Fate/Reach Boundary   作:日彗

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魔眼蒐集列車 6

 

 霧の森の中でも、空の向こうが赤々と染まりつつあることだけは分かった。夕暮れの色だ。

 カウレスにオルガマリーを任せた後、俺とグレイと先生は最後部車両のデッキに来ていたのだ。

 

「ここが、待ち合わせの場所ですか」

 

 と、周囲を見回しながらグレイが口にする。

 デッキに出て、ひんやりとした風を浴びながら先生は次々と遠ざかっていく線路を見つめていた。

 

「オルガマリーさんは大丈夫でしょうか?」

 

「謀殺は時計塔ではよくある事だからな。とはいってもあの年の子にはキツかろうさ」

 

 正直アニムスフィアには恩を売っておきたいというのが俺の考えなのだが、先生が必要ないと言った以上俺の考えは捨ておくべきだ。

 それに、あえて恩を感じなくていいと言うことでこちら側を意識してもらった方が後々使いやすくなるかもしれない。先生はそんなことを考えていないかもしれないが。

 

「………これだと、外部への脱出は不可能か」

 

「出来ないとまでは言いませんが、まあ避けたいですね」

 

「………何のことです?」

 

 先生の呟きに応じる形で答えたが、グレイには伝わらなかったようだ。

 霧に包まれた森を見ながら指を持ち上げる。

 

「場所の問題だよ」

 

「さっき停まったところもそうだったが、この霧の中は半ば異界化している。外部から侵入することも、脱出することも難しいだろう。正式な招待者を乗せるか降ろすかするとき以外では、いくら魔術師でも出入りは困難だ」

 

「たとえば、飛んで逃げたりはできないんですか」

 

「無理。そもそもヒト単体での飛行が困難なうえ、それが出来る技量の魔術師なら初めから逃げようとは考えないだろう」

 

 とはいえ、発想そのものは悪くない。困難ではあるが不可能と言うわけではないのだから。

 

「………でも、浮遊や飛空の術式は簡単なものだと、全体基礎の講義で聞きましたが」

 

「ふむ。講義をしたのはクレイグ教授だな。当たり前すぎて細かい所を省いたんだろう。確かに術式だけなら極めて単純だ。だが、魔力が続くならという前提付きで」

 

「魔力が?」

 

「小石を短時間浮遊させるぐらいなら、そこらの見習いだってやってのける。だが、質量が増えるほどに魔力消費はけた違いに上昇するので、人間並みとくれば相当に難しいのさ。一応、いくつかの例外はあるあたりも魔術らしい奇妙なところだがね」

 

「例外ですか」

 

「それこそ、箒で空を飛ぶ魔女のおとぎ話なんか、君も聞いたことがあるだろう?あれは古くから人類が信じて来た魔術基盤:黒魔術の一種でね。これに魔女の軟膏を加えれば文字通り、地面に足がつかなくなる」

 

「だから女性の魔術師は男性と比べて飛行が容易になる。とは言っても魔女の軟膏は麻薬に分類される取扱いの難しいものだし、普通の空ならともかく異界化した空間で長距離飛行するのは自殺行為でしかない」

 

「………それは、ツカサさんでも、ですか?」

 

 グレイの瞳が俺を捉える。

 もしやライネスから俺の話でも聞いたのだろうか。

 

「ライネスさんから聞きました。あなたの時計塔での功績のひとつが───」

 

「うん。さっき先生が言っていたように、人間を浮かせるとなれば消費する魔力は膨大になる。逆に言えばその膨大な魔力さえクリアしてしまえば容易と言うわけだ。さらに術式の無駄と魔力操作の消費を極限まで減らせるのであれば………結論から言ってできるだろうな」

 

 俺の魔術師としての位階は典位(プライド)。だが魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)に来る前に昇格の話が来たことを先生に聞いた。

