牙守の一族   作:わんころ

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 夜。女性陣は風呂へと赴き、来賓室にて十六夜、ジン、女性店員、それから真司の四人は歓談に耽っていた。

 パリッと海苔煎餅を食べながら十六夜が目を向けたのは真司。

 

「にしても、“百鬼の荘園”ねぇ」

 

「出来ればもう少し早く、教えてほしい所でしたけど」

 

「あはは……まあ、あの時は色々と立て込んでたし、ね?」

 

 ジト目を向けてくるジンへと曖昧に笑いながら、真司は湯呑に口を付けた。

 結局、耀を騙しきる様な話術を持ち合わせている訳もなく、約一ヶ月前の出来事を話す事になった彼はそのまま他の面々にも自分の状況を話す事になってしまった。

 黒ウサギとジンには心配され、問題児三人には心配よりも自分達も混ぜろと言われ苦笑いする事になった。

 

「そもそも、僕としてはあの猿鬼個人で向かってきたのかと思ってたんだ。それが、いつの間にかコミュニティ単位で狙われるとは思っても見ないよ」

 

「……“百鬼の荘園”は群体型のコミュニティですね。元々は、百の鬼が集まり形成したとか」

 

「詳しいのか?」

 

「“サウザンドアイズ”の他幹部が取引があるらしい、というだけです。詳細は全く。そもそも、“百鬼の荘園”は首魁が居ても、一枚岩という訳では無いコミュニティです。単独行動する者も多く、寧ろコミュニティ全体の方針は無い筈です」

 

 女性店員からの補足を受け、十六夜は笑みを浮かべた。

 

「その方針が無い筈のコミュニティが纏まるほど、お前の妖刀は珍しいって事だな、真司」

 

「僕としては、手放す訳にはいかないからどうしようもないんだけどね。魔王打倒を目指すのなら、戦力は必須。叢雲牙だけじゃなく、他の妖刀も手放せないよ」

 

「……“牙”を冠する妖刀は、“サウザンドアイズ”のみならず多くの商業系コミュニティで高値の取引が成されています。それこそ、大手が年単位の活動が可能なほどの額が付く事も。いえ、“ノーネーム”との取引は無効なのですがね」

 

「それだ。妖刀ってのは色々あるが、“牙”なんてついてるのは初めて聞いた。何なんだソレ」

 

 十六夜の疑問。

 真司が叢雲牙と鉄砕牙を手に入れた際に、黒ウサギの軽い説明が入ったもののそれだけ。十六夜個人でも“ノーネーム”の書庫を漁ってみたものの目ぼしい記述は見つけられなかった。

 この疑問に答えたのは、ジンだった。

 

「詳しい事は伝わっていませんが、曰くの品や大妖怪の部位を用いて造られた妖刀が専ら“牙”とされていますよ。もしかすると、“百鬼の荘園”ならばより詳しい事を知っているかもしれませんが……」

 

「真司」

 

「嫌だよ。何というか、雰囲気が嫌だ。それに、僕としては皆を裏切るような事はしたくない」

 

「……ま、そういう事なら、な。俺のギフトもハッキリとしねぇし、未知はまだまだ溢れてる」

 

 自分の好奇心を満たす事も大切だが、だからといって他者に嫌な事を強制するような人間ではない十六夜。特に、真司がハッキリと拒否した今回の事は無理強いする事はまず無いだろう。

 会話が途切れ、煎餅をぱりぱりと食べる音が響く。

 

「そういや、この店ってのはどうやって転移してきたんだ?」

 

「この店ですか?そのまま移動してきた訳ではありませんよ。境界門と似たような技術によるものです」

 

「へぇ?まだ暇がありそうだしな、詳しく聞かせてもらえるか?」

 

「……ふぅ……要約すると、様々な扉が一つの内装に繋がる様になっているの。例えばハチの巣。ハニカム構造を思い浮かべてもらうと分かりやすいかと」

 

「つまり、本店も支店も全て兼ね備えているって事か?」

 

「いえ……少し説明が悪かったようですね。正確には、各階層ごとにハニカム構造の店舗が存在している様な形です。境界門との違いはこれですね。境界門は全ての外門へと通じるのに対して、“サウザンドアイズ”のハニカム構造支店はその階層ごとにしか繋がっていません」

