A.カムイの存在の一つです。個人的にカムイの伝承を調べて、多分こんな感じかなって思って書いただけなので、特に深い設定とかは無いです。
__時刻は午後5時、あれだけ楽しみにしていた第3試合は終わった。少なくともネリーは楽しみにしていた。いよいよカンドラこと咲と、全身全霊を持って戦える。そう思ってた。
でも、結果はあまりにも酷かった。何も知らない連中は楽しめただろうけど、私から見れば酷いの一言に尽きる。それぐらい私は咲との戦いを楽しめなかったんだ。
それもそのはずで、咲はあの試合を本当にただの通過点としてしか考えていなかったから。
「・・はぁ、なんかなぁ。」
臨海の控え室に戻って来たネリーは、戻ってからずっとソファーの上で天井を眺めていた。音楽も聴かずにただボケッと今日あった事を振り返るだけ。なんと虚しい光景か。
(別に咲に怒っている訳じゃない、ただ・・なんだかなぁって感じがするだけ。)
不完全燃焼・・日本に来て早々に覚えた言葉の中にそんな表現があった気がする。部屋中に充満しているカップラーメンの匂いが鼻を刺激するが、不思議と腹は鳴らなかった。
(当然か・・今日は能力を全然使わなかったんだもん。お腹が空く訳がない。)
代わりにネリーの空洞を満たしたのは、室内に僅かに音漏れしているスマホから聞こえるクラシックと、そのクラシックに合わせて歌うチームメイトの見事な歌声だった。
気力があるのに動けない、やる気が無い。最早ここで一晩明かしたい。そんな気分になっていると、控え室の扉がガチャリと開いた。開けた誰かがゆっくりとネリーの寝ているソファーに近づいてくる。
「ネリー、今日はお疲れ・・だったな。」
臨海の実質的なリーダーである智葉であった。
「別に疲れてないよ。智葉だってそれは分かるでしょ?」
「ああ、でも心は疲れてる・・だろ?」
そう言ってネリーの頭を持ち上げて、そこに自分の膝を押し込んだ。俗にいう膝枕だった。
「・・愚痴りたいなら構わん、愚痴れ。チームメイトの不満を聞くのも私の役目だ。」
珍しく優しい智葉にちょっと驚いたけど、その珍事に甘える事にした。
「うん、あのね・・・・・」
清澄高校 88100 東
姫松高校 111300 南
臨海女子 170300 西
有珠山高校 30300 北
__第3試合が始まり、全員が手牌を確認している中、ネリーは動いた。
(ふふふ、いくよ咲!これが咲のオーラを真似て手に入れた、ネリーの新しい技!)
咲の方を意識しつつ、全域にオーラを開放!卓上はあっという間にネリーのオーラに包まれた。ドームとまではいかないが、確かに効果を発揮する程度に出力を押さえて発動したネリーの新たなオーラ、その効果が最も早くに現れたのは、案の定末原だった。
(・・ん!?なんやこれ!?何故か手牌の全てが危険牌に感じる・・まさか、天和か?それともダブリーか?)
そう、ネリーの新たなオーラ・・それは相手の確固たる自信を砕く、精神攻撃タイプのオーラであった。
(うお!?これがこの人のオーラかぁ、精神を揺さぶるタイプ、パコロカムイと似て非なる能力ってところかな・・でも!この程度ならホヤウカムイで祓える!)
(ふーん、一昨日見た感じから予想はついてたけど、やっぱり精神干渉タイプのオーラかぁ。でも残念、そういうタイプのオーラは相手に悟られないように使うのが基本だよネリーちゃん。私でさえ相手に干渉するのに白と黒の2タイプを交互に使って、さらに麻雀での技術的な揺さぶりを混ぜこんで、ようやくプロ相手にも通用するんだから・・その使い方じゃ末原さんを操るので精一杯だよ。)
末原はともかく、能力者2人はネリーのオーラ攻撃にそこまでの驚きはなかった。だが、そんな事はネリーも分かっていた。
(ふふ、分かってるよ咲。このオーラの使い方が下手っぴだって言いたいんでしょ?でもこれは咲以外の2人に対してのただの脅し。本命は咲!貴女から直接点棒を毟り取る事!その為だけに・・私はこれから運を溜める!)
