レオコーポレーションの社長室に、ランサーズとシェイド、そして侑斗、素良が集合する。
早朝に零児から電話で連絡があり、それに従って集まったため、今の時刻は午前の8時前だ。
「すまない、朝早くに集まってもらうようなことになってしまった」
「まったくだぜ、せっかくはちみつたっぷりシフォンケーキを食べようとしてたところだってのに…」
(うげー…団長の甘党っぷりには頭が下がるぜー…)
サッシー(《魔界劇団-サッシー・ルーキー》の精霊に沢渡がつけた名前)はスタンダード次元に戻ってから、ずっと沢渡の糖尿病になるかもしれないほどの甘党っぷりを見てきた。
先ほど言っていたはちみつたっぷりシフォンケーキだけでなく、角砂糖をたっぷり入れたコーヒーや普段飲む飲料がイチゴ牛乳と、彼の将来が心配になるほどだ。
「権現坂…すっかりボロボロだけど、大丈夫か?」
タスキや制服がボロボロで、鉄下駄には修理された痕跡がある上に、体中に傷のある権現坂を見た遊矢は苦笑する。
話によると、ここに集合するギリギリまでずっと修行を続けていたらしい。
「問題ない。いや…むしろ問題なのは貴様だ、遊矢」
「俺?なんで??」
「とぼけるな!!そのような腕で…!!」
権現坂は強引に遊矢の左腕を引っ張る。
いつもならマントのように肩にかけていた制服だが、袖を通しており、両手を手袋で隠していることからあまり目立っていないが、それによってそれに隠れていたバイオニックアームがわずかに露出する。
彼が左腕を失ったという話は全員聞いているが、権現坂を除く遊勝塾関係者以外で遊矢がそれを装着しているのを見るのはこれが初めてだ。
「大丈夫だって!これ、あんまりリハビリしなくてもアクションデュエルに問題がないくらい動かせたんだ。それに、やろうと思えば利き腕と同じくらい動かすことだってできるし、それに…」
スパァン、と遊矢の頭に柚子のハリセンが炸裂する。
いきなりのハリセン攻撃にびっくりした遊矢は右手で頭をさすりながら柚子を見る。
そんな彼に柚子はまたハリセンをたたきつける。
「強がらないで、遊矢!!」
眼に涙を浮かべた柚子は再びハリセンをぶつける。
しかし、1度目や2度目とは異なり、力が抜けているためか、相対的に痛みが少ない。
「待てよ柚子、俺、強がってなんか…」
「ううん、強がってる…!なんで、なんで泣かないのよ!?左腕をなくして、本当はすごくつらいはずなのに…どうして!?」
帰ってきて、遊矢が目を覚ましてからずっと、柚子は疑問に思っていた。
左腕を失うほどのけがをしたのに、彼は泣いたり、誰かに八つ当たりしたりしなかった。
自然に受け止めて、いつも通りに、いや、いつも以上に笑顔で生活をしていた。
まるで自分の心をそれで隠そうとしているかのように。
「あたしのせいなのに…あたしが、もっと気を付けていたら、こんなことにならずに済んだのに!!」
「柚子…」
「お願い、遊矢…。無理に笑顔を作らないで…。泣きたいときくらい…思いっきり泣いてよ…」
ずっと我慢してきた想いを爆発させ、ハリセンを手放した柚子は遊矢の胸に顔を押し付け、泣きじゃくる。
突然のことに戸惑う遊矢はおそるおそる柚子を抱きしめていた。
「遊矢…」
「初めてだよ。泣いていいって、言ってくれたの…」
遊勝が失踪し、心を閉ざしてから遊矢は笑顔になることを求められ続けていた。
遊勝からも、笑顔の大切さを教わっていて、そのせいか泣くことは悪いことのように思えるようになってきていた。
だが、柚子のその言葉がその泣くことの大切さを少しずつだが思いだせた。
「だって…泣けないのって、悲しいことだと思うから…」
「ちっ…何勝手に2人だけの世界に入ってるんだ」
翔太の空気の読めない言葉で現実に帰ってきた2人の顔が赤くなり、互いに距離を取る。
あんまりな発言に伊織達の目線が翔太に集中する。
「…んだよ?」
「…本題に、入っていいか?」
零児の言葉により、遊矢たちの視線が彼に向けられる。
眼鏡を整えた零児は2つの『欠片』が入ったカプセルを彼らに見せる。
「青い…何かの破片か?」
何なのかわからない沢渡はそばまで行き、上や正面、横など様々な方向から見てみるが、分かるのはそれが何かのカードの破片のようなものであるということだけで、詳しいことは何もわからなかった。
「これは…『欠片』だよ。アカデミアは世界を一つにする計画のためにこれを狙っている」
