少し欠けた満月が、わずかな銀光を雲に滲ませる。周りには人の行き交う気配はなく、凍り付くような静寂が闇を侵していた。
あれから三日後。招待状で指定された場所は古い郊外の駅だった。
とっくに駅としての機能は放棄されている。構内も閉鎖されていたが、まだ『駅』としてのカタチだけは保っていた。
俺と先生とグレイは柵を乗り越え、構内へと踏み込んでいく。
「ありがとうございます!俺を連れてきてくださって!」
だがもう一人、背後から声が上がった。
カウレス・フォルヴェッジ。エルメロイ教室の新顔である魔術師だ。
「連れてくるも何も、押しかけて来たのはお前だろう」
先生が冷ややかに息を吐く。
すると、指摘されたカウレスはうなだれて、肩を落とした。
「……立ち聞きしたのは、申し訳なかったです」
「責めてはいない。もともとはフラットがやった仕掛けなんだしな」
フラットが解析し、先生が再現に成功した原始電池だが、その際にフラットは先生に対する盗聴魔術を仕込んでいた。ただ、当の本人が仕掛けた後にその術式の存在を忘れ、たまたま発見したカウレスが俺たちの会話を聞いてしまったらしい。
フラットよ、誰がそこまでしろと言った。
「すいません。それでも、俺、
「ほーん、そうかい。いやお前のことなんかどうでもいいけど、俺たちの邪魔だけはするなよ」
「ツ、ツカサさん……!」
グレイに咎められるが知ったこっちゃない。邪魔しやがったらマジで殺す。むしろ今殺した方がいいのでは?
「いいかグレイ、魔術師を簡単に信用するな。魔術師なんて生物は九割五分がクズなんだから」
「そ、そうかもしれませんけど……」
時計塔の魑魅魍魎どもを見ていればわかるだろう。先生や俺達のような一般の魔術師からかけ離れた変わり者ばかりと接してきたせいで勘が鈍ったのだろうか。魔術師、信じちゃ、ダメ。
「そういえば、どうして師匠も眼鏡なんです?」
「これは魔眼殺しだよ。急遽用意したので、ずいぶん足元を見られたがね」
くいと眼鏡の弦を持ち上げて不機嫌そうに言う。魔眼殺しは対魔眼用の対策礼装であり、また自分で制御しきれない魔眼を封じるためのもの。最高品質の魔眼殺しはその大半が蒼崎橙子の作ったものだ。
「言ってくれれば俺がつくったのに」
「そこまで頼るわけにもいくまい。だがさすがに
「よく似合ってますよ。何なら俺が性能を向上させましょうか?」
魔眼は儀式などの過程をすっとばして、その結果だけを対象に押し付ける。発動速度が速いため、対抗策として魔眼殺しのような礼装をあらかじめ身に付けることが多いのだ。
薄暗いホームには散り散りにいくつかの人影がある。どういう仕掛けか、廃棄されているはずのガス灯に一つ二つ光がともっていた。
ふむ、悪くない場所だ。雰囲気もそうだが、この駅そのものが一種の結界として作用している。ここを秘密基地(工房ではなく遊び場)にしたいところだが流石に遠すぎるか。
そして、人影のひとつがこちらを見つけて歩み寄ってきた。
「おひさしぶりです。ロード・エルメロイⅡ世」
「……あなた、は……っ」
たおやかに纏われた民族衣装───故郷を思い出す懐かしい着物を着こんだ眼鏡の女性。
「……あなたが来られるという事は、法政科が
「法政科……っ」
後ろでカウレスが硬直する。
時計塔の十二の研究方針、十二科のいずれにも属さない───その外側から魔術協会を監視する第一原則執行局・法政科。神秘を追いかける魔術師たちと異なり、神秘を管理・統制する側の存在だ。
「いえ、今日は個人的な向きでして。……あなたがロード・エルメロイⅡ世の養子になったという?お噂はかねがね。化野菱理と申しますわ」
かぶりを振って、次はこちらに向き合う。
「お初にお目にかかります。剥離城では
「まあ、ふふふ。こちらこそお養父上にはお世話になりましたわ。もし法政科にご興味があれば見学なさっても構いませんよ?」
「ハハハ。私のような若輩者に務まるとは思えませんが、前向きに検討させて頂きます」
胡散くせぇ。
同郷の人間に会えて嬉しいのは本当だが、法政科を簡単に信じてはいけない。俺は別に興味ないが、苦労するのは先生やライネスたちだ。それはちょっと申し訳ない。
「───法政科の鼠のあげく、どこかの
もうひとつの澄んだ声が、廃棄された駅のホームに響く。
振り返ると、誰もいない。いや背が低くて見えなかっただけだ。
