海原駆ける龍 ―霧嫌いの霧― 作:直接脳内にファ〇チキ
西暦2039年、温暖化の影響で海面が上昇したことにより、人類は地上での版図を大きく失うことになった。
しかし、海面上昇に関しては少し前から影響が出ていたこともあって、俺達人類は国同士がゴタゴタしたりはしたものの、そこまで驚きはしなかった。
―――だからだろうか。時を同じくして現れた”奴ら"に対し、混乱の果てに多くの命を失い敗れ去り、陸だけでなく海からも駆逐されてしまったのは。
……"霧の艦隊”。奴らはそう呼ばれている。霧と共に姿を現す、かつての大戦にて活躍した世界各国の旧海軍の軍艦の姿を模した謎の存在。
奴らはその姿からは想像もつかない程の力を持っており、長く人類は霧の艦隊に全く歯が立たない状態が続いている。
かつての軍艦達の姿を模しているとはいえ、その姿はまさに形だけ。
奴らは今の人類の技術力では実用化もされていない程の超兵器郡を平気で使い、俺達を蹂躙する。
更に言えばその目的は一切不明。何故人類を海洋から追い出すのか?そもそも何故襲ってくるのか?何もかもが分からない。
どこから来たのか、最終的にどこへ行くのかさえもわかっていない。
本音を言うなら、霧の出現からかれこれ17年も経ってるんだから、何か一つくらい分かっててもいいんじゃないか?とは思うんだが……現実は非情ってやつだな。
……だからこそ俺は、こんな何もかもが縛られた現状を打破したくて海軍に入った。入ったんだけどな……
「もう、終わりか…」
跡形もなく吹き飛んだ艦橋、その残骸にもたれかかり息を吐いてみれば、鋭い痛みが負傷を訴えかけてくる。
それに、オマケなのか抗いようの無い眠気まで襲いかかってくる始末。
ここまで来れば嫌でも悟ってしまう―――俺の墓場はここなのだと。
海に生きる…いや、生きた者として海で死ぬことに後悔はないが……未練はある。なんならあり過ぎてタラタラがダラダラになるレベルである。
走馬灯なんてもうずっと流れっぱなしだし、無駄だと分かっていながら生を諦めきれずに足掻きまくっている。
俺はまだ何も成していないだの、父さんを奪った奴らへの復讐を果たしてないだの、なんて適当に理由をつけてな。
……まあ、なんだ?色々考えてはみたものの、結局のところ俺の思いはこれ一つ。
「死に、たく…はない……ってな」
死ぬのが怖い。でもこれは俺だけじゃなく誰だってそうだろう。
死を恐れるのが生物として当たり前の本能な以上、生物の大半は死に対して恐怖する筈だ。
死を恐れないのは、それこそ植物のような感情を持たない例外か、それこそ今まさに俺の仲間の命を奪っておきながら何も動じず去って行く霧の奴らみたいな例外だけだろう。
嗚呼、全く……
「イライラ、するよなぁ…!」
機械の化け物共には分からないだろうがな、俺達だって必死に毎日生きてんだよ…!それをお前らいとも簡単に!!
揺るぎない怒りを原動力に、もたれかかっていた残骸の上に立ち上がる。
過剰に分泌されたアドレナリンの波が痛みを掻き消し、俺は去り行く霧の軽巡洋艦に向けて口を開く。
「俺はお前らを許さない……首を洗って、待ってろよ…!」
殺意すら込めた俺の一言を、あの軽巡が聞いたかは分からない。奴は何事もなかったかのように去って行くだけ。
下等生物の言葉なんて聞く価値もないのかと、怒りの炎にニトログリセリンを注ぎかけるも、なんとか踏み堪えた。
こんな状況で感情のままに叫んで体力を無駄にしようものなら、元々0に近い生存率が確実に0になってしまうと考えたからだ。
……仲間はほぼ全滅、船も大破し、それによって食料はダメになり、幸いにも致命傷こそ負っていないもののそれだけの体。こう考えると大人しく死んだ方がまだ幸せなのかもしれない。
「でも、俺はまだ……死、ねないッ!!」
だって俺には母さんがいる!父さんと同じ海軍を目指すと決めて以降、悲しげな顔こそするも決して止めはしなかった母さんが!
俺の我儘を本心は否定したかったろうに、大切な息子の夢だからってむしろ応援までしてくれた母さんが!
「待ってるんだよ……!」
まだ死ねない、死ぬ訳には行かないと必死に足掻く。俺は絶対に母さんが待つあの家に帰ってみせるッ!
