牙守の一族 作:わんころ
もう隠れてはいられない。つッと頬を伝った冷や汗を拭う事もせず、茂みに隠れていた誰か、黒ウサギは意を決して茂みより出て行くことになる。
「あ、あはははー……いやー、そんな恐ろしい狼の様な目で見られてしまっては矮小な黒ウサギの心臓は早鐘を打ってしまうんですが……」
「ん、出てきた」
「普通は、ホストが出迎えるものじゃないかしら?」
じっとりとした女性陣からの視線。一方で男性陣はというと、
「バニーガールだね」
「ほほう?中々どうして、そそるじゃねぇの」
「あの耳って本物なのかな」
黒ウサギの格好は、中々きわどい。加えて、彼女自身が男の夢を詰め込んだような容姿をしているが故に、そういう目で見られても仕方が無いというもの。
そして、黒ウサギは黒ウサギで笑みを顔に浮かべながらも内心では四人を測っていた。
(ふむふむ、この状況下で慌てないのは及第点ですね。癖が強い点においては中々に困りものではございますが……ええ、この方々なら或いは――――)
「えいっ」
「ふぎゃ!?な、ななな何をいきなり――――!」
「もふもふ」
黒ウサギの頭の上で揺れていた耳が掴まれる。掴んだ耀は、一切躊躇う事無くその肌触りを楽しんでいた。
これに焦るのは、掴まれた側の黒ウサギだ。というか、焦るなというのが無理な話。
「ちょおお!?触るまでならば、私も許容いたしますがまさか一声も無く黒ウサギの引き抜きに掛かるとはいったいどういう了見にございますか!?」
「好奇心のなせる業」
「自由にも程があります!!お三方も見ていないでこの方を止めて――――」
「んじゃ、俺も」
「それじゃあ、私はこっちね」
黒ウサギの懇願も、問題児を止める事は叶わない。
今度は左右から引っ張られる事になり、黒ウサギの悲鳴が湖畔に木霊する。
*
箱庭。
散々に弄られた黒ウサギからの説明を受けた彼らが向かう事になった、天幕のある街。
そこに足を踏み入れた真司は、再度耳の奥で木霊した金属の音に眉根を寄せていた。
「ッ」(さっきより、煩い……)
カチャカチャと続く、金属音。
この街へと近づく道すがらにもその音は断続的なモノへと変わっていき、今は頭の中に金属でも放り込まれたのかと思えるほどにうるさくなっていた。
耳を塞いでも意味が無い音の正体。気にならない方がおかしい。しかし同時に、この意味の分からない状況に周りを巻き込む気にもならない。
という訳で、
「ちょっと良いかい、ジン君」
単身で世界の果てへと向かってしまった十六夜を追っていった黒ウサギに代わって案内役となった少年、ジン=ラッセルへと声を掛けた。
「どうしました、真司さん」
「少し気になる事があるから、ちょっと行ってくるよ」
「え……」
「悪いね」
それだけ言って、スッと真司の姿は雑踏の中へと紛れてしまう。派手な真紅の羽織を着ているというのに、奇妙な事だ。
いつもの彼ならば、こんな強行には出ない。それだけ、響く金属の音が耳障りで仕方がないらしい。
とはいえ、心当たりがある訳でもない。しかし彼の足は不思議と止まる事無く、ただただ前へと進み続けている。
そして、足が進めば進むほどに、まるで誘うように音は強くなり続けていた。
石畳の地面を突き進み。人混みをいつの間にか抜けて、彼の足は気付けば大通りから裏路地へと足を踏み入れる事になっている。
そして辿り着くのは、小さな商店。
昔ながらの古物商、とでも言うべき店構え。大きく硝子の引き戸が開かれて、暖簾も下げられているがその向こう側は薄暗く人の気配は感じられなかった。
だが、
「ここか……」
真司を呼ぶ金属音は、ここから聞こえていた。
意を決して、暖簾を潜る。
「こんにちはー……?」
外から見た通り、中は薄暗い。火の気もなく、明かりをつける為のスイッチなども見つけられなかった。
徐々に視界が薄暗がりに慣れてきて、漸く真司は店内を見回した。
壷や掛け軸などの骨董品から、用途不明の粘土の塊。三本の鉤爪のある鱗に覆われた指の意匠掴まれる様にして鎮座する水晶玉等々。
様々な品が無秩序に置かれている。
空き家か?等と考えた真司だが、彼の思考は店内の片隅を見た時に打ち切られてしまう。
