怜と竜華が寝てからおよそ20分が経った頃、その者は咲の前に姿を現した。
「こんにちは、久しぶりやなー咲ちゃん。」
丁寧に、それでいて静かにドアをノックして入って来るその少女は、自身の住んでいる地域特有の方言を隠す事なく、堂々と喋りながら咲の元へと訪れた。
「こちらこそ、満足に出迎えも出来ずにこのような姿で対応してしまう事をどうかお許しください。・・・白水さん。」
白水哩・・咲がわざわざオーラを使ってまで会おうと思っていた人物。福岡県代表の新道寺女子高校の部長であり、今年のインターハイにおいては副将のポジションで参加し、相棒の鶴田姫子と共にチームのダブルエースとして最後まで戦い抜いた屈指の強者である。そんな彼女に咲はどうしても会っておきたかったのだ。
「そげん事気にせんでよかよ咲ちゃん。うちとあんたん中やなか・・ね?」
そう言うと白水は、音を立てないようにゆっくりと畳に正座すると、そのままポケットに入っていた小型のペットボトルのお茶を開けて静かに口に運んだ。そんな落ち着いている白水とは対照的に、彼女の独特な方言に内心ゲンナリしていた咲。幼い頃から対人関係よりも書物を読み耽る事に注力し、中学高校時代のほとんどを成人した大人と過ごしていた咲にとって、彼女のように方言全開で話をする相手は、ハッキリ言って苦手以外の何者でもなかった。
「はい、そうですね。差し当たって今回の急な呼び出しについてなんですが・・白水さん、もちろん心当たりはございますよね?」
「もちろん分かっとーよ・・今回んインターハイ決勝戦、麻雀協会の予定では、うち率いる新道寺女子高校、チャンプ率いる白糸台高校、留学生の軍団である臨海女子高校・・そして咲ちゃん率いる清澄高校。こん4校が対決する予定やった。」
「別に臨海女子高校は必須という訳では無かったですけどね。どちらかというと協会の重鎮達は多くのカムイを従えている有珠山高校の決勝進出を期待していたようですが、まぁ今回ばかりは相性が悪かったという事で、代わりにネリーちゃんに頑張ってもらおうと思います。」
「ふーん、あん老人達が有珠山高校ばねぇ・・やっぱ年寄りにとっちゃ、神様ん存在ってばり大事なんやろうかぁ?」
「ええ、おそらく。では改めてお聞きします、白水さん。貴女の高校はベスト4に入りましたか?」
語気を強めて質問する咲。そんな咲に怯まずに白水は答えた。
「よかや(いいや)?入っとらんな。」
(・・その回答の意味が分からない訳では無いでしょうに。本当に、この人の神経は大根みたいに太いのでしょうね。)
白水が悪びれもせずに放った一言。何も知らない人からすればただ事実を述べただけに聞こえるだろうが、咲達麻雀協会に属している者からすればこの発言は非常に危険なものである。この白水の台詞は協会の人間からすれば、『自身の力不足が原因で満足に仕事をこなせないどころか取り返しのつかないミスをしてしまいました。でも起きた事を嘆いてもしょうがないから後始末頑張って下さい。』という、上層部を舐め腐っている風に聞こえかねないのだ。流石の咲もこの発言をそのまま報告するのは気が引ける。
「えっと・・良いんですか?今の発言をそのまま報告しても?」
「別に良かよ、もうお叱りは受けたし。それに、はらかいとー(怒っている)とも3人程度だって話やし、そげん深刻に捉えんでも大丈夫ばい。ああでん、次は無かよって釘は刺しゃれたけどね。」
「ああ、もう叱られた後でしたか。じゃあ私が改めて今回の件を報告する必要はありませんね。後で協会に報告する際に省いておきますよ。」
「そうやなあ、そうしてくれると助かるな。」
ここで一旦会話は途切れる。しばしの沈黙が流れるが、その間に咲は次の質問をどう切り出すべきか少々迷った。なにせ次の質問は彼女にとって非常にデリケートなのである。
「・・・・・」
「・・それで?うちばここしゃぃ呼び出した本当ん目的は?」
「おや?やっぱり分かります?」
「分かるに決まっとろうもん!協会がそげんしょうもなか事ば聞き出す為に、しゃっちが(わざわざ)咲ちゃんば使う訳なか。何か別ん狙いがあるなんて馬鹿でも分かる!さぁ、しゃしゃて(さっさと)言いんしゃい!」
ここまでの問答は全て前座だと最初から見抜いていた白水は、さっさと本題に移れと先を求めた。そんなある意味での助け船に咲は喜んで乗った。
「ではさっそく本題に入りますが、白水さん・・・貴女は鶴田さんをどうするつもりですか?」
「んー?姫子がどうかしたと?」
「いえ、別に彼女はどうもしませんよ、彼女はね。問題なのは白水さん、貴女のオーラの使い方です。」