 典位(プライド)は上から三番目。昇格するという事は次は色位(ブランド)、つまり実質上の最高位になる。本来ならばその一つ上に冠位(グランド)があるのだがそっちはほとんど幻扱いだし。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは十代で典位(プライド)に昇格して神童と呼ばれた。俺も同じく十代で典位(プライド)となり、さらには色位(ブランド)への昇格の話まで頂いている。それは嬉しいのだが、スヴィンが俺に対抗心を持ってるのはそのせいだろう。彼だって既に祭位(フェス)だし、聞いたところによると典位(プライド)への昇格の話もあるのだという。彼だって天才の部類なのだ。

 

 話が逸れてしまったが、俺が時計塔で残した功績の中に『既存術式の効率化』というのがある。

 これが何を意味しているのかというと、例えば大仰な儀式を一ヵ月かけて行う大魔術があって、その構成する術式の無駄が多すぎたため勝手に改変したことがあるのだ。

 その結果、クオリティはそのままに儀式の期間は一ヵ月から五日に。必要な人員が30人から5人に。必要な魔力量が10分の1にまで効率化された。

 あとはそれと似たようなことを他の術式(特許認定されていないものから数個)で行い、それを時計塔に特許申請したりしてチマチマとお金を稼いでいたのだ。

 その功績や能力を認められて一時期は封印指定されかけたりもしたが、今は取り消されている。

 

「ごく短時間の浮遊だけなら専用の礼装もある。召喚した低級霊でも滑空ぐらいはさせられるだろう。だが、長距離を確実に飛ぶとなると現代では至難というのが結論だ。それを押してとなると、色位(ブランド)レベルの魔術師が自分の土地とか魔力確保の条件をひたすら揃えるぐらいは必要になる。中にはツカサのような例外もいるがな」

 

 最後に先生が締める。中にはトーコ・トラベルなんて反則技も存在するが、あれはあれで条件もある。アレを発明した人間はどういう状況を想定していたのだろうか。

 

「……雲が、出てきましたね」

 

 霧で分かりにくいが、上空には黒雲が立ち込めつつあった。

 緋色に染まっていた世界を、今度は黒く染めていく。

 ……………………………………………………来た。

 

「……あれ、は……!?」

 

「グレイ?」

 

「師匠。こっちに、何か近づいてきます……!」

 

 轟音がこだまする。

 イゼルマではアトラム・ガリアスタが天候魔術を使っていたが、あれは何十人がかりで以前から準備をし、もともと雷雨の起きやすい天候をほんの少し後押ししただけのもの。

 だがこの雷はそれとは違う。あの魔術とは桁外れの魔力があの雷から迸っていた。

 

「こっちに!」

 

 梯子を掴んで列車の屋根に登る。それに続いて先生とグレイもついてきた。

 また、稲妻が落ちた。

 こちらの視界を奪うほどの近さ。身体を余さず麻痺させる衝撃。先生を庇う様に障壁を展開し、余波を防ぐ。

 

「───ああ、本当に来たんだ」

 

 聴力を取り戻しつつある鼓膜に、女の声が届いた。

 目の前には、二十かそこらの黒髪の女が立っていた。

 走行中の列車の屋根だというのにまったく力みのない姿勢。その目は左右で色の異なる金銀妖瞳(ヘテロクロミア)。しなやかな身体に簡素な川と金属の鎧を纏い、腰には短くも使いやすそうな直剣を帯びていた。

 

「罠かもしれないのに飛び込んできたのを愚行と蔑むべきか。蹴散らすだけの実力を伴った豪傑と讃えるべきか。さて、君たちは自分をどちらだと思っているんだ?」

 

 こちらを見据え、鎧の女はつらつら語る。

 きっぱりとした口調には多少の好感が持てるが、それ以外はまるで駄目だ。

 

(なんだ、この程度の奴だったのか)

 

「ん、どうした?言葉は通じてると思うんだが、ひょっとして現代じゃ使わない語句でも交じってたか?」

 

「───いいや、ただ()()()()しただけさ。鬼が出るか蛇が出るかと思えば、出てきたのはただの影武者。これで拍子抜けするなって言うのは無理があると思わないか?」

 

 前に出ようとしたグレイを手で制して言葉を投げる。

 対して目の前の女は、こちらの返答に破顔した。

 

