型月世界に転生しました(泣)
死んだときのことはよく憶えていない。ただ、一度死んだという確信だけがあった。
前世の記憶を取り戻した時、俺はどこまでも広く、どこまでも暗い土地に一人立ち尽くしていた。
そこは己の記憶にはない場所。おおよそ地球上には存在しないであろう領域だということだけは直感的に理解できる。
今世における自分の立場、名前などはわかる。名前は折本ツカサ。山奥にある孤児院の前に置きざりにされたらしく、そこで育てられた。肉体年齢は五歳。幼いなんてもんじゃない。身体が出来上がっていないどころか流暢に喋ることさえ難しい。
できるかぎり記憶を探るが、部屋で布団に入った所までしか思い出せない。なぜ俺はこんな場所にいるのだろうか。ここはどこなのだろうか。視界にはただただ広い影の世界が広がっており、何処からかこちらを見つめるような視線も感じる。正直に言って超怖い。
「───妙な気配があると思えば、人の子か。どうやってここまで来たものか……」
上空から女の声。
顔を向けると真っ先に視界に入ったのは腰まで伸びた艶のある紫がかった黒髪。まるで黄金比のような、整い過ぎたプロポーション。茄子紺色を基調とした全身タイツ。暴力的なまでに整った顔立ちの女が、感情を感じさせない暗く沈んだ深紅の瞳で俺を射抜いた。
「我が名はスカサハ。この影の国の女王、スカサハだ。───と言ったところで童には通じぬか」
ふぁぁぁぁっっ!??!!?!?
咄嗟に両手で口を塞いだのは英断だったと思う。目の前にとんでもなく綺麗な人が音もなく現れた。とんでもなく綺麗で、そんなことがどうでもよくなるくらい恐ろしい人が、それはもう禍々しい朱槍を持って現れたのだ。悲しい事に俺は現状を瞬時に理解してしまった。
ここ型月世界じゃないですかやだぁーーー!!!
やばいよぉ、なんでこんな目にあってるのかわかんないけど、とにかくやばいよぉ。百歩譲って型月世界に転生っていうのは納得できても、それでスカサハと対面とか意味わかんない。ていうかここって影の国なんですか!? 影の国って確か命あるものは立ち入れない、世界とは断絶された魔境にして異境じゃなかったっけ!? そっか、俺ってば死んじゃったのか……
「……ぐすん」
「!? な、なぜ泣く小僧っ。こ、この槍はお主を刺し貫くものではない。そもそも儂に童を虐め殺すような趣味などないわっ」
おっと、なにか勘違いして慌ててらっしゃる。聞くところによると、サーヴァント化する前のスカサハはその不死性と長すぎた人生経験から感情の起伏に乏しい人物だったらしい。確かに俺の知っているスカサハ像とは少々違うが、感情が全くないわけではないようだ。
いやまあ、どのみち怖い事には変わりないんですけど。
◇
「───ほう。布団に入って寝ようとした所までは憶えているがそこからは何もわからない、とな」
「は、はい……」
なんとかスカサハの誤解を解いた俺は、喋りにくいこの口を必死に動かして自分の状況を説明する。
でも転生とかその辺には触れていないぜ。なんか説明が面倒くさかったし。
「なるほど、道理でな」
「えっ……な、なにかわかったんですか……?」
なぜか一人で納得してうんうん頷いている。こちらにも説明して欲しいのだが。というか当事者は俺だし。
「ああ。簡単に言ってしまえば、お主は今死んでいる」
「……ぐすん」
やっぱり俺って死んでたんだ。前世の記憶を取り戻すのが死んだ後って……しかもまだ五年しか生きてないのに。こんな理不尽な事ってある?
「
何を言っているのだろうかこの全身タイツ女は。「変わるまい?」って変わるわバカ! なんなんそれ!? 子供を虐めて愉しいのか!
「この影の国は儂の許可なしに生者が入国することはできん。じゃが肉体という楔から解き放たれ、なおかつ
そういう適正ってなんだ。あれか、レイシフト適正みたいな奴か。つまり藤丸立香のレムレムだと思えばいいのだろうか。本当に?
「それって、俺の身体は大丈夫なんでしょうか……?」
「知らん。まあ問題なかろう。お主は今『生きながら死んでいる』状態だと言える。生と死が絶妙なバランスを取っているのだ。つまり、お主が今こうして儂の目の前にいるという事がお主の肉体の無事を証明しておる」
今さらっと怖いこと言われた。つまり肉体が死ねばこっちの俺も死ぬと? じゃあ早く身体に戻らないといけないじゃないっすか。
「そう焦るでない。お主の精神と魂は肉体と‟縁”という糸で繋がっている。説明しても理解できんだろうが、つまり儂ならばお主を元の体に戻してやることもできよう」
「ほ、本当ですかっ……!?」
「嘘をついて何になる。このスカサハに二言はない。ほれ、すぐにでも戻してやろう」
そう言ってスカサハは俺の背に指を這わせる。あの、メチャクチャくすぐったいんですけど何してるんすか。もしかしなくても原初のルーン? そんな危険極まりない神代の魔術をこんな子供に使うの? うっかり爆発したりしない?
