牙守の一族 作:わんころ
本来妖刀は、基本的に妖気しか内包しない。鉄砕牙然り、
しかし、叢雲牙は違う。膨大とも言える瘴気、妖気、邪気の三種を内包し周囲は愚か持ち主すらも蝕んでしまう。
本来は。
「ぐぅ……!?」
彼の持つ猿鏡牙は、その銘の如く“模倣”を可能とするトリッキーな妖刀だった。その精度は、その場にもう一人の対象を出現させる事に等しい。
模倣できるのは技のみならず、容姿や体格、種族や果てはギフトに至るまで。
だが、弱点もある。
それは猿鏡牙の一度に模倣できる対象は、一つに絞られているという事。そして、模倣したギフトを完全に使いこなせる訳では無いという事。
前者はこの場合意味を成さない。問題なのは後者だ。
本物の真司は、叢雲牙を握り、振るえどもその妖刀の内包する毒気に充てられる事は無い。寧ろ、それらは敵へと向けられ斬撃のみならず攻撃の全てを強化している。
一方で猿鬼はというと、偽物の叢雲牙を握った右手は赤黒くぐずぐずに変色し、叢雲牙から伸びった幾つもの触手に右腕が覆われてしまっている。
叢雲牙は、妖刀そのものが持ち主を選ぶ。
如何に見た目を似せて、ギフトを真似て、限りなく本物に近づこうとも、選ばなければ妖刀は全てに牙を剥く。
「辛そうだねッ!!」
「ぎぃっ!?き、貴様ぁ……!ぐぅぅぅ……!?」
どうにか真司の猛攻を防ぐ猿鬼だが、脈打つような痛みと浸食の進み続ける状態は容易に体力を鑢掛けするように削り取っていく。
だがしかし、猿鬼は猿鏡牙の能力を解除する訳にはいかない。
というのも、彼は素の戦闘能力が高くは無いのだ。それこそ、真司ならば鉄砕牙だけで打倒できただろう。
だからこそ、猿鏡牙の模倣に頼ってきた。ソレが今、裏目となってしまったが。
一方、真司はというと叢雲牙のポテンシャルに内心で驚いていた。
刀身の大きさで言えば鉄砕牙が勝るだろうが、長さはそこまで差は無い。にも拘らず、片手で振ろうともその重量は一切感じない上に、その一方で一振り一振りは剣の重さと腕力の合わさった破壊力を発揮しているのだから。
しかし、時間は無い。夜明けは目前に迫っている。
押しているとはいえ、このままでは倒しきれないだろう。
そう、真司が考えていると、不意に彼の脳裏に言葉が走る。
――――獄龍破を放て、担い手よ
「獄龍破……?ッ!?」
声に引っ張られる様にしてその単語を呟いた瞬間、叢雲牙の刀身に凄まじいまでの邪気が纏わりつく。
その邪気は、黒い龍の姿をしていた。
「づぅ……!舐めるな、人間ンンンン!!!」
対する猿鬼もまた偽物の叢雲牙を掲げる。鏡合わせのように、その剣身には邪気が走る。
そして放たれた、邪気と瘴気と妖気の大竜巻。
その結果は、
「――――酷い目に遭った」
頬を土汚れに汚されて、真司は濛々と立ち込める土煙を抜けて帰路に就く。
その左手には、ボロボロになった猿鏡牙が握られていた。
ギフトゲームの報酬だ。というか、猿鬼が獄龍破によって消し飛んだ時点で猿鏡牙は、真司の手元へとやって来た。
とりあえず、とギフトカードに猿鏡牙を収め、真司は大きく伸びをする。
結構な疲労感を覚えていた。出来る事なら、このままバタリと布団に転がってしまいたい所。
だが、
「――――よぉ、真司。奇遇だな?」
「……何でここに居るのさ、十六夜君」
どうやら、まだまだ休めないらしい。
*
逆廻十六夜は、快楽主義者でオモシロイ事が好きだ。
そんな彼が現状で目を付けているのは、“ノーネーム”では現状二人。
一人は、黒ウサギ。そのフィジカルやギフトなど興味をそそらされている。
そしてもう一人が、
「疲れた……」
両足を投げ出して座り込んだ黒髪に一房の白銀が混じった少年だ。
最初は、そうでもなかった。というか、興味など欠片も抱いてはいなかった。強いて挙げれば、一人だけ聞こえる幻聴とは何なのか、位か。それにしたって、持ってきたモノが錆び刀である事で抱いた興味も減衰した。
だが、それらがひっくり返ったのは、白夜叉との対面の折。
見ただけで思わず震えそうなほどの怖気を覚えさせる剣を伴って現れた彼の姿は中々の衝撃を伴った。
同時に、十六夜の中で彼に対する興味は急上昇。ぶっちゃけ、今抱えている案件が無ければ適当な理由をつけて戦ってみたいと思う程には。