「ははは、なるほど口だけは達者なようだ。それに───うん、あの男の言う通りまるで私を知っているかのような口ぶりだ」

 

「……あなたが、師匠から盗んだ犯人ですか」

 

 聖遺物を、とは言わなかった。この状況で違う可能性は限りなく低いが、それでも念のため事情を知っている者にのみ伝わるよう考えたのだろう。

 

「間違いじゃない。その盗賊の郎党ではある」

 

「じゃあ、返して───!」

 

「グレイ」

 

 踏み込もうとしたグレイを、背後の先生が呼び止める。

 いつもならば慎重に相手の様子を見定めるだろう。だけど、今の先生はどこか様子がおかしい。

 ほんの微かに声は上擦り、呼吸が乱れている。それは女の姿を見た時からだ。

 

「お前は、誰だ?」

 

「ふうん」

 

 と、鎧の女は呟いた。

 先生はこの相手に見覚えがあるのではない。むしろないからこそ動揺していたのだ。

 

「……気に入らない顔だな」

 

 女の指がついと上がった。よく鞣された革の小手は指一本ずつの堂さを妨げず、続け様に彼女は叩きつける。

 

「ケチ。せせこましい。暗くて偏屈。寝起きが悪い。黴びた書物ばかり読んでる。卑屈なくせに傲慢。さも苦労人でございって顔をしてるくせに、終わってみれば一番事態を搔き回してる。どうだ、全部当たってるだろう」

 

 ぐうの音も出ない。ぶっちゃけ今言われた通りだ。

 指摘はひたすらに正しく、それでいて非難した女の側が煩わしそうに舌打ちする。

 

「気に入らない。まったく気に入らない。そんな偏屈な顔はエウメネスで見飽きてるというのに、この時代でも見せられるのか」

「エウメネス?」

 

 その名に、先生が硬直する。だが、それに構うことなく女は言葉を綴り続けた。

 

「仮にも彼を従えていたなどというから、どのような魔術師かと思えば、こんなろくでなしとはな。いやエウメネスに比べてすらまだ足りない。欠片も足りない。アモンの神官やアリストテレスの叡智などもちろん期待してなかったが、これじゃあいっそ半端な脳味噌くりぬいて、猿に食わせた方がマシだろう」

 

 茫然と先生は立ち尽くしたままだ。

 俺もまた、この女の口の悪さに茫然としているが。

 だがようやく、先生も真実に辿り着いてしまった。

 

「お前……っ!」

 

「やっと気づいたか?マスターとしてのステータス透視能力なんぞとうに失ってるとはいえ、いささか勘が鈍いのでは?お前を呼び寄せたのは、単に私の興味を優先してもらったからだ。だが、その甲斐はまるでなかったな。ああ、もう沢山だうんざりだこんなのは食傷にもほどがある」

 

 ひどく一方的な物言いだ。

 だが腹を立てる暇も、抗議する時間もない。

 先生とグレイを後ろに押しやり、『蔵』から剣を取り出した瞬間、

 

「だから死ね」

 

 と女が列車の屋根を蹴ったのだ。

 たった一歩。だがそれは魔術師の強化した肢体でも出せ得ない速度となり間合いを詰めて抜剣。

 

「───ガッ……!?」

 

 だがその攻撃が届くことはなかった。

 その直前、俺たちの目の前で見えない壁に衝突、そして後ろへと吹き飛ばされていった。

 

「先生は前に出ないで。グレイ、守り優先で援護を頼む」

 

「は、はいっ!」

 

 不敗剣を片手に吹き飛んでいった女へ猛追する。まずは面倒なあの瞳を潰してから心臓、脳の二か所を潰す算段だ。

 だが吹き飛ばされた直後に体勢を整えた彼女は、目の前にまで迫って来ていた俺に気づき、即座に右腕を振った。

 

「チッ」

 

 刹那、金属がぶつかり合う硬い音が響き渡る。

 

「ほう。大したものだ。さきほどの障壁魔術もお前のものだな?どうやらペルシャの雑兵よりはマシらしい」

 

