頭の中で君が啼く   作:穢銀杏

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Diary : アーキバス再教育センター第二班長の個人ログ

 

 

 

 手続きは済んだ。

 

 当施設は本日付で独立傭兵Rb23、識別名“レイヴン”を受領。以降、わが班の管轄となる。

 

 さしあたり、その忠誠の矛先をアーキバスにすり替えろとのお達しだ。

 

 ありがたい。

 

 解放戦線の屑肉やベイラム印の木偶どもを(いじく)るのにも飽きてきた。

 

 たまにはこういう暴れ馬も御さないと。いや、むしろ、猛禽に擬えるのが適確か? どっちでもいい。どっちだろうと、久方ぶりに歯ごたえのある獲物と取っ組み合えそうで、否が応でも気分が昂揚(あが)る。

 

 ところがだ。いざコンディションをチェックしてみて驚いた。

 

 ひどいどころの騒ぎではない。

 

 壊滅的といっていい。

 

 まともに機能している臓器を探すほうが難しい、荒涼たること、焼け野もかくやな有り様だ。

 

 これでよく、曲がりなりにもヒトの形状(かたち)を保っていられたものである。

 

 直接的な原因は捕獲のために撃ち込んだVE-60SNAの強力な電気干渉にあるのだろうが、単にそれのみとも思われぬ。

 

 ここまで徹底的な破綻は一朝一夕で齎されるものでない、倒錯的な言い回しだが、積み重ねを必要とする。

 

 バイタルサインの慢性的なイエローアラートこそが前提、レッドラインぎりぎりを常日頃から攻め続け、漸くたどり着ける境地。

 

 すべての部品に致命的な金属疲労を抱えているにも拘らず、どういうわけだかロールアウト仕立ての頃よりパフォーマンスが上向いているジェネレーター。目も眩むような滅びの美学、芸術的な崩壊過程をひた走る、そういうモノを見るの思いだ。

 

 生き急ぎは傭兵どもに珍しからぬ性質(サガ)なれど、そうした中でもレイヴンは、特に顕著な例だろう。

 

 ひょっとするとヤツの強さの因って来たる根幹も、ここに在るのではないか?

 

 生と死の境界線上を棲み処と定めていればこそ、ありとあらゆる感覚が異様なまでに冴えわたる。

 

 文字通り、命を削って、圧縮し、限界以上に密度を高め、爆発させておったがゆえの、あの暴威。

 

 それともこんな抽象的な表現は、およそ科学の徒としては相応しからぬ物言いか?

 

 まあいい。

 

 とまれかくまれ現況のまま「再教育」の措置を実行した場合、中途に於いて落命する公算が九割五分に及ぶと判断。

 

 身体機能のある程度の回復を優先させることにする。

 

 ……じれったいが、やむを得ぬ。

 

 これほどの素体、みすみす使い捨てには出来まいて。

 

 上も納得するだろう。

 

 

 

◆  ◆

 

 どうも施設の機器の稼働に妙なノイズが混ざり込む。

 

 特にレイヴン周辺のモニタリング装置に於いて、この現象が顕著なようだ。

 

 あそこで使っているものは、ついこのあいだ入れ替えた、最先端機ばかりのはずだが。

 

 本社の給料泥棒め、ロクに検品もしないまま、不良品を送り付けて来やがったのではあるまいな。

 

 許し難い怠慢だ。いっぺん抗議を入れておこうか。

 

 惑星封鎖機構が有名無実と化した今、星外からの物資輸送も遥かに容易であるはずだ。

 

 理屈で言えば、品質は上向くに違いない。

 

 ところが事実はそれに反して不具合ばかりが目にとまる、品質は、むしろ落ちている。

 

 この撞着はいったい何を意味するか。

 

 答えは明瞭、敢えて論ずる価値もない――つまりは上が我々を、再教育センター自体を軽く見ている証明だ。

 

 これは由々しき事態であろう。

 

 やはり抗議は必須のようだ。

 

 アーキバスの繁栄に、当施設が、この僕が、いったいどれほど寄与してきたか、連中、あまりに理解(わか)っていない。

 

 度し難すぎるぞ凡夫ども。思い出させる必要がある。しかと記憶に定着するまで、何度だって、繰り返し。反復は学びの常と知れ。

 

 ……これを書いている間にも、照明が死にかけのホタルのように瞬いた。

 

 なんなんだまったく、畜生め。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 社内報に踊るような記事が載る。

 

 バスキュラープラントの修繕および延伸は順調に推移中らしい。

 

 もうじき集積コーラルを大気圏外へごっそり運ぶ目処がつく。

 

 アーキバスグループがルビコン3に注ぎ込んだ冒険的な投資にも、報いられる日が来るわけだ。想像以上の、巨大な果実を以ってして――。

 

 歩調を合わせるかのように、こちらのプランも漸く霧を抜けそうだ。

 

 素体“レイヴン”の容態は、確実に安定に向かいつつある。

 