そう・・ネリーは最初から、咲から一本取る為だけに後半戦南4局まで運を溜める気でいた。それこそが、咲に対して今自分が出来る精一杯だと・・自身を小さく見積もっての控え目な目標であった。
(それに・・咲はたぶん、このインターハイで絶対に優勝しなきゃいけない目標があるはずだし、ここでネリーがそれを邪魔したりなんかしたら、絶対嫌われるだろうし・・うん、私は間違ってない。)
ネリー・ヴィルサラーゼの目標は悪魔で個人戦優勝、団体戦は好成績さえ残せればそれで良い程度の認識であった。そもそもネリーはこの日本にお金を稼ぎにきたのであって、麻雀のトップになりたいなどとは露ほども思っていなかったのだ。
ゆえの控え目な目標・・悪く言えば手を抜くという事であったが、それでもいい・・咲の邪魔をするくらいならコッチの方が良い、と考えた結果であった。ただ試合の最後に、本気の一本勝負が出来ればそれで良いと・・
その結果が間違っているとも知らずに・・
__東1局 流局
「聴牌」
「「「ノーテン」」」
獅子原だけが聴牌、他がノーテンという結果。獅子原に3000点が入る。
(うーん、有珠山が3000点か。本当は咲に振り込んでも良かったんだけど・・どうしたのかな?調子が悪かったり・・)
もしかして体調が悪いのかな?・・心配になって咲の方を見る。すると、
「・・え?」
「ん?どうした留学生?」
「いや、何でもない。」
急いで手牌に視線を戻す。そして今度は目線だけで咲の顔を確認する。間違いない、咲はネリーに心底呆れ果てたという表情を見せていた。
(・・え?ネリー、何かした?)
もしかして初動でオーラを雀卓全体に拡散させた戦術がすごく良くなかった・・とか?色々考えるが結局答えは出てこない。
そして東2局、続く3局、4局も流局により点棒がチマチマ移動するだけで、TVで見ている視聴者からすれば、大して面白くもない展開が続いた。これには解説の小鍛冶も、咲のやる気の無さに苦笑いであった。
咲ならこの場を楽々支配できる。なのにやってこない。それは小鍛冶だけでなくこの場の誰もが疑問に思っていた。麻雀経験者なら分かるであろう・・こういう空気を最初に壊した者が、結局全体の流れを制するのだと。故にネリーは咲がすぐに動くと思っていた。もしネリーが清澄の代表だったら、まず東1局の親で8000ALLを決めて姫松との点差を縮め、続く1本場2本場で有珠山に16000点を二回直撃させて速攻で終わらせる。2回戦の時もそうだったが、ネリーは能力を使って速攻で点差を縮めるのを得意としていた。
だからこそ、ネリーはこの能力で咲の援護をして、速攻で有珠山高校を瀕死にし、南2局あたりで咲との一騎打ちを楽しみ、南4局で有珠山高校を飛ばして、前半戦で片を付ける。という展開に持っていきたかったのであった。もちろん臨海と清澄を決勝へ進出させる事が大前提ではあるが。
(なのに咲は動かない。それどころか、ネリーに呆れた視線を送ってきた。・・ねぇ咲、いったい咲は何を考えてるの?)
咲の試合運びに疑問しか浮かばないネリー、頑張って咲に色々合図を送るが、そのどれにも答えない。
それは南入りしても変わらなかった。南1局も結局流局。今度は末原が一人聴牌し、3000点を獲得。試合全体の4分の1が過ぎても咲は動かない。
そんな咲に業を煮やして動いたのは、ネリーではなくその横にいる、カムイ使いの獅子原であった。
(うーん、まいったなぁ。まさかカンドラさんがここまで動かないとは。臨海も能力の方を温存しているようだし、というより臨海はぶっちぎりでトップなんだから動く必要が無いのか。姫松は臨海のオーラに充てられて絶賛日和見中・・しょうがない、ここは私が動くとしますかな!)
ニヤリと笑って右の手の平を握り、そのまま雀卓の角へ持っていくやいなや、ボフッ!という音と共に手の中から3色の雲が出現。雲は獅子原の周りをふわふわと漂い始めた。
(うお!何アレ?後ろの連中とはまた違う感じがするけど・・)
(ほー、今のは”呼び出した”感じですね。・・以前と一昨日、そして昨日と合わせて3回。小蒔ちゃんや霞さん達に尋ねておいて正解でした。)
咲は事前に本場の霊能力者達に質問する事で、霊的存在を使役して戦うタイプの人の特徴を知り、そこからいくつかの霊能力者殺しの作戦を既に編み出していた。さっそくその作戦を実行に移したいところだが、その前に分かった事を分かり易く纏め始めた。
(獅子原さんは間違いなく異形の類を使役する召霊タイプの打ち手!あらかじめ契約を履行する事で、自身の好きなタイミングで異形を呼び出して力として使役して戦うタイプの人物!その際にどれくらい気力を消費するかは契約の内容によって変わるから断定はできない・・か。ならここはちょっと突いてみようかな。)
ここで咲、獅子原が雲を出した事で態度が変化。傍観者モードから遊撃者モードへと変更。
「カン!」
あらかじめ4つ重なっていた4萬をカン。ドラは乗らないが、カンドラの代名詞とも言えるカンをした事で他3人に緊張が走った。
コトッ
そして手牌のドラを捨てた。これにより、咲は既に聴牌している。あるいはそう見せたい、という意思が他3人に与えられる事になる。
(えーー、ここでカンドラさんが聴牌?まだ5巡目だよ?・・いや、能力者相手にそういうのは通用しないよね。ならここは・・!)
