ここは東京のとあるビルの3階の雀荘。戦後の高度経済成長期から存在するこのビルは、周囲の汚い環境も相まって、一見しただけだと唯の薄汚れた廃ビルに見えるだろう。
しかし、この雀荘では他の雀荘では賭けられない素敵なモノが賭けられる・・そう、現金である。法整備がしっかりとされてしまった現代において、この雀荘はそういったスリルを求める連中が集まる危険な場所である。
しかし、そんな危険な連中とは似ても似つかない・・可愛いらしい私服姿の少女が、今現在此処のトップとして君臨していた。
「ツモ!6000オール!3人の飛び終了です。」
「げっ!またかよ嶺上の嬢ちゃん!ほんと強えなぁ。」
「えへへ、たまたまですよ。それで今日の収支は・・だいたい15万くらいかな?」
「うへぇ、また持ってかれちまったぜ。まぁでも一人5万ずつの勝負なんて所詮お遊びだしな。」
「そうそう、またやりゃいいんだよ。そもそもこんな可愛いお嬢ちゃんと一緒に打てるんだ。文句なんかねぇだろ?」
「そりゃそうだ、俺ら麻雀喫茶出禁だからな。そんな俺らの愚痴を聞いてもらいながら、こっちは楽しく打たせてもらってるんだ。むしろ5万じゃ足りねぇだろ。」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。」
「かぁぁ!こんな可愛いくて愛想の良い子を出禁にした、馬鹿な雀荘が日本各地にあるってホントかよ!?・・そこのオーナー共は本当の馬鹿だな。」
そう、この少女は世間一般でいうところの雀荘荒らしである。日本中を飛び回っては違法な雀荘で金を稼ぎまくり、遂には日本中でブラックリスト入りしてしまったのである。
「その事に関しては、ここのオーナーさんには本当に感謝しています。」
そう言ってオーナーの方に、椅子ごと身体を回転させて頭を下げる少女。そんな少女にオーナーは
「いいって事よ。だいたい他のオーナー連中が肝っ玉が小せぇだけだと思うけどなぁ。・・まぁ確かに、いくらここが違法な賭場だからといっても未成年の女の子を入れるのはさすがにまずい。でもな、そんなんじゃぁ他の雀荘に舐められる!こういう違法な場所は度量の広さを見せてこその違法!そもそも存在自体が違法なんだから、そこに違法な事がいくら増えようが知った事かよ。」
「お、でたでた。オーナーお得意の違法トーク!おい嬢ちゃん!話が長くならない内に帰んな。こうなるとオーナー止まらねぇからよ。あ、あと今なら”誰も見てねぇ”からな、安心しろよ。」
「お気遣いありがとうございます。それではまた。」
そう言ってカバンを取り颯爽と出口へと向かう・・軽やかなステップを踏みながら扉を開け、笑顔で退出する少女は、やはりどこかこの場に相応しくなかった。もちろん出ていく際もわざわざお辞儀をしてから出ていくあたり、本当に出来た子である。
(さてと、急いで長野に帰らなきゃ・・この時間なら電車でも大丈夫かな。)
時刻は現在16時。今日は土曜日のため別に急いで帰る必要はない。しかし明日は清澄高校でインターハイ本戦に向けた特訓があるのだ。無論、仲間には自分が雀荘荒らしだ、などと知られてはならない。故にアリバイ作りの為にも、早めに帰っておくのがベストなのである。
(お父さん、私の作り置きに気付いてくれるかな?・・まぁいいや、もし遅くなっても、たまには自炊してくれるよね。)
そのような、割とどうでもよいことを考えながら階段を降りていく・・と、その途中でふと足が止まる。
(そうだった。”変装”するの忘れてたよ。あぶないあぶない。)
そう思うが早いか、カバンから茶色の長髪ウィッグと黒いサングラスに黒いマスクを取り出し、慣れた手つきで着けていく。ついでに少女は襟の長いブラウンのコートを着ており、それらを合わせると完全に不審者である。
(これでよし、あとは帰るだけ。)
再び少女は階段を降り始める。降り始めるのと同時にまたどうでもよい事を考え始めようとしたが・・その出鼻は挫かれる事となった。そう・・階段の下に思わぬ人物達が待ち構えていたのだ。
「・・え?」
