牙守の一族 作:わんころ
叢雲牙の禍々しさは、各神話群の悪神に匹敵する。
その性質は、死神の権能似ているとも言えた。
「ハァァァアアアアア!!!」
死の風を真正面から斬り伏せる。
既に半分以上が妖怪化していると言ってもいい現状の真司のフィジカルは、下手な神格を上回るかもしれない。
それに加えて、邪気、瘴気、妖気を纏った叢雲牙は“死”を贈る風を前にしても遜色なくぶつかり合うことが出来ていた。
だが、劣勢は真司だ。これは、相手の、ペストの“死”を贈る風にある。
(下手に逃げれない……!)
叢雲牙を持つお陰か、ある程度の耐性のある真司は直撃でも数秒程度は耐えられる。だが、他参加者は違う。
巻き込まれれば、即アウト。一行の余地なく、その命は天へと召される。
故に、躱せない。下手に躱せば犠牲者を出す事になり、同じく下手な方向へと逸らせば、やはり犠牲者が出る事に繋がる。
そして、如何に出力を上げている真司といえども、神霊の攻撃を真正面から相殺、反撃を繰り返していれば消耗は必至。
それでも現状、唯一の攻撃及び防御可能な鬼札が休める筈もない訳で。
(十六夜さん……!)
雷鳴を走らせ、少しでも真司の負担を減らそうと駆ける黒ウサギは内心でこの状況に一石を投じることが出来るだろう少年を呼ぶ。
逆廻十六夜のギフトは、力を大きく制限されていたとはいえ星霊であるアルゴールの石化を真正面から叩き潰した実績を持つ。
彼ならば、如何に“死”を贈る風であろうともギフトである為に無効化できるはずなのだ。
「息が上がってるわね」
「ハァ……!ハァ……!演技だよ!!!」
肩で息をしながら、真司は斬りかかる。後、彼の言い訳は無理がある。
獄龍破は、放てない。下手にぶっ放すと、ペストの攻撃と潰し合いになり、最悪周囲が“死”に塗れる事になるから。
距離を詰める真司の一振りを、ペストは黒い風で迎撃。
ぶつかり合い、この間に距離が開くせいで決定打に欠ける。
膠着状態のこの場を打開できるのは、やはり外部からの干渉だ。
「「ッ!」」
一際巨大な震動が響き、黒ウサギとサンドラの足が止まる。
「今のは……」
「YES!十六夜さん達の決着がついたようです!」
サンドラの疑問に答えながら、黒ウサギはゲームの流れがプレイヤー側へと流れている事を知覚してもいた。
遠目には、シュトロムの一体も打倒され崩れていく。
(二人も、負けてしまったようね)
成り行きとはいえ、主従関係を結んでいた二人は十分すぎるほどにペストへと忠義を払ってくれただろう。
斬りかかってくる少年を黒い風に巻いて吹き飛ばし、彼女は僅かな黙禱を二人へと向けた。
「――――もう、良いわ」
小さく呟くと同時に、先のように黒い風が天へと伸びる。
だが、先程真司へと向けた時とは違う。風はまるで空の中で大きく弾けると、ハーメルンの街目掛けて降り注ぎ始めたのだから。
黒い風を切り払った真司は、空を見上げて眉を歪めると叢雲牙を下段に構え、力を込めた。
「獄龍破ッ!!!」
振り抜かれる妖刀。吹き荒れる三種の毒気が入り混じった地獄の大竜巻。
紫毒色のそれは、黒い暴風を飲み込まんと突き進む。
(ッ、飲み込み切れない……!)
