Fate/Reach Boundary   作:日彗

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ひっそりと投稿……


魔眼蒐集列車 5

 

「どう、思いますか」

 

 と、改めてカウレスが尋ねた。

 

「さっきのオルガマリーさんが、あの招待状を残した相手だと思いますか」

 

「さて。普通に考えれば、こんな回りくどい手は打たないが。聖遺物の話まで降っておいて、盗まれたことを知らないふりする意味もなかろうし」

 

 とはいえ、この発想は魔術師にはあまり役に立たない。それ自体が何かの魔術の一環ということもあるからだ。

 

「ひとまず、この手紙だ」

 

 と、先ほど見つけた封筒を持ち上げた。

 

「夕方に最後部車両に来い、とさ」

 

「………じゃあ」

 

「ああ」

 

 と、先生はうなずいた。

 

「ここまで来たんだ。お招きに応じようじゃないか」

 

 

 

 

 しかし、夕方より前に異変が生じた。

 来るべき時に備えてあれやこれや準備をしていると、突然魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)が停止したのだ。

 

「車掌のロダンでございます。当列車はこの地に二時間ほど停止した後、再び出発いたします。皆様におかれましては車内で滞在されるも、車外を散策されるもご自由にお過ごしくださいませ」

 

「………どうやら、定期的に停まるようだな」

 

 と、先生が口にした。

 この列車は霊脈に線路を形成して走っている。そのため、魔力の維持に時々停まって供給する必要があるのだ。

 

「ひとまず、降りてみるか」

 

「あ、はいっ!」

 

「俺は残って作業してるんで、楽しんできてください」

 

 先生とグレイ、カウレスが部屋を出ていく。

 この後のことを考えると、今のうちに出来るだけ準備と整備を済ませてしまいたい。

 

「黄金杯は問題なし。星冠球、不敗剣ともに動作正常………」

 

 手元の作業に没頭していく。時間を忘れ、自己と周囲の境が分からなくなるほどに深く潜る。

 こういう作業してる時が一番楽しいのだ。

 

 

 

 

 どれだけ時間が経ったのかわからない。一時間か二時間か、或いは十分程度だったのかもしれない。

 集中しすぎると時間感覚が分からなくなる。だが今回集中が途切れたのは作業が終わったからではなく、空気を切り裂くような少女の悲鳴が聞こえたからだ。

 

「…………動いたか」

 

 もう少し作業の続きをしていたいのだが、そういう訳にもいかないだろう。

 仕方がなく礼装を仕舞い込んで部屋を出る。声の発生源はわかっている。どうせ他の皆も向かってるだろうし、そんなに急ぐ必要もないだろう。

 近づくにつれて、鉄の臭いが強くなる。

 目的の場所には、既に先生達が着いていた。

 

─── びちゃびちゃ、びちゃびちゃ。

 

 現場の状況は凄惨で、魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)の豪華な絨毯を赤色が汚していく。

 部屋の中心には椅子が倒れ、ひとりのヒトガタが横たわっていた。

 

 トリシャ・フェローズ。

 

 血だまりの中で彼女は倒れていた。

 どう考えても生存できるとは思えぬ出血量であり、ばかりか彼女の身体からはあまりにも重大なものが失われている。

 死体から、頭部が欠けていたのだ。

 

「………トリシャ?」

 

 そのすぐそばで、オルガマリーが膝をついている。先ほどの悲鳴は彼女のものだ。

 その横顔からは、もはや色は失われている。

 わなわなと震える指が、死体のコートに触れる。血が付くこともかまわず、首なしの死体を揺さぶった。

 

「トリシャ?トリシャ?嘘でしょ?なんで」

 

 なんで、といった所で声を詰まらせる。

 

「………いつも偉そうだったじゃない。私が問題解けなかったら、嬉しそうに手のひらに鞭打ってたじゃない。なんで、こんなところで寝てるのよ!いつもみたいに人のことを叱りつけなさいよ!」

 

「オルガマリーさん………」

 

 すると、少女はこちらを振り向き、痛烈な勢いで指弾したのだ。

 

「おまえらが、犯人なの!」

 

 と、叫んだ。

 

「ふざけないで!トリシャを返して!」

 

