牙守の一族   作:わんころ

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 境界壁・舞台区画。火龍誕生祭運営本部の大広間には、決戦に臨む参加者たちが集められていた。

 だが、その数は五百ほど。一週間前に屈服を強制された者や、出典物枠には出場資格が無い事が判明し、更に黒死病を患っていない者を除けば全体総数の一割にも満たない。

 しかしやる事は変わらない。

 

「…………」

 

 ストレッチをして、真司はその時を待っていた。

 その手が無意識の内に、叢雲牙の柄へと触れる。瞬間、真司は漆黒の空間に立っていた。

 

『漸く、我を振るう気になったか、担い手よ』

 

 声が響く。同時に、彼の目の前には一振りの妖刀が浮かび上がった。

 

「…………そうだね。君の力を借りなくちゃ、そもそも僕は皆と同じ舞台に上がれないから」

 

 妖刀、叢雲牙へと手を伸ばし、真司は曖昧に笑った。

 彼自身が、一番自分の無力さというものを知っていた。同時に、自分は妖刀(ギフト)が無ければそもそもこうして戦線に立つ事も出来ない、とも。

 だからこそ、

 

「力を貸してくれるかい?」

 

『…………』

 

 少し答えを誤った。

 差し出された手へと叢雲牙は近付き、その掌へと柄を乗せる。

 

『違うな、担い手よ。我は、純粋な力の塊だ。力というのは、担い手に依存する。世界を混沌の破滅へと放り込むもよし、地上を地獄へ変えるもよし。全てが、担い手の自由だ』

 

「……そっか。そうだね」

 

 柄を握り、その切っ先を暗闇の彼方へと向ける。

 

「さあ、行こうか」

 

 このギフトゲームでも屈指の鬼札が今、晒される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参加者側は、ステンドグラスの確保、並びに破壊とそれから魔王陣営を押さえるチームに分かれて行動していく。

 ラッテンとシュトロムには、レティシア、そして新たなギフトを携えて飛鳥が。

 ヴェーザーには、十六夜が。

 そして、本丸の“黒死斑の魔王”には黒ウサギ、サンドラ、それから真司が相対する。

 

 魔王側も、奥の手であったハーメルンの街並みその物を魔書を利用して顕現させ道を阻み、自分たちの有利な地形を作り出す。

 その屋根の上を駆け抜け、真紅の羽織の軌跡を引き連れて真司は魔王へと斬りかかった。

 

「ッ、何なの、その剣は……!」

 

「妖刀だよッ!!」

 

 振るわれる禍々しい白刃を()()()魔王は距離を取った。

 一週間前、大技を使ってきても大した脅威でなかった筈の少年は、その一週間前の戦いでは抜くどころか触れる事もなかった諸刃の大太刀をその手に持っている。

 刃の幅こそ、腰の二振りに劣るが、内包する力は文字通り桁違い。

 初手で完全に油断しきっていた結果、彼女を守る黒い風の防御はアッサリと突破され、その体を大きく切り裂かれる事となる。

 死にはしないが、警戒はする。

 

「……面倒ね」

 

 空へとペスト(魔王)は飛び上がり、黒い風を向かわせる。

 

「シッ!!」

 

 叢雲牙が振るわれ、黒い風は斬り捌かれた。

 立て続けに放たれる黒い風の連打を切り開きながら、真司は前へと駆ける。

 

 そして、彼を援護するのは“疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)”を振るい雷鳴を響かせる黒ウサギと、龍炎を操るサンドラ。

 

「真司さんの援護を!サンドラ様、前後で挟みますよ!!」

 

「分かった!」

 

 轟雷と龍炎。直撃すれば相応のダメージはあるものの防げない攻撃ではない。

 つまり防御せねばならないのだが、ソレをするとペストの足は自然と止まる事になり、そこに迫るのは自身を殺せるかもしれない凶刃。

 

「シィィィアアアアァァァッ!!!」

 

 叢雲牙の柄を両手で握って掲げ、跳躍。高速で前方向へと回転しながら球状の黒い風に因る防御を行ったペストを狙う。

 が、コレは斜め上へと逃れられた為に躱され、目標を見失った一撃はそのまま三階建ての家屋を真っ二つに切り裂いてその下の石畳の地面を大きく切り裂いていた。

 恐るべきは、その切れ味。材質問わず、まるで刃を水にでも通したかのように切り裂いてみせた。

 舞い上がる粉塵。その中で、真司は空を睨むと手に力を籠める。

 現在、彼の髪色は半分が白銀、半分が黒の状態。

 叢雲牙の刀身に、黒い龍を模した邪気が走る。

 しかし、“獄龍破”を放つわけではない。これは、もう一段階前。言ってしまえば、叢雲牙版の風の傷とも言うべき技。

 

「フッ!!」

 

 振り上げられた一刀。黒い龍の様な邪気の衝撃が空へと駆けて、ペストを目指す。

 

「……うざったいわ」

 

 ペストの手が振り下ろされ、黒い暴風と、邪気の龍がぶつかり弾けた。

 この間に、真司が屋根の上へと戻り黒ウサギと合流。

 

「ごめん、仕留めきれなかった」

 

「いえ、こちらとしては明確な痛打を与えられる手段がある分場の組み立てがしやすくなります」

 

「とはいえ、不思議でもある。神格級のギフト二つの攻撃を受けて、あの黒い風はビクともしない」

 

「…………その点に関しては、少々心当たりがございます」

 