この咲の指摘にス~ッと目を細める白水。さっきまでのお客様気分はすぐに霧散し、代わりに相手を刈り取る為の狡猾な一面が顔を出す。そして手に持っていたお茶を傍にある丸机の上に置くと一言・・
「・・・うちんオーラん使い方・・ねぇ。」
「前に福岡の雀荘で会った時に私言いましたよね!?このまま自分の為だけに後輩を調教するのは良くないと!調教するなら責任を持って最後まで面倒を見ると!そう忠告したはずです!」
「うーん、あれからうちも色々と直したつもりなんやけど・・咲ちゃんな、うちんやり方のどこが気に入らんと?」
わざとらしくとぼけた様子でニヤリと笑う白水。そんな口裂け女のように笑う彼女に臆する事無く、咲はハッキリと問題点を指摘した。
「全部ですよ全部!私の言った事を何一つ直してないじゃないですか!いいですか!もう一度一から解説しますよ!」
大声で注意を促す咲。その声に怜と竜華が起きてしまわないか白水が心配するが、咲はすでに白のオーラを二人の頭部へと集中させる事で、二人が簡単に目覚めないよう意識を刈り取り続けていた。
「まず最初に、オーラは自分の理想像そのものであり他人に使う場合は大なり小なり相手の精神に変化を及ぼす!故に特定の相手にオーラを使い続ける事は、その人間の価値観を自分色に染め上げる事と同義である為、どんな理由があろうと相手の価値観が変わってしまう程のオーラの注入は特例を除いて禁止とする!・・・これは麻雀協会が規則として設けている公布のようなものですが、オーラや能力、そして霊力を公的に使う事を認められている組織に属している人間は、みんなこのルールを守っています。しかし貴女は・・・」
「あんね咲ちゃん、別にうちゃそんルールば破っとーつもりは全く無かっちゃけど・・・それとも何?麻雀協会ん人達が噂しとったとか・・そげん理由?」
咲の言葉を遮って、そのような罪を犯しているつもりは無いと反論する白水。しかし咲は止まらない。
「今回の件で麻雀協会の人達の注意を引いたんです!そして私個人も貴女の事を心配しているんです!私と同じ・・今期の麻雀界の引き立て役として麻雀協会に登録されている、同年代の女子として!貴女の事を純粋に心配しているんです!」
そう・・・白水も咲と同じく、これから向こう10年先までの麻雀界を盛り上げていく為の生贄として、麻雀協会の敷いた盤面に配置されている一つの駒なのである。そんな彼女が最近妙な動きを見せた為に、咲は急いで彼女を呼び出したのだった。しかし白水は・・
「そりゃそりゃ、どうもありがとね。ばってんごめんね、それってうちにとっては大きなお世話やけん。うちと違うて沢山の駒ば持っとー咲ちゃんが気にする事じゃ無かて思うばい?やけん・・・うちんやり方に口出しせんで欲しかね。」
と、咲が自身のやり方にあれやこれやといちゃもんを付けてきた事を酷く不快に思ったらしく、分かり易く目を細めてオーラをチクチク飛ばしてきたではないか。本来であれば白水の行いは協会から咎められるものなのだが、今回は協会が本格的に動く前に咲が前もって事情聴取をする事で、白水の処分を軽く出来る落とし所を見つけ、出来るだけ白水の罰を軽くする旨を求める報告をするつもりであった。当然白水もそんな咲の心使いを察しているのだが、彼女の態度は依然として固い。当然咲も怯まずに言葉を繋げる。
「じゃあなんで鶴田さんを突き放したんですか?私の記憶が正しければ、貴女の能力は<自身の作り出した結果の倍の結果を他者に与える繋がりを作る>リザベージョンの能力だったと思うのですが?」
「そうばってん・・それがどうかしたと?」
「どうもこうもありませんよ!じゃあ何で貴女と鶴田さんのリザベージョンが解除されてるんですか!?以前の貴女達は、例え地球の反対側にいたとしても繋がっていたであろう強固なリザベージョンを常に纏っていたじゃありませんか!?」
「・・・昔ん話ばい。」
痛いところを突かれたのか、先程まで目を細めて年上感を出していた白水が今度は目を横に逸らして露骨にテンションを落とし、代わりに机に置いたお茶を再び手に持ちクルクルと弄り回し始めた。彼女に見える明らかな動揺、そしてこのチャンスを逃すほど咲も甘くはなかった。
「いや昔って・・少なくとも準々決勝までは普通にリザベージョンで繋がってましたよね!?私は1週間前まで会場にこっそり隠れて全員の試合を見てたんです!適当な嘘は通じませんよ!」
「ぬぐぐ・・・さ、咲ちゃんになんが分かる!うちと姫子ん何が!」
咲の追撃にもっと分かり易く動揺して言葉使いが乱れる白水。ここで一気に決めるべく咲が更に攻める!