 悲痛な叫びが木霊する。

 いかな君主(ロード)の家系とはいえ、まだ十一かそこら。こんな凄惨な現場を前にして、冷静さを保っていられる者などまずいない。

 だが。

 さらに続く言葉に、ただならぬ緊張が漲った。

 

「お、おまえね!おまえなんでしょ!()()()()!」

 

 少女が叫んだ相手は、寡黙な黒人の老人───カラボー・フランプトンだった。

 

「……あいにくだが」

 

 と、老人はゆっくりとかぶりを振った。

 そのまま彼は、別のことを申し出た。

 

「俺に、検死させてもらってもかまわんかね」

 

「検死?」

 

「ああ。専門家ではないが、この手の死体には慣れてる。何か分かるかもしれない。いかがかな車掌殿?」

 

 この状況でもさして表情を変えていない痩せぎすの男に問いかける。

 銀の懐中時計を取り出し、小さくうなずいた。

 

「………こちらはかまいませぬ。ただ部屋の清掃もございます。発車時間も考慮いたしますと、一時間のうちに終らせていただきたく存じます」

 

 オークションが始まる前からライバル同士で殺し合う事はよくあるらしい。当たり前のように、まるで子供が料理をこぼしてしまったぐらいの、あまりにも穏やかな態度だった。

 

「ふざけないで!」

 

 それが彼女の気に触れたのだろう。

 突き出されたオルガマリーの手から魔弾が放たれた。純粋に魔力を凝縮させたそれは、さすがはアニムスフィアの次期後継者と言わざるを得ない威力を内包していた。

 しかし、カラボーが携えた黒鍵が、その魔弾をあっさりと弾いた。

 老いたとはいえ流石は元代行者。その技の冴えはいまだ健在のようだ。

 

「失礼」

 

 魔弾を防がれたショックで固まるオルガマリーの額を軽く小突く。簡単な催眠の魔術だが、精神的に不安定な今は抵抗されることもなく意識を手放してくれた。

 

「誰か彼女を見てあげてくれ。目を覚ました時にこの部屋だとまたショックがあるだろうし、できればロビー車両に連れて行ってほしい」

 

「あ、じ、じゃあ俺が………」

 

 進んで出たカウレスがオルガマリーを抱き上げて去り、カラボーが周囲を観察し始める。

 

「………死亡時刻が数十分以内なのは間違いないだろう。死因もまず頚部切断によるショック死と見ていい。争いの跡はないから、犯人が彼女を殺すまでは一瞬だったはずだ」

 

 普通は写真を撮ったりするのだが、細かな記録なら魔術回路でも可能であり、そもそも現代科学による証拠などいくらでも偽造捏造できる。

 

「………だが、なぜ犯人は頭部を?何か、魔術の触媒にでもするのか?」

 

「彼女は未来視の魔眼だったそうです」

 

「ほう?」

 

 老人が顔の皺を深くする。

 もう一度死体を見やったところで、さらに先生は付け加えた。

 

「犯人は彼女の眼球を奪うつもりで、頭部ごと持ち去ったんじゃないでしょうか」

 

 ホワイダニット。

 それはこの魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)にふさわしすぎる動機であり、魔術師らしい思考だ。

 

「眼球目的で頭部ごと、か」

 

 カラボーが顎のあたりを撫でる。

 

「そんなことが可能なのかな?持ち去った頭部から魔眼を摘出するなど」

 

「───私どもの技術をもってすれば、きちんとした保存ができているという前提付きで、頭部からの魔眼摘出は容易です」

 

 背後に立っていた眼帯のオークショナー・レアンドラが冷ややかに説明する。

 

「付け加えれば、魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)以外でも、魔眼の移植自体は不可能ではありません。無論、確実性は著しく落ちるでしょうが」

 

 最後の言葉は魔眼の専門家としての誇りでもあるのだろう。

 その証言を受けて、

 

「ならば、私も改めて検死したい。それから、少しこのご老人と話させてもらってもいいかな?」

 

 

 

 

 特に抗う事もなく、ほかの魔術師たちは退出していった。

 彼らにしてみれば、従者のひとりが殺された程度は気にならないらしい。人のことをとやかく言えないが、魔術師という連中は人の心がないのだろうか。

 