 

「へぇー……つまり、七桁の外門には七桁のハニカム構造支店があるって考えで良いんですよね?」

 

「概ねは。本店へと通じる扉もありますが、こちらは誰もが通れるわけではありませんので」

 

 得心がいったように頷く十六夜と、感嘆したように息を吐く真司。女性店員の話は続く。

 

「この支店は、立地の問題で閉店した物を、今回白夜叉様の共同主催という事で限定的に繋げて私室部と店内部の空間を切り分けているの。店へと通じる扉は開きませんので悪しからず」

 

「あいよ」

 

「そりゃあ、部外者を色々と動き回らせるのは宜しくないよね」

 

 再び、会話が途切れる。しかし今回は、女性陣が湯殿から上がってきた。

 

「あら、こんな所で歓談中?」

 

 備え付けの浴衣に身を包んだ彼女らは、元々の容姿の素晴らしさに加えて湯船で上気した頬と湿った髪によって扇情的な雰囲気を放っていた。

 椅子からそっくり返って彼女らを眺めた十六夜は、プレイボーイのような口笛を吹く。

 

「これはなかなかいい景色だな。そう思わないか?真司、御チビ様?」

 

「はい?」

 

「…………」

 

 突然水を向けられ、ジンは首を傾げたが真司は首から音が鳴るのでは、と思える速度でそっぽを向く。心なしか、その耳は赤い。

 

「おいおい、真司。ここは男なら語り合う所だろ?」

 

「いや、そこまでジロジロ見るものじゃないでしょ。というか、男ならって…………」

 

「そりゃあ、ロマンの一つだからさ!黒ウサギやお嬢様の豊かな発育もさることながら、その一方でスレンダーながらも健康的な素肌が魅力的な春日部やレティシアの髪から滴る水滴が鎖骨のラインから、スゥーッと流れていく様子はそのまま自然とつつましやかながらも確かに主張する胸へと視線を集中させる事は確定的に――――」

 

 ぺらぺらと口の回る十六夜へと走る素早い二連ツッコミ。

 顔を赤くした黒ウサギと飛鳥の二人からだ。

 

「このコミュニティには変態しか居ないの!?」

 

「白夜叉様も十六夜さんもお馬鹿様です!!」

 

 風呂でもセクハラを受けた二人は気炎を上げる。その一方で頭が痛いと言わんばかりの表情で頭を抱えるジンと、耳を塞いで目を瞑り天井を見上げる真司。

 問題児たちの組織のトップと、一定の純情さと理性を持つ少年。

 どちらもまた、苦労人であり女性店員はそんな二人の肩を優しく叩く。

 

「…………君たちも、大変ですね」

 

「…………はい」

 

「…………ええ、まあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性店員とレティシアが貴賓室を去り、残ったのは問題児四人とそれから黒ウサギ、ジン、白夜叉。そして、飛鳥が保護したとんがり帽子の小さな妖精。

 

「おほん。えー、それではこれより、第一回黒ウサギの衣装をエロ可愛くしようの会議を――――」

 

「始めません」

 

「始めます」

 

「始めません!!十六夜さんも、白夜叉様のおふざけに乗らないでください!」

 

 速攻でお遊びを始めようとする愉快犯二名を、黒ウサギがぶった切る。

 ただ、この二人はここで留めておかねば実行する。それだけの行動力と実行力を有しているのだ。そして、もし仮に押し付けられれば立場上黒ウサギは完全な拒絶が出来ない。故に、出鼻で潰す他ない。

 気の抜けるやり取りに肩の力を抜かれながら、ふと飛鳥は気付く。

 

「そういえば、黒ウサギの衣装は白夜叉が揃えているのよね?今私が使ってる赤いドレススカートもそうなの?」

 

「おお!あの衣装だな。確かに私の送ったものに違いない。黒ウサギも気に入っていたのだが…………如何せん裾の長いアレは、黒ウサギの脚線美を隠してしまう故、泣く泣くお蔵入りとなっていたのだ」

 