「……お、おおっ」
とかなんとか考えてたら体を温かな光が包み込んだ。ナニコレしゅごい。言語化するのが難しいけど、肉体に精神が引っ張られる感覚っていうか、夢から覚める瞬間に似ている気がする。
「うむ、問題なさそうだな。以後、お主と会うことはないでだろう。久方ぶりの会話は存外楽しめた。……もう二度と、このような所へ来るでないぞ」
一瞬、ほんの一瞬だがスカサハが寂しげな表情をした……様な気がしなくもなくもない。いやどうなんだろう、感情が読みずらいよこの人。
だが何千年とこんなところで孤独に生き続けていたら、そりゃ寂しいとは思う。俺だったら耐えられない。せめて緑が欲しいよね、森とか山とかさ。
「俺も、楽しかったですっ。ありがとうございましたっ」
最後に、相変わらず喋りにくいこの口で感謝を告げる。影の国なんて超危険区域に迷い込むとか運が無いにも程があるだろ。スカサハが来てくれなかったら、遠くからこちらを眺めている魑魅魍魎どもに襲われてなす術なく殺されていたかもしれない。
いやぁ感謝しかないっすわ。
視界を光が埋め尽くす。こうして突然始まった異世界トリップはあっけなく終わりを迎えたのであった。
◇
目が覚める。
何の変哲もない朝。いつも通りの日常。それはスカサハの魔術?が上手くいった証。
というかあれは俺の見た夢だったのでは、と思い始める。だって証拠が俺の記憶しかないしさ。
だが、仮に夢であっても悪くない。それが切っ掛けかどうかは知る由もないが、こうして前世の記憶を取り戻す事が出来たのだ。
これで『強くてニューゲーム』だぜ。人生の勝利が約束されたも同然だ。わっはっはっ。
「ツカサ君! ちょっと手伝ってもらってもいい?」
「ん……はい!」
この施設の職員さんの声が聞こえる。五歳児に何を手伝わせようとしているのか知らないが、まあいいだろう。何であろうとも器用にこなしてみせよう。
あ~生きてるって素晴らしぃ~。
◇
「で、なぜお主は今日もここに居る?」
「…………さ、さあ?」
現実世界に戻り、元気に一日を過ごした後疲れて眠ってしまった午後21時。気が付くと俺はまた影の国にいた。
「あ、あの、なんで俺、またここに……?」
「……儂との縁が出来てしまったせいか、それともそういう
心なしか昨日よりも感情に起伏があるように見える。主に呆れという感情の。
そりゃ、あんな別れ方したくせにこうしてまた影の国に来てしまったのは悪いと思う。そもそも来たくて来たわけじゃないし。
「また儂が肉体に戻してやっても良いが、根本的な解決にはならんだろう。それはもうお主の体質じゃ。恨むなら自分を恨むがよい」
「そんなあ……」
眠るたびに意識が別世界に飛ぶ体質とか嫌ですよ。ていうか、なんで影の国なんだ。どうせなら
「目が覚めるまで適当にしているが良い。とはいえ、此処ではくつろぐことなどできまいが。………いや待て、此処にいる間己の身を守る術を身につけるのも良いか」
なんか言い出したよこの人。なんか恐ろしい言葉が聞こえたよ。聞き間違いかな?
「うむ、我ながら妙案だな。お主、この影の国にいる間儂の下で修業してみる気はあるか?」
「ないです」
「たわけ。お主に拒否権などあるはずがなかろう。戦う力がなければ魑魅魍魎どもに喰われるぞ」
いやいやいや。いやいやいやいや。修行? 誰が。何処で? 此処で!? アイルランドの大英雄、クー・フーリンの師匠であるスカサハの下で!? 命がいくつあっても足りませんです。
「無理です死んじゃいます。いやもうほんと勘弁してください」
「お主は年の割に頭が良い。視たところ魔術回路も備わっておる。うむ、問題ないな」
「聞いてないよこの人……!」
こうなったら逃げるしかない。何処に逃げればいいのかわからんが、逃げなかったら殺される。
「安心せい。儂も長く生きた故、どれだけ辛くとも死ねぬよう調節する。大船に乗ったつもりでこのスカサハについてくるがいい、我が弟子」
「ひ、ひぇぇぇぇぇ…………」
これが始まり。俺こと折本ツカサと影の国の女王スカサハの出会い。運命と出会った士郎くんと比べて落差が半端ないとは思わないか? 俺は思う。というか俺はこれを運命の出会いにカウントしたくない。
だからこそ俺は、俺自身を慰めるためにこう言おう。
型月世界に転生しました(泣)
【次回】9月8日18:00更新予定!