「ひとつ、伺ってもかまいませんか」

 

 絨毯に膝をつき、いつものルーペを持ち出してあちこち調査しながら、先生は話しかけた。

 

「なんだね」

 

「あなたは、魔術師が憎くないんですか?」

 

 聖堂教会と魔術協会は相容れない。それは単に勢力や歴史的なものではなく、もっと思想的なものだ。神秘を秘匿して守ろうとする者と、自分たち以外の神秘を否定する者との決定的な隔たり。

 

「ああ。正直に言えば、この列車にいるすべての魔術師は神に救いを乞うた後、ことごとくが煉獄に魂を焼かれればよいと思っているさ」

 

 勘違いしている者は多いが、煉獄と地獄は似て非なるもの。そこは天国に至れぬものが魂を浄化するための場だからだ。苦しみこそあれ、地獄と違って真の罪人が行く場ではない。

 

「だが、それとこれとは別だ。俺が預かった黒鍵は、亡くなった同胞を悼んでいる娘を貫くためのものじゃない」

 

 簡潔だが、信念を感じられる言葉だ。

 こういう点で、俺の知る他の代行者連中とは違うと実感する。

 その台詞を吟味して、先生はゆっくりと尋ねたのである。

 

「カラボー・フランプトン。あなたは、感受型の魔眼を持っているのでは?」

 

 老人はすぐには答えない。

 ゆっくりと視線をあげて、錆びた鉄がこすれるような声で訊き返した。

 

「………どうしてだね?」

 

「あなたの年齢を考えると、この列車にやってきた理由は魔眼の購入よりも売却と考える方が普通でしょう。そもそも聖堂教会は洗礼詠唱以外は表向きには認めていないはずです。検死を買ってでたのは、自分の魔眼が有用だと思ったからじゃないですか」

 

 似たような話を今朝、イヴェットとグレイを交えてしていた。先生はその時いなかったが、同じ結論に辿り着いていたらしい。

 

「………隠せなさそうだな、君主(ロード)

 

 と、老人は重く囁き、眉のあたりの古傷にそっと指を這わせてこう続けた。

 

「俺の眼は、過去視の魔眼だ」

 

「過去視」

 

 過去視。過去を視る瞳。未来視の逆。

 

「ああ。大したものじゃないさ。一応魔術師のいうノウブルカラーとやらには引っかかるのかもしれないが、少なくとも『黄金』の位階だとか騒がれるようなものじゃない。でもそうだな………お嬢ちゃんは、今朝、君主(ロード)の髪をセットしたね?」

 

「………あ、はい」

 

「ずいぶん手慣れてる。もう五分寝かせてくれとか君主(ロード)は言ってたけれど、結局さっきのカウレスくんに支えさせてやり終えたね。ん、何か調査してるようだが事件とは関係ないか」

 

「…………っ」

 

 グレイが一瞬、息を呑む。

 というか先生、内弟子にそんなことまでさせてたんですか。

 

「そのぐらいのことは視える。もっとも、希望の時間と場所をいつでも指定できるような都合のよいものでもないがね。

 発動はある程度制御できる。とりわけ魔術や神秘の濃い時間帯には引き付けられやすいから、役に立たないわけじゃない。とはいえ、この歳になると魔眼にひきずられることも多くなってきた。もともとはこれを売り払うつもりで、オークショナーにも話していたんだ。明日のカタログには載るはずだとも」

 

 しばし何事か考える様に手を止めてから、先生は言葉を続けた。

 

「では、犯人が視えましたか?」

 

「………いいや視えなかった」

 

 と、カラボーは告白した。

 

「視えない?」

 

「何らかのプロテクトをしていたのかもしれん。彼女がこの椅子に座っていたことまでは視てとれたが、首が落ちた前後の状況は曖昧としてはっきりと視えない」

 

「……………」

 

 しばらく黙り込んでから、先生はこう返した。

 

「だったら、未来視の魔眼を持つトリシャ・フェローズ自身にとっても、そうだったかもしれません」

 

「………何?」

 

 老人がぎこちなく目を見開く。

 