咲のカンからのドラ切りを見て即座に雲を引っ込めた獅子原、その代わりに背後から物凄い巨体な熊のような何かがのっそりと起き上がった。その全長、ゆうに5メートルを超えていたが、この存在の本来の大きさはこの程度では決してない。そういった気迫が咲達にヒシヒシと伝わった。唐突に表れた何かにピクリと指先が反応した咲だったが、ネリーの方は目を丸くして露骨に驚いていた。
(頼んだよ!プリカンダカムイ!)
そう呼ばれた存在は、コクンと頷くと同時に大声で咆哮を放った。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
咆哮と同時に大きな熊が口を開けて突っ込んでくるビジョンが脳に叩きつけられる!しかし、故郷ジョージアで育ったネリーにとって、この程度の事は容易に対処可能である。あまりの声の大きさに思わず目を瞑ってしまいはしたが、咄嗟にオーラを繭のようにしてガードをする態勢に入った。しかし、咆哮に乗ってやってきた熊の牙は、急ごしらえのオーラの膜などいとも容易く食い破り、そのままネリーの肩に深く突き刺さった。
咲の方も即座にオーラで咆哮をガードしようとしたが、ネリーの繭と同様に熊の牙は急ごしらえのオーラの壁を易々と食い破ってしまった。しかしそこはカンドラこと咲である。咲はこういった事態になる事も想定して、あらかじめ翼を展開できるよう準備をしていた。壁が破られるまでのほんの一瞬で、すぐさま翼で身を包み込み、なんとか牙が身体に刺さるのだけは食い止めた。
しかし、その代償として咲の純白の翼は、自身の真っ赤な血で深紅に染まる事になってしまった。
(痛っっったいなぁ!何この牙!肩に食い込んで取れないんだけど!)
(・・すごいですね、この牙。これなら例えお姉ちゃん相手でも良い勝負に持ち込めると思うんですけど・・いいんですか?こんなところで使っちゃって?)
自慢の翼が真っ赤に染まっても余裕を崩さない咲。そんな咲の顔を見た獅子原は、素直に感嘆していた。
(うお!やっぱりすごいなカンドラさん。プリカンダの牙を防ぐなんて。・・でもその牙は、刺さってからが本番だよ。)
防がれたのに何故か得意げな顔をする獅子原、その理由は、二人の体調の変化によってすぐに明らかになった。
(・・うわ、やっぱりか。オーラがすぐに霧散しちゃう・・これじゃあ場の支配はもう出来ないね。それも今日一日中・・うーん、きついなぁ。)
(対能力者用ですね・・呪いの掛かった牙を相手に埋め込み、そこから体内の気力の巡りを乱し、能力やオーラを封じるタイプの技。和ちゃんの能力に似ていますね・・だからこそ分かりますよ、この呪いの厄介さが。翼に刺さったおかげで、白のオーラが霧散して使い物にならなくなっている。しかもこのまま放置すれば、やがて呪いは身体を蝕んで他の能力にまで影響を与える可能性すらある。)
このままでは後の行動に支障が出る。そう判断した咲は即座に次の一手を打った。まず始めに牙が食い込んだ方の右翼を床に付くぐらいまで脱力させる。次に翼の先端を思いっきり踏んづける。そして最後に黒煙を纏った炎のオーラを出して剣のように尖らせる。そして・・
ザシュッ!
