海原駆ける龍 ―霧嫌いの霧― 作:直接脳内にファ〇チキ
「ヤマト…」
「総旗艦、とは呼んでくれないのですね?」
くすりと静かに微笑む美女。
だが油断はできない。
目前のこの女は、霧の艦隊 総旗艦の位に座する最高戦力。
たかが軽巡洋艦にすぎないワタシのスペックでは、逆立ちしようとも敵うはずのない頂上存在なのだから。
「目的…は」
「初手に結論を求めている。せっかち、というものでしょうか」
楽しそうに目を細める総旗艦に、眉がひくついた。
一拍置いて、己のミスに気付いたワタシが慌てて取り繕うとするも、特に気にした様子のない総旗艦様によって手で遮られた。
「今回の要件は、まさにそれですからね」
「要件」
その言い方だと無礼が要件ということになるのだが…
無礼が要件?
いったいどういうことだろうか。
見たところ、ワタシを処分するような挙動も感じられない。
総旗艦ヤマト……なにを考えている?
「
「っ」
「形成・維持には相当量の演算能力が必要になる筈。代償を払い形成しているにしては、戦闘能力の低下も見られなかったようだけど…」
探るような声色に思わず目を逸らす。
そんなことを言われても、ワタシに分かる訳がない。
今のワタシに分かることなんて、人間であった筈なのに、気付けば霧の戦闘艦に成り代わってしまっていたということのみ。
それだって理屈的な部分は全く分かっていないのだ。
説明なんてできる筈もない。
「そうね。話を変えましょう」
説明のしようがなくて黙り込んだだけなのだが、どうにも話したくないと受け取られたらしい。
唐突に話の方向性が曲げられることとなった。
「テンリュウ。あなたはなぜ、あの人間を回収したの?」
しかし、転換先の話題もまたワタシにとっては話すのが難しい内容だった。
確かに、情報統合の結果、ワタシとなる前のテンリュウの記憶は得ることができた。
保存されたデータから、テンリュウの思考回路もまた理解している。
だが誰が言えるというのか。
好奇心に突き動かされ、初めて我を出した結果がこの末路など…知られればどんな目に合うか分かったものではない。
「こちらも、話したくないのですか?」
「…どう説明すれば、と悩んでおりまして」
このままだんまりを続ける訳にもいかない。
不興を買えばそれこそ終わり。
目の前の超戦艦然り、周囲の護衛艦隊然り。
ただの軽巡洋艦一隻など瞬く間に沈められてしまう。
現在のワタシの人格は、元人間の"オレ”がかなりの割合を占めている。
記憶を得たといえども、主観的には他人にすぎない。
それなのに、なぜ前のワタシの咎を今のワタシが清算しなければならないのか。
こんな馬鹿な話があるのか。
「――人間的」
そうだ。
霧であることを自覚しても、このような俗な思考が頭に浮かぶくらいにはワタシは人間的だ。
自分のことは思い出せなくとも、家族や友人達と育んだ思い出は覚えている。
確かに記憶に刻まれている。
「なるほど。なるほど…」
「総、旗艦?」
何かを得たような顔で頷く総旗艦様。
問題視されているのかと一瞬焦ったものの、どうにもそうは見えない。
むしろ……
「テンリュウ」
「っ、はい」
不意に名を呼ばれ、背筋がピシッと伸びる。
「あなたは今、どう思っていますか?」
「どう、とは…なにをでしょうか」
「”人類"に対して」
ピシッと伸びた背筋が凍る。
総旗艦様のその問いは、今最も受けたくないそれであった。
ワタシはテンリュウ。
霧の艦隊、東洋方面巡航艦隊に属する軽巡洋艦。
データにはそう記されている。
けれど、それは肉体という観点のみで見た場合。
内面はまた別。
忖度無しで言うならば、ワタシの意識は限りなく人間に近い。
明確な記憶こそ残っていないが、かつての"オレ”が抱いた怒り、悲しみといった感情は確かに、この体に刻まれている。
