なんでトレーナー、私達より走るのが速いの!? 作:マザーグース好きのクラウン
私って、思ったよりも遅いんだ。
そう思ったのは、一回目の模擬レースだった。
お母さんとお父さんが泣いて喜んでくれた中央トレセン学園の入学は、きっと私の背中に羽を生やしてくれるんだと、そんな期待をしていた。
大きな門をわくわくしながらくぐって、寮で案内をしてくれたフジキセキ先輩の格好良さに目を灼かれて。
同室の子と「一緒にまずはG3だ!」なんて二人でカッコ付けて笑って。
待っていたのは、模擬レースでの惨敗だった。
一回目は八着。それも八人いる中での。つまり最下位だった。
何が一番辛かったって、自分の力が通じなかったこととかよりも、トレーナーさん達が、皆一着や二着の子に群がっていったこと。
黒いスーツが、輝くトレーナーバッジが。
全員私を避けていったあの光景は、その日の夢に出るくらいショックだった。
部屋に戻って、たくさん泣いた。同じ部屋の子にたくさん慰めてもらって、少し回復して。
いっぱいレースの勉強もして、それで臨んだ二回目は、ブービーで終わった。
ああ、やっぱりダメなのかな、なんて思ってボーッとしていたら、一人トレーナーさんが走ってきた。
走って……え、すごい速度出てる、見間違いじゃないよね? 周りの人皆二度見してるし。
そうして私の前で止まったその人は、名前も名乗らずに「どうだった?」って訊いてきた。
そうしていっぱいいっぱいだった私は、心の内を吐き出して。
「頑張ったじゃないか」って、褒めてもらえて、アドバイスをもらって。
頑張ろう、って思えた。
翌日、授業が終わってまずチームが決まった子達の練習する競技場に向かった。
あのトレーナーさんに言われて初めて気が付いた。
チームが決まってしまうと、競技場が移ってしまう。
チームが決まってない子達は、そんな子達の練習する競技場しか普通は使わない。
そうしてチームの練習風景を見ていると、チームが決まったばかりの子達はまず色んな距離を走らされていることに気付く。
そうして、「得意距離はこれかな」なんて言われていた理由が、フォームがどこで乱れるか、とかを参考にしているのを知って。
自分が今まで「これまで中距離ばかり走っていたから中距離だろう」と模擬レースを走ってきたことに気付いて、鳥肌が立った。
あのトレーナーさんに言われなかったら、これに気付けなかったんだ、って思って。
じっと競技場の座席で観察を続けていた私に、声がかけられた。
「君、練習はしないのかい?」
振り返ってみれば、そこにいたのは七冠の皇帝、シンボリルドルフ会長で。
慌ててしどろもどろになりながら返事をした。
「あ、いえ! まだ私はチームも決まってないので! はい!」
「ふむ? とするなら、どうして此方の競技場に?」
「え、と、昨日模擬レースの後に、トレーナーさんからチームの練習を見るように言われて」
「ああなるほど、それは確かに得る物も多いだろう。ふむ、それにしてもそのアドバイスをしてくれたのはどのトレーナーだ?」
「あ、ええと……」
そう言って、私はあのトレーナーさんの名前も知らないことに気付いた。
「あ、すみません、わからないです……。あ、でも走るのが速かったです!」
「走るのが……? んー、それだけだと流石に判らないね、まあ、でもその顔を見るに、掴んだ物はあったみたいだね、良い笑顔だ」
「え……?」
言われて、指先を口元にやって初めて気付く。口角が上がっていた。
「あ、えと、これは……!」
「ふふ、良いんだ、その顔を見られただけで、私としても得る物は多かったよ」
じゃあね、○○くん、と。
言ってもないのに私の名前を去り際に告げられて。
流石は生徒会長だなあ、と思いながら、私も自分の本来いる競技場に戻る。
そうしてフォームを誰かに見て貰おうかと考えていたところで、見知った顔を見つけた。
昨日のトレーナーさん。
今日は上下よくあるスポーツブランドのジャージで、なぜか、おいっちにー、とストレッチをしていた。
何をするんだろう? と気になったのは私だけじゃないみたいで、他の子達もチラチラとトレーナーさんを見ている。
そうしてある程度体を動かし追えたトレーナーさんは、競技場の端の方へ。
そうして、四つんばい、とも言えない、両手を地面に付いた格好になる。
よーい、と言ってからお尻を上げた。
そうして。
どん、と言ったトレーナーさんは。
ボーッと見ていた私の視界から、あっという間に消えた。
「は? え?? 嘘!?」
おかしい。
確かにしっかりと目では追っていなかった。
追ってはいなかったけれど。
少なくとも男の人が走るのを見逃すようなことはなかったはず。
そう思って改めてしっかりと彼の姿を追うと、思っているよりずっと先を走っていた。
速い。
周りの子が皆口をぽかんと開けていた。
速い。
通りがかりのスーツ姿の女性トレーナーさんが「うえぇ!?」と声を出していた。
速い。
ウマ娘が走ってもここまでの速さは中々出ない、という速度で、彼は走っていた。
そうして、競技場の向こうの端でUターンして返ってきて。
トレーナーさんが自分の給水ボトルのところで「ゴール!」と言いながら、両手を挙げて速度を緩めて止まった。
誰も、何も、言えなかった。
十秒くらいしてから、ごくごくとボトルからお茶を飲んでいる彼を見て、誰かが「え……男のウマ娘っていたっけ」なんて口にした。
男なのにウマ娘って何だろう、って思いながら、でも同じことを私も思った。
「あのトレーナーさん、え、人間?」と呟いた子もいる。
大きく頭を縦に振りたくなった。
そうして、そんな、皆の視線を一身に集めたトレーナーさんは。
「ぷはっ、あー! たーのしかったー!」
と言って、本当に、心の底から笑っていた。
その瞬間、電気が走ったみたいな衝撃があった。
あ、これだ、って。
楽しい、って思いながら、走っていたのはいつまでだっただろう。
楽しい、って思いながら、走れるのってどれくらいの距離だろう。
そう思って、胸の中に点った暖かいそれを、決して忘れないようにして。
三日後の模擬レース、1600mの芝。
少しキツかったけれど、笑顔で走りきった私は。
トレセン学園に来て初めて、四着を獲った。
偽善だろうが、残酷だろうが。
人に与えた「良いこと」は、でも善に変わりないんですよね。
追記
感想頂けてたみたいで、有難う御座います。
もしかしたらこの子がヒロインと思われてるかもなので……。
この話はタイトル回収と、第零章のテーマの一つとしての
「主人公は極論『楽しく走る相手が欲しい』ことしか考えてないのにそこに意味とか理由とかなんだかんだくっ付けて、勝手に失望してたり勝手に期待してたりする人間らしさ」
みたいな前提条件の一部を描くための物でしかないので、このウマ娘もヒロインとかではないんです、もしも期待した筋道に反していたなら申し訳ないです。
でも感想、嬉しかったです。有難う御座います。
もしあなたが私と同じ飢えを持っていらっしゃったら嬉しいです。