「「ちょ!?」」
「え、なんや?この3筒どっちも欲しいんか?」
ちょうど末原が自摸切りした瞬間に二人がハモってしまった為、盛大に勘違いした末原。
しかし二人は揃って末原を無視して咲の方を凝視していた。何故ならそこには、自らの翼を落としてまで呪いに抗い、結果として右半身が血まみれになった片翼の天使の姿があったからである。これにはTVで中継を見ていた咲の関係者達も驚いた。特に解説の小鍛冶は顔には出さないが内心めっちゃオロオロしていた。
(・・っっっ!!・・ふう、ふう。これで取り合えずは安全ですね、白のオーラも使えるようになりました。)
そう安堵したのも一瞬、咲はこの試合が終わった後の事について一通り思い直したあと、予定外の仕事が増えた事に苛立ちを隠せなかった。
(全く、やってくれましたね獅子原さん。この翼はただの張りぼてじゃないんですよ!私が自分のオーラで編んだ特注のオーラの外付けタンクなんですよ!この翼に予めオーラを溜めておけるから、ガス欠を起こさずに好き勝手に戦えるんですよ。それをこんな風にさせて・・絶対にこの試合を見ている永水や宮守の皆さんが悲鳴を上げてますよ!血飛沫まき散らしてこっちもフラフラですよ!この血は大量のオーラが漏れ出た事実を脳が勝手に出力して見せてるだけの幻なので、一般人には何にも分からないでしょうけどね・・この試合をTVを通して見ているちびっこの能力者だっているんですよ!そんな子達がいきなり血飛沫まき散らすところなんて見ちゃったらどうなるか分かるでしょう!世のお母さんが面倒臭い事になりますよ!分かったらもう私にこんな事させないで下さいね!)
心の中で勝手に怒って勝手に落ち着いた咲。しかし見ている分には本当に悲惨な光景であった。特にネリーのショックは凄まじく、ネリーは自摸番なのに牌を取らずに固まったままであった。
「・・ちょい臨海、何固まっとんねん。お前の番やで?」
「・・・あ、ごめん。」
即座に謝罪し自模る、しかし頭の中は咲への心配で爆発寸前だった。
(・・すごい覚悟。あの翼ってオーラの塊みたいなものでしょ?それを切り落とすなんて・・普通ならフラフラで歩けなくなると思うけど、でも何より、これで咲の最大気力量は3分の2まで落ちた。例えもう一度翼を作っても、この試合中はオーラの補充は出来ないだろうし・・大丈夫かな?)
ネリーが不安そうな視線を咲に送るが、変わらず咲は無視し続けた。そしてプリカンダの牙で弱った二人に更なる追い打ちをかけるべく、獅子原は新たなカムイを使う。
(・・二人には申し訳ないけど、ダメ押しをさせてもらうよ!ホヤウカムイ!)
獅子原の背後に新たな何かが出現!今度は大きな翼をもつ蛇の姿が二人の眼に映った。しかし蛇は二人に何かする訳でもなく、そのまま翼だけを獅子原に授けると主人の背後へ控えてしまった。
(なんだ?今度は何を・・これは!今度は場の支配そのものを除去しにきたか!)
(念入りに残っていたネリーちゃんの支配を打ち消して更地に戻した。これで能力を満足に使えるのは獅子原さんだけ、ネリーちゃんは牙が食い込んでいて、能力が使えても数回が限度。私は片翼を落として大幅な気力量の減少、加えて白のオーラの操作に多少の影響有り。うーん・・・)
実質獅子原の独壇場となっている現状に少し不安なネリー、咲は咲でなにやら思う事があるらしく、取り合えず獅子原のプレースタイルを様子見するという目的は達せられた為、傍観者モードに戻る事にした。
そのまま前半戦は獅子原が独走、二人の不調をいい事に雲を二つ使ってどんどん点を増やしていく。それに負けじと末原も勇気を出して、少ないが点棒を積み上げていった。結果として前半戦は有珠山高校が8万点まで点を増やし、姫松が現状維持、清澄と臨海が大幅に点棒を減らす展開となった。それぞれ4校の順位は1位臨海、2位姫松、3位有珠山、4位清澄となり、2回戦同様に前半戦の最下位を清澄が通過する運びとなった。
前半戦終了のブザーも鳴り、一同休憩タイムに入る。それぞれが独自に休息をとる中、獅子原は一人椅子に座って前半戦を振り返っていた。
(ふー、なんとかなりそうだね。・・最初はただユキの為に目立つ事が目標だったけど、これなら優勝も狙えるかな?いやでもなぁ・・カンドラさんは爆発力が怖いんだよなぁ。あの人って見た目からは想像出来ないくらいの能力特化だし、だからこそカンドラさんが本格的に動き出す前にプリカンダを放ったんだけどねー。でも見事に防がれちゃったし・・まぁ傷を負わす事は出来たから、後半戦は私とカンドラさんの一騎打ちでいけっかなー?あとは他二人に邪魔されないよう注意しつつ、隙あれば狙っていくって感じで。)
