牙守の一族 作:わんころ
落ちる、落ちる、落ちる。落下の圧力が腹部を押し上げ、内臓への圧迫感を加えてくる。
「うっそだろ……!?」
僅かな苦しさを覚えながら、
何かしらの現状変化が起きるかもしれない、と期待はした。したが、しかしまさか文字通りの急転直下を体感するとは思いもしなかったのだ。それも生身であり、パラシュートなどの一切の助命器具が無い状態で。
彼の他にも、女子二人、男子一人が落ちていく。揃って、この状況を打破する手段は無いらしく、ただただ落ちていくばかりだ。
落下の時間は十数秒から数十秒。一分に届く事は無い。そして、その落下による衝撃は水面をコンクリートの硬さに変えてしまう。
尤もそれは、落下の速度が一切削られない場合に限った話。
四人と一匹が落ちる先は湖だった。その湖の真上に何層かに分けての薄い水の膜の様なものが張られていたのだ。
これを通過する事で、四千メートル程の高さからの落下の速度が緩み。結果、彼らは水面に叩きつけられる惨事を回避することが出来たのだった。
とはいえ、着水は免れない。水飛沫が上がる。
真司が水を滴らせながら岸辺へと上がった時には、先に金髪の少年と黒髪の少女が水気を払っている所だった。
「さあて、ここは何処なんだか……」
ぐっしょりと水気を吸った真紅の羽織を脱いで水気を絞り落しながら、真司は周りを見渡す。
森に囲まれた湖のほとり。文明社会から隔絶されたのか、周囲から聞こえるざわめきというものは人の出す音ではなかった。
「……?」
その音の中で、不意に聞こえた金属の揺れる音。
思わず顔を上げた真司は、辺りを見渡すが、しかしその音を発したであろうものは見つけられなかった。
絞り切った羽織を数度振って皺を伸ばし袖を通す。不思議な事に、先程まで水が滴るほどに濡れていた筈の羽織はある程度水気を絞って叩いただけで殆どからりと乾いているではないか。
視線を感じてそちらを見れば、三毛猫を抱いた茶髪の少女が真司を見ていた。
「何か用かな」
「ん……その上着、不思議。もう乾いてる」
「これかい?昔から持ってるんだけど、破れないし濡れてもすぐ乾くから便利なんだよね」
ひらりと羽織を揺らす真司。
因みにこの羽織、七歳の誕生日の折にある日突然枕元に現れたという曰くの品だったりする。
その時には服に着られている、という有様だが十五歳となった今では上背も増した事で漸く着るという形を取れていた。
そんな裏話を語る事は無いが、それでも十分に少女の興味は引けたのだろう。三毛猫を片手にひらひらと揺れる羽織の裾を摘まんでしげしげと眺めている。
そして、二人のやり取りは近くの少年少女たちも聞いている訳で。
「へぇ、確かに妙な布地だな。絹や木綿じゃなさそうだ……かといって化学繊維でもない。どっちかというと、動物寄りか?」
「肌触りも良いわね。手織り、かしら?」
「あのー、お二人さん?とりあえず触るのは良いけど、破らないでね?」
「破れないんじゃないのか?」
「そりゃあ、日常生活で早々に破れるような事態にはならないけど……流石に引っ張り回されるのはやった事無いし……」
三人に集られながら、真司はハンズアップの姿勢を取った。主に、女性陣に配慮しての行動だ。
羽織を弄って暫く、四人は改めて顔合わせの時間となった。
「私は、久遠飛鳥よ。よろしく」
「春日部耀。この子は、三毛猫」
「来馬森真司です。まあ、名前でも苗字でも呼び方はお任せするよ」
「そう。よろしく、春日部さん、来馬森……いえ、真司君と呼びましょう。少し、呼びにくいもの」
「うん。真司の苗字って噛みそう」
「僕も何でこんな苗字なのか聞きたいぐらいだよ」
「ソレを自分で言うの……それより、そっちの貴方も、名前を聞かせてもらって良いかしら?」