彼が見つけたもの。それは、大甕に活けるようにして差された竹ぼうきやモップなどに混じる様にして差された一振りの刀。
印象とすれば、錆び刀。種別としては太刀だろうか。少なくとも、真司は刀に特別深い造詣がある訳でもない為大まかにしか分からない。
柄巻きはボロボロ。鍔もくすんで欠けすら見える。
だが、この刀を見た瞬間、真司は分かったのだ。
この刀こそ、自分を呼んでいた元である、と。
明かりに吸い寄せられる蛾のようにふらりと足が進み、大甕の前へ。そして、刀を手に取った。
「……?」
しっくりくる。来るのだが同時に、
「足りない?」
自然とその口から、そんな一言が零れ落ちる。
吸いつくような感触だ。ボロボロの柄巻きにも関わらず、真司の手にはその柄が嫌に馴染んでいた。
だがその一方で、何かが足りない。試しに少し引き抜いてみれば、ボロボロで刃毀れと黒錆の目立つ刀身が露になる。
何かが足りない。しかし何が足りないのか皆目見当がつかない。
首を傾げつつ、とりあえず刀を手に振り返り、
「良い品と巡り合えたかい?」
「うおおおおっ!?」
自身よりも小柄な陰に驚いて跳び上がる事になった。
真司が驚いた相手は、小柄な老人だった。
白髪を撫でつけ腰は曲がり、杖をついたネズミの様な和装の老人。
「っくっくっく、ソレを選んだのかい、坊主」
「……え?」
「そもそも、この店に辿り着く、というだけで随分と特殊でな」
よっこらせ、とそう言って老人は近くの積み上げられた箱の上へと腰を下ろした。
そのまま懐から煙管を取り出して口に咥える。
「そもそも、この店を訪れる者は全て“縁”が無ければ来ることは無い」
「縁?」
「ああ、そうだ。この店に置かれる品々は、総じて癖のある
「……そこの、竹ぼうきとかもですか?」
「そうとも」
老人の言葉に振り返った真司。
彼の目には、普通の竹ぼうきにか見えないし。周りにある品々も同じくガラクタやら二束三文の品にしか見えなかった。
少年が首を傾げる中、老人の煙管より紫煙が昇り空気中へと溶けていく。
「さて、坊主。その刀を渡すにあたって、一つゲームをするとしよう」
「ゲーム?」
「なぁに、一局指してくれればいいのさ」
そう言う老人の前にはいつの間にか机が現れており、その上に置かれたのは格子が刻まれた正方形の木板と、それから幾つかの五角形の駒。
「……僕はあんまり指した事が無いんですけど、将棋」
「勝ち負けは求めておらん。さあ、指すとしよう」
唐突に始まった一局。しかし、勝敗を度外視したものである為、互いに特別集中した内容とはならない。
「そうさな、坊主。名前でも聞いておこう」
「え……来馬森真司です」
「来馬森……成程成程。やはり、うちの品は癖が強い」
「……?」
「っくっくっく。まあ、収まるべき所に収まった。それだけでも良いだろう」
パチパチと定期的に駒と木目がぶつかり合う音が響く薄暗い店内。
お遊びの様な一局は、自然と経験数の少ない側の敗北となって幕を閉じる事になる。
「王手。詰みだな、坊主」
「ッ、はぁー……」
別段勝てるとは思っていなかったものの、面と向かって負けを宣告される事は中々堪えるというもの。
独特な笑みを湛えた老人は、その灰色の目を真司へと向ける。
「っくっくっく。坊主はこれから、まず間違いなく厄介な事に巻き込まれる事になるだろう。その時が訪れる前に、自身を確りと自覚する事だな」
「自覚?それって、いったい……」
「それを言ってしまえば、詰まらんだろう。さて、もう行くと良い」
肝心な事を濁す老人に、真司も特別突っ込むようなことはできない。
そのまま促されるままに店を出れば、外はそろそろ日暮れの時間帯らしい。
「道を真っ直ぐに進めば、大通りに出られる」
「あ、どうも」
「ではな、坊主。次の品があれば、また来ると良い」
半ば背を押される様にして、真司は左手に錆び刀を手に帰路に就いた。
足は自然と前へと進み、何故だか振り返る気も周りを顧みる気も起きないままに足はただただ前へと進む。
やがて、彼の体は大通りの中にあった。そこで思わず振り返れば、彼の背後に広がっているのは、先の見通せない細い路地だけ。
「……変な店だったな」
呟き、その左手に握った錆び刀を見やる。
金属音は既に消えていた。