牙守の一族 作:わんころ
ギフトゲームの中断。黒ウサギの“審判権限”の発動によって行われたソレは、箱庭における強制力の一つでもある。
境界壁・舞台区画。火龍誕生祭運営本部内にある大広間には、“ノーネーム”の面々だけでなくゲームに巻き込まれた多くのコミュニティの人々が集まっていた。
負傷者も多数の状況は、宛ら野戦病院の様な有様だった。
「酷いね」
「ああ。無事な奴の方が少ない。お前らの相手した方が、魔王だったか?」
「うん。“黒死斑の魔王”を名乗ってたよ」
「黒死斑………成程な」
“ノーネーム”の主力を担う二人は、目立った傷もなくピンピンしていた。
ただこれは実力だけでなく、途中でゲームその物が中断。戦闘行為自体が打ち切られたから。
真司が羽織を着ていないが、それはレティシアに貸している。
二人が少し離しこんでいると、ジンと黒ウサギが大広間へとやって来た。そして、二人の姿を確認すると慌てて駆け寄ってくる。
「十六夜さん、真司さん!お二人ともご無事でしたか!?」
「ああ、こっちは問題ない。他の面子は?」
「残念ながら、十六夜さん、真司さん、黒ウサギの三人以外は満身創痍と言って良いです。その上、飛鳥さんは姿も見えず…………すみません……!僕がもっとしっかりしていれば…………!」
「ジン君のせいじゃないさ…………とはいえ、参ったね」
悔し気に頭を下げるジンを宥め、真司は頭を掻いた。
実際に魔王と相対した彼としては、戦力が足りないというのが正直な所だったからだ。にも拘らず、耀とレティシアは疲弊しており、直ぐのゲームは望めない。
状況を再確認して、黒ウサギは苦々し気に顔を歪める。
「白夜叉様の伝言を受けてすぐさま、“
「審議決議ってのは何だ?」
「主催者権限によってつくられたルールに不備が無いかどうかを確認するためにジャッジマスターに与えられた権限の一つです」
「つまり、このゲームにはルールの不備がある、と?」
「YES。ジン坊ちゃんからの伝言では、『今回のゲームは勝利条件が確立されていない可能性がある』という事でした。真偽はどうあれ、ゲームマスターとして指定された白夜叉様の異議申し立てがあるのなら“
「そりゃいいな。強制的にタイムアウトが取れるってんなら、無条件でゲームの仕切り直しが出来るって事だろ?」
「……そう、都合の良いモノではないのですよ」
「どういう事?」
「審議決議は、その後互いに遺恨を残さない、という一つの相互不可侵の契約をその後に交わさねばならないのデス」
「……それはつまり、このゲームに負けた場合、“サウザンドアイズ”や“サラマンドラ”は報復行為を理由にゲームに挑めないって訳か」
「強力な権限には、相応の縛りがあるって事だね。まあ、最初から負けるつもりで挑む人は居ないでしょ」
「だな。まだゲームは終わってねぇ」
強い物言いだが、今はこの強気が頼もしいというもの。
直後、大広間へと慌ただしくサンドラとマンドラの二人がやって来た。
「今より、魔王との審議決議へと向かいます。同行者は四名。まずは、“箱庭の貴族”である黒ウサギ。“サラマンドラ”からマンドラを。その他にハーメルンの笛吹きの伝承に詳しい者は交渉へと協力してほしい」
大広間にざわめきが広がった。黒ウサギがそうだったように、童話の類はさわりや、整えられた中身などを知っていてもより詳しく、それこそ歴史的背景などまで知っている者はそう多くは無いのだろう。
騒めくが、しかし踏み出す者はいない。
そんな中で、十六夜は徐にジンへと手を伸ばす。
「“ハーメルンの笛吹き”に関してなら、このジン=ラッセルが誰よりも知っているぞ!」
「……は?え、ちょ、十六夜さん!?」
「めっちゃ詳しいぞ!とにかく知ってるぞ!役に立つぞ!この件で、“サラマンドラ”の役に立てるのは、“ノーネーム”のリーダー!ジン=ラッセルをおいて他に居ないぞ!」
「ジンが?」
キョトンとした年相応の表情を見せたサンドラ。だが、直ぐに頭を振ってキリッとした表情を作り直す。
「他に申し出が無ければ“ノーネーム”のジン=ラッセルにお願いしますが、よろしいか?」
サンドラの言葉に、別の質のざわめきが広がる。その大半は否定的なモノだ。
だが、
直後、腹の底に響くような音がジンの傍らから大広間内へと響き渡った。
「意見があるのなら、申し出ろ」
鞘ごと抜いた鉄砕牙を床へと勢いよく突き立てた真司が凄味のある声で問う。
“ノーネーム”を不安視する声は、分かる。だが、だからといって自分達が変わる訳でもなくただ不平不満をグチグチと募らせるのは頂けない。