視線を下げると、恐らく十一、ニ歳ほどの小生意気につんと顎をしゃくったあでやかな銀髪の少女が睨めつけていた。
「これは」
と、先生が瞬きする。
次いでシガーケースに葉巻を仕舞って片膝をついた。
「ご無沙汰しています、レディ」
「ふうん。
実際に会うのは初めてだが、よく知った顔だ。というか、なぜその年でここまで威張れるんだ、このガキ。
「あの、ツカサさん……この方は?」
「オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア。つまり、
「
FGOにおけるカルデアの二代目所長にして、後の地球大統領。今思い出しても笑えるが、特異点Fの事を考えると笑えない。南米でのことを思い出すとむしろ泣けてくる。
法政科に
「知ってるわよ。あなたは先代……ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのすげかえで無理やりエルメロイ派にねじ込まれた生け贄でしょ」
「時計塔らしからぬ真っ直ぐな物言いですな。年若いアニムスフィアの一族が山から下りてくることも珍しいですが」
十歳と少々の子供とは思えない言動。俺も人のことを言えた立場ではないが、やはり魔術師の家系というやつは歪んでいる。友達いないんだろうなあ。
「別にお互いこんなことで時間を無駄にしても仕方ないもの。で……あなたは狙いの魔眼があるわけ?」
「……さて、どうでしょう」
相手が子供だからか、先生の言葉も心なしか柔らかく感じる。
だがおかまいなしに、オルガマリーは冷えた視線を先生に向けていた。
「ふん。あっても言うわけないわね。オークション前に情報を渡すわけないし」
「そうとも限りませんよ。互いに狙いの魔眼が違えば、負担を軽減することも可能でしょう。あなたもそういう意図だったのでは?」
ここまで真っ直ぐに言ってくると、逆に好感をもてるかもしれない。でもやっぱりムカつくな。軽く泣かせるか。
「───オルガマリー様」
と、そこで新たな人影が歩み寄った。
こっちはアップにした髪型に紫のコートを纏った女性。かけている眼鏡は先生と同じく魔眼殺しに見える。
「ロード・エルメロイⅡ世様。化野菱理様ですね。オルガマリー様の付き人をしておりますトリシャ・フェローズと申します。───さあ、お嬢様」
「な、何よトリシャ」
「失礼いたしました。また改めて挨拶させてくださいませ」
そそくさと、トリシャとオルガマリーが身を翻す。
隣に立っているグレイがぶんぶんとかぶりを振っているが……まあ年頃の子だしそういうこともあるだろう。
その横で、カウレスが口を開いた。
「先生は、怒らないんですか」
「何をだね」
「いくら
「ああ、あの程度で怒ってたらきりがないさ。いや、いっそあれぐらい分かりやすく敵意を示してくれる方が好感は持てるかもしれない。好意的にやってくる相手の方が、魔術師は恐ろしいよ」
「あら、誰のことです?」
菱理が微笑したが、こちらは取り合わず先生は言葉を継いだ。
「それに、私がお飾りなのは本当のことだ。いずれは彼女もライネスも法政科に通うことになるだろうし、細かな訂正はライネスがすればいい」
多くの
「でも、あなたの言った通り引きこもりのアニムスフィアが山を下りてくるのは珍しいですね。よほど目当ての魔眼でもあるのでしょうか?」
「さて。あそこなら、魔眼に金を出すぐらいはやるだろうが」
ちらと視線を辺りに向ければ、ゆるゆると霧が立ち込み、ホームをいよいよ白く染め始めた。
ロンドンはよく、霧の都などと呼ばれる。
実際、冬には濃い霧が発生することが多いが、呼び名の理由は別だ。
おおよそ十九世紀以降、産業革命に伴う石炭燃料の莫大な消費によって、煙や煤が霧と入り混じり、それこそ数メートル先も定からぬ濃さのスモッグで首都を閉ざしたのだ。
だが、今自分たちを取り囲んだのはそれらとは別のもの。
視界を閉ざすだけの濃密さはあれど、汚れや悪臭などは欠片もない。ただ純然たる白が広がっていく。
「汽笛が……」
呟いたのはグレイだったか。とうに廃棄されたはずの古く懐かしい響きが霧を揺り動かして聞こえてくる。
光が、霧を割る。
そして優美な車輪が、線路の上に現れた。
どこまでも凛々しく猛々しいその姿は、全世界の男子の心を鷲掴みにするだろう。
あまりにも時代錯誤。
あまりにも荒唐無稽。
だからこそ、この舞台にふさわしい。
「……
なにこれドチャクソカッケェーーー!!