「ワタシは」
なんの因果か、ワタシという続きを得てしまった”オレ"。
異端と化してしまったワタシは、元の霧にはもう戻れない。
元人間だと名乗ったところで、"オレ”のことをいったい誰が信じるというのか。
「ワタシは…」
……それでも、どちらかを選ぶしかないというのならば。
「今の
ワタシは、人間という
「隣人、ですか」
僅かに驚く総旗艦様。
しかし、ワタシの口上はもう止まらない。
「一方的に排する敵ではなく、共に生きる存在として」
「この
「なんら変わりはないのだと、今のワタシは考えます」
以前までのテンリュウであれば、欠片も考え付かなかったであろう思考。
――霧としては異端極まる回答に、思い出したようにサッと顔が青くなる。
よくよく考えなくとも霧の総旗艦相手に言う答えじゃないことくらい分かる。
なんで言ってしまったんだ、ワタシよ。
荷電粒子の光が身を焼く光景を幻視し、瞼をギュッと閉じた。
「隣人。隣人…霧と、人類…」
しかし、待てども待てどもその瞬間は訪れない。
耳に届くのは深々と言葉を繰り返す総旗艦様の声のみ。
恐る恐る開眼、目の前の総旗艦に注目する。
「そう恐れずとも結構ですよ」
相も変わらず微笑み浮かべる美女の姿。
しかし、その笑みは先程までとは少し異なっていた。
「不快に思わないのですか」
「不快に…?いいえ、特には。なぜそのような思考に?」
なぜと言われましても、それが霧にとっての普通では…?
質問の意図が読めない。
総旗艦様は何を言いたいのか。
「あなたは、変わったのですね。本当に」
「……得難い経験をしましたので」
分からないなりに返答する。
純度100%と、半人間の半端者では思考回路に差異があるのは当たり前。
そう納得することにした。
「分かりました。ありがとうございます、テンリュウ」
「い、いえ…」
微笑ましいものを見るような目がむず痒い。
さっきから好感度高いように思ってたんだが、やはりこれは気の所為ではない…?
だとしたらなぜ?
「もう艦隊に戻るつもりはないのでしょう?」
「っ!?」
「責めている訳ではありませんよ」
そんなこと言われましても、ゾッとした背筋が冷たいままなのには変わりないのですが。
「ですが、それはあくまでも私という”個"のみです」
敬意でもなく、畏怖でもない、ただただ理解の及ばないものに対する怯えが渦巻く。
演算回路がこれ以上は御免こうむると匙を投げた。
「未だあなたような
思考が停止したワタシには、総旗艦様がなにを仰りたいのかがさっぱり分からない。
「その変化は全体へと伝播していくのでしょうか」
耳という名の集音センサーを通じ、メモリーに声は蓄積される。
…されてはいるものの、頭が理解を拒む。
「誰もがあなたようなココロを得た時、人類と霧の関係性は、どのように変化するのか」
ワタシの知る霧という存在は、随分と機械的であり、血も涙もない存在だ。
無論、人よりの思考が故のマイナスイメージが加算されていることは否めない。
否めないが、おおよそ間違いはないと考えている。
軽巡テンリュウに記録された無数の戦場が、それを証明しているのだから。
「新しい未来が見られるかもしれませんね」
…だと言うのに、この総旗艦様は。
管理者の立場からすれば、我を出す者など管理体制を乱すリスク因子でしかないというのに、むしろ歓迎するとは。
全くもって理解できない。
あまりにもワタシの想像する霧から逸脱しすぎている。
「あなたの選択が、どのような風を巻き起こすのか」
霧の艦隊 総旗艦の立場にありながら、麾下の艦艇達に人のような知性を得ることを望む超戦艦。
「見定めさせてもらいましょう」
その微笑みは、やはり美しかった。
短いですが、今回はここまで