呆れた様子の飛鳥が水を向けるのは、先程の真司の羽織に関して考察を続けていた金髪の少年だった。
「ん?俺か?」
「ええ、そうよ。というか、貴方私たちの名前聞いてたのかしら?」
「聞いてた聞いてた。んで、俺だろ?ま、簡単に。オモシロイ事が大好きな、何処にでも
「僕より変わった苗字、来たね」
「でも、真司より言いやすい」
「それもそっか」
初対面はどうあれ、和やかな顔合わせだ。
そんな彼らの顔合わせを、近くの茂みから覗いている者が居た。
(うわー……どの方も正しく“問題児だぜ!”といった雰囲気ですねぇ。それにしてもあの真紅の羽織はいったい……)
様子を見ながら、首を傾げる。とはいえ、顔合わせはもう少し相手の様子を見てから決めよう。
そう、茂みの誰かが息をひそめている中で、四人は、というか真司は再び顔を上げて首を傾げていた。そして、その様子を耀が見咎める。
「真司、どうかした?」
「いや、音が……」
「音?…………何も聞こえないけど」
「そっか……僕の耳が壊れたかな?」
小指で耳の中を少し弄りながら、真司は首を傾げる。
耳障りな金属がカタカタと揺れる音。それがこの場所を訪れてから不規則に彼の耳の中で響くのだ。
しかし、少なくとも真司の視界範囲内に音の鳴る様なものは無い。精々が風に梢が揺れたり、小鳥の囀りであったり、とにかく自然由来のモノばかり。
金属加工は、人類というか知識と知能と技術がある者たちの特権だ。逆に、野生の獣等は鍛冶仕事などするはずもなく、鍛冶をしないのなら金属加工製品が生まれる事は無い。
「どうかしたの?」
「真司が、音がするって」
「音?それって、どんな音なのかしら?」
「うーん……こう、金属がカチャカチャ当たってる?みたいな音かな」
「つっても、この周りにその手の工場とかは見えねぇけどな。オマエ等の中にその手のアクセサリーを付けてる奴も居なさそうだ」
「そうね。因みに真司君。その音ってどこから聞こえるのかしら?」
「どこ……あっち?」
飛鳥に問われて改めて意識を集中して音を聞く真司が指を指すのは、とある方向。
その方向に十六夜は心当たりがあった。
「確かそっちには、街があったな。天幕が張られてるデッカイの」
「そこから音がするの?」
「さあ……そもそも、僕は特別耳が良い訳じゃないんだよ。聴力検査とかも、平均値だったし……」
だからこそ、解せない。少なくとも、真司の聴力は一般人のソレ。その他の五感も特別優れてはいない。
ぶっちゃけ、一般人でしかない。
気になる所ではあるが、しかしその一方で十六夜は惹かれるものがあるらしい。
「俺としては、このまま世界の果てでも見に行きたいところだけどな」
「世界の果て?」
「ああ。落ちてくる時にチラッと見たが、この世界は果てがあるっぽくてな。折角だし見に行こうかと」
明確な球形をしている惑星ではありえない、世界の果て。
その先がいったいどうなっているのか。気にならないと言えば嘘になるだろう。
少なくとも、十六夜は一人でも行ってしまうのではなかろうか。
しかし、真司は気乗りしない。
「僕としては、街に行きたいかな。音以前に、今が何時か分からないけど宿が取れるなら、早い方が良いと思うし」
「そうね……でも、そういうのってホストが用意するものじゃないかしら?」
「んじゃあ、
纏まらない方針を前に、十六夜が親指で示すのは近くの茂み。
その中に隠れた誰かの方もまた震えた。
「あら、気付いてたの?」
「当然だろ。お前らもじゃねぇのか?」
「風上に立たれたらいやでも分かる」
「視線が強かったよね」
各々もまた気付いていたらしい。合計で四対の視線が、茂みへと向けられた。