◇
ゆっくりと汽車は止まり、瀟洒に飾られた扉を開いた。
躊躇なく足を踏み入れる。車両の中央には大きなテーブルが置かれ、色とりどりのフルーツが積まれていた。近くの椅子に腰掛けた白い帽子の男が、林檎に手を伸ばし、しゃりと皮ごとかじりとる。
「ああ、追加の招待客が来たのか!」
「……
いぶかしげな先生の言葉に、男は大いにうなずいた。
「もちろんだとも!というか、この姿を見てわからないかな!?」
「テレビで見たことありますね。確かゾンビ料理の……」
「ん~!イエス!」
男が懐へと手を差し込む。
内側から出て来た拳銃をぐるぐるスピニング。左右の拳銃を自由自在に操りつつ、最後は目前でびしっと構えてポーズを取った。
「ジャ~ンマリオ!スピネッラの!ゾンビクッキング!今日もジャンマリオと一緒にゾンビ丸焦げの調理を楽しみましょう!」
その決め台詞は如何なものか。
「あれ、ご存じない?ジャンマリオのゾンビクッキング」
「ゾンビを倒しながら料理するって言う意味の分からん番組ですよ。先生は知らなくても問題ないです」
ジャンマリオ・スピネッラ。
この人はあれだ、原作では
ともあれ、ゾンビを倒しながら料理することに何の意味があるのかは知らない。正直、何も面白くなかったが子供たちや奥様方にはわりと人気があるらしい。
「魔術師が、テレビに?」
「ないわけじゃない。
本来そういった方面のものは法政科の役割なのだが、けして専売特許というわけでもない。それぞれの派閥で、自分たちの手で情報を制御したいという者もいる。とはいえ、冠番組を持っている魔術師はさすがに希少だが。
「……で、そちらの方は?」
先生の視線が、テーブルの向こう側に移された。
そちらにはもうひとり、優に七十は越えていよう黒色人種の老人が座っていた。
鍛え抜かれた肉体は明らかに一般人のそれではなく、首に掛けた十字架のペンダントは、つまるところ。
「カラボー・フランプトン。聖堂教会の者だ」
一部を除いてほとんど全員が、緊張を漲らせた。
聖堂教会はその名の通り、世界で最も多くの信者を持つ『普遍的な』宗教を基盤とした組織だが、魔術協会とは多くの面で反目しあっている。魔術協会が自らの手で神秘を管理しようとしているのに対して、聖堂教会は自分たち以外の神秘は残らず壊滅させようという立場だからだ。
カウレスが上着の懐へと手を入れ、微笑したままの菱理もまた一歩後ずさり距離を取った。
老人もまた、軽く拳を握り込む。
「まあまあ。今はお互い買い手売り手として来てるわけですし、この列車内では穏便にいきましょうよ。初めましてミスター・カラボー。折本ツカサです、よろしく」
「……………フッ、確かに君の言う通りだな。カラボーだ、よろしく頼む」
背後のどよめきを無視して友好の握手を交わす。
みんな警戒しすぎなのだ。この年齢で
それに他の代行者や埋葬機関に比べればウン百倍はマシな人である。
「───わわ!なんとエルメロイⅡ世先生もいらっしゃるなんて感激!」
と能天気な声で手を叩く少女がいた。
ただしこちらの方は初対面ではない。
「じゃっじゃーん!エルメロイ教室愛人志望イヴェットちゃんですよう!」
「……イヴェット……」
今度こそ先生は堪えかねたように胃のあたりを押さえた。
「君も招待状を……」
「その通り!ふふふ、ご存じのようにレーマン家は魔眼の大家ですからね!