「計画のために…?なぜそれが重要なのだ??剣崎殿」
カプセルに入れられていることから、何か重要な意味合いがあることは少しだけわかった権現坂だが、それに何の価値があるのか、よく理解できなかった。
「シンクロ次元でとらえた男、ジャン・ミシェル・ロジェが自白した。嘘発信機も使って確認したため、間違いはないはずだ」
「ロジェは…『欠片』について何て…?」
「正確にはプロフェッサーが言っていたことのようだが、各次元に1つずつ存在する『欠片』には各次元を制御する力、そして触れた人間に知識を与える力があるとのことだ。ヒイロ・リオニスが破壊した次元転送装置、そしてディアボロという翔太達が戦ったことのあるロボットはロジェがそれに触れて手に入れた知識で作ったものとのことだ」
「まるで知恵のリンゴだな」
『欠片』に宿る力を皮肉るように、翔太は言う。
その言葉はある意味的を射ているのか、零児はフッと笑い、説明を続ける。
「彼の言う通りかもしれない。『欠片』は現実として、我々にとって脅威となる存在を生み出した。特に次元転送装置については、一歩間違えばシンクロ次元を崩壊させたかもしれないブラックテクノロジーともいえるだろう。それだけの力を与えるということは、逆に言えば、それに飲まれる可能性が高いということだ」
ロジェが自白した『欠片』の話をテープレコーダーで聞いた零児はなぜ零王がアカデミアを統べ、他の次元を侵略するという強行に至ったのか予想できた感じがした。
何らかの理由で融合次元にたどり着き、そこで手に入れた『欠片』に魅せられてしまったのだろう。
まるで、その『欠片』の力を受けたことで神に等しい存在になったと誤解したかのように。
そして、エクシーズ次元の侵略により、最悪の場合はその『欠片』を2つもっていることになる。
「これからの方針を考えると、エクシーズ次元へ向かい、可能であればその次元にある『欠片』を回収する必要がある。これ以上、『欠片』によってアカデミアの戦力が拡大するのを防ぐために…」
「エクシーズ次元へ向かうメンバーは既に選抜してるよ。そこでの目的はあくまで『欠片』の回収で、黒咲君が所属しているレジスタンスと協力して行うことになる。だから、こちらからは少数のメンバーで向かい、残ったメンバーはスタンダード次元の防衛に動く。その都合上、僕とウィンダ、黒咲君と遊矢君はエクシーズ次元へ行く」
「遊矢も行く…っていうのは、ユートが遊矢の中にいるからですか?」
柚子の質問に肯定するように、侑斗は首を縦に振る。
遊矢も選ばれた以上は行くつもりでいるのか、反対せずに真剣な目をしている。
「零児、1つ尋ねるが、『欠片』を手に入れて、お前はそれをどうするつもりだ?」
翔太の質問を聞き、零児はじっと2つの『欠片』を見つめる。
そして、それを見たままその質問の答えを出す。
「毒を以て毒を制す。この『欠片』を使って、アカデミアを倒す力を得る」
「そんなお前が『欠片』の力に飲まれない保証はあるのか?飲まれる可能性が高い、といったのは間違いなくお前だろ?」
18歳にして大企業であるレオコーポレーションの社長を務め、更にランサーズのボスとして戦った彼の精神力の強さはだれもが認めている。
だが、そんな彼でも『欠片』の力の誘惑に耐えることができる保証はない。
遊矢達の中で、『欠片』に耐えられると自信をもって答えられる人物は誰1人としていないのだから。
「もし、私が『欠片』に飲まれてしまったら、その時は私を殺せ」
そういった零児は机の中から封筒を出し、その中にある紙を翔太達に見せる。
それは零児直筆の遺言状だった。
「この遺言状には、仮に私が『欠片』に飲まれ、殺されたとしても、私を殺した人物に対して一切の刑事的・民事的責任を追及しないようにと記している。レオコーポレーションが雇っている弁護士にも、そのことは伝えている」
「ということは、『欠片』を手に入れた奴らはそれだけの覚悟がなければ勝てない相手、だな?」
「そうだ。そして、このエクシーズ次元における行動がこの戦局に大きな影響を与えることになる」
「わかった。だったら、俺も行くぜ。記憶探しのついでなら、ちょうどいい」
零児の答えを聞き、わずかながら安心した翔太は即座に同行を表明する。
そして、机の上にある2つの『欠片』に目を向ける。
(だが…なんだ?この感覚は…?)
