牙守の一族 作:わんころ
弱小コミュニティ“ノーネーム”。
掲げる旗印も無く、名乗るべき名前も無いその他大勢。
これは、この箱庭の世界においては致命的な欠陥であるとも言えた。同時に、それら二つを失ったコミュニティに籍を置くというのは自らの首を絞める事にも繋がる。
そんな彼らが絶賛注目を浴びる噴水広場。原因は、黒ウサギの公開説教にあった。
「何をどうしたらこんな数刻の間に、“フォレス・ガロ”とのギフトゲームにまで発展するのですか!?」
「「「むしゃくしゃしてやった。今は反省しています」」」
「黙らっしゃい!!!」
耀、飛鳥、ジンの三人を前に大激怒する黒ウサギ。
そんな様子をニヤニヤと眺めていた十六夜は、不意に顔を別方向へと向けた。
「やあ、十六夜君。戻って来たんだ、無事で何よりだよ」
「まあな。で、その土産はなんだ?」
真紅の羽織を翻して歩み寄ってきた真司に、十六夜はそう返す。
彼が見るのは、その左手に握られたボロボロの刀。
二束三文は愚か、粗大ごみとして出されそうな品なのだが十六夜には思い当たる節があった。
「ソレが、音の正体って事だな」
「……多分?まあ、実際音は止んだから正しいとは思うけどさ」
「へぇ……にしても、ボロボロだな」
「うん。刃も錆びてるし、刃毀れもしてるよ」
ほら、と真司が少し鞘から抜いた刀身には確かに刃毀れと黒錆が目立つ。
十六夜の目から見ても、刀としての本懐、つまりは何かを斬るという事すら難儀しそうな骨董品。
「触って良いか?」
「もちろん」
一言断りを入れて手に持って見ても、何も変わらない。
ただの刀だ。ボロイだけの、何の変哲もない一振り。
「……ただの錆びた刀だな」
「うん、そうなんだ」
返された刀を鞘へと収めながら、真司は頷いた。
そのまま考察を進めようとするが、実の所彼もまた怒られる対象であったりする。
「し~ん~じ~さ~ん~?」
地の底から響くような声と共に、ウサミミが天衝く黒ウサギが詰め寄ってくる。
「や、黒ウサギさん。お説教は終わり?」
「ええ、ええ。一応は一段落つきました。次は貴方です、真司さん」
「僕?」
「お一人でどちらに行かれていたのですか!!ジン坊ちゃんから聞きましたよ!急にどこかに行ってしまって、今の今まで帰ってこなかった、と!」
ぷんすかと擬音が付きそうな怒り様の黒ウサギに、真司は頬を掻いて視線を逸らした。
「いやー、ごめんごめん。ついつい気になってさ。こういう事は次は無いように気を付けるよ」
「全く!……それはそうと、そちらの刀はいったい?」
「それって、真司が気にしてた音の正体?」
黒ウサギの背から覗き込むように顔を出す耀。それから飛鳥も近付いてきた。
「急にどこかに行くんだもの……ボロボロね。何の手入れもされてないみたい」
「多分?この刀手に入れてから、音はしなくなったからさ」
「音、とは?」
「この世界に来てからずっと聞こえてた音があってさ。その原因がこの刀?だったっぽいんだ」
「……ボロボロで錆びてる様にしか見えないけど」
「黒ウサギからは、何かないのか?」
「私ですか!?ええっと……何とも。妙な力の残滓?の様なものはある様な、無い様な……すみません、私にもハッキリとした事は……」
「うん、まあ……僕としては頭の中がスッキリしたし、どうでも良いんだけどね」
これは本当。頭の中がスッキリしたお陰で、今の真司は実に気分が良かった。
しかし、事はまだまだ終わっていない。
急遽明日に決まったギフトゲーム。それに向けての準備というものを、僅かであろうともしておかなければならない。
目指すのは、この箱庭でも屈指の商業コミュニティ“サウザンドアイズ”だ。
*
「えっくし!」
鼻を擽った花びらに、真司の大きなくしゃみが飛び出した。
見上げれば街灯に照らされながら風に舞う花吹雪が空に広がっている。
「桜の木、ではないわよね。真夏にまで咲く桜なんて無いもの」