 出力はどうあれ、幼い身空のサンドラ疲弊が溜まりつつある。真司が前衛を務め、黒ウサギがフォローを挟んだとしても相手は魔王。温い相手ではないのだから。

 しかし、絶対的なこの場の打倒を求められている訳では無い。いや、出来るのならそれに越した事は無いが、三人の役割はあくまでも魔王の足止め。あわよくば討伐。

 故に、時間稼ぎの手段があるのなら躊躇せずに使う。

 

「“黒死斑の魔王”…………貴女は、神霊の類ですね?」

 

「えっ」

 

「そうよ」

 

「えっ!?」

 

 驚くサンドラ。一方で、真司は叢雲牙を右肩に担ぐと左手で顎を撫でつつ首を傾げた。

 

「神霊って、箱庭の最強種の一角だよね?………確かに納得だけど、神霊の発生には一定の信仰が必要って話じゃなかったっけ?ペスト……黒死病は確かに猛威を振るったけど……でもそれは、その当時に間だけだよね?」

 

「YES。確かに八千万もの死を徴収し、時代を吹き抜けた黒い暴風もそれでは、神霊として昇華する事はありません。恐怖をもって奉られる神仏も珍しくありませんが…………しかし、真司さんの指摘通り黒死病は後の医療技術の発展などを経て、不治の病ではなくなり結果、信仰も、そして恐怖も足りなかった。後世においては、八千万の死を多いとは感じてもそれは数に対する感想の域を出ませんから」

 

「…………」

 

「だから貴女は、自身に近い存在として“ハーメルンの笛吹き”に登場する斑模様の道化、いえこの場合は斑模様の死神を利用し――――」

 

「残念だけど、所々違うわね」

 

「え?」

 

 首を傾げた黒ウサギ。彼女の語る手法は、神霊となり切れなかった悪魔を神霊として成立させるための手法。

 だが、ペストはどうやらその辺りが違うらしい。

 物憂げに髪を弄りながら、口を開く。

 

「そもそも私は、自分で箱庭にやって来た訳じゃないの。私を呼び出したのは、“幻想魔導書群”を率いていた男よ」

 

「なっ……」

 

「きっと、私を手駒に加えたかったのね。八千万の死の功績を持つ悪魔……いえ、八千万の悪霊群である私たちを死神の座に据えれば、神霊として開花させられると思ったのでしょ」

 

「……君は、そもそも悪魔ですらないって事かい?」

 

「ええ、そうよ。そして私を召喚する手筈を整えていた男は、その儀式を完遂する前に何者かにギフトゲームで敗れてこの世を去った」

 

 長い年月を経て、ふとした拍子に召喚式は成立した。そして呼び出されたのが、彼女たち黒死病の悪霊群。

 

「私たちが“主催者権限”を得た功績。それは私たち……いいえ、あの時代に生きた全ての人々の怨嗟を叶えるための特殊ルールを敷くことが出来るというもの。黒死病を蔓延させ、飢餓や貧困を呼んだ諸悪の根源…………あの、怠惰な太陽へと復讐する権限が……!」

 

 表情の変わる事の無かったペストが、ここで初めて激情を露とする。同時に、荒れ狂った漆黒の暴風がその勢いを更に増して吹いて渦巻き始めた。

 彼女の、いや彼女らのその行動には同情の余地はあるのだろう。人によっては諸手を挙げて手を貸すものもいるかもしれない。

 だが、

 

「――――だからといって、引く筈ないだろう?」

 

 肩に担いでいた叢雲牙を下して、真司は前へと踏み出す。

 彼も、彼らもまたこのゲームで負けるわけにはいかないのだから。

 

「君の、君達の言い分は分かった。気の毒な事で、正当性もあるのかもしれない…………でも!譲れないものがあるのは、僕らだって同じ事だ……!」

 

 構えは、霞。

 このゲームで敗れれば、参加者側は文字通り全てを失う。

 特に“ノーネーム”は主力全員がこのゲームに参加してしまっていた。もし仮に敗れれば、残されるのは無力な子供たちだけ。その未来など、考えるまでもない。

 ジロリ、とペストの目が真司へと向けられる。現状、脅威となるのは彼だけだから。

 

「貴方は厄介そうね。その剣も……人間が持つようなものじゃないわ」

 

「だったら、何だい?使えるものを使うのが人間だよ。そして僕は、皆を守れるのなら躊躇しない」

 

「そう…………これでも、そう言い切れる?」

 

 気配が変わる。ペストの纏う雰囲気が、禍々しくそして重苦しいものへ。

 同時に掲げられた手より、先程よりも更に深い気配のする黒い風が空を貫いた。

 その変化にいち早く気づいたのは、黒ウサギだ。

 

「や、やはり与える側の恩恵……!気を付けてください、お二人とも!アレは触れればそれだけで“死”を与える風となっています!!」

 

「目ざといわね。本当は使うつもりは無かったんだけど……貴方は別よ。有力な手駒は減るけれど、飼い主を噛む犬は必要無いの」

 

「なかなか、酷い事言うね」

 

 軽口を返しながらも、真司とて油断はしない。いや、出来ない。

 死の恩恵。直接命へと死を送り、その生命を断つ相手だ。油断できるはずもない。

 故に、

 

「こっちも、全開だ……!」

 

 全力で相手をする。

 叢雲牙の刀身が薄ぼんやりとした紫色の光を放ち、その鍔元から揺らめく瘴気が溢れ、邪気の龍が刀身へと巻き付くように現れる。

 同時に、彼の髪色は進み六割が白銀に染まり、同時に右目の白目部分が黒く、そして瞳孔が肉食獣のように縦に裂けたモノへと変化していた。

 

 死神と獄龍の激突、開始。

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