かなり巨大な竜巻である獄龍破だが、それでもハーメルンの街をすっぽりと覆い尽くせるほどの範囲ではない。
相殺しきれなかった一部が溢れ、その一発がステンドグラスを対応する木霊の少年の下へと飛んでしまう。
如何にフィジカルが増しているとはいえ、疲労の溜まった真司も届かない。咄嗟の事で、黒ウサギ達も動けない。
降り注ぐ風。防ぐ術は、
「――――DEEEEEEeeeeeEEEEN!!」
真紅の金属巨兵。
紅い金属にガランドウの体。永久機関の鉄人形は、今まさに木霊の少年へと“死”を贈らんとしていた黒い風を完全に防ぎきってみせる。
その巨兵の背後より現れたのは、このゲームの最中行方不明となっていた飛鳥だった。
「今の内に逃げなさい。ステンドグラスの処理は後からでも良いから」
「は、はい」
驚いた様子だった木霊の少年だが、慌てて室内へと避難。
そして、飛鳥の姿を確認した黒ウサギは歓声を上げた。
「飛鳥さん!良くぞご無事で!」
「感動の再会は後よ、黒ウサギ!というか、前見なさい!前!」
「へ?ッ!?」
隙だらけ。そこに迫るのは、死の暴風。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。何より、戦闘行為に関してはこのゲーム盤において終わっていないのはここだけなのだ。
「余所見してんじゃねぇぞ駄ウサギ!!」
横合いから飛び込んできた十六夜の蹴りが、死の風を砕いた。
あまりの攻撃に、流石のペストも目を見開く。
「ギフトを砕いた?…………貴方――――」
「先に言っとくが、俺は人間だぞ!魔王様よ!」
蹴りの反動を利用した加速をもって突っ込んだ十六夜は、そのままペストへと蹴りを放った。
黒い風の防御も、彼の前では薄紙同然。魔王の体は、一気に地面へと叩きつけられる事になる。
その光景に少し気が抜けたのか、真司は膝を付いてしまっていた。
「ハァ……ハァ…………きつい……!!」
彼の体は、まだまだ完成には程遠い未熟なモノ。言ってしまえば、ろくな練習もせずにフルマラソンにでも出場している様な状態。
ガタが来る。今はまだ妖気で肉体を強化し、無理矢理にでも振り回しているが早晩倒れる。
だが、
「……ふぅ……さて、と」
真司は立ち上がった。そのまま吹っ飛ばされた十六夜と入れ替わる様にして、ペストへと斬りかかる。
「まだ諦めて無かったの?」
「まだゲームは終わって無いからねッ!!」
意志の力でも立ち上がれなくならない限り、真司は叢雲牙を振るい魔王の首を狙う。
そして、今のペストの敵は彼だけではない。
「俺も混ぜろッ!!」
猛然と襲い掛かる十六夜だ。彼の打撃はペストを打倒するには至らないが、ギフトを無効化できる為に叢雲牙以上にダイレクトに衝撃を受ける事になる。
「無駄よ。星も砕けない分際で、魔王を倒す事は出来ない」
「カッ!!言ってくれるじゃねぇか!」
「だったら大人しく、一回斬られてくれないかな!?」
「お二人とも!!そのまま魔王を押さえてください!!」
魔王へと挑みかかる二人を視界に収めつつ、黒ウサギが取り出すのは白黒の一枚のギフトカード。
「参りますよ、皆さま!これより、この場に居る主力、そして魔王を丸ッとそっくり、月の世界へとご案内です♪」
疑問は挟めない。
瞬間彼らの視界は瞬く間に流れ、ハーメルンの街を遠く離れると大気すらも凍り付く極寒にして暗黒の空間へと放り出される事になる。
勢いが止まり、目を開ければそこは別世界。その場所の正体へと気が付いたのはペスト。
「チャ、“
「YES!このギフトこそ、“月の兎”が招かれた神殿!帝釈天様と月神様より授けられた“月界神殿”にございます!」
上下反転し、空に箱庭の世界を臨む世界を背に、黒ウサギは大きく手を広げた。
神殿とは言うが、そこにあるのは廃墟の様な残骸と、それから最低限生物の生きる事が可能な環境を作る結界をはる石碑の彫像があるのみ。その外へと出れば、まず間違いなく大抵の生物は死に絶える。