……そう心に決めた瞬間だった。
「あっ、が―――」
残っていた燃料に引火でもしたのか背後で爆発が起こり、俺は爆風で海に叩き付けられた。
その際、アドレナリンが分泌されている筈なのにも関わらず、抗いようの無い激痛が体を這い回り、俺は明確に死を予感した。
「っゔ…ぐゥ」
あくまで感覚の上でだが、骨が折れたと確信した。一本や二本だけでなく、複数の骨が。
霧との交戦時に蓄積していたダメージが一気に花開いたとでも言うのか?……だとしたら最悪だな。
激痛を訴える体に鞭を打ち、なんとか海面から顔を出しはしたが、俺にできたのはそこまでだった。
痛みに耐えながら息を吸った際、更なる激痛に襲われパニックになってしまったからだ。
「―――!!」
口が声にならない悲鳴を上げ、それによってまた痛みが襲って来るという悪循環。
これをどうにかしないと確実に死ぬ。頭では分かっているものの、どうにもできなかった。
痛みに悶える体は全く言うことを聞かず、あちこち余計な力が入りまくる始末。このザマじゃ浮くことだってできやしない。
少しずつ水に呑まれていく体はそれだけで危機感を募らせるが、変わらず体は言うことを聞かないまま。
このままだとまず間違いなく深い水底に沈む羽目になる。そんでもって終いは跡形もなく消えて無くなるのがオチか……
奴らに海洋が封鎖された現状、こんな所まで探しに来れる船などいない。
それにもし仮に捜索隊が組まれるとして、だ。暗に命を捨てると言ってるような任務につきたいと思う兵がいったいどれだけいるものか……
助けなんて来ない以上、このまま俺が辿る末路はただ一つ。誰にも看取られないまま息絶えるのみ。
当然母さんの所へは帰れないだろう。母さんの記憶の中には残るだろうが、そこに俺本人はいない。
……それは嫌だ。俺はそう思った。父さんを失ってからというもの、母さんは女手一つで俺を育ててくれた。それなのに、その恩を返しきれもせず死ぬなんて、嫌だ。
情けないことに、痛みに屈してしまった体は完全に牙を抜かれていて、俺にできたのは視界に映る広い海原を見つめることだけだった。
母さん………
「――」
最後に母の姿を思い浮かべ、俺の意識に黒い幕が降ろされた…………
軽巡洋艦テンリュウは、ナガラ等と同じ標準的な霧の
東洋方面巡航艦隊に所属しており、普段は駆逐艦達と共に管轄海域の巡回を行っている。
自身も参加したあの大海戦以降、海洋奪還を試みては出撃してくる人類側の艦を尽く撃沈しており、その度に乗組員である人間達に憎悪の籠った目で見られていた。
そしてその目で見られるのは今回も同じであり、テンリュウは気に止めるどころか意識下にも入れていなかった。
彼女のコアにはアドミラリティ・コードの至上命令と、上位艦艇による命令のみが存在しており、他の要素が介在していなかったからだ。
―――任務完了。巡回を再開―――
それはただの道具であれ、兵器であれと願った彼女の根底が形となった思考であり、多少の自己判断は兎も角他は必要ないと定めていたからだった。
それ故に彼女は自発的な思考に乏しく、これ迄に蓄積した経験というデータに当てはまらない行動がなんなのかを知らなかった。
―――?、………―――
テンリュウは自身の優れた集音装置によって、先程まで自身に憎悪を向けていた人間が"母さん”という単語を口にしたことに気付いた。
これまで沈めた艦の乗員達にも死の間際に家族の名を口にする者は多く、その発言自体には何の珍しさもない。
だからこそ、今回もそれらと同じだろうと結論を導き出そうとした。
――ごめんという言葉を聞くまでは。
―――……”ごめん"。人類の言語における謝罪の言葉。正式な発音、言い方はごめんなさい。主に相手に対し謝罪が必要な際に使う―――
霧の軽巡洋艦テンリュウに分かったのはそこまでだった。意味や使い方などはネットワークへのハッキングによって知れたとしても、何故男がこの場でこの発言をしたのかは理解できない。
―――………―――
この時テンリュウの中で、人の言葉で言う”好奇心"という感情が刺激された。
人を模したメンタルモデルを持てる程の演算力を有していない軽巡洋艦とはいえ、霧は全ての艦が自我と呼べる意識を宿していた為だ。
だが彼女はあくまでも軽巡洋艦。駆逐艦と共に上位艦艇からの命令を果たす存在。
故にその自我はメンタルモデルを持つ重巡以上のクラスと比べて希薄であり、その意思を命令を果たす為だけに演算を回すのが常だった。
―――進路変更、回頭開始―――
しかし、それでも彼女は自身の好奇心を優先した。
これは至上命令であるアドミラリティ・コードと、それに連なる上位艦艇から与えられた命令よりも、自身が抱いた感情の方が優先度が高いと思考した結果であり――黒の艦隊を率いる大戦艦ならば、間違いなく危険分子だと判断するであろう行動だった。
霧を纏いながら移動し、現場へと辿り着いた彼女はまずセンサーとソナーを稼働させ、この辺りで沈んでいるか漂っていると思われる男の捜索を開始した。
―――!発見、回収―――
船体に内蔵されている作業用アームを動かし、意識を失っている男を回収したテンリュウ。
しかし彼女のコアの内部は、何故己が上位艦艇からの命令に背くような行動を取っているのか理解出来ておらず、?の文字とエラーで満たされていた。
……軽巡洋艦テンリュウは駆逐艦隊を率いて日本近海の警備を行っていた。その為彼女は海洋奪還を目的とする海軍の艦艇以外にも、食うに困り止むを得ず漁を強行した漁船なども沈めていたのだ。
その際、軍艦も民間漁船も関係なく、撃沈時に乗員が絶望の表情を浮かべていることに気が付いた。
最初こそ意味の無いものと無視していたが、そう何度も何度も同じ顔をされては気になるというもの。
アドミラリティ・コードや命令によって特に禁止されていないことを良い事に、彼女は人間の表情やそれを動かす"心”というモノ知った。
そして――知識としてのみとはいえ――その情報は後に彼女に芽生える感情の基礎となったのだ。
だが、如何に自我の基礎が出来ていようとも、未熟な自我では自身に発露したばかりの感情を理解するのは酷だった。
彼女は自身の行動の理由を求めながらも救助活動を行い――想定外の事態が発生した。
―――!?、!!?―――
艦内に収容した男によって、霧としての存在の核たるコアに侵食を受けたのだ。
何故人間が……それが軽巡洋艦テンリュウの最後の言葉となった。
停止したコアに男の情報が流れ込み、度重なるエラーチェックの果てに再起動を果たした彼女は…既に変わってしまっていた……
完全不定期でやっていくのでもし良ければ……