「・・少なくとも、1年ほど前に会った時はお二人とも凄く幸せそうでした。お二人をリザベージョンの鎖ががっしりと繋ぎ留めていて、まるで能力者カップルの手本のような存在だなって!そしてそんなお二人を見て私も嬉しかったです。ああ、私の他にもこんなに頼りがいのある人達が一緒になって麻雀界を盛り上げていってくれるんだって・・頼もしく感じてたんです。ただ貴女が一方的に鶴田さんにオーラを流し込んでいたのが少し気になりはしましたが、でも本当にそれだけだったんです。・・で、それが今はどうです?貴女方の準決勝の試合を見て驚きました。何ですあのリザベージョンは!?最初に会った時よりも繋がりが薄くなっているというのは一体どういう事ですか!?それから5位決定戦で更に繋がりは薄くなって!ついには貴女の方から一方的に切っちゃったんですよね!?・・・貴女、鶴田さんの事をなんだと思ってるんですか!あそこまで彼女を自分好みに調教しておいて、用が済んだら捨てる気ですか!?そんなの、例え麻雀協会が許したとしてもこの私が許しませんよ!」
思っている事を全部ぶちまけた咲。そんな咲の熱い思いに感化されたのか・・・白水が諦めた表情で口を開く。
「・・・咲ちゃん、手ば出して。」
咲に手を出すように要求する白水、そう言った彼女は自身の左手を出して丸机の上に置き手の平を晒している。そしてその平には、彼女のオーラが集中していた。
「これって・・記憶の共有の申し出ですか?」
「そう、うちんオーラと咲ちゃんのオーラば繋げて互いん記憶ば共有する奥義ばい。早よぅ!」
もうどうにでもなれといった表情で咲を急かす白水。彼女の意思を組んで咲は自身の右手を無警戒で重ねた。そして・・
(来た!白水さんの意識がオーラになって流れ込んで来る!)
(はぁ、本当は咲ちゃんにだけは知られとうなかった。ばってんもしここで逃げたりしたら今度こそうちゃ麻雀協会から除名されてしまうやろうし・・やっぱ1年前に咲ちゃんに会うたあん日に、咲ちゃんに鞍替えするべきやったんや。あー失敗したなーちくしょー。)
互いの記憶を共有するためにオーラを使って一時的に意識そのものを融合させる。この奥義はその特性上、やろうと思えばそれこそ魂の融合まで出来る自己改造系の究極である。非常に便利であるが、その反面互いの強固な信頼が無いと決して成しえない難しい技でもあった。それがここまで上手くいくという事は・・少なくとも白水は咲の事をかなり好いている事に他ならなかった。
(ああ・・私の意識が・・持っていかれる。)
(すご・・これが咲ちゃんのオーラ・・なんて温こうて・・なんて優しか・・)
二人は目を閉じオーラの流れに身を任せた。やがて二人の意識は互いに一つとなり、新たな人格として生まれ変わろうとする・・が、そうなる少し手前で互いのオーラの流れが止まる。
「・・・ふぅ、なんとか上手くいきましたね。」
次に咲が目を開けた時に広がっていた光景は、先程まで居た控え室とは全く違っていた。
とても可愛らしいピンクな女の子の部屋。広さはよくある一般家庭の子供部屋と同じくらいであろうか?部屋には本棚やベットなどの家具類の他に、いくつかのお人形さん達が配置されていた。もちろんこの部屋は咲のものではない。少なくとも今の咲に綿で出来た人形を愛でる趣味は無いし、幼少期に頃ならなおさらだ。
そんな部屋の手前に立って遠慮がちに中を見ながら咲は思う。この部屋は自分の部屋では無い、と。ならこの部屋は・・
「うちん部屋にようこそ、咲ちゃん。」
後ろから声がする。振り返ると白水がいた。彼女は咲が白水の部屋の中を観察していたように、背後に建っていた咲の部屋の中をじっくり観察していた。もちろん咲と違って遠慮などしない。
咲の部屋には大きな本棚が3つ程聳(そび)え立っていたが、それらの中から適当に選んだ本を一つ、彼女は開いて読んでいた。そう・・・読みながら咲に挨拶したのだ。
「本を読みながら相手に話しかけるのは失礼ですよ。」
「あはは、今更オーラで繋がっといて失礼もなんも無かろ。」
そう言うと白水は本を閉じて本棚に戻した。
「何の本を読んでいたんですか?」
「んー?自分の部屋ん事なんに分からんと?」
「流石に普段から深層意識に潜っている訳では無いので。私がこの部屋に訪れたのは半年前に一度きりです。」
「へーそりゃまた、ちかっぱ(随分と)自分に自信があるんやなあ。」
「・・・白水さんは無いのですか?」
「そうばい。やけん頻繁に訪れてはなんも見つけられんで落胆するっちゃんね。」
そう言うと白水は悲しそうな眼をして自身の部屋を見つめる・・・そして暫く経った後、彼女は重い口を開けて言葉を紡ぎ出す。語られるのは彼女の過去・・・その歴史であった。
つづく