「あっそう。そう言うアンタは想像以上に弱いな。この程度の雑魚が活躍できるとは、古代マケドニアとは随分とちんけだったと見える」

 

 ぎりぎり、とお互いの剣が悲鳴を上げる。

 女の剣は視たところ業物ではあるが宝具や概念礼装の類ではない。だがこの女の技量の前では武具の優劣は大して関係ないのだろう。

 

「減らず口を。覚えておけ、戦闘技術があるからと言って、戦士たりえるわけではわけではない。戦士たるとは肉体と意思と魂の全ての問題だ」

 

「はいはいご高説どうも。何言われても敗者の言い訳にしか聞こえないぜ?オバサン!」

 

 不敗剣から爆炎が放たれ、女との距離が開く。

 咄嗟に躱されたため、ダメージ自体は大したことなさそうだ。

 

(………ふむ)

 

 剣を握っていた右手をぷらぷらと振るう。

 一撃一撃が異様に重い。これは意思と覚悟の込められたゆえの重みだ。

 現代では中々味わえない、師匠や封印指定執行者、聖堂教会の代行者くらいでしか味わえない、戦士の重み。

 

「ツカサさん!」

 

 グレイが横に並ぶ。その手には死神の鎌(グリム・リーパー)が握られている。

 正直、二人がかりならば問題なく倒せるような気もするが、さて。

 

「……あの(ひと)は、いったい………」

 

「……()()()()()()だ!」

 

 グレイが零した問いに、背後の先生が答える。

 

「グレイ!彼女は境界記録帯(ゴーストライナー)───人類史に刻まれた英霊の具現化だ!」

 

「はは、ちょっと忠告遅いだろ、お前らの師匠」

 

 女が、笑う。

 笑ったまま、横薙ぎに剣が吹き抜けた。

 それをこちらも剣でいなし、腹を蹴り飛ばして後方に下がる。

 

「………ふむ。そっちの少女は面白い芸当をするな。今こっちの魔力を吸っただろう」

 

 俺が斬撃をいなす瞬間、グレイが周囲の魔力を全開で吸収した。それ生じて生まれた隙に一撃を入れたが、ただの蹴りで倒せるほど弱くはなかったか。

 

「今の私からすれば天敵のような能力だが、哀しいかな、規模が小さすぎる。いくら猫でも鼠の百分の一の大きさでは意味がない。そこらの亡霊ぐらいなら、今のだけで消滅するだろうに」

 

「饒舌になったな。それは自分の不利を悟ったことを隠すためか?実に滑稽だなあ、ええ?」

 

 グレイがギリと奥歯を噛んで冷や汗に耐えている。そうでもしなければ恐怖で失神してしまいそうだ。

 無理もない。相手は死が当たり前の時代でそれでも歴史に名を遺した存在。今まで戦っていた相手とは根本的に違うのだ。

 

「ああ、実にいい。まさか神秘の廃れてしまったこの時代に、まだこれほどの者がいたとは。こんな出会いじゃなければ、手元で育てたくなってくるが、まあこれも一興だ」

 

 女が、唇を歪ませる。

 

「褒美に、ひとついいものを見せてやろう」

 

 動きはない。

 ただ、こちらを視ただけ。

 余計な動作を挟まぬ、一工程(シングルアクション)

 それだけで、グレイの身体はぎこちなく横愛へと向いた。ゆっくりと持ち上げられた死神の鎌(グリム・リーパー)が意思に反して先生へと突き付けられたことに、本人が一番動揺している。

 

「魔……眼……!?」

 

「お前たちは強制のノウブルカラーとか呼ぶのだったか。この場に似合いの決着だろう」

 

 先生は魔眼殺しによって防げている。そして、同じく魔眼の効果を浴びた俺は───

 

「───グレイ、落ち着け。焦らなくていい、こういった時の対処法は先生から教わっているだろう?」

 

 問題なく自分の意志で動き、死神の鎌(グリム・リーパー)に手を乗せた。

 魔眼対策なら何重にも講じている。黄金にすら達していない程度の魔眼ならば何の問題もない。

 

