牙守の一族 作:わんころ
境界壁・舞台区画。火龍誕生祭運営本部に直結したゲーム会場は、招待客によって満員御礼。
彼らは一様に、今か今かと決勝戦が始まる事を待っていた。
「いっち、にー、さん、しー……」
ぐいぐいと腕の筋肉を伸ばして解す真司。いつもの真紅の羽織に妖刀三振り。
その傍らでは三毛猫と戯れる耀の姿もある。
場所は、ゲーム会場の舞台袖。観客たちからは見えない部分だ。
「――――以上が、今回の相手“ウィル・オ・ウィスプ”に関する情報です」
「ん。後はケースバイケースで対応するから大丈夫。三毛猫を御願い」
セコンドに着いたジンとそれからレティシアは、大舞台を前にしていつも通りの二人に苦笑いを零す。同時に心強いものでもあったが。
「二人とも、無理はしてくれるな。二人が傷つけば、悲しむ者が居るんだからな」
「大丈夫」
「引き際は弁えてるよ。ありがとう、レティシアさん」
出入口間際に並んで立つ二人。
舞台の上では丁度、黒ウサギがプレイヤーを迎え入れる様にして語りの最高潮を迎えている所だった。
『それでは入場していただきましょう!第一ゲームプレイヤー、“ノーネーム”春日部耀と“ウィル・オ・ウィスプ”アーシャ=イグニファトゥスです!』
アナウンスが行われ、真司は耀を立てる様にして二歩遅れて歩き出した。
直後、二人の前を火の玉が高速で駆け抜ける。
「YAッFUFUFUFUFUuuuuuuuuuuuu!!」
「うわっ」
「っと、危ないな……」
尻餅をつきそうになった耀を支えて、真司は火の玉を見上げた。
その上には一人の少女が腰かけている。
そして、その彼女アーシャ=イグニファトゥスの浮かべている表情に、スッと真司の目が細くなる。それこそ耀を支えていなければ妖刀の鯉口を切っていたかもしれない。
「あっはははははは!!見て見て見たぁ、ジャック?うわっ、だってさ!“ノーネーム”がしゃしゃり出るからそうなるのさ!」
「YAッFUFUFUFUFUuuuuuuuuuuuu!!」
アーシャの言葉と共に、会場がドッと沸く。“ノーネーム”がこの大舞台に立つ事を好ましく思わない者というのは多いらしい。
しかし、そんな事を気にする春日部耀ではない。寧ろ、彼女としては相方としてこの場に居るもう一人を止める必要がある。
「真司」
「……ああ、分かってるよ。主役は春日部さん。僕はサポーター。ゲームの始まる前の先制はご法度」
抱えられていた真司の腕の中から立ち上がった耀は、頷いた。
明らかな挑発は乗る必要がない。というか、耀が止めなければこの少年は問答無用で妖刀を抜いていた事は確か。
とはいえ、そんな内情を知る由もないアーシャからすればこの状況は面白くない。
「おいおいおいおい、何無視してくれちゃってんの?」
彼女の乗る火の玉が大きく膨らみ弾け飛ぶ。
「聞いて驚け、見て慄け!これがアーシャ様の作品さ!“ウィル・オ・ウィスプ”の名物幽鬼、ジャック・オー・ランタンだ!!」
「YAッFUFUFUFUFUuuuuuuuuuuuu!!」
轟々と燃え盛るランタンに、人体の入っていない浅黒い布の服。
何より目を引くのが、人の頭部の十倍はありそうな巨大なカボチャの頭。
その姿は、本陣営のバルコニーより試合を見下ろしている飛鳥の夢にまで見たカボチャのお化けそのものだった。
幸い、距離があるお陰でアーシャの声は聞こえていないらしい。
「見て、真司。飛鳥が大興奮してる」
「彼女があそこまで大暴れしてるのは、珍しいね。十六夜君の方が振り回されてるよ」
そして、雑言を受けている二人もまた気にしていなかった。
耀は元々そういうスタンスであるし、真司も耀に押さえられてからは平静を取り戻していたから。
この二人の反応に、髪が緋色へと染まりかけていた黒ウサギもまた我に返った。いや、未だに苛立ちはあれども仕事は仕事。遂行せねばプロではない。
司会は進み、ゲームが始まる。
ゲーム盤を用意するのは、主催の一人である白夜叉。
彼女の合図と共に柏手が鳴り響き、
プレイヤーの視界は一変する。
