牙守の一族 作:わんころ
最初の変化は、重要人物たちの集まるバルコニーだった。
「な、何っ!?」
どこからともなく吹き荒れた黒い風が、瞬く間に白夜叉の姿を飲み込んでしまったのだ。
咄嗟に手を伸ばすサンドラだが、その手は届かない。
逆に吹き荒れて膨張した黒い風のドームがその場のバルコニーに居た者達を大きく空へと弾き出してしまうではないか。
「きゃっ…………!」
「お嬢様、掴まれ!」
空へと投げ出された飛鳥を抱え、十六夜はそのまま舞台へと着地する。
空を見上げれば、舌打ちを一つ。
「チッ、“サラマンドラ”の連中は観客席の方か」
状況把握と共に、空より降りてくる幾つかの影が敵であると認識。同時に、舞台袖へと引っ込んでいたジン達も舞台へと上がってきた。
十六夜は、黒ウサギへと振り返る。
「魔王が現れた、って事で良いんだよな?」
「はい」
短く答えた黒ウサギの言葉に、一同に緊張が走った。
いつか来る瞬間ではあった。だが、それでも鉄火場を前にすれば誰しも緊張の一つや二つするというもの。
観客席は、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。逃げる者、喚く者、立ち尽くす者、様々な状態の人々の結果混乱の坩堝である。
その状況を見やり、真司は眉根を寄せた。
「不味いね。あのままだと、将棋倒しになりかねないよ」
「だったら、魔王を潰す他ねぇだろ。おい、黒ウサギ。白夜叉の主催者権限は破られた様子はないんだな?」
「YES。黒ウサギが、審判としてゲームに立つ以上不正はあり得ません」
「とすると、奴らはルールに則ってゲーム盤に現れた訳だ。ハッ、流石は魔王様だ。期待を裏切らねぇな」
「どうするの?ここで迎え撃つ?」
「ああ。けど、全員で迎え撃つのは具合が悪い。それに、“サラマンドラ”の連中も気がかりだ。この混乱でどんな状況か判別できねぇからな」
「でしたら、そちらは黒ウサギが参りましょう。十六夜さん、レティシア様、真司さんの三人はこのまま魔王の迎撃を。ジン坊ちゃん達は白夜叉様を御願いします」
「分かったよ」
頷くジンとレティシア。反対に、飛鳥は少々不満そうな表情だ。
「ふん…………また、面白そうな場面を外されたわ」
「そう言うなってお嬢様。契約書類には、白夜叉がゲームマスターだと記載されてる。この点がゲームにどう影響するのか知っておかねぇとな」
「でしたら、我々もお手伝いさせていただきましょう」
手を挙げたのは同じく舞台へと上がっていた、ジャックとアーシャ。
「魔王と戦うというのなら、我々“ウィル・オ・ウィスプ”もお手伝いさせていただきます。良いですね、アーシャ」
「が、頑張る」
緊張した面持ちのアーシャも頷く。予告なく魔王の乱入を受ければそんな態度も已む無しだろう。
「では、お二人は私と共に観客席へ。サンドラ様を探し、指示を仰ぎましょう」
役割分担は、これで決まった。頷き合い、各々が仕事を果たすべく、駆け出す。
舞台に残るのは三人。ちょうど、魔王も降りてくる。
「うっし!それじゃあ黒い奴と白い奴は俺が、デカいのと小さいのは二人に任せるぞ!」
「了解した、主殿」
「十六夜君も無理しないように……!」
槍と妖刀が顕現し、十六夜は身を低くした後、舞台を粉砕する勢いで空へと大きく飛び出した。
*
陶器の巨人と斑模様のワンピースを着た少女。
彼女らと相対したレティシアと真司の二人は、自然と2:2の形で分かれる事となった。
「BRUUUUUUUUUUM!!!」
