ご容赦下さい。
今年の8月、それはこのネリー・ヴィルサラーゼにとって非常に大事な時期であった。
「ついに会える。」
現在午前11時45分、インターハイの本戦の開会式を無事に終えたネリーは若干急ぎ足で食堂に向かっていた。ネリーだけ開会式が終わって早々別行動する事に、幸い同じ高校の仲間達からは変な目を向けられる事はなかった。なので今のネリーの心配事はただ一つ、
「チャンピオンより先に着きたいところだけど..」
ネリーは決して馬鹿ではない。前回カンドラに会った時の照の口ぶりからして、照も食堂に行く事は容易に想像できた。
(チャンピオン宮永照、カンドラとはどういう関係なんだ?)
カンドラとの再会をずっと願っていたネリーにとって、宮永照とカンドラ2人の関係は気になるところではあった。だがあの日のやり取りを見ていたネリーには2人が良好な関係には見えなかった。だからもし、照が一方的にカンドラを敵視しているのだと判明した時には、
(私がチャンピオンを潰す!)
そんな事を考えながら慣れない道を歩き続け、ようやく食堂に着くことができた..がしかし、
(ん!?あれはチャンピオン!)
そっと食堂の中を覗き込んでみれば、中にはチャンピオンこと宮永照が椅子に座って頬杖をついてイライラした様子で居た。
(やっぱり居たなぁ..どうしよう。いっそ入口前で待とうか?いや目立つよな。)
ついでに食堂をそっと見渡してみたが、どうやら他に客はいないようだった。
(そもそもここって会場のスタッフや職員専用の食堂じゃん!だからカンドラはここを指定したのか。)
職員専用なら学生が利用する事はできないので学生が来ることは無い。来るとすれば道に迷ったか、あるいは待ち合わせている場合のみという事になる。ネリーはあの場でのカンドラのとっさの判断に感心した。
(とはいえ、邪魔な奴が1人いる事には変わりないわけで、アイツがいる限り中には入れない。かといってここにいるのもまずい。アイツがここまで様子を確認しに来たらそれで終わるからね。)
そんなこんなで膠着状態に陥っているネリー、そしてそれを監視する影が一つ。
誠子「よし、ネリーちゃんが食堂の入り口に来た!あとはカンドラさんを待つだけ!」
ネリーが来た方向とは反対の通路の曲がり角からこっそり覗き見する誠子。
誠子「ネリーちゃんにも事情があるんだろうけど、こっちは白糸台のエース照先輩のメンタルに関わる大事な問題なんだ。ここで後光の憂いを晴らしておかないと絶対に本戦に影響が出る!今年も白糸台が優勝するためにも、ネリーちゃんを利用させてもうらうよ!」
そう、誠子の言う通りカンドラに関する問題はもはや宮永照だけのモノではなくなった。ここでもし宮永照がカンドラと会えなければ間違いなく照はその事を引きずる。そうなればインハイ本戦での戦力低下は免れない。もちろん白糸台の強みは照1人のものではないが、それでも照が本調子を出せないというのはどうしても避けたいというのが白糸台の本音だった。
だからこそ、白糸台の部長である弘世菫はそうならないように準備をしてきた。まず最初にインハイ会場の全体図を事前に把握して白糸台麻雀部の部員を会場の要所に配置。配置された部員はそれぞれスマホで連絡を取り合い、事前にピックアップしておいた人物の動向を逐一報告するように行動。それらの事を全て菫がリアルタイムでモニターしながら指示を出すというのが白糸台の作戦であった。
誠子が食堂の近くで張り込んでいたのもその一環であり、誠子は食堂の入り口を監視して報告する役割と不測の事態になった時に照のサポートに入る役割を担っていた。
そして現在、誠子はその役割を全うしてネリーの動向をスマホで菫に教えていた。といっても、ネリーが食堂の入口で待ちぼうけを喰らっている以外に報告する事は無いのだが。
誠子(ネリーちゃん、全く動く気配が無い。という事はやっぱりカンドラさんが来るまでここで待つつもりなのか?)