「白夜叉様の異常嗜好に因るものです。私は気に入っていたのですが…………はい。箪笥の肥やしとなってしまうのも宜しくありませんし。何より、飛鳥さんにはあの燃える様な情熱的な赤がよく似合っておられます」

 

「あら、ありがとう黒ウサギ。貴女の衣装も良く似合ってるわよ」

 

 飛鳥の礼の言葉に、黒ウサギは若干ムッとする。しかし別に飛鳥の言葉が皮肉だったからではない。単純に衣装の問題だ。

 嫌いではない、がそれはそれとして白夜叉の趣味が思いっきり反映された衣装は思う所がある。

 そんな黒ウサギの反応をニヤニヤと見ながら、白夜叉は本題を切り出してきた。

 

「さてさて、衣装の話は一旦置いて、本題を一つ。黒ウサギには、明日から始まる決勝の審判をやってもらいたいのだ」

 

「それはまた随分と唐突ですね…………理由をお聞きしても?」

 

「うむ。昼間の一件で、この誕生祭の場に“月の兎”がやって来ている事が広まっているようでな明日以降のゲームで見られるのではないか、と期待が高まっているのだ。“箱庭の貴族”が来臨したという噂が広がれば出てもらわねば、主催者側としても面子が立たぬ。という訳で、審判と司会進行を務めてほしい。勿論、報酬は別途で用意するとしよう」

 

「分かりました。そういう事でしたら、喜んでお受けさせていただきます」

 

「そう言ってくれるか。いや、断られるとは思っておらなんだが……とりあえず、明日の衣装は例のレースで編んだシースルーのビスチェスカートを……」

 

「着ません」

 

「着ます」

 

「着ません!十六夜さん!二度も同じネタに乗らないでください!」

 

 茶々を入れてくる十六夜に、ウサミミを逆立てて噛み付く黒ウサギ。立っていれば、床を何度も踏み鳴らしそうな雰囲気だ。

 一方で、話題に興味の無さそうだった耀が、話の切れ目に白夜叉へと言葉を投げる。

 

「白夜叉。私たちが明日闘うコミュニティってどんな相手なの?」

 

「すまんな。主催者として一つのコミュニティに肩入れする訳にはいかんのだ。精々が名前を教えるぐらいだな」

 

 答えながら、白夜叉は指を鳴らす。

 現れるのは羊皮紙。昼間のギフトゲームに関する諸々が書かれたものだ。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に…………“ラッテンフェンガー”ですって?」

 

「うむ。詳しくは語れんが、どちらも六桁のコミュニティ。まあ、格上と言ってもいい相手となるだろうな」

 

「それに加えて、“サラマンドラ”…………厳しい戦いになりそうだね」

 

「うん、がんばろう」

 

 顔を見合わせて頷き合う。

 既に最初の目的である仲直りは果たせている気がするが、それはそれ。出るからには勝ちを狙うというのは当然というもの。

 ジャイアントキリングという言葉もあり、格上だからといって絶対に勝てない相手ではない。

 同じく羊皮紙を覗き込んでいた十六夜は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「へぇ、“ラッテンフェンガー”……“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”か。なら、さしずめ相手はハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」

 

「えぇ……鬼火に童話って事かな」

 

「ま、名前から読み取れる情報なんざそれ位だろ」

 

「それもそうだね。相手がゲームの主催なら兎も角、プレイヤーだし。ゲーム盤を用意するのは主催者なら、推測のしようもない」

 

 うん、と頷いた真司。その一方で黒ウサギと白夜叉は驚いた顔で十六夜を見ていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!ハ、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

 

「詳しく聞かせろ、小僧。何故、そのようになるのだ?」

 

 思わぬ二人の反応に、寧ろ面食らうのは十六夜の方だ。他の面々も首を傾げる。

 彼らの反応に、気が走り過ぎたと気付いた白夜叉は居住まいを正した。

 

「すまんな、焦り過ぎた。おんしの言ったハーメルンの笛吹きというのは、その昔存在したとある魔王の下部コミュニティであったのだ」

 

「何だと?」

 

「魔王のコミュニティ名は、“幻想魔導書群(グリムグリモワール)”。全二〇〇編以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、恐るべき魔導士の統べたコミュニティよ」

 