「ツカ、サさん……」

 

「焦る必要は無い。先生は俺が守るから、落ち着いて対処しな」

 

 刹那、死神の鎌(グリム・リーパー)から魔力が放出され、ぶんと鎌が弧を描いて女の喉元で停止していた。

 

「───ほう、その鎌はそんな芸当もするのか」

 

 と、剣で鎌を受け止めたまま、女は今起きた現象を看破してのけた。

 死神の鎌(グリム・リーパー)から放出された魔力が、半ば強引に魔術回路を洗い流し、魔眼の効果を払拭したのだ。これは本来、もう一人魔術師がいないと無理な芸当だが、グレイにはアッドがいる。万が一魔眼の影響を受けた場合、一人で対処する方法として先生がグレイに教えていたことだ。

 

「なら、仕方あるまい。お前たちが自分らで決着できる程度には、マシである事を望んでいたのだが」

 

 大きく後ずさり、女は小さく息を吐いた。

 その剣が、ぐいと暗雲に突き付けられる。それ自体はどうでもいいのだが、その刃には尋常ならざる魔力が満ち満ちていた。

 

「させない───!」

 

「いや、もう遅い」

 

 絶大なる魔力を込めて、剣が振り落とされる。

 豁然、虚空より何かが現出した。

 空間が引き裂けたのか、霊体から実体化したのか。いずれにせよ、突然現出した物体が空気を押しのけ凄まじい衝撃の余波を生んだ。

 周囲に膨大な魔力が充満する。

 

「イヒヒヒヒヒ!まずいまずいまずい!グレイあれはない!あれだけはないぞ!いくら俺たちでもあれの相手だけはまずすぎるぞ!」

 

 アッドが叫ぶ。

 暗雲からたなびく稲妻が、幾重にも鎧の女の傍らに激突する。

 それは、紫電を纏う二頭立ての戦車であった。現代兵器ではなく、古代、ウマなどに牽かせて戦場を駆け回った蹂躙の象徴。

 

「───な、に?」

 

 茫然と、声が聞こえた。背後の先生のものだ。

 戦車を牽いているのは真っ白な骨。骨格だけだが逞しい翼をはやした小型の竜。

 そんな骨竜が牽く戦車に、みるみる先生の表情が変わっていった。

 

「……そん、な……」

 

 先生が動揺している理由は分かる。

 あれは宝具だ。アッドの内側に秘された聖槍と、俺の蔵に入っているいくつかと同じ類の、人知を超えた武具。しかも質の悪い事に、あの宝具は先生のよく知るものと似ていたのだ。

 

「我が名はへファイスティオン!」

 

 猛々しく、女が吠えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 女───ヘファイスティオンが飛び乗り、手綱を取るや戦車が何もない空中を走る。

 そして大きく弧を描き、こちらへと突撃してきた。戦車を牽く骨竜の一蹴りごとに稲妻が炸裂する。さきほどの落雷に匹敵する威力が、その度に迸る。

 

「チッ!」

 

 先生を抱えてグレイと跳躍する。直後凄絶なエネルギーが背中を吹き抜けた。

 背後を通り抜けた戦車は破壊そのものの化身となり、森の樹木を鉛筆か何かのように薙ぎ倒していく。

 

Gray(暗くて)……Rave(浮かれて)……Crave(望んで)……Deprave(堕落させて)……」

 

「駄目だグレイ!」

 

 周囲の魔力を吸収して宝具を放とうとしたグレイを先生が制止する。

 

「こんな不安定な足場で使えば、こっちもただじゃすまない。だいたい、あれでも向こうは真名解放すらしていないんだ」

 

「でも!」

 

 戦車が旋回し、速度を上げて迫ってくる。

 宝具におる迎撃ではこちらの身も危ない。こんなことなら逆光剣の解析を進めておけばよかったと後悔している。

 

「ツカサ。───いけるか」

 

「はい!」

 

 一歩前に出てルーン石を投げつける。雷避けのルーン。守護のルーン。勝利の加護のルーン。それらを組み合わせた魔術障壁が顕現した。

 原初のルーンではないが、真名解放していないなら十分持ちこたえられるはずだ。

 その背後では先生が小さなナイフを持ち出し、閃かせた。

 

「AAAALaLaLaLaLaLaie!」

 

 運命は決した。

 障壁に戦車が衝突、一瞬拮抗したが徐々に喰い破られていく。

 だが戦車の軌道を変えることに成功した。掠っただけでも命取りになる対軍宝具の域にある神威は、直撃を避けることはできたものの衝撃と雷をまき散らしていく。

 

(……………っ!)

