牙守の一族   作:わんころ

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 来馬森真司は、武術の心得がある訳では無い。

 ただその一方で、天性のモノを持ち合わせてもいた。

 

「シッ!!」

 

 踏み込みと同時に両手で鉄砕牙を振り下ろし、灰色の体毛の猿を切り捨てる。

 命を奪う手応え。それは、余りにも生々しくそして惨く血腥い行為だ。

 だが、真司は揺らがない。

 それだけ必死なのか、と問われればその通り。しかしそれだけが理由ではなかった。

 今の彼の髪は、約四割程が白く染まっていた。月光を反射し、尚且つ迸る鮮血が映える美しい白銀の髪色だ。

 そしてこれが、彼の精神をグロッキーにしないカラクリでもあった。

 妖力というのは、読んで字の如く妖怪の力だ。そして、この白い髪の部分が増えるのは、来馬森真司の妖怪化の度合いを示していた。

 人間のモノとは違う精神構造のフィルターが挟まる事で、一種の精神防御を形成していた。

 

 とはいえ、状況は悪い。

 百の猿の妖怪たち。その群れは、容易に跳ね返せるようなものではなかった。

 真司が切り伏せた相手の数は、漸く二桁といった所。相手はまだまだ数が居る上に、その上一体一体がコピー&ペーストの量産型ではなく、個を持った存在だ。

 

 例えば、全身の毛を針のように硬質化させ尖らせて飛ばしてくる毬栗の様な猿。

 例えば、体が赤熱し陽炎のように大気を揺らめかせる猿。

 例えば、尋常ではない大声を発して声その物に物理的な衝撃のある猿。

 

「ッ……!」

 

 鉄砕牙を振るって一体ずつ仕留めて行っても時間が掛かる。その上、囲まれている現状どうしても小さな怪我というものは切っても切り離せない。

 今も、体を丸めて転がり突っ込んでくる猿を鉄砕牙を振るって迎撃していれば、背後から別の猿の蹴りが突き刺さった蹴り飛ばされた。

 ここで役に立っているのが、彼の羽織った真紅の羽織。

 真司が妖力を得てから、この羽織は宛ら鎧の様な役割を発揮していた。

 もっとも、完全ではない。衝撃は殺しきれないし、完全防備と呼ぶには程遠い。

 

 吹き飛ばされた真司を、木の上から嘲うのは猿鬼だ。

 

「くっくくく、所詮は人間。如何に妖力を得ようとも、強力な妖刀を携えていようとも真面に扱えぬのであれば何の障害にもならん」

 

 “牙”を冠する妖刀は、何れも強力な能力を有している。

 だがそれも、使いこなせなければ普通の刀などと比べて変わっている程度の無用の長物となりかねない。

 そして、その呟きを真司は僅かに拾っていた。

 

(力、か……)

 

 体に着いた土埃を払って、鉄砕牙を構えなおす。

 凄まじい切れ味は、猿妖怪をスパスパと切り捨てることが出来るが、このままでは夜明けまで百の猿を切り伏せる事など出来はしないだろう。

 カチカチと背負った叢雲牙が震える。自分を使え、と。

 そしてそれを、真司は無視していた。

 

 予感があった。叢雲牙を使えば、確かにこの場を乗り越える事は容易いだろう、と。

 だが、それでは駄目だ。それでは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(これから先、何が起きるか分からない。それでもこの世界で生きていくのなら…………僕はあまりに()()()()

 

 だから、意地を張る。張らねば前に進めないから。

 

「鉄砕牙」

 

 名を呼ぶ。

 

「僕は弱い。本当に弱い存在だ。君や叢雲牙が僕を選んでくれたのは、白夜叉さんの言ってた“牙守”の血に理由があるのかもしれない」

 

 両手で柄を握る。

 

「それでも、共に在ってくれるのなら――――どうか力を貸してほしい」

 

 瞬間、大きな拍動が鉄砕牙を中心に響き渡った。

 それは、一種の歓喜の感情だろうか。そんな感情が真司の手を伝って彼の脳へと伝わった。

 同時に彼の見た目にも僅かな変化が。

 髪の四割程が白銀になっている事は変わりないが、それに加えて右目の瞳孔が揺らめく黄金色へと変化しているのだ。

 

 明確な意思が宿る叢雲牙とは違うが、鉄砕牙にもまた意思とも言うべきものが宿っていた。

 どれだけ強大な力が宿っていようとも、妖刀は刀。つまりは道具の一種でしかない。そんな彼らが役目を果たすには、振るい手が居なければならない。

 名を呼ばれ、必要であるという事を告げられる。これにより真司と鉄砕牙の間で繋がりが出来上がっていた。

 鉄砕牙を使いこなすには、鋭敏な“嗅覚()”が必要なのだが、如何に強化された五感を得た真司でも素の妖怪の嗅覚には劣る。加えて、現在進行形で力を使いこなすための練習中であるが為に、空間の僅かな嗅ぎ分け等出来る筈もない。

 

 この面を解決するのが、今の状態だった。

 

(振るい方が、分かる……!)