発見と同時にまた歩が止まる。いや、今度は止められたというのが正しかった。階段を降りれたは良いが、その集団がビルの出口を完全に塞いでしまっていたため、帰るに帰れない。どうしようか悩んでいると、集団のリーダーらしき人物が声を上げた。
「何をやっているの、咲!」
怒鳴り声、とまでは行かないが、明らかに怒気を含んだ声で威圧するのは、白糸台高校の麻雀部に所属しながら、現高校生チャンピオンにまで上り詰めた時の人間、宮永照であった。
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視点 宮永照
「なぁ照、今朝の話・・どう思う?」
土曜日の午後2時。私が所属する白糸台高校は世間では麻雀の強豪校として認知されていた。当然学校からの麻雀部への力の入れようは、他の部活動と比較してもずば抜けたもので、設備も最新、部員も100人を超え、部室も個人用と団体用のスペースが複数与えられる程であった。
そんな麻雀部のトップに君臨する私こと宮永照は、それ相応のしがらみも抱えなければならなかった。せっかくの休日だというのに、インターハイに向けた特訓という名目で、私の貴重な時間は潰された。本当は家でゴロゴロしながらお菓子を食べたかったのに・・
朝は能力の無い部員を大勢相手にして、昼は虎姫のみんなと、能力の上昇を軸にした特訓に明け暮れていた。正直言って暇・・ではないが、退屈ではあった。
そんなこんなで雀卓を菫と囲んでいると、菫が急に朝礼の事を話題に上げたのが、今の状況である。
「今朝の話って・・ウチの部員の誰かが、今日違法な賭場に出入りしてたっていうアレ?」
「ああ・・それと、違法な賭場ではないからな。確かに現金を賭けて麻雀をやっているという疑惑のある雀荘ではあるが、証拠が何も出ていない以上、違法っぽい賭場でしかない。まぁ、そんな噂のある場所にそもそも行くなっていう事だから、わざわざ教頭が出向いてまで確認しにきたんだろうしな。」
そういえば、教頭が朝の9時くらいに来て何か言ってたような言って無いような・・最初の方しか覚えてないな。
「そもそもなんでウチの学校だと思ったの?その雀荘ってウチの近く?」
「ここから1時間くらいの場所にある。まぁ電車を使えば20分程度だろうけどな。」
「じゃあウチの学校じゃないかも知れないじゃない。」
「たぶん東京の全学校に連絡が入っているんだろう。このご時世、そういった厄介事はすぐにネットで拡散される。学校の評判も一気に落ちるからな。そうなった時の為の言い訳作りだろ、わざわざ教頭が出向いた理由は。」
「・・えっと、つまり?」
いつの間にか淡がいた。確か今は尭深と誠子の二人が淡の能力を抑え込む特訓をしていたはずだけど。
「早いな淡。あの二人はどうした?」
「疲れたから休憩したいって、ソファーでお茶飲んでくつろいでる。」
「・・まぁいいか、もう3時を回ったしな。よし!他の部員にも休むように言ってくるよ。」
そう言って菫は個人ルームから出て行ってしまった。
「それよりも!二人とも雀荘に行くんでしょ!私も行きたい!」
「・・淡、今朝の教頭の話聞いてた?今雀荘に行くのは良くない。」
「え?教頭先生の事で盛り上がってたの?教頭先生なんて頭が光ってる事しか覚えてないけど・・うーん、私達がわざわざ覚える必要のある事なんか言ってたっけ?」
(・・はぁ、しょうがない、たまには菫の代わりに私が説明しておこう。)
私が掻い摘んで説明すると、何故か淡は眼を輝かせて
「へぇー!すごいじゃんその子!学生なのに違法賭博で勝ちまくってるんでしょ!?あたしも戦いたい!」
「何言ってるんだ。ダメに決まってるだろ。今行ったら間違いなく問題になる。」
いつの間に帰ってきたのか、菫が急いで淡を諭す。そんな二人を、一緒に付いてきたであろう菫の後ろにいる誠子と尭深は、何故か笑顔で見守っていた。
「んーでも、私もちょっと気になってるんですよね。」
「尭深お前まで!」
「ああいえ、別に雀荘に行きたいわけじゃなくて・・ちょっとその子の特徴で気になってる事がありまして。」
「・・!もしかして、最近麻雀部の間で噂になってるアレの事?」
「なになに!?どんな噂?」