案の定と言うべきか、真司に凄まれて誰も反論できなくなっていた。元より自分たちの知識に自信が無い為に名乗り出なかったのだから、そこから“ノーネーム”批判の為だけに口を開いていた者達が何かを言える筈もない。
同行者の中にちゃっかりと十六夜も紛れ込んで、これで四名。
代表者が大広間を離れるのを見届けて、真司も鉄砕牙を腰に戻して部屋を後にする。
*
一週間のインターバル。そして、振り撒かれた
罹患者は隔離される事となり、“ノーネーム”内でも耀が発症し部屋に押し込まれていた。
「…………」
彼女の眠るベッドの傍らに椅子を置いて座り込み、真司は厨房から借り受けたナイフで手際よくリンゴを切り分けていく。
本来なら罹患者に近づくのは宜しくないのだが、どういう訳だが彼は呪いが効かなかった。
「よう」
「……あんまり、病人に近づくものじゃないよ?」
「そりゃあ、お前もだろ?」
本を片手に部屋へとやって来た十六夜は、そのまま真司の隣に陣取りベッドを背凭れに本を開く。
「進捗は?」
「サッパリだな」
中身に目を通しながらあっけらかんと情けない事を言う十六夜に、しかし真司は何も言わずリンゴの乗った皿をサイドボードへと置いて、その傍らの水盆とタオルへと手を伸ばした。
冷えた水にタオルを潜らせて水気を絞り、耀の額へと乗せる。
その冷たい感触に、少女は目を覚ました。
「……真司?」
「おはよう、春日部さん。食欲はあるかい?」
ぼんやりとした彼女の頬を撫でれば熱がある。まだまだ下がる気配はない。
そんな耀のぼんやりとした視界が自身を甲斐甲斐しく世話する少年と、それから金髪の頭を捉えた。
「……十六夜?」
「お、起きたか。熱はまだ高そうだな」
「……ゲームクリアの目途は立った?」
「さっきも真司に言ったんだけどな、大まかには分かってるが核心には至ってない、って感じか」
「正直な所、
「そっか…………ケホッ」
乾いた咳を零しながら、耀は上体を起こす。
「それじゃあ、何処で止まってるの?」
「だいたいの考察は終わってるって所だな」
そう言って、十六夜はメモを取り出した。
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ラッテン=ドイツ語でネズミの意。ネズミと人心を操る悪魔の具現
ヴェーザー=地災や河の氾濫、地盤の陥没などから生まれた悪魔の具現
シュトロム=ドイツ語で嵐の意。暴風雨による悪魔の具現
ペスト=斑模様の道化が黒死病の感染源であったネズミを操った事に因る推測。黒死病に因る悪魔の具現
偽りの伝承・真実の伝承が指すものは一二八四年六月二十六日のハーメルンで起きた事実を前述の悪魔から選択されるものと考察される
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一通り目を通して、耀は首を傾げた。
「……ここまで分かってるのに?」
「僕が参加してなかった分は、ここまで進んでたんだ……」
「まあな。ここまでは、分かってる…………ただ、な」
常ならば回りの良い十六夜の口も、重い。
「お前ら、前に黒ウサギが言ってた“立体交差平行世界論”って奴を覚えてるか?」
「うん、知ってる」
「確か、時間平行で異なる事象が起きてる世界も、結果は終息する点がある……って話だっけ?」
「まあ、ある程度理解してるなら良いさ。それが、このゲームにも当て嵌まるって事だ」
「……つまり、
「要点的には、そうだ…………というか、分かりやすいな、ソレ。今度お嬢様に説明する時にはそれで行くか」
「話を纏めると、悪魔の存在が、その絶対数を求める数式になって、その数式自体もそれぞれが同じ結論を出す事からイコールで結ばれてるって事で良いかな?」
「ああ、そうだ。そしてこの連結式が、奴らを通常の悪魔よりも強くしてるカラクリらしい。そして、この繋がらない数式が、偽りの伝承もしくは真実の伝承にあたる…………って事なんだが」
「しぼり切れない」
「そういう事」
“ハーメルンの笛吹き”の伝承には、特定の真実が存在しないとされている。これは、その時のことを記した有力な証拠が、碑文とステンドグラスのみな為。
どれが有力かは迫ることが出来る。だが、ソレを真実であると確証をもって述べる事は知識に優れた十六夜でも不可能だった。
「二人は、どれが偽物だと思ってるの?」
「ペストだな」
「僕もペストを……後は、シュトロムかな」
「ほう?