 

 より激しく、より洗練に。振るわれた一刀は猿の妖怪を切り伏せた。

 それだけではない。大上段へと鉄砕牙が掲げられ、

 

「ゼアッ!!」

 

 振り下ろされると同時に、尋常ではない衝撃波が発生する。

 “風の傷”と呼称される技、というよりは一つの現象に近いだろうか。

 本来は、妖怪同士のぶつかり合った妖気の境目を斬りつける事によって衝撃を発生させる、というものなのだが、真司の場合は少し違う。

 彼自身が持ち合わせた妖気は、極々微弱。それこそ、黒ウサギなども気付けない程に。

 故に、真司の持つ妖気は力そのものとしては成立しない。その使い道は、呼び水だ。

 

 叢雲牙の妖気と鉄砕牙の妖気。その両者を引き入れて衝突させ、その境目に風の傷を発生させ、ソレを斬って生じさせた風の衝撃波の指向性を相手に向ける。

 七面倒な手法だが、これを真司は無意識下で行っていた。いや、()()()()()()()()()

 その理由が、鉄砕牙との繋がり。その妖気を受け入れた右目にある。

 

 現状の真司の力の大半は、自身が呼ぶ事で繋がりを持った叢雲牙からの溢れ出る力の一部逆流によるものだ。それは一部とはいえ、最高位の妖刀が持つ力。如何に鉄砕牙といえども、たった一振りで抗える筈もなく、本来の姿を顕現させる事が精々だった。

 その枷が今、取り払われた。同時に、真司自身が鉄砕牙の力を自身へと引き入れた事により二つの妖気が衝突、風の傷が放てるようにもなった。

 

 威力はまだまだであるとはいえ、風の傷の登場は瞬く間に猿の妖怪たちを削っていく。

 元々一対一では勝っていたのだ。これに中遠距離を埋める技が加われば、殲滅力もあがっていくというもの。

 夜明けまで残り一時間といった所で、結界内に残る“猿”は一体。

 

「貴様……!」

 

「ハァ……ハァ…………最後だね」

 

 鉄砕牙の切っ先が向けられる。

 猿鬼の誤算は、真司を過小評価し過ぎた事。そして、ゲームの内容。

 暴れ回る事など、()()()()()()。同時に、動く巻き藁は確りと真司の血肉(経験値)となって彼の体に蓄積させてしまったのだから。

 しかし、猿鬼もここで終わるつもりはない。

 左手を背に回して、取り出すのはとある一品。

 

「……鉈?」

 

 両手で鉄砕牙の柄を握り直した真司は、目を細める。

 それは、一振りの鉈だった。五十センチほどの角ばった刀身に、緩い弧を描いた比較的短い柄。その柄には、滑り止めなのか猩々緋色の紐が巻かれ、柄頭に付けられた金属の輪に結び付けられていた。

 所謂ところの、腰鉈と呼ばれる形状に近いが、しかしそれだけではない。

 

「くっくくく……これは貴様の持つ“牙”と同じく、妖刀だ」

 

「妖刀……」

 

「そうだ。銘を、“猿鏡牙(えんきょうが)”。貴様の命を啜る、我が愛刀だ!!!」

 

 叫び、飛び掛かる。

 だが真正面からだ。その隙を見逃せる真司ではない。

 

「ハァッ!!」

 

 鉄砕牙を振るい、風の衝撃波を飛ばす。

 対して猿鬼は、その手に握った鉈を閃かせた。

 

()()、猿鏡牙!!」

 

「ッ!?」

 

 僅かに鉈の刀身が淡い猩々緋色の光を帯びたかと思えば、猿鬼はソレを振り下ろした。

 すると、まるで鏡に映したかのように猿鬼もまた風の傷を放つではないか。

 地面を割り砕いて突き進んだ二つの風の傷は、真正面からぶつかり合って互いを相殺。周囲に暴風を起こして霧散してしまう。

 普通は呆然としてしまいそうだが、真司は違う。

 舞い上がった粉塵を突っ切って、直接猿鬼を切り裂きにかかった。

 だが、

 

「くっくくく……!」

 

「……成程ね。その妖刀の能力は、モノマネって所かな」

 

 ぶつかり合う()()()()()()()。そして鉄砕牙を振り下ろした()()()()()

 どちらともなく離れれば、鏡合わせの二人がそこに居た。

 

「これこそ、猿鏡牙の力よ。その刀身に写し取った相手へと変ずることが出来る」

 

「……」

 

 ただの猿真似、と馬鹿にすることはできない。

 全く同じ力量、そして能力ならばぶつかり合えば千日手になる事は火を見るよりも明らか。そして、タイムリミットが刻一刻と近づいている現状、真司にとってそれは自身の敗北へと直結していた。

 どうしたものかと考え、不意に背の叢雲牙が震える。

 

 己を使え、と。

 

 時間が無い事は事実。このままでは負けてしまう公算が高い事もまた事実。

 先程の覚悟も、しかし現実の前では変える事も已む無し。

 鉄砕牙を鞘へと収め、真司は叢雲牙の柄へと右手を伸ばして。一方で猿鬼もまた同じく背負った叢雲牙の柄へと手を伸ばす。

 双方、抜剣。

 

 毒気が渦巻く。

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