最後の擬音まで口にするのはイラっとするが、おかげで車内に充満していた殺意は完全に緩和された様に感じた。こんなのでも役に立つんだなぁ。
それはそれとして。
「おいコラ。愛人志望なんて設定どこからわいた頭オーロラか?」
「もちろんたった今!あたしの控えめでキュートな胸からです!」
「蒼崎妹と似たこと言いやがって。今すぐ死ぬか列車から降りるか選べこの野郎」
えへんとばかりに胸を張るイヴェットに殺意が沸く。俺は先生を大切にする人じゃないと認めませんからね!
そんな馬鹿な女から視線を移す。逸らしたのではない。いつの間にか車両の中央に痩せぎすの男が佇んでいたのだ。
身に纏っているのはおそらく
「はい。今宵も定刻通りに運行できております。これも皆様のご協力あっての賜物です」
ざわめく魔術師たちをよそに、満足げにうなずく。
背後の扉が閉まり、汽笛と共に蒸気機関がけたたましく鳴り響いた。
「当車の車掌、ロダンでございます。皆様歓談中のところ失礼いたしました」
……反対側の入り口から乗車したオルガマリーたちも気付かなかったようだ。明らかに突然、そこに気配が発生した。
空間転移というより、空気からしみだしたかのように。
「当車は三泊四日で霧の国を一周して、ロンドンに戻ってくる予定です。その間、皆様にゆっくり魔眼コレクションをご覧いただき、三日目にお待ちかねのオークションを行います。落札された魔眼はすぐに移植されましても、お手元で保管いただいても構いません。ええ、移植にはたいした時間はかかりませんので、どうぞご安心を。逆に魔眼を出品される方は明後日───三日目の夕方までに私どものもとまでおいでください。声をかけていただくのはこのロダンでもかまいませんし」
「───あたし、オークショナーをつとめさせていただくレアンドラでもかまいませんのよ」
隣に毛皮のコートを着た女が現れた。
なるほど、納得した。そう言えばここはもともとロズィーアンの物だったか。上級死徒、それも二十七祖に入るほどの存在だ。この列車そのものが一種の異界であり工房。それを代理とはいえ運営している二人もこの列車内でのアドバンテージがあるのは当然だ。
「今から、皆様を客室に案内したく思います。どうぞ、こちらへ」
そう言って、ロダンと名乗った車掌がもう一度会釈したのであった。
【礼装紹介】
『魔刻印』
正式名称『高濃度魔力凝縮結晶』
『黄金杯』で生成した魔力は所有者に還元する事はできても貯めておくことはできない。
とはいえ、放っておくだけで魔力を生成し続ける性質上、その余分魔力を腐らせるのももったいないと考案したのが、これだ。
見た目は皮膚に浮かぶ赤い模様。一言に言えば令呪である。
ツカサは膨大な魔力を令呪という形にして保管するという偉業に目を付けた。これならばかさ張ることもなく楽だな、と。
だがこれはただの魔力結晶のため、仮にサーヴァントと契約したとしても強制権などはまったくない。あくまでも外付けの魔力電池にすぎない代物である。
生成できるのはおよそ一日に一つ。生成した刻印はツカサの腕に纏っており、現在は三十二画貯まっている。(魔術で普段は見えないようにしている)
宝石などで貯めておくことも考えたが、その場合は無駄に費用がかかり、また使用する際にいちいち取り出すのも面倒くさい。その点、こういった方法で貯めておくことが出来るのはツカサにとって僥倖と言えた。
ありがとう、マキリ・ゾォルケン。ありがとう、言峰綺礼。貴方たちのおかげで令呪という手段と魔術に応用するという発想が生まれたよ。やったね。