*
プリズムのように目まぐるしく変わる世界を抜けて、着地したのは薄暗い樹の絡み合った床だった。
しかし、鼻の良い二人は直ぐにニオイで気付く。
「土のニオイ?」
「ここ、木の根の中じゃないかな」
頷き合う二人。とはいえ、隠していないこのやり取りはアーシャにも筒抜けだった。
「フーン、ここって土の中だったんだー。情報ありがとねー」
「「……」」
無視である。それはもう完璧な、無視。
一応、二人には彼女を挑発するような意図はない。単純に優先順位の問題からだ。
しかしアーシャが、二人の内情など察するはずもなくいらだった様子を隠そうともしない。
隣のジャック・オー・ランタンと共に臨戦態勢をとる。しかしそれを、耀が制する。
「まだゲームは始まってない」
「はあ?何言って――――」
「勝利条件も敗北条件も提示されてない。これじゃあ、ゲームにならない」
耀のいう事はもっともで、アーシャも二の句が継げない。
プレイヤー二人がやり取りを行う中、真司はその場に膝を付くと木の根と思しき足場へと右手の人差し指を軽く突き立てていた。
妖気を得てから、彼の身体能力は飛躍的に上昇している。同時に、爪や歯を鋭く尖らせる事も出来るようになった。
特に爪と犬歯は鋭く、後者は牙といっても差し支えない切れ味すら有する。爪も、岩を斬りつける程度には鋭い。
その鋭い爪が僅かに木目を抉る。持ち上げた爪の先端は僅かに湿っていた。
(強度は、特別優れてる訳じゃない、か。やろうと思えば、この囲いそのものを力任せに突破も可能、と)
真司の役目は、耀を勝たせる事。あらゆる可能性を模索し、そして時には強引な手段を講じる事も求められる。
改めて真司が覚悟を決めていると、不意に空間が割れた。そこから飛び出してくるのは黒ウサギだ。
彼女は光り輝く羊皮紙を高々と掲げ、その内容を読み上げる。
~~~~~
『ギフトゲーム名 “アンダーウッドの迷路”
・勝利条件 一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外に出る事
二、対戦プレイヤーのギフトの破壊
三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)
・敗北条件 一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合
二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合 』
~~~~~
「“審判権限”の名において、異常が不可侵である事を御旗の下に契ります。御二人とも、どうか誇りある戦いを。ここに、ゲームの開始を宣言します」
黒ウサギの宣言が、ゲーム開始の合図となった。
だが、初手は両者様子見を選択。相手の戦力側から無い以上、不用意に飛び出す訳にはいかなかった。
この均衡を崩したのは、小馬鹿にした笑みを浮かべたアーシャだった。
「先手は譲ってやるよ。まあ、ハンデって奴~?」
「……」
「後でいちゃもん付けられても困るしさ。ほら、行きなよ」
ひらひらと手を振るアーシャ。傲慢だが、“
チラリ、と真司が耀へと一瞬視線を送れば、彼女は一度だけ口を開いた。
「貴方は、“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダー?」
「え、あ、そう見える?それなら嬉しいなあ♪でも、残念ながらアーシャ様は――――」
「そう、分かった」
ニマニマとした笑みを浮かべて照れていたアーシャの言葉を最後まで聞くことなく、二人は駆け出した。
出口は、おおよそ分かっている。空気の流れから予想を立てることが出来ていた。
背後からは大きな怒声が聞こえてくるが、二人は足を緩めない。
「彼女、リーダーじゃなかった」
「とすると、彼女は“生と死の境界に現れた悪魔”じゃない事になるね。だからって必ず勝てる訳じゃないけど……おっと」