『欠片』を見てから感じ始めた言葉にできないような不快感と懐かしさのようなものを感じていた。
まるで、自分はそれについて昔から知っていたかのように。
「うん…。だけど、エクシーズ次元は現在進行形で侵略を受けてる。だから、融合召喚に関してはかなりナーバスになっているから、彼らが近くにいるときはなるべくそれを控えてほしい。僕ももともと使っていたデッキを持っていくから。あとは…」
「待って、私も行く!」
侑斗の話を遮るように、伊織は手を上げる。
「ついていく理由は…自分の生まれの秘密を知りたいから…か?」
伊織については、既に零児も報告を受けている。
彼女が融合次元の、強いて言えばアカデミアの関係者と関係している可能性が強い。
スタンダード次元で育ってきたことから、裏切りが起こる可能性は低いものの、元々融合召喚を得意とする彼女が行くことには難色を示していた。
「シンクロ次元から持って帰ったデッキを使えば、融合召喚を使わなくても大丈夫だし、それに…」
伊織がチラリと翔太に目を向ける。
なぜ自分に目を向けてきたのかわからない翔太は首をかしげる。
「それに、翔太君のストッパー役をしないといけないし!」
「はぁ?」
まるで自分のことを問題児のように言う伊織の発言に翔太は思わず声を上げてしまう。
翔太から見れば、伊織の方がはるかに問題児に見えている。
自分を客観視できていないのもあるかもしれないが…。
「…わかった。エクシーズ次元行を認めよう」
「やった!」
「なお、柊柚子にもエクシーズ次元へ行ってもらう」
「柚子も…どうして!?」
反論するように、遊矢は声を上げる。
エクシーズ次元は侑斗の言う通り、アカデミアが侵略を続けている次元であり、そこではいつアカデミアのデュエル戦士と遭遇するのかわからない。
そんな場所で、柚子を守る余裕があるかどうかははっきりとは言えない。
彼女がシンクロ次元で戦い抜き、そして訓練で力をつけたことは分かっているが、それでも心配になってしまう。
「確かに、リスクは大きいが、エクシーズ次元で『欠片』を探すためには彼女と彼女の持つブレスレッドが必要だ」
「それは、どういう…?」
「カプセルを少しだけ開くぞ」
カプセルのついているテンキーにパスワードを入力すると、カプセルが開き、密閉されていた『欠片』があらわとなる。
それと同時に、柚子のブレスレッドが反応するように点滅した。
「これは…!?」
「理由は分からないが、柊柚子のブレスレッドは『欠片』に反応する。リスクは大きいが、『欠片』を短時間で見つけるにはこの方法を取らざるを得ない。残念なことに、今のレオコーポレーションの、いや、この次元とシンクロ次元の技術では『欠片』を見つけるためにセンサーを作ることは不可能だ」
「じゃあ、ブレスレッドだけをもっていけば…」
「では、試してみろ。柊柚子、遊矢にブレスレッドを」
「は、はい…!じゃあ、遊矢…」
柚子はブレスレッドを遊矢に渡す。
柚子の手から離れた瞬間、ブレスレッドから光が消え、『欠片』に近づけても反応しなくなった。
「ブレスレッドは彼女が装備することで初めて機能する。どちらが欠けていても、『欠片』を見つけることができない。理解してもらえたか?」
「でも…」
「グダグダ言ってんだよ、遊矢。だったらお前が守ればいいだけだろう?」
「翔太…」
「安心しろ。俺もお前と零児と同じ、すべての召喚法を使えるデュエリストだ。下手したら、お前よりも強いかもな。だから、お前は彼女を守るのに集中しろ」
