頭の中で君が啼く   作:穢銀杏

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I'm a thinker

 

『どうも、違うな』

 

 レイヴンの第一声を聴いたとき、エアが味わった悪寒と恐怖と戦慄は、とても、到底、筆にも舌にも盡せない、名状し難いものだった。

 

 光源のまったく存在しない廃坑道の深奥で、唯一の頼みの綱だった懐中電灯の電池が切れた探索者だけが辛うじて、彼女の心理にある程度、同調できたことだろう。

 

 ここはザイレム、ルビコン3の雲の上。

 

 もう一度惑星(ほし)を燃やすため、――半世紀前の災厄を再び惹き起こさんがため、バスキュラープラントめがけて翔ける超巨大船の中だった。

 

 恒星間移民という本来の用途を徹頭徹尾、いっそ痛快味さえ刺戟されるほど完膚なきまで無視しきり、一個の着火剤として。――バスキュラープラントの外殻をぶち抜き、中にたっぷり充填されたコーラルへと火を着ける、焼き討ち船として使う。

 

 それがハンドラー・ウォルターとシンダー・カーラの計画であり、強化人間C4-621“レイヴン”が目下のところ身を任せている「流れ」であった。

 

 ――その流れに。

 

 どうか背いてもらいたい、と。

 

 コーラルを、私たちを、焼かないで欲しい。人類種と我々が寄り添い在れる美しき未来の可能性、どんなに険しく、かぼそい道であろうとも、どうかそれを残して欲しい。そのためにシンダー・カーラを排除して、ザイレムの制御権限を奪い取ってもらいたい、と。

 

 言ったが最後、後戻りはできないと十二分に理解して。そういう依頼をレイヴンに対し告げたのが、つまるところは十秒前のエアだった。

 

 で、当のレイヴンの反応が、

 

 ――どうも、違う。

 

 なわけだから、とても「色よい」、好感触とは看做せまい。

 ダム穴に吸い込まれる稚魚の気分を知ったとすら、エアは思った。

 

『違う、とは?』

 

 それでも縋るように訊く。

 

『何が違うというのです、レイヴン』

『私が聞きたいのはそれじゃない』

 

 対人関係能力(ヒューマンスキル)ぶっちぎりの落第点は相変わらずであるようだ。

 

 最初期の、ルビコン3へ密航直後に比較(くら)べれば、多少情緒に潤いが見受けられるに至ったが、それでもまだまだ人並みには程遠い。

 

『この際、プライドは抜きだ、エア』

 

 依然としてレイヴンは、鈍器以外の用法を言葉に見付けていなかった。

 

『本音で話せ』

 

 相手の反応を斟酌せず、ただひたすらに己の意志を無加工のまま投げつける。

 

『ご大層な大義名分で繕うな。犬に喰わせろ、そんなもの。この大詰めの土壇場で、言葉を飾って、いまさら何の意味がある』

『……あなたのことがわからない』

 

 なればこそ、エアは困惑を通り越し、もはや怒気を発してしまった。

 有り体にいって、むかっ腹が立ったのだ。

 

『私は本気で、人とコーラルの共存の未来を願っています。それをどうして偽りなどと、――侮辱するつもりなのですか、レイヴン』

『私は君と離れたくない』

『えっ』

『ずっと一緒にやっていきたいと思ってる。かと言って、ウォルターに背きたくもない。私に意味を与えてくれた、私の認めた主人だからな。引き換えに、彼の意味を全うさせてやることが、構図としては自然めかしく思われる。カーラもまた同様だ、彼女の救援なかりせば、私はあのままアーキバスのクズ底で、MTどもに袋叩きにされていたに違いない。借りがある。返すのがやはり、自然の順序であるだろう』

 

 この間、エアの感情の振幅は、緋想天と無間とを絶え間なく行き来するように、亜光速に近い速度で行われている。

 

 もしも生身(・・)であったなら、幾度か脳が灼かれていたに違いない。

 

『要するにこうだ。私にとって最良の結末とは、このままザイレムを突っ込ませ、ルビコン3を焼き払い、しかしながらその裏で、実はこっそり君だけを、君の波形を格納している部分だけのコーラルを保存し隠し持ち続け、ずっと一緒にやってゆく。これ以外にない。だがこれは、』

『あり得ない。到底受け容れられません』

『そう、あり得ない、蟲が良すぎる、ご都合主義の痴夢である。我々は現実に生きている。だから選ばなければならない、どの可能性を閉ざすかを、誰の血潮を流すかを。想い人はひとり限りだ。浮気はできん。私にとってこの問題は、煎じ詰めれば結局そういうものなのだ』

 

 そこまで言ってレイヴンは、祈りのように、敢えて一拍間を置いて、

 

『本音とは、こういう次元の、剥き出しのエゴのことを言う。

 ――君はどうだ、エア。私と同じ地平まで、堕ちるだけの用意はあるか』

『あなたは、なんて――…』

 

 それきりエアは押し黙る。

 

 

 

『……私も』

 

 

 

 再び交信(くち)を開くまで、レイヴンは自然石に化したが如く、身じろぎもせず待機した。

 

『私もあなたと共に在りたい、果てなく寄り添い続けたい。でも、そのために、同胞すべてを犠牲にするなど、とても堪えられないのです。皆、死んだ、私だけが生きている、その状況で、それでもまだ幸せを素直に感じられるほど、私の波形(こころ)は強くない』

『人がいいからなあ、君は』

 

 どういうわけかこの俗界は、善人ほど苦悩するよう、悲惨な憂き目に遭わされるよう設計(でき)ているのだ。

 

『私が私であるために、あなたのエアであるために、同胞は見捨てられないのです。――…お願いです、レイヴン。どうか私を選んでください。私のために、オーバーシアーの意図を挫いて。ウォルターの遺志を踏み躙り、カーラの血を流してください』

『承知した』

 

 即答だった。

 極微の迷いも差し挟まずに、レイヴンは(うん)と言っていた。

 

『じゃ、征こうか、エア』

『……ええ、征きましょう、レイヴン。他の誰でもない、私たちの未来のために』

 

 

 ――そうして、一声、過去に啼き。

 

 

 獣たちが動き出す。

 

 灼けた空へと、罪の翼を押し広げ。

 

 黒い鳥が飛んでゆく。

 

 その軌跡は、永遠(とわ)に褪色とは無縁であろう。

 

 

 

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