牙守の一族   作:わんころ

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 話し合いの終わった貴賓室。

 後は特別意見交換なども必要ない以上、自然と解散の雰囲気となっていた。

 

「んじゃ、俺は風呂にでも行くとするかな」

 

「僕も行こうかな。ジン君もどうだい?」

 

「あ、はい。行きます」

 

 自然と風呂がまだな三人が浴場へと向かう。

 その道中や、更衣室、それから浴場内でも話題は専ら明日のゲームについて。

 

「んで、真司から見て勝率はどんなもんよ」

 

「うーん……本格的にぶつからないと分からないけど…………五割?」

 

 頭を体を洗ってから、湯船に少し離れて浸かる二人。

 

「格上相手だからか?」

 

「ソレもある。けど、ソレと同じく元魔王の傘下の可能性だよ」

 

「……まあ、その辺の情報が俺達には欠けてるか」

 

「うん。春日部さんや久遠さん、ジン君が戦った“フォレス・ガロ”は悪辣なやり口とはいえやってる事はそこら辺のチンピラに近かった。魔王の傘下といっても、全員が全員強くて怪物染みてる訳じゃない」

 

「それはあるな。白夜叉も、あんな態度だが挑まれる側の凄味って奴がある…………実際、挑むのなら相応の覚悟が居るだろうさ」

 

「うん。それから、十六夜君の倒したアルゴールの魔王。アレも、ルイオスの実力から真面に力が発揮できてなかったって話だし、それでも世界一つに届く石化の力があった。全盛期なら、白夜叉さん相当、かな」

 

「で、今回か。“幻想魔導書群(グリムグリモワール)”がどれだけ強かったのか分からない、が黒ウサギと白夜叉の警戒度的に相当なもんだ。で、その配下、ソレも魔書がそのもの関わってるような相手はどの程度か分からない、と」

 

「そんな感じ。勿論、“ウィル・オ・ウィスプ”の実力も分からないってのもあるさ」

 

「ウィル・オ・ウィスプ………鬼火伝承か。元々は、“一掴みの藁のウィリアム”って伝承らしい。簡単な中身だが、極悪人のウィリアム死んだ後に、聖ペテロを騙して人間界に復活。その後も悪行三昧で死んだ結果、天国にも地獄にも行けなくなり、悪魔が囂々と燃える石炭を灯に与えたって話だ」

 

「…………十六夜君、本当によく知ってるね。僕も、名前は聞いたことあっても詳しくは知らなかったよ」

 

「雑学ってのは、人生を豊かにする手っ取り早い方法の一つだからな。で、お前はどう見る?この伝承関連の相手が来ると思うか?」

 

「どう、かな。パッと思いつくのは、炎を扱ってくる、とか?鬼火の伝承は、確か墓場なんかに多いのは骨のリンが原因とか聞いた事はあるけど」

 

「後は、地中のメタンガスとかだな。発火の原因が分かってない場合が多いが、まあ高温やら静電気やらが有力か」

 

 パシャリ、と湯船で顔を洗う十六夜。

 名前で推測出来る事など、たかが知れている。それでも、ここまで議論が続けばマシというものだろう。

 何より、実際に出る真司にも楽観視する様子はない。

 二人のやり取りをポカンと見ていたジンは改めて、自身の呼び出した二人に対する認識を改めていた。

 

(十六夜さんは、山河を砕く怪力に黒ウサギと同程度かそれ以上かもしれない速度で動ける。その上、ギフトを無効化して、知識量も相当。真司さんは、やっぱり破格の妖刀への耐性かな。邪気も瘴気も妖気も効いている様子が無いし、黒ウサギの言葉通りなら純粋な人の筈)

 

 ギフトゲームにおいて、この二人ほど頼もしい者はいないとジンは思う。現に、この一ヶ月ほどは多くの収益をコミュニティに持ち帰り、そして子供たちも飢える事は無くなった。

 しかし同時に思うのだ。頼り過ぎではなかろうか、と。

 当人たちは気にしていなくとも、それでもジンは“ノーネーム”の長だ。例え周りからお飾りと揶揄されようともそれは事実。

 考え込むジン。その視界に、不意に黒い影。

 

「ジン君、のぼせた?」

 

 黒髪の一房が白い真司が問うてくる。

 

「あ、いえ!大丈夫です!」

 

「そう?思ったより、長く浸かってたかな。そろそろ上がろうか」

 

 顔を上げて見回せば、十六夜は一足先に脱衣所へと向かっている所だった。

 つられて湯船から立ち上がれば、火照った体は結構な熱を持っている事が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。真司は一人、“サウザンドアイズ”の店舗を出て展望台に一人やって来ていた。

 備え付けの浴衣は薄手であるがその上から真紅の羽織を羽織っているお陰で夜風の中でもそこまで寒さを感じない。

 ここに来たのは、確認のため。持ち出したのは、叢雲牙だけだ。

 

「…………」

 