「そうそう!柚子ちゃんも遊矢君に守られてる方が安心するし!」
「い、伊織!?」
顔を赤くした柚子は思わず伊織の頭にハリセンをたたきつける。
すっかり油断していた伊織は目を回してその場に倒れてしまう。
「あ…やりすぎた…」
「フゥ…とにかく、エクシーズ次元には秋山翔太、永瀬伊織、榊遊矢、柊柚子、剣崎侑斗、ウィンダ・フェーン、黒咲隼の7人で行ってもらう。これで決定だ」
「ほとんど留守番か…。ま、しょうがないね。僕は元々、アカデミアの人間だったんだし」
既に自分が同行しないことを納得しているかのように、飄々とした態度をとる素良は次のキャンディーを口にする。
権現坂もまだ自分が納得できるくらいの強さがないと感じているのか、黙って受け入れていた。
しかし、納得していない面々もいる。
「おいおい、なんでランサーズ最強デュエリストの俺は行けねーんだよ!?」
「俺はエクシーズ召喚使いじゃぞ!?なんに、どうしてか!?」
沢渡と漁介の2人がそろって零児に文句を言う。
2人とも、エクシーズ次元で本気のデッキでデュエルをしても問題のない面々であることは確かだ。
沢渡はともかく、漁介の場合はTDCでも見せたようにタッグデュエルに関しても一定の評価がある。
沢渡に関しては現在使っている魔界劇団を含めて、複数のデッキを所持し、それを使いこなせるだけの実力と向上心がある点については零児も否定していない。
「わかっている。君たちには君たちで別の役目がある。その時までは、スタンダード次元で守りについてもらう」
「別の役目…?」
「なんか、そりゃあ…」
「いずれ分かる。私も来るべき決戦の準備をするため、この次元に残る。そして…君たち7人の働きはその決戦を左右することになる。戦果を期待する。出発は今日の夜だ」
「…これの準備、あとどれくらいかかるかな?」
翔太達が帰った後で、侑斗と零児はレオコーポレーション地下で建造されている大型の装置を見ていた。
当初はスタンダード次元の研究者だけで行っていたが、シンクロ次元の研究者と資材などが入ったことでそれの準備が着々と進んでいる。
「あと1カ月か2か月と言ったところだ。これの有無で融合次元との決戦が大きく左右される」
「シンクロ次元、エクシーズ次元の住民もスタンダード次元に避難することになるんだったね。彼らを守るためにも、これは必ず必要になる」
研究員から受け取った端末を受け取り、その装置の設計図を見る。
侑斗はこの設計図を最初に見せられた時のことを思い出す。
スタンダード次元にはない技術が盛り込まれた、まるで夢物語のような中身に最初は驚きを隠せなかった。
しかし、零児が提示した新技術により、ようやく開発が始めることとなった。
その新技術をどのようにして得たのかはすでに明白だ。
「…すまないと思ってるよ、僕が背負うべきなのかもしれないけど、どうやら僕は『欠片』に拒絶されているみたいだから…」
「気にしないでくれ。プロフェッサーはいわば身内の恥だ。ゆえにその業は私が背負う必要がある」
「でも、つらい時は辛いとはっきり言ってよ?何もできないかもしれないけど、話せないよりマシだと思うから…」
「…感謝する」
眼鏡のついた埃をふき取り、零児は先に戻っていく。
残った侑斗は端末を近くの研究者に返した。
「防御システム『ニヴルヘイム』…。できれば、これが使われることがないことを願いたいよ…」