は当然だな。そこを説明するとしよう」
少し離れよと言って、白夜叉は柏手を二つ叩く。すると彼女と真司の間に足の短い机が現れ、その上には湯気の立つ湯呑が二つ現れた。
「まあ、楽にしてくれ。まず、この箱庭には多くの武器に類するギフトがある」
「僕の妖刀もそうですよね?」
「然様。しかしな、本来妖刀や魔剣、邪剣等は持ち主に牙を剥くが多い。その先に待つのは、破滅ばかりだ」
「はあ……」
「何より厄介なのが、ギフトが持ち主を侵食するという点だな」
「侵食?乗っ取られるって事ですか?」
「然様。そうなってしまえば、まずそ奴と助ける事は出来ん。いや、侵食するギフトを手放せさせればその限りではないが、腕の一本は確実に失う事になる」
「それは……」
「真司よ。おんしを優遇視するのは、妖刀含めたそれらに高い耐性があるからだ。力のある修羅神仏などならば力づくで押さえ込む事はできるかもしれんが……裏を返せば、ギフトの制御に自身の力の一部とはいえ割かねばならんという事になる。その一部の力といえども、上位のギフトゲームでは命とりになりかねん。要は、妖刀の力を抑え込めるだけの実力者は挙って求める事が無い、という事だな」
「成程」
白夜叉の言葉を噛み砕きながら、真司は右手に握る長剣へと視線を落とした。
今は叢雲牙も鉄砕牙も自身の後方にある為、完全に生身で邪剣とも言うべき剣を手に持っているのだが、彼は欠片も乗っ取られる気配が無い。
「では、破壊すればいいとも思われるが……ソレも上手くはいかん。破壊した結果、妖刀などに封じられていた存在が表に出てくるパターンがあるからな。下手なコミュニティではそのまま汚染されて乗っ取られかねん」
やれやれ、と白夜叉は茶を啜る。
「過去に妖刀の力に目をつけ、下剋上を図ろうとしたコミュニティがあった」
「え…………できます?ソレ。言っちゃなんですけど、僕が今この瞬間白夜叉さんに挑みかかる様なものでは?」
「その通り。まあ、事態は全く笑えなかったがな。持ち主の力以上の力を発揮する妖刀やらをコミュニティ規模で用いれば、ソレは一種の群体の魔王とも言うべき存在となった。詳細は省くが、最終的に首領が討たれ、事は鎮圧。箱庭を去った」
「…………それで、はい目出度し、とはならないんですよね?」
「ああ。魔王の脅威が去れども、
ピッと指さす白夜叉。
「妖刀への適性の高さ、そして大人しく出来る能力。人間的にも、問題は無かろう」
「えっと……買ってもらってるのは分かるんですけど……結局、僕はどうしたら?」
「私が窓口となって、おんしに依頼を通す。具体的には、妖刀その他の回収に動けるようにな。無論、依頼に関してはこちらで選別させてもらう。あくまでも仕事を頼みたいだけで、おんしの事を危険に晒したい訳では無いからな」
「……因みに、“ノーネーム”に何かしらの影響は出ますかね?」
「その辺りは、フォローしよう」
真司は頬を掻いた。
妖刀の回収がどれほど危険であるかは分からないが、しかし戦力増強が出来る事は利点である。
現状、彼の使える妖刀は二振り。叢雲牙と鉄砕牙のみ。
猿鬼から手に入れた
「…………分かりました。白夜叉さんにはお世話になってますし、僕の出来る範囲なら手伝わせてもらいます」
「おお!そう言ってくれるか。うむうむ、助かるぞ。
満足そうにうなずきながら、白夜叉は柏手を一つ打ち鳴らす。
すると、抜身の長剣であった闘鬼神の剣身へと何処からともなく白い包帯が巻き付き、鍔元から切っ先迄完全に包み込み、最後に柄頭の輪状の装飾に巻き付いて固定される。
「
「不思議なものがいっぱいあるんですねぇ…………あ、解けた」
闘鬼神の柄を握り、どう解けばいいのか考えれば巻き付いた白刃布はスルリと解けて白銀の剣身が露となる。
逆に巻き付けと念じれば、布は独りでに剣身へと巻き付いていた。中々に、便利なものだ。
因みにこの機能は、白刃布のもの
闘鬼神が、
その雑談交じりに今後の商談を纏めていると、不意に店の外が騒がしい。
首を傾げたのは、真司だ。
「……?十六夜君たち、かな?まだ売れるようなギフトは手に入れて無かったはずだけど」
「うむ?漸く来おったか。では、出迎えねばな」
立ち上がった白夜叉は、そのまま柏手を二回打ちテーブルと湯呑を消すと真司を促して自室を出る。
これは序章。大騒動の先触れであった。