「いや、まだ初夏だろ。気合の入った奴なら咲いてるだろうし、品種によっちゃこの時期が見ごろの奴もあるだろうぜ」
「?今は秋の筈だけど」
「え、咲き始めじゃないかな。まだ初春だし……」
それぞれがそれぞれの答えに首を傾げる事になる。
そんな彼らを笑って補足するのは黒ウサギだ。
「皆さまはそれぞれに、違う世界から召喚されているのですよ。ですので、元居た時間軸のみならず、生態系や文化、歴史などにも細かく差異がある筈です」
「へぇ?パラレルワールドって事か?」
「近しいですね。正しくは、立体交差平行世界論というものなのですが……今から語り始めると一日や二日では説明しきれませんので、またの機会とさせていただきましょう」
曖昧に濁した黒ウサギの足が止まる。どうやら、目的の店に着いたらしい。
見れば、今まさに割烹着を着た女性店員が店の暖簾を下そうとしている所だった。
「まっ――――」
「待った無しですお客様。当店の本日の営業は終了いたしましたので」
滑り込みをかけた黒ウサギは、アッサリと門前払い。大手の商業コミュニティという事もあって、この手のあしらいは慣れているのだろう。
黒ウサギと飛鳥が噛み付く一方で、真司は何となく手持無沙汰に錆び刀を観察していた。
(何かが足りない。でも、
僅かに鯉口を切って露出させた刀身は、曇りと黒錆に覆われてしまっている。
(そもそも、足りないっていう表現は正しいのか、どうか)
この刀を手に取った時に、直感的に足りないと思っただけで、そもそもその感覚自体が正しいのかすら真司には分からない。
頭の中の考えが堂々巡りを起こし始め、
「――――久しぶりだ、黒ウサギィィィィィイイイイイイイ!!!!」
「へ?きゃぁあああああああああああ!?」
「ぶべらっ!?」
店の中から飛び出してきた小さな影の突撃を受けて吹っ飛んだ黒ウサギに巻き込まれる形で、真司の体は宙を舞った。
具体的には、空中四回転捻りを加えながら、近くの水路へと落ちたのだ。
水しぶきが上がって、三人は着水。正確には、真司を尻に敷くようにして二人は着水していた。
「むっほー!久しいのう、久しいのう!この香りと感触、正に黒ウサギよ!」
「し、白夜叉様!?なぜ、貴女様がこのような下層にいらっしゃるのですか!?」
「黒ウサギが店を訪ねる様な予感がしてな」
喜色満面の顔で、白夜叉は黒ウサギの豊満な胸へと頬を擦り付ける。
実に堂々としたセクハラだ。とはいえ、
「――――ぶはぁッ!!!じ、じぬぅ……!!」
尻に敷かれて水面下に強制的に沈められていた真司が暴れたことで、中断せざるを得なくなったが。
これに慌てたのは黒ウサギだ。
「うわぁあああああああ!?し、ししし真司さん!?ちょ、白夜叉様は少しあちらへ行ってください!」
無理矢理に白夜叉を引っぺがして投げ飛ばし、咳き込む真司を水路から担ぎ上げた。
「ゲホッ!エホッ!……し、死ぬかと思った」
道に下ろされた真司は、刀を脇において羽織を絞る。
割と本気で命の危機を感じた瞬間だった。三十センチの水深でも人は溺れるのだ、という事を彼は実感していた。
黒ウサギが彼の背中を擦っていれば苦笑い気味に、白夜叉が寄ってきた。
「いやー、すまんな童よ。ついついテンションが振り切れてな……うん?」
謝りながらも、彼女が見咎めたのは真司の傍らに置かれた錆び刀。
刀と彼の顔を数度見比べてか、掌にポンと握りこぶしを軽く打ち付けた。
「成程成程。とりあえず、積もる話もあるだろう。続きは、私の部屋でするとしようか」
「オーナー、彼らは“ノーネーム”です。コミュニティの規定として――――」
「客としての取引ではなく、私個人の客として扱うのなら問題なかろう。ボスに咎められたのなら、私の方から話を通しておく。良いから入れてやれ」
ムッとする女性店員だが、幹部である白夜叉の意向に一店員が否を唱える事は難しい。渋々といった様子で道を開けるのだった。