背後から業火が、樹木の壁を突き破って襲ってくる。生木は燃えにくいのだが、悪魔の業火には関係ないらしい。
この迫りくる炎を、真司は跳躍して躱し、耀はギフトによって起こした風で逸らす。
続いて放たれる炎の三連射は、しかしこちらは素の身体能力で軽々と躱されてしまった。
「真司」
「うん。
初手、二人がそれぞれの方法で炎を躱せたのは、予備動作があったから。
天然ガスは本来無味無臭なのだが、獣染みた嗅覚をしている二人にとっては嗅ぎ取る事は造作もない。
ガスは通り道だ。ならばその道にさえ被らなければ炎に巻かれる事は無い。
「くっそ……!!」
後を追うアーシャは、自身の力の種が割れている事を理解し歯噛みする。
走力は、相手が上。その上、ゴールが分かっているかのように迷いなく進んでいく。オマケに自身の攻撃は通らない。
離れていく背を見つめ、そして一つため息を吐きだした。
「はぁぁぁ……くそったれ。悔しいが、後はアンタに任せるよ。本気でやっちゃって、
「分かりました」
「え?っ……!」
「春日部さん!!」
声が聞こえて振り返った瞬間、そこには既にカボチャ頭の影は無く。
その次の刹那に押されたかと思えば、横に居た筈の真司の姿が消え近くの樹木の壁に粉塵が舞っていた。
「嘘……」
「嘘じゃありません、お嬢さん。次は――――」
貴女を、と続けようとした所で、ジャック・オー・ランタンは大きくその場を飛び退いた。
間髪入れずに、先程まで巨大なカボチャ頭があった地点を青白い斬撃が一刀両断、駆け抜ける。
「ごめん、ここまで来て油断してたよ。怪我はない?春日部さん」
「あ、うん……真司こそ、平気?」
「叩かれただけだからね」
耀に並び立つ様にして降り立った真司。その左手には諸刃の長剣、闘鬼神が握られていた。
「ヤホホ、再起不能とまではいかずとも結構な強さで叩いたつもりでしたが」
「残念ながら、僕は結構頑丈なんだよ」
ジャックと睨み合いながら、真司は右手で耀へとサインを送る。
確認し、少女は踵を返して駆け出す。当然その後をジャックが追おうとするのだが、そこに白刃が割り込んだ。
「行かせないさ」
「ふむ…………申し訳ありませんね、アーシャ。貴女だけで、先程の彼女を追ってください」
「は、はい……」
ビリビリと肌で感じる闘鬼神から放たれる邪気に若干引いていたアーシャは、ジャックに促されその場を離れる。
「私が言うべき事ではありませんが、行かせてよかったのですか?」
「彼女一人なら、春日部さんだけで何とかなるからね。だったら、僕は春日部さんが勝てるように動くのさ」
語りながら、真司の髪は約四割が白銀へと染まり、同時に構えられた闘鬼神の剣身に青白い電光が走り始める。
言い様の無い威圧感。その禍々しさは、決して人間が持ち合わせるものではない。
「まあ、それはそれとして鬱憤が溜まってるのは事実なんだけど」
「ほほう?お聞きしても?」
「……僕らは“
ぞっとするほどの威圧感が膨れ上がる。
「――――譲れないものが、大切なモノが、無い訳じゃない」
真司は知っている。自分達を呼び出すまで、黒ウサギやジン、そして子供たちが大きな苦労をしながら三年を過ごした事を。
だから、彼は怒った。彼女らの頑張りを嘲笑うような全てに。
ジャック・オー・ランタンは悟る。目の前の少年は、ただの足止めの為に自分の前に立ってはいない、と。
「ぶっ壊すよ、ジャック・オー・ランタン。貴方が、どこの誰の作品だろうと関係ない。その魂ごと斬り伏せる」
「……ヤホホ、中々どうして恐ろしい。しかし、そう強い言葉を使わない方が良い」
カボチャのお化けもまたランタンを掲げ業火を滾らせる。
「私は、生と死の境界に顕現せし大悪魔!ウィラ=ザ=イグニファトゥスの制作した大傑作!世界最古のカボチャお化け――――ジャック・オー・ランタンなのですから!!!」
ランタンより僅かに零れた火種は、たったそれだけにも拘らず先程までの炎とは比べ物にならない業火となって燃え上がった。
その圧倒的な熱量と規模を前にして、真司は霞の構えを取る。
妖刀と地獄の業火がぶつかり合う