「いや、コレは伝承云々じゃなくて真正面から戦った手応えからなんだけどね。アレは、単なる人形だったよ。何というか、彼らにとって伝承はそれだけ重いものなら……あんなガランドウをゲームの重要局面に組み込むかな、と」
真司の根拠は、実に曖昧としたモノだった。それこそ、元の世界であれば一笑に伏されるかもしれない。
だが、ここは箱庭。旗印とコミュニティの名は、誇りとされる。
「自分達の名を貶める様な事はしない、か」
「あともう一つ言うと、シュトロムの部分はヴェーザーが補えるんじゃないかと思うんだ」
「ほう?…………確かにな、川の氾濫や土砂崩れなどの地災を考えれば暴風雨も含めるか」
「何となく、分かった。それじゃあ、ペストは?」
「そっちは、簡単だ。先の三つが刹那的な死因であるのに対して、病の黒死病は長期的と言って良い。ハーメルンの笛吹きの伝承は一二八四年の六月二十六日という時間の中で百三十人の生贄がしななければならないからな」
こつこつ、と十六夜は書面を叩く。
三つの視線が、改めてメモの上に落ちる。
「…………ちょっと待って」
顎を撫でた真司が目を細め、改めてメモ、そしてハーメルンの碑文の写しへと視線が走る。
そして、続いて十六夜の持っている本。黒死病などの病原菌に関する書籍へと視線が向いた。
「どうした?」
十六夜が問う。耀も、突然の彼の動きに首を傾げた。
「…………そうだよ。時代だ。一二八四年!」
ガタリ、と椅子から立ち上がる真司。珍しくも興奮した様子の彼はメモへと指を突きつけた。
「ペストは、存在しない!」
「は?…………おいおいおいおい、マジかよ、おい!」
彼の言葉に何か気付いたのか、十六夜は蹴上がる様に立ち上がった。
「お手柄だぜ、真司!そうか、そういう事か!だから、合わなかった!」
「そうなんだよ!僕らは、ペストに、黒死病に焦点を当てすぎてた!」
興奮した様子の二人だが、耀はいまいち分かっていないらしく、首を傾げるばかりだ。
「どういう事?」
「ッ、ああ、御免。ええっと、まず前提として一二八四年ペスト、つまり黒死病は存在しないんだ。そもそもペストが初めて確認されて、広がるのが…………一三〇〇年代、だっけ」
「一三五〇年だな」
「ありがとう。つまり、ハーメルンの碑文に記された時代から六十年以上先の話になる」
「うん」
「で、だ。ハーメルンの笛吹きの道化がネズミを操る道化とされたのは、黒死病が黒い斑模様になって死ぬって言われたからだ。ハーメルンの笛吹きは斑模様の道化だった。この斑模様が黒死病の黒い斑点と重なった結果、斑模様の道化=ネズミを操る道化、という形になった」
十六夜の説明に、耀もまた目を見開く。
「つまり…………」
「うん、そう。そもそもハーメルンの碑文には、ネズミを操る道化も斑模様という事も出てこない。多分、後世の後付けなんだよ」
「つまり、残るのはシュトロムとヴェーザー。だが、さっきの真司の考えを踏まえれば、シュトロムはヴェーザーに組み込めることになる。ここから導き出せる真実の伝承は、」
「「ヴェーザー」」
「そうなるな」
話は纏まった。これは大きな進歩だろう。
だが、謎はもう一つある。
「なら、白夜叉は?何で封印されてるの?」
「ああ、それか。そっちも、時代背景が説明してくれるぜ」
「黒死病の爆発的な感染拡大の一因に、太陽の収縮、つまり寒冷期に入ったとされている説があるんだ」
「白夜叉は、夜叉である前に白夜の星霊。太陽の運行に関する主権を持ってる。アイツが太陽そのものであるなら、その弱体期間だった氷河期は力を削がれるって事だな」
「そっか…………二人とも、物知りだね」
「僕は、社会科の資料集を読むのが好きだったからね。ただ、ここまで来て思い出せる程度の知識量だよ」
「ヤハハハハハ!謙遜するなって。お陰で突破口は見えた。後は明日次第だな」
話を通してくる、と十六夜は部屋を後にする。
決戦は、明日の夕刻。全てが決まる