 

 衝撃で列車の屋根から吹き飛ばされる。咄嗟に先生の腕をつかむことに成功したがこのままでは列車の外に放り出されるだろう。

 

「先生!グレイさん!ツカサ!」

 

「!!」

 

 逆しまに、貨車の扉が開いているのが見える。その扉から、少年が手を伸ばしていた。

 

「グレイ!」

 

「はい!」

 

 落下しながらもなんとかその手を捕まえる。強化された手が一瞬支えてくれたことで、とりあえず先生の身体を押し込み、それに続いて俺とグレイも貨車の内側に飛び込んだ。

 窓の外を振り向くが、へファイスティオンと戦車の姿は遠ざかっていく。

 

「……追って……こない……?」

 

「……あんなものをぶつければ、魔眼蒐集列車そのものと争うことになるからな……。理由は分からんが……少なくとも()()のマスターにはそんなつもりはないんだろう。だから、あの場所を指定したんだろうしな」

 

 壁に背中をついたまま、尻もちをついた先生が弱々しく答える。

 それから、顔をあげて微笑した。

 

「よく来てくれた、カウレス」

 

「慌てましたよ。なんか、さっきから雷に魔力を感じて、様子を見に来てみたら先生たちがバケモノみたいな戦車と向き合ってるんですから」

 

「……おかげで助かった」

 

 細々と先生が息を吐く。

 その足元には小さな陶器の壺が転がった。最初からひびが入っていたらしく、少し転がると蜘蛛の巣状に亀裂が走り、ばらばらと砕けていった。

 

「……原始電池用の制御術式だが……ツカサの障壁で直撃を避けられたから……なんとか耐えられたか」

 

 大きくため息をつく。

 それでカウレスが瞬きした。

 

「髪を、切ったんですか?」

 

「………本当は女性魔術師がよく使う切り札なんだがね。髪は魔力を溜めるのにも儀式の触媒としても都合がいい。……ふん、なにしろ非才の身だ。じゃらじゃら礼装をつけたところで意味はないが、それでも奥の手のひとつやふたつぐらいは用意しておきたかった」

 

 さきほど、障壁を張った俺の背後で、先生は己の髪を断ち切っていた。

 ほんの一房だが、原始電池用の魔術を増幅させ、避雷針のように威力を逃したのだ。直撃を避けたとはいえ、俺たちが無傷なのはそのためである。

 

「………手心を加えられてたな。本当に殺す気なら、こんな小細工じゃどうにも。……いやそもそも……どうやって()()を召喚した……?どうして……私が見たこともない……王の腹心が……?」

 

「?せんせ───」

 

 助け起こそうと近づいたところで、俺は絶句した。

 壁についたコートの背中が、半ば炭化している。直撃は避けた。その後の雷も先生の術式でほぼ逃がせていた。仮にそうでなくとも先生には俺がルーンのお守りを持たせていたはずなのに───

 

「───ッ!」

 

(ルーンのお守りが破壊されている!今じゃない、へファイスティオンよりも前に壊されてた!)

 

 いや、避雷針の術式を行使したから、『強化』の方が疎かになってしまった。それは分かる。それを見越していたからこそ守護のルーンを刻んだルーン石を渡していたのだ。

 

「ほかのスタッフには……隠しておけ……」

 

 虚ろな呻きとともに、その身体が傾く。

 

「師匠!」

 

「先生!」

 

 叫びもなにもかもが遠くに感じる。

 俺はただ、倒れた先生を見つめることしかできなかった。

 

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