「爆流破ッッッ!!!」
穴から空気を吸い込んで大気の渦を生み出していた巨人だが、生憎と単なる人形に敗れるほど真司は弱くない。
吐き出された空気を巻き込んで起こした巨大な竜巻が一瞬の内に巨人の姿を飲み込んで、宛らミキサーにかけたかのように粉砕。
竜巻の消えた後には意味をなさなくなった瓦礫が降り注いだ。
息を吐き出した真司は、空を見る。
「ッ、レティシアさん!!」
今まさに、金髪の吸血鬼は少女の起こす黒い風に飲まれようとしている。
咄嗟に跳び出して、真司は鉄砕牙を高々と掲げて風の傷諸共少女へと勢いよく斬り込む。
だが、
「なッ……」
「貴方も、良い駒になりそうね」
刀身と、それから風の傷は少女を覆う黒い風の膜によって阻まれていた。
このままでは攻撃が通らない。そう判断して、真司は黒い風に包まれつつあるレティシアをどうにか掴むと黒い風の膜を蹴りつけてその場を離脱。砕けた舞台へと着地した。
「……息はある」
レティシアの容体を確認し、安堵の息を吐く真司。
そのまま真紅の羽織を脱いで横たわらせた彼女に掛け、それからその傍らに鉄砕牙の鞘を突き立てた。
妖刀の鞘というのは、妖刀の特性を押さえる為に特殊な加護が付与されている。顕著なのが、結界だ。その強度は妖刀の一撃を防ぐほど。鞘その物の強度も高い。
真司がその場を離れれば、半球状の結界がレティシアを包むようにして形成された。
その様子を確認し、真司は左手で闘鬼神を抜き放つ。
「一つ、質問良いかな」
「何かしら?」
「君が、魔王本人、と考えて良いのかな?」
「ええ、そうよ。ギフトネームは、“
「……そっか――――ッ!!!」
魔王の答えを聞いて頷いた真司は、次の瞬間には斬りかかっていた。
振るわれた闘鬼神の鋭い斬撃は、しかし黒い風のドームを抜く事は出来ない。
「質問は、もう良いの?」
「君が魔王で、僕はプレイヤー。なら、それ以上の言葉は要らないと思うけど、ねッ!!」
黒い風の壁へと闘鬼神を叩きつけた左腕を利用して更に空へと浮かび上がる真司。そこから高速で横回転し、平行に並べた妖刀を回転の勢いのままに叩きつける。
これも通らない。通らないが、僅かに壁を押し込んでもいた。
「まあまあ、ね」
「ッ……!」
吹き荒れる黒い風が襲い来る。
風の傷で威力を削いだが、相手は数が多い。妖刀を盾にした真司は、そのまま舞台の上へと戻されてしまった。
叩きつけられなかっただけマシだが、やはり機動力の差は如何ともしがたい。
(叢雲牙を使う?………いや、周りに人が多すぎる。かといって、乗って挑みかかるにはちょっと難しい)
参った、と真司は眉根を寄せる。
相手は魔王。倒せるのなら、この混乱を直ぐに鎮めることが出来るだろう。しかし相手は一筋縄でいくものではなかった。
「ふぅーーー…………」
息を吐き出し、真司は自身の内にある力を練り上げる。これによって、彼の髪はその半分が白銀へと染め上げられた。
同時に、右目に黄金の揺らめきが宿る。
魔王もその変化には気付いていた。だが、特段リアクションは無い。
当然だ。彼女は魔王。箱庭の厄災であり、蹂躙していく存在。
案の定、と言うべきか舞台を踏み砕く勢いで飛び出し、妖刀を交差して斬り込んできた真司を魔王は黒い暴風をもって受け止めた。
火花が散り、刃がめり込めども突破は出来ていない。
弾かれて、真司の体は宙を舞う。
「フッ!!」
振るわれる妖刀から、群青の剣圧と風の傷が飛ぶ。しかしこれも、痛打を与えるには至らない。