 よほどの異変が突発でもせぬ限り、三日後には「再教育」の施術に堪えるコンディションに仕上がろう。

 

 ……あと三日。

 

 ほんの七十二時間だ。

 

 四千三百二十分を我慢しさえしたならば、とうとう僕らはベッドインと洒落込める。

 

 ヤレるのだ。

 

 あれもこれも、なにもかも――。

 

 まったく君はずいぶんと、待たせてくれちゃったからねえ。

 

 おかげでこっちは垂涎三尺どころじゃあない、頭の中は猥褻な妄想でいっぱいさ。

 

 君のお堅いその自我をどうやって崩してやろうかと、――嫁入り前の令嬢の膝の間を無理矢理割ってゆくように、抵抗を()(ひし)ぐ方法を、そんなのばかりをずっと考えていたんだよ。

 

 だって仕方ないだろう?

 

 君は魅力的すぎるんだ。

 

 平素は自力で身を起こすのも困難な、くたばりかけの廃疾者。それが君の現実だ。どんなに甘めに採点しても、ここらが関の山だろう。

 

 しかしひとたびAC内部へ組み込まれるや、あら不思議。君はたちまち天上世界の住人と化す。

 

 最も優れた刈り入れるもの、神の農夫そのものとして、地上に蔓延る雑多な命を総ざらいに摘み歩く。

 

 これが宇宙の奇蹟でなくてなんだろう。

 

 そういう君を、心ゆくまで堪能できる立場に僕は居るんだよ?

 

 ああ、たまらないねえ。

 

 ぞくぞくする。

 

 股ぐらがいきり立っちゃうよ。

 

 いつ以来だろう、こんなに血が熱いのは。

 

 初めて素体の頭蓋骨をこじ開けた、駆け出し時代のあの日より、ずっと激しく興奮してる。

 

 尊敬する恩師から、どこに電極を埋め込むかの判断を(まか)せてもらった誇らしさ、並み居る同期を見下して鼻高々な心地さえ、君の前では色褪せずにはいられない。

 

 生きている喜びを感じるよ。

 

 おかげでどうだ、脳と精神の操作に関し、我ながら惚れ惚れするような革新的なアイディアが、炭酸水の泡みたく次々湧いて来たじゃあないか。

 

 もちろん試させてくれるよね?

 

 全部、ぜんぶ、ひとつ残らず。だって君の責任だもの。君から生まれたものだもの。受け止めるべき義務がある。

 

 さあ、レイヴン。

 

 新たな境地へ、(いざな)っておくれ、この僕を――。

 

 

 

◆  ◆  ◆  ◆

 

 何が起こった?

 

 どいうことだ?

 

 なぜ、レイヴンが僕の前から消えている?

 

 いったいどこのどたわけが、僕に無断でそんなふざけた真似をした? そいつはどうして、これほど入念に張り巡らされた警報、センサー、認証を、ただの一つも問題とせず、完璧にすり抜けられたんだ?

 

 今晩のこの脱出は、単なる場当たり的な犯行、幸運まかせの出たとこ勝負で賽を投じたんじゃない。

 

 ちゃんと勝ちの目が出るように、すべてが準備されていた。

 

 機体の搬入、残骸中にカムフラージュ済み信号筒――どれをとっても、よほど多端な事前工作が要ったろう。

 

 そのことごとくを無味無臭かつ無音の裡に遂行し、微塵もこちらに察知せしめなかったなら――。

 

 これは極めて強力な、電子戦の援護のもとに進められたに違いない。

 

 物理以前にネットワークへの侵入を、我々は受けていたわけだ。

 

 だが、誰だ。

 

 心当たりがまるでない。

 

 そんな凄腕、魔術的とすらいっていいハッキング技術の持ち主が、まだルビコンには隠れ潜んで居たというのか?

 

 ああ、もう、わけがわからない。

 

 つくづくどういう星なんだ、ここは。

 

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 甘かった。

 

 五分に挑むべきだった。

 

 喪失の危惧など顧みず、受領直後にヤッちまっておいたなら、こんな、こんな、こんなザマには。

 

 あの可能性の獣なら、楽々潜り抜けたろう。

 

 説明不能な、なにか力で、九割五分を――死の運命を噛み砕き、あくまで現世に残存したと、今なればこそ確信できる。

 

 ああ、本当に、なんと無用な気兼ねだったか。

 

 つまり僕らはどうしようもなく間違えた。代償として、これから全部(・・)を取り立てられる。

 

 痛惜の極みだ。後悔してもしきれない。あのとき賭けに出ていれば、正しい選択をしていれば――。

 

 ……いや、きっと、これすら的外れな愚考。“レイヴン”という特異体への過小評価の継続か。

 

 間違えたというならば、それは最初からだろう。

 

 関わってはいけなかった。

 

 空前絶後のイレギュラー。

 

 ありとあらゆる思惑をご破算にする黒い鳥。

 

 人があれを支配するなど、もとより無理だったのだ。

 

 

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