焦ったのは、ペストだ。元のゲーム盤である筈のハーメルンの街を遠く離れ、ステンドグラスを探す者達の殲滅もここからでは出来ないのだから。
「で、でも、ゲーム盤からは離れられない筈……!」
「YES。ですが、問題はありません。ここもゲーム盤の中ですから。ただ、ちょーーーっと高い位置にあるだけです」
絶句、という他ない。それはつまり、天体を自身の意思でその位置を動かしたという事なのだから。
生来の神仏、箱庭最強種の眷族は伊達ではないらしい。
「サンドラ様!十六夜さん、真司さん!三人は引き続き、魔王を押さえてください!周囲を気にする必要はありません!私も直ぐに参戦いたします!飛鳥さん、こちらへ!」
黒ウサギが言うなり、三人は駆け出す。
規格外の相手のギフトに焦っていたペストだが、その状態でこの三人を同時に相手取れる筈もない。すぐさま黒い風を展開し迎撃の構え。
「ステンドグラスが全て見つかる前に、貴方達を倒せばいい……!!」
「ハッ!やれるもんならやってみろォッ!!」
幾重もの黒い風の衝撃波を受けながらも、これを十六夜は強引に突っ切り放たれる蹴り。しかし、これをペストは軽く躱す。
ヴェーザーからの連戦は、思いの外彼の体に負担を強いたのか切れが無い。
その切り裂かれた黒い風を縫うように、サンドラの龍炎がペストを包み焼き焦がす。だがこれも、痛打を与えるには至らず、刻んだ火傷も直ぐに治癒していく。
「獄龍破ッ!!!」
そこに迫るのは、渾身の振り下ろしと共に毒気の竜巻を放った真司の一撃。
飲み込まれるペスト。そこに追撃として、真司は振り下ろした叢雲牙を、渾身の力で振り上げた。
その剣身より、漆黒の邪気龍が飛ぶ。獄龍破を抉る様に空へと駆け上がり、ペストを飲み込む。
ド派手な一撃は、しかし不自然に体をくねらせた龍の体の内側より死の風の衝撃波が大きく弾けたことによって打ち消されてしまった。
「ダメか!」
「止まってんなよ、真司!追撃叩き込め!」
疲労で折れそうになった膝が、十六夜の 咤で止まる。
そして、前へ。
周囲を気にしなくて良いとはいえ、差が埋まる訳では無い。
一応隠し玉のある十六夜や、もっと出力を出そうと思えば出せる真司には魔王と一対一で戦えるポテンシャルがあるものの、どちらも疲弊状態。
勝負を決めるのは、
「死の風を吹き飛ばします!!皆さんは、援護を!」
「く、黒ウサギ!?何を考えて――――」
「サンドラさん、合わせて!」
金剛杵も無しに突っ込んできた黒ウサギに面食らったサンドラだが、直後に真司の声を受けて反射的に走り抜ける黒ウサギを援護するように龍炎を放つ。
この炎と並ぶようにして、瘴気の龍が黒の暴風とぶつかり相殺する。
開けた道へと滑り込む黒ウサギが携えるの、一枚の紙片。
「貴女を倒せば……!」
「太陽への復讐を謳うのならば、この輝きを乗り越えてごらんなさい!!」
“マハーバーラタの紙片”。溢れる輝きは、緋色でもなければ蒼い雷光でもない。
光は黄金の鎧のように黒ウサギを包み込み、その輝きは死の風だろうと太陽の光によって焼き尽す。
「そんな……!?」
ペストは知らなかった。確かに、黒死病の蔓延は太陽の活動低下による寒冷期による影響だろう。だが、その脅威を鎮めたのもまた活発化し始めた太陽の恩恵なのだから。
「軍神、月神、そして太陽神まで……!この、化物め……!!」
ペストは大きく後退し防御を固めに掛かる。
「今です!飛鳥さん!」
そこに黒ウサギの声が飛んだ。
「撃ちなさい、ディーン!!」
「DEEEEEEeeeeeEEEEN!!!」
打ち放たれるのは、絶対勝利の槍。
これぞかつて、大英雄が生来より持っていた鎧との引き換えに得た、一度の軌跡を起こす槍。穿てば必ず勝利を齎す槍だ。
千の雷に焼かれる魔王。そしてこれこそ、このゲームの幕引きの一撃。
軍神の槍は、勝利の象徴であるのだから。