「それにしても、たった一日で色々と起き過ぎじゃないかな?」
「その事件の一つは、お前が主じゃねぇか?真司。黒ウサギにバレたら大目玉だな」
「うっ……まあ、十六夜君が黙っていてくれたらバレないよ……多分」
バツが悪いのか頭を掻きつつ立ち上がった真司は、その手に大きな風呂敷包みをひっさげる。
これは戦利品。少々手間取ったが、少なくとも“
「そう言えば、十六夜君って博識だね」
「急にどした?」
「いや、ペルセウス、だっけ?普通、そこまで神話の内容だったりはスルスル出てこないんじゃないかな」
「……ま、雑学程度の教養さ。それよりも、さっさと持っていってやろうぜ」
微妙にはぐらかされた様な気がしないでもないが、時間が無い事もまた事実。
真司の速度に合わせつつ、二人はホームへの帰路を駆け抜ける。
程なくして、二人の姿は廃墟の中にあった。
「ぜぇ……はぁ…………」
「おいおい、大丈夫かよ。老化か?」
「いや、十六夜君がおかしいから。僕に合わせてるといっても、現状の僕の最速なんだけど?……おえっぷ……」
肩で息をする真司は、恨めし気に十六夜を睨むが睨まれた方はどこ吹く風。如何に妖力による身体能力強化を会得しても、流石に第三宇宙速度に到達する事は、今の所無い。
さっさと先を行く十六夜の後をついていく真司。向かうのは、ギフトゲームに出場可能な面々が自室を持つ本館だ。
その中のとある一室。
既に扉が半壊し、その隙間から少女三人の姦しい声が聞こえてきた。
「邪魔するぞ」
扉が蹴りが蹴り破られる。その光景を後ろから見ていた真司は眉間を揉んだ。
ずかずかと十六夜が室内へと踏み込めば、飛鳥と耀、それからこの部屋の主である黒ウサギが揃っている。
「十六夜さん……に、真司さん!?お、お二人とも今まで一体どこに……というか、扉を破壊しなければ皆さん入室出来ないのですか!?」
「だって鍵掛かってたし」
「あー、そうですねー……って、それじゃあ私の持っているこのドアノブは何なのですか!?それから、真司さん!!貴方は本当にどこに行っていたんですか!?いきなり音信不通になったかと思えば、何日も帰って来ずに……本当に心配したんですよ!?」
「いや、本っ当にソレは御免。うん、僕の個人的な用だったからさ。それに、何事も無ければその日の内に帰って来れる予定だったんだよ」
バツが悪そうにしながらも、十六夜に続いて部屋に入った真司は持っていた風呂敷包みを床に置く。
自然とそちらへと視線が集まる。
「ソレ、何が入ってるの?」
「ゲームの戦利品だな。見るか?」
問うてきた耀へと風呂敷包みを開いて中を覗かせた十六夜。見る間に、彼女の表情は驚いたようなモノへと変わっていった。
普段が無表情デフォルトの様な耀の表情が変わる様に興味がそそられたのか、飛鳥も続いて風呂敷包みを覗き込んで、目を見開く。
「貴方達、これを集めに行ってたの?」
「まあな。真司と手分けしたぜ」
「アレは拉致って言うんじゃないかな?少なくとも、何の説明もなく引っ張っていくのは違うと思うんだけど」
「……つまり、二人揃ってオモシロイ事をしてきたって事よね?」
ムッとした表情となる飛鳥。
「それなら、今度は私も誘いなさい。そんな面白い事を企むのなら、ね?」
「ははっ、まあそんな機会があれば、な」
問題児二人が顔を見合わせて笑みを浮かべる。その一方で、耀が鼻を鳴らして真司に近づいていた。
「……春日部さん?」
「スンッ……真司、血のニオイがする」
「えっ、そう?…………ああ、ちょっとだけするね」
「怪我したの?」
「いや、そういう訳じゃないよ。ちょっと色々あって……でもまあ、びしょ濡れになったからその時に流れ損ねた分じゃないかな」
「ちょ、血ってどういうことですか!?えっ、本当に真司さんは何をされていたんです!?」
「うんまあ……色々?」
肩をすくめて曖昧に笑う真司は、真相を話す気が無いらしい。
何より今は時間が無い。分担して行ったとはいえ、今は文字通り時間との勝負の真っ最中なのだから。
これから始まるのは、箱庭においても英雄と称される子孫のコミュニティを相手取ったギフトゲーム。
その勝敗に乗るのは、仲間の存在。