だが、返しの黒い暴風はその前に襲い掛かった火焔によって相殺されてしまった。
「漸く来たわね」
魔王が見上げるのは、この境界壁周辺を照らすペンダントランプ――――ではなく、龍を模した業火を纏った北側の階層支配者、サンドラである。
幼いと言って良い容姿と年齢でありながら、纏う力は支配者として申し分ないだろう。舞台に下りた真司も、見上げて驚いた様子。
だが、魔王は怯むどころか、何処か蠱惑的な笑みを浮かべる。
「待っていたわ。逃げられたのではないかと心配していた所なのよ」
「…………目的は何ですか、ハーメルンの魔王」
「ああ、それは間違いよ。そっちの彼にも言ったけど、ギフトネームは“
「……二十四代目“火龍”サンドラ」
「自己紹介どうも。ついでに、そっちの貴方も良いかしら?」
「僕?………“ノーネーム”来馬森真司」
「“ノーネーム”……?まあ、いいわ。目的は言わなくても分かるでしょう?太陽の主権者である白夜叉の身柄と、それから星海龍王の遺骨。つまり、貴女のつけてる龍角が欲しいの。後は、優秀な人材ね。そこの彼みたいに」
だから頂戴?とまるで用事がおやつをねだる様に、しかし同時に悪女が財産を奪うように、魔王は微笑んだ。
しかし、罷り通る要求ではない。というか、そんな要求を粛々と受け入れられる筈もない。
「……成程、流石は魔王、と言うべき太々しさですね。だけど、このような無体を働いてソレを見過ごす秩序の守護者など居ない。我らが御旗の下に、誅してみせる」
「そう。素敵ね、フロアマスター」
荒れ狂う龍炎と不気味な黒い暴風がぶつかる。その余波だけでもペンダントランプは大きく砕け、互いの力の強さというものを表していた。
しかし、動ける者も居る。
真司だ。再び空へと跳び上がり、サンドラとは対角線上の空中に陣取った。
狙うのは、先のギフトゲームの最後に放とうとしていた技。
爆流破は、強力な反面カウンター技という特性上自発的に放つことが出来ない。加えて、相手の攻撃も弱ければカウンター技として成立せず、最低でも風の傷以上の破壊力を求める。
この点で言えば、自発的に撃てて尚且つ尋常ではない破壊力を発揮する叢雲牙の獄龍破に軍配が上がる。
その欠点を埋められるかもしれないのが、妖刀の二刀流だった。
構えは大きく上体を右に捻った形。左腕は右脇の下を通り、闘鬼神を背に回す。右腕は担ぎ上げるように鉄砕我を背に回す。
二振りの妖刀が背中で交差し、妖気を帯びる。
体の捻りを解放しながら、溜めた力をバネに刃を振るう。
闘鬼神、そして鉄砕牙の順番だ。
まず闘鬼神から飛んだ青白い剣圧が後追いの風の傷に巻き込まれ形成されるのは、巨大な青白い雷光を閃かせる黄金の竜巻。
先程までの単発の剣圧や
更に、場所が悪い。
サンドラの放つ龍炎と挟まれる形で迫ってくる横倒しの竜巻は、受け止める黒い暴風の壁を押し込んでくるのだから。
この挟撃に、サンドラも動く。
業火の勢いを強めて潰しにかかった。
そして、
「――――少し驚いたわ」
「ダメか……!」
「やはり、魔王は手強い……」
弾けた二つの巨大な攻撃が消えた時、魔王は変わらずそこに居た。
僅かにワンピースなどには汚れがあれども、致命傷は愚か大した手傷の一つも見受けられない。
「結構良い手だったと思うんだけど…………まだまだ改善の余地有り、か」
舞台へと降りた真司は、頭を掻いた。
発想そのものは悪くないのだろうが、しかし現に魔王に痛打を与えられていないのだからまだまだ完成系とは言えない。
そして、空に雷鳴が轟いた。