「もしも気付いていたならば、何らかの措置を施していたでしょう。少なくとも、主人であるオルガマリーに警告ぐらいはしていたはずです。つまり、彼女の死とその犯人は未来視にも過去視にも───過去からも未来からも視えなかったんですよ」

 

 まるで時間の透明人間です。

 先生はそう結論づけるように囁いた。

 

「……だが、そもそも俺が本当のことを言ってる保証もあるまい。過去視などというのは最初から出鱈目かもしれんぞ。さっきの朝の話だって、誰かに聞いていれば済むことだろう」

 

「ええ」

 

 と、先生はうなずいた。

 

「それでも、あなたのように誰かを守ろうとしている人を、私は信じたい」

 

 一瞬、老人が口ごもる。

 それから、ゆるくかぶりを振った。

 

「時計塔の君主(ロード)とも思えぬ台詞だ」

 

「未熟ですが、人を見る目は持っているつもりです。なによりも、魔眼という現象は技術ではなく体質です。人間にとって最古の魔術であり、術式でも学問でもなく、脳を揺さぶり続けるものです。だとすれば、それは生き方をも規定するはずでしょう」

 

「………前も、魔眼の持ち主に会ったことがあるのか」

 

「生前トリシャが話してくれました。魔眼を持つということは、魔眼に縛られることを受け入れることだと」

 

「だが、それだけじゃあるまい。ああ、時計塔の君主(ロード)ならば、魔眼の持ち主ぐらいいくらでもあっていて当然だが………ずいぶん真面目に受け取っているものだな」

 

 最後は苦笑混じりだった。

 

「俺にとっての過去視とは、もっと乱暴なものだよ」

 

 しかつめらしい顔をずっとしていた老人が語り始める。

 

「たとえば、脳髄だけを引きずり出して、古い白黒フィルムと一緒に溶液にでも漬けられるようなもんだ。その世界には眼球なんてないのに、情報だけは好き勝手に侵略してくる。そうだな。フィルムの中の登場人物に乗り移る様な感じか。その視点の情報を一気に流し込まれてる俺と、あくまで外部(いま)からフィルムを見ている俺が、同時に存在してる。わけがわからないかもしれないが、実感としてはそんなもんだ」

 

「…………」

 

「人間は見るものに囚われる。ふたつのものを一度に集中して見られないように、脳ができあがってるからな。今と過去の俺がそれぞれにいても、見られるものはひとつだけ。ああ、つまり過去を視るということは、現在に生きられないということだ。俺はこの眼を意識してから、一度だって今を生きたことはない」

 

 トリシャも同じことを言っていたが、これは人とは違う世界を視る魔眼を持つものにとって宿命的なことだ。

 俺もまた、人とは違う世界を視るが故に、その気持ちに共感することが出来る。

 ふと、カラボーが入口を向いた。

 カウレスが扉を開いたのだ。

 

「先生。オルガマリーさんが目を覚ましました」

 

「……ひとまず、俺にできることはここまでだな」

 

 と、老人が踵を返した。

 

「アニムスフィアのお嬢さんによろしく」

 

 そう言い残して、カラボー・フランプトンは去っていったのである。

 

 

 

 

 ロビー車両は静寂に満たされていた。

 最初乗り込んだときのままかと思ったが、フルーツなどは補充されており、どうやらスタッフも常駐していたようでオルガマリーのそばで紅茶をサーブしていた。

 

「………大したことないわよ」

 

 と、オルガマリーは鼻を鳴らしたのだ。

 

「ふん。魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)だものね。この程度のことは想定していたわ」

 

 強がりだ。その証に膝はかすかに震え、目も充血している。

 

「それでも、オークションから何らかの成果を持ち帰りたいならもう少し休んでいたまえ。スタッフに聞いたが、部屋は空いてる別の場所を用意してくれるそうだ」

 

「いらないわよ。清掃はしてくれるんでしょ」

 

 気丈に、少女がかぶりを振った。

 

「だいたい、こんなのでエルメロイはアニムスフィアに貸しをつくるつもりなわけ?ええ、一応は同じ貴族主義だし、感謝してあげないこともないけど」

 

 一息に言って、オルガマリーは先生を睨みつけた。

 対する先生は、ただそっとかぶりを振った。

 