そこまで計画を立てた獅子原は、一旦考えるのやめて気分を変える為に本格的に瞑想に入った。・・がしかし、
(・・カンドラさんのあの目・・プリカンダ、いやホヤウを放った時からずっと私の方をぎょろりとした目で見つめてきたけど、あれは一体・・もしかして、私がチャンピオンを打倒するよりもカンドラさんを倒した方が注目が集まるよなぁって、舐めた考えをしたのが見透かされたり・・いや、まさかね。)
___一方その頃、会場から一旦離れた咲は近くのトイレで用を済ました後、急ぎスマホで和に連絡を取り、ここに来るようお願いした。
(危ない危ない、昨日の内にみんなとスマホで連絡先を交換しておいて良かった。そして一昨日の夜に預けていたスマホを渡しに、わざわざホテルまで会いに来てくれた小鍛冶さん・・ありがとう、大好きですよ。)
そう、咲は用心の為、カンドラとして活動する日以外はスマホを誰か知人に預けておくのが基本であり、一昨日はたまたま小鍛冶が当番だったのでである。余談だが、他人のスマホを管理しなければならないこの役目を、進んでやりたがる者はほぼいない。
しかし、小鍛冶だけは例外で、このスマホ番をするのがたまらなく好きなのである。何故なら、咲のスマホに来る通知を見て、自分の知らない相手がいない事に安心できるからである。・・なんと独占欲が強いのであろう。
(それにしても・・獅子原さん、前半は随分と暴れてくれましたね。ここからは私の番ですよ、あっと言わせてみせますからね・・ふふふ。)
1人ほくそ笑む咲、するとそこへ背後から1人、誰かが近づいてくるではないか。
無論、すぐに気付いた咲はゆっくりと余裕を持って振り返る。振り向いた先にいたのは、
「うお!?・・ごめん咲、後ろから忍び寄ったりして。」
ネリーであった。
「いえ別に・・それで、何か用ですか?」
「あ・・その、さっきの試合中の事で色々と・・」
ネリーは試合中に咲が翼を切り落とした事ともう一つ・・試合開始直後の咲の表情について、どうしても知りたかったのだ。がしかし・・
タッタッタッタ!
「はぁはぁ・・さ、咲さん!」
和が丁度タイミング悪く割り込んだ。
「お!和ちゃん!待ってたよ。」
咲が和に向けて明るい表情で話しかける。その姿に・・ネリーの心は大きく動揺した。
(!?・・さ、咲?・・なんでそんなに嬉しそうなの?昨日も思ったけど・・わ、私の時はそんな良い笑顔をしないのに・・なんで?)
昨日は智葉の介入で有耶無耶になっていた和への嫉妬が、ここに来て再燃し出す。
「おや?ネリーさんもお揃いで、どうなさいました?」
「!・・別に、もう用は済んだから・・咲!先に会場で待ってるから、早く来てね。」
ドスドスと聞こえそうなくらいの力強さで床を踏みつけながら帰っていくネリー。そんなネリーを咲は・・
「・・うん、順調だね。」
「え?何がですか?」
「ああ別に・・個人的な事だから気にしないで。それよりも・・」
再び話を戻した咲は、バサッと片翼になってしまった自慢の翼を広げる。当然和には見えないため、これは咲が自分で翼の調子を確認するために広げただけである。
「和ちゃんの力を借りたいんだけど・・いいかな?」
「はいそれは・・でも、一体何をすれば良いでしょうか?」
分かり易く首をかしげて頭に?マークを浮かべる和。そんな和に、咲はニヤリして蛇のように舌をチロチロと出し・・
「まぁ簡単に言うと・・和ちゃんを食べようかなって思って・・」
その咲の発言に、え?、と素っ頓狂な声を上げる和、そしてすぐに、や、やめて下さいこんな所で!と分かり易く勘違いした。しかしその表情はどこか期待しているかのように、ほんのり赤く染まっている。
「ふふ、緊張しないで・・私に身を委ねて・・」
咲はこれからヤる背徳な行いで発生する快楽を妄想して気分を高揚させつつ・・会場に戻った時の獅子原の驚く顔を想像して・・眼を輝かせた。
そして和は、咲の発言に恥ずかしがりつつも、自身の身体を引っ張る咲に身体を預けてトイレの個室に二人で入り込んだ。狭い個室に二人きり、必然的に咲の顔を正面からハッキリと見てしまう。出来れば自分を同じようにドキドキしているといいな・・などと甘い考えに浸って、その顔を覗いたのだが・・
現実は、薄暗いトイレの中でも光を放つ・・蛇のように瞳孔が鋭くなった咲の眼に睨まれ、そのショックで意識を手放してしまう自分の弱さに痛感するのであった。
つづく