二人の会話にどんどんテンションが上がる淡。かく言う私も実は少し気になっていた。
「ちょっと待って?その子の噂ってそんなに広まってるの?」
「なんだ知らないのか?その子の事は、既に全国規模で噂になってるぞ。」
その菫の言葉を聞いてハッと驚く!?え、何それ!?その子そんなに有名なの!?驚いて顔を上げると、淡も私と同じようにハッとしている。どうやらその子の噂を知らないのは、私と淡だけのようだ。
「いやぁ、でも最後に目撃されたのは2月で、しかも鹿児島でしたからね。それまでも何度か目撃されてはいたんですけど、頻繁に荒らす場所を変えているので、もしかしたら雀荘荒らしをしながら日本を旅するハードボイルドな女性だった!みたいな噂がネットで流れてたんですよ!いやぁ、もしそうだとしたらかっこいいですよね!私もそんな風にカッコよく噂されたいなぁ!」
「私の方は見た目の噂ですね。その子って場所を変える度に全然違う見た目をしてるんですよ。ある時は青い髪に日焼けした肌。またある時は金髪に色白。といった具合に、肌の色まで変えて素顔を隠そうとするんですよ!でも毎回サングラスに襟の長いコートを着ているので、その子だっていうのはバレバレなんですけどね。」
「私の方は賭け金の額だな。大抵は5万円で数回やって、ある時いきなり20~30万に吊り上げる。そして200万位稼いだら、さっさとおさらばするのが、彼女のスタイルだそうだ。」
「ふーん・・なんでそんな事、菫が知ってるの?」
「おい、上級生には敬語を・・」
「お説教はいいから!なんで知ってるの!?先生から聞いたの?それともネット?」
「はぁ(溜息)・・1年前に父の主催した社交パーティで、麻雀好きな人が私に聞いてきたんだ。まだ東京に現れてないから、東京に住んでるんじゃないか、何か知らないかってな。その時は何も知らなかったから、知らないって正直に言ったら、その人にその子の魅力を1から説明されたんだよ・・その人が言うには、その子は中学3年生、だから今は高1か。関東のどこかに住んでるけどそれ以上は分からない。裏の事情に詳しい人に、住所とか知らないか聞いたところ、所詮子供の小遣い稼ぎの延長だからマジになって探す気はサラサラない。ついでにその程度で出禁にする賭場も男気が無い!と突っぱねられて、場所の特定は諦めたらしい。その子の得意な役は嶺上開花、それと点数調整がとても上手いらしくて・・」
ダンッ!!!
そこまで聞いた私は、反射的に思いっきり雀卓を拳で叩いてしまった。手が滅茶苦茶ヒリヒリするが、そんな事を言っている余裕はない。
「菫!その子って今高1なんだよね!?」
「!?、ああそのはず・・」
「尭深!その子の素顔は!?」
「ひえっ!?え、あの・・確かその子の行く雀荘って全部店内の撮影は禁止なんですよ。違法な賭場なんで当たり前なんですけど・・対局中は素顔を晒すって噂ですけど、その素顔も化粧や眼鏡で毎回変えているらしいので、当てにならないっていうのが・・」
「誠子!その子はまだ雀荘にいるの!?」
「えっ!?あ、はい!まだ帰ったという内容は掲示板に書かれてないです。でも本当に本人かどうかは分かりませんよ。その子のフリをした成りすましの可能性もありますし。」
誠子はスマホで確認してからしっかりと答えた。
「成りすまし!?そんな事する奴がいるの!?」
「うん、いるにはいるけど、今回のはさすがに本人なんじゃないかってコメントが大半だね。偽物は雀荘に入ってから1時間足らずで出てくるけど、今回はもう4時間以上滞在してる。でもそれだとおかしい点もあるんだよなぁ、いつもはもっと用心深く行動して、ネットに情報が載る頃には稼ぎ終わっていて、既に違う地域に飛んでいるっていうのがお決まりだったんだけど・・今回はどうしたんだろ?偶々寄っただけで稼ぐ気が無いのかな?」
「分かった、もういい!みんなありがとう!それと菫!今日はもう部活動切り上げるから、あとよろしく!」
最低限の事を言って急いで帰りの支度をする。みんながなんか言ってるけど、無視して小走りで校門まで向かう!急がなければ!あの子が行ってしまう!私の直感が告げている、噂の正体は間違いなくあの子であると!
つづく