「いいや、そういう意図はない。単に、私の気まぐれで結構。どうせ魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)での出来事など、時計塔では重視されまい」

 

「あなた、本当に君主(ロード)なの?」

 

 きつい口調で少女が問う。

 眦を吊り上げ、むしろ怒気を孕んだ声音でオルガマリーは突きつける。

 

「もう少し、弱みにつけこんでもいいはずよ。いくらアニムスフィアが政治闘争にかかわらず山に引きこもった家系でも、君主(ロード)君主(ロード)。十二家中十二位まで零落したエルメロイの立場からすれば、ひとつでも確実な貸しを押しつけたいところじゃないの」

 

「ご教授いただけてありがたい。レディ」

 

 と、丁重に一礼を返す。そこに嫌味なそぶりは含まれてなどいなかった。

 

「だが、これは私にとって信条のようなものだ」

 

「信条?」

 

「かつて、私が未熟だったとき、その未熟さこそが覇道の兆しだと言ってくれた相手がいた。自分の手におさまらない埒外を目指しているからこそ、足掻いているのだと。ああ、彼が言うには『彼方にこそ栄え在り(ト・フィロティモ)』なんて馬鹿げた方向性を、人生の基本測にしていた時代があったそうだ」

 

 近くのテーブルにあった林檎を取り上げ、先生が見上げる。

 先生が今、何を思い出し、何に想いを馳せているのかは本人にしかわからない。

 

「いずれ、否が応でも自分の方向を見出してしまうと、ヤツは話してた。そのために戦わねばならない時がいずれやってくる。………だったら、まだそんな方向も見出してない相手が、無駄に命を散らすのは私にとって許せることではない。その思想は時計塔の権力抗争などよりも上位にあるものだ」

 

「………覇道の兆し?」

 

 まじまじと先生を見つめ、オルガマリーはこう返したのだ。

 

「あなたは───聖杯戦争で、そんなことを言われたの?ひょっとして、あなたが呼び出したサーヴァントに?」

 

「ああ」

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 と少女は一蹴する。

 

「サーヴァントなんて、本体の英霊の似姿よ。すぐに消し飛ぶ影のようなもの。そりゃあ人類史に刻まれるだけの相手なんだから含蓄のあることも言うでしょうけど、行使する側の魔術師がそんなのにいちいち影響されるなんて本末転倒じゃない」

 

「そんな───ッ!」

 

 抗弁しようとするグレイを手で制す。オルガマリーの言っている事は全面的に正しいからだ。

 どこまでいっても、サーヴァントはマスターである魔術師がいて初めて成立する。あくまで魔術師が行使するのであって英霊は行使されることを受け入れた上で、使い魔に成り下がることを承知の上で現世に顕現する。そういう契約があるからこそ、令呪による命令の強制権はあれほどまでに強力なのだ。

 それを抜きにしても、サーヴァントとは過去に死した者たち。死者は生者を引き込んではならず、生者は死者に影響されてはならない。それは降霊術を少しでも齧っている者ならば当たり前の鉄則だ。

 

「かもしれないな」

 

 先生は微笑して林檎をテーブルに戻した。

 

「一応、部屋は替えるように伝えておく。幸い、私たちの隣の部屋が空いていたはずだし、落ち着くまでは私たちの部屋でもかまうまい。───カウレス」

 

「あ、はい!」

 

 先生の言葉に、カウレスがうなずく。

 

「彼女が部屋に戻る気になるまで、一緒にいてもらえるか」

 

「いいですよ。このまま放っておくのも気が引けますし」

 

 その言葉を聞き届けた先生が踵を返し、それを追って客車へと歩いて行く。

 トリシャの死は防げないものだったのか。それを自問してみるが、やはり俺の考えは変わらない。

 真相は知っている。俺ならばおそらくトリシャを助けられただろう。だが俺が下手に動くことで敵に想定と違う動きをされてしまうと面倒だ。

 昔の俺なら、トリシャも他のみんなも助けるなんて言うのだろうが、あいにくと身内でも何でもない赤の他人のためにリスクを背負うような真似を今の俺はしない。

 

 我ながら魔術師の世界に染まったと思うが、こんな俺を王は軽蔑するだろうか………。

 

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