 展望台の中央辺りに立って、顔の高さまで持ち上げた叢雲牙の鯉口を斬る。

 外気に晒される諸刃の刀身。妖刀ではあるが、叢雲牙の造りは細身の長剣だ。それこそ刀身の幅ならば鉄砕牙や闘鬼神に軍配が上がる。

 しかし、内包する力は比べ物にならない。抜き放たれた白刃は、ただそこにあるだけでも禍々しい気配を放っていた。

 箱庭にやって来て、この妖刀の担い手となってから真司は意図的に抜くべき瞬間というものを限定してきた。

 実際の所、“ノーネーム”の本拠周辺で開催されるギフトゲームは鉄砕牙があればクリアするのもそう難しい事ではなかった、というのもある。

 だが、何より気にしているのが周りへの影響だ。

 

(邪気、瘴気、妖気。本来なら単体でも危険な毒気を三つ併せ持った叢雲牙は、互いの気が混ざり合ってより濃密な毒気を孕んでる。それこそ、下手な一振りは土地を殺しかねない程)

 

 鞘へと白刃を収め、真司は考える。

 現状、この叢雲牙の効果を受けないであろう者は、彼が思うにコミュニティ内では十六夜位のもの。それ以外の面々には危険。安易に振れば、味方を殺しかねない。

 しかし魔王を相手取るのならそんな事は言っていられない事もまた、事実。

 

「…………どこかで鍛えられたなら、良いんだけど」

 

「湯冷めしてしまうぞ?」

 

 ビクリ、と真司の肩が跳ねる。

 振り返れば、いつもの着物姿の白夜叉がいつの間にか背後にまでやって来ていた。

 

「白夜叉さん……」

 

「明日のプレイヤーではないとはいえ、おんしもギフトゲームに出るのだから体は早くに休めるべきだろう?」

 

「ええ、まあ………分かってるつもりなんですけど…………」

 

 歯切れ悪く、視線を彷徨わせる真司。

 その手に握られた叢雲牙と、彼の態度に白夜叉は少し顎を撫でると、徐に指をスナップ。

 瞬間、薄い膜の様なものが展望台を包み込み先程まで感じられた風の冷たさ等も無くなり、それどころかどこか日光の下に出てきたかのような暖かさが生じた。

 

「ちょっとした結界よ。少し、話すとしようか」

 

「…………すみません」

 

「なあに、若人の悩みを聞くのも先達の務めというものよ」

 

 冗談めかして笑う白夜叉につられ、そこで漸く真司のこわばった表情も僅かに緩む。

 見下ろすのは、叢雲牙。

 

「白夜叉さんは、この妖刀が危険な事は知ってますよね」

 

「まあの。そこまでの禍々しい気配を持つ刀、いやギフトは早々無い。妖刀の区分として見ても、群を抜いておるだろう」

 

「……僕はこれまで数回、叢雲牙を抜いてきました。短い時間です。それこそ、全部合わせたとしても数時間もないほどに」

 

 鞘を握る左手に力が籠る。

 

「その内の一つです。土地の一つが、一部死んだのは」

 

 真司の言うそれは、猿鬼との一件の際の事。

 放った獄龍破によって抉れた森の一部は、酷い事になっていた。幸いだったのは、その地が猿鬼の地であった点。つまり、相手はホームグラウンドでギフトゲームを持ち込んだことになる。

 その場所は、穢されていた。それこそ、三種の毒気によって。

 

「……恐ろしくなったか?」

 

「はい……僕は、もしかすると皆を殺しかねない」

 

 握られた右拳。その爪が掌に硬く食い込んでくる。

 真司の悩みは力の質というよりも、力を得たタイミングに因るものが大きいだろう。

 他三人は生まれつきであったり、或いは幼少期であったり元の世界で力を発現させている。

 一方で真司は、素質はあったとしても本格的に自身の力を覚醒させたのは箱庭を訪れてからだ。

 ジッと沈む少年を見ていた白夜叉は、徐にその硬く握られた拳を手に取った。

 

「力を恐れる事は、悪ではない」

 

 ゆっくりと握られた指を解く。

 

「寧ろ、自身の力を鼻にかけて増長されるよりは遥かに良い。おんしが自身の力(ギフト)を恐れるのは、確りと向き合い、その上で危険性を把握しておるからだ」

 

「…………」

 

「しかし、恐れるばかりで自身の力を押し込める事も良くはない。把握し、掌握し、己のモノとするのなら恐れ、遠ざけ、見て見ぬふりをする事は間違っておる」

 

 広げられた掌。僅かに血のにじんだそこに、小さな手が重ねられた。

 

「正しく恐れ、正しく扱え。結局のところ、力というものはそういうものだ。それが、どれだけ危険であろうとも、その危険さが他者に牙を剥くのは担い手次第。分かるな?」

 

「…………はい」

 

「ふふっ、悩むのもまた若者の特権よ。悩んで、足掻いて、その先に答えを見る。励めよ、若人」

 

 さあ、もう休め、と白夜叉が促し、真司も頷く。

 結界が消され支店へと向かう背中を見送りながら、白夜叉は考えていた。

 彼女がこの展望台へとやって来たのは、唐突に禍々しい気配を感じたから。それは一瞬の事であったが、確認へと赴いた。

 

「あ奴もまだまだ子供、という事だな」

 

 頼られる事の方が多い立場でも、子供は子供。悩みもあれば、立ち止まりたい時もある。

 それでも、そんな弱みを周りに見せたくない。そんな時こそ、第三者の出番だ。

 

 この晩のことは白夜叉と、そして夜空だけが知っている。

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