ここまでは菫先輩の予想通りの展開だと誠子は思った。そしてその後の展開についても菫はすでにいくつか予想していて、適格な指示を誠子に渡していた。
誠子(この後は..ネリーちゃんに近づいてくる人は全員菫先輩に報告。ネリーちゃんが動き出したら菫先輩に報告して他の部員が追跡する。その後はおそらくカンドラさんとネリーちゃんが何処かの場所で再開する。それを確認してから照先輩をその場に案内する。その間カンドラさんが逃げないように部員総出で道を塞ぐ人海戦術をする。それから照先輩とカンドラさんが再開して、最後はめでたく2人が和解してハッピーエンド、と..でも私の役割はもう終わりか。)
この時誠子は油断していた。自身の役割がほぼ終わっている事への安堵から気を抜いていた。ネリーが全く動かない事も相まって、しばらくは大丈夫だろうと高を括っていた。
それが失敗だった。
誠子「・・・あれ?」
ネリーがいない。突如として消えたのだった。
「ふー、ここまでくれば大丈夫っすかね。」
「・・・いや貴女誰よ。」
言葉とは裏腹にネリーは驚愕していた。目の前にいる少女は食堂の中からいきなり現れそのままネリーの手を掴んで何処かへと歩き出し、最終的に会場スタッフが楽屋として利用している部屋が並ぶ通路の手前で止まった。
それだけなら唯の珍事で驚愕したりしないのだが、この少女はその間ずっと能力を発動して2人の気配を完全に消していた。おそらく2人の姿は周りの人間からは完全に見えていなかっただろうとネリーは理解していた。そしてそこまで自身の能力を完璧に使いこなしているこの少女に、ネリーはほんの僅かだが畏敬の念を抱いていた。
「申し遅れたっす。私は東横桃子と言うっす!同じ嶺上さんの関係者同士、どうぞよろしくっす!」
その自己紹介で全てを悟ったネリー。
(なるほど、カンドラの使いか。確かにこの能力なら宮永照にバレずに待ち合わせ場所を変える事も容易だな..それにしても。)
ネリーはカンドラの凄さに改めて驚愕した。いったい何処でこのような能力を持った人間と親しくなったのだろうと。
(能力を持った人間は大なり小なり周りから浮く。見つける事自体は容易いが、親密になるのは至難の業。この少女に至っては見つける事すらかなりの 運 が必要だったはず。いったいどうやって?)
桃子の顔を凝視するネリー。そんなネリーに怯む事なく桃子は話を進める。
「じゃあ嶺上さんの待ってる部屋まで案内するっす。」
そう言ってテクテク歩き出す桃子。ネリーは黙ってそれに続いた。
「..ネリーちゃんは私の姿が見えるっすか?」
「急に何?」
「いや、私が手を繋がなくてもちゃんと見失わずについてきてくれる人ってなかなかいないっすから。」
「私も貴女と同じように能力が使えるからね。肉眼では見えなくても、別の方法で貴女を捉える事はできる。」
「..やっぱ良いっすね、能力を使える人と一緒にいるのは気が楽っす。」
「能力者ならみんなそうだよ。貴方も世界に出て来ればいい、貴女の仲間が大勢いるよ。」
「残念っすけど、私には既に心に決めた人がいるっす。それを応援してくれる人も。その人達がいれば他には何もいらないっす。」
「..なんだ、もう見つけてたんだ。生涯の伴侶とそれを祝福してくれる仲間。」
にこやかに微笑む桃子を見て、ネリーは若干の劣等感を覚えたのだった。
「着いたっす!この部屋っすよ!」
桃子が案内した楽屋は一見するとただの個人用の簡素な部屋といった感じだが、その周りにはインターハイの実況や解説を担当する、いわゆるプロ雀士やアナウンサーの人たちのネームプレートがぶら下がっている楽屋で囲まれていた。
「ホントにここ?」
「すごいっすよね!さすが伝説の雀荘荒らし嶺上さんっす!」
カンドラの凄さを何故か自分の事のように自慢しながら、桃子はカンドラが待っているであろう楽屋の扉をノックした。
「嶺上さん!連れてきたっすよー!」
ノックを2回、その後に名前を呼んでからゆっくりとドアを開ける。
ドアが開かれ、中にいたのは
「こんにちは、ネリーさん。」
ネリーがずっと会いたかった人物、カンドラが部屋の入口で立っていた。