「しかも、一篇から複数の悪魔を召喚し、且つ魔書そのものがゲーム盤として確立された強制力を持つという破格の能力を有した絶大な魔王なのです。恐るべきは、魔書自体が一つの世界として確立されていた事もあるでしょう」

 

「へぇ……」

 

「とはいえ、この魔王はとあるコミュニティとの抗争に敗北しこの世を去った筈なのです。しかし、十六夜さんは“ラッテンフェンガー”がハーメルンの笛吹きだとおっしゃいました。童話の類は、黒ウサギも完全に把握している訳ではありません。もしもの為に、ご教授願えませんか?」

 

 緊張した面持ちの黒ウサギ。もしも魔王が現れた時のことを警戒しての事だろう。白夜叉が居るとは言え、彼女に及ばずとも魔王は強力な存在。それが徒党を組んで現れたのならば、周辺被害は必ず出る。

 少し考えこんだ十六夜は、やがて笑みを浮かべて隣のジンを引っ張った。

 

「成程、状況は分かった。それじゃあ、この御チビ様に詳しい説明を頼むとしようか」

 

「え?あ、はい」

 

「…………早速見せ場が来たな。成果を見せてやれ」

 

 十六夜が、ジンを推挙するのは伊達でも酔狂でもない。ましてやふざけている訳でもなかった。

 この一月ほど、彼は十六夜と共に勉強を続けていたのだ。戦闘系のギフトゲームではどうしても力不足であるからこそ、知識面に対して磨きをかけた。

 

「“ラッテンフェンガー”というのは、そもそもドイツという国の言葉でネズミ捕りの男、という意味になります。そしてこのネズミ捕りの男というのは、グリム童話のハーメルンの笛吹きを指す隠語と成るんです」

 

「ふむ、それで?」

 

「はい。大本となったグリム童話には、その創作の舞台として歴史的な背景を利用しているものがあります。ハーメルンの笛吹きもその一つで、これは実際にハーメルンという街で起こった出来事とされ、碑文と共にステンドグラスが伝えられている様なんです」

 

「…………確か、ネズミに困っていた街を、その笛を吹く道化が助ける話、だよね?それで街の住民は報酬を払う事を渋って、結果子供たちを連れていかれた……そんな話だった筈」

 

「その通りです。そしてこの一件からハーメルンに現れた笛吹き道化はネズミを操る道化であった、とされます。この繋がりからラッテンフェンガーは、ネズミ捕りの男。そしてハーメルンの笛吹きであると繋がり隠語と成りました」

 

(ネズミを操る道化ですって……?)

 

 飛鳥が内心で靄の様なものを抱えている中で、その一方で話題は進む。

 

「ふーむ、“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”と“ハーメルンの笛吹き”にそのような繋がりがあったとは………こうなると、火龍誕生祭に魔王の残党が潜んでいる可能性がある、という事か」

 

「YES。参加者が主催者権限を用いる事が出来ない以上、その可能性は高いかと」

 

「うん?何だそれ、初耳だぞ」

 

「魔王が現れると聞いて最低限の保険をかけておいたのだ。私の主催者権限を用いて祭典の参加ルールを加える事でな」

 

 白夜叉が一枚の輝く羊皮紙を出現させて目を通させる。

 

「確かに、主だったところは抑えられてる、のかな?」

 

「ああ。少なくとも、横殴りの魔王襲来は無さそうだな」

 

「だが、安心はできんぞ。ジンの言葉の通り、ラッテンフェンガーが魔王傘下のコミュニティに関する隠語であると発覚した以上、注意するに越した事はない」

 

「それにしても、ジン坊ちゃん。ハーメルンの笛吹きに関しては、一体何時お知りになったのですか?」

 

「べ、別に……十六夜さんを書庫で案内している時に偶々目に入った事で……寧ろ、真司さんもご存知だったんですね」

 

「僕は、グリム童話を少し読んだ程度だよ。詳しくは知らないし、歴史的背景なんて初耳だったから」

 

「何にせよ、有益な情報であった事は確かだ。勝ち上がられてしまった事は問題ありだが、とりあえずサンドラの顔に泥を塗らぬ程度に監視はつけておく。だが、もしもの時にはおんしらの出番だ。頼むぞ」

 

 

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