Fate/Reach Boundary   作:日彗

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双貌塔イゼルマ 2

 

『まったく、我が弟子ながら恐ろしい才覚だ』

 

 いつだったか……修行の途中で師匠(スカサハ)はそんなことを俺に言ってきた。

 

『槍の才はまったく感じられなんだが、剣術、魔術は申し分なし。礼装───魔術を用いた道具作成に関しては儂以上と言ってよいだろう』

 

 数千年という時を生きる師匠にそんなことを言われてもあまり実感がわかなかったのだが、まあ我ながらよくもこんな色々と造れたと思う。

 

 肉体のバックアップデータで現在の情報を上書きし、致命傷であろうと肉体を再成させる超限定的疑似時間遡行礼装。

 星の魔力を吸い上げ、増幅させる黄金の魔力炉心。

 『過程』を省略し『結果』だけを世界に浮かび上がらせる魔剣。

 『敗北』という因果、概念を遠ざけ、所有者に不敗の加護を与える黄金の剣。

 

 あとは師匠から頂いた因果逆転の魔槍もあるが、槍の才能はないらしいし、あまり使うことはないだろう。

 

 他にも色々と生み出したが、現代の魔術師に作れるかと言われれば……確かに。

 それによく考えれば師匠ってあまり人の事褒めないし。というかあの人たまに俺の礼装を見てモジモジすることあるんだよなぁ。やめてください師匠、これはあなたを殺すための武器じゃありません。そんなに死にたいならクー・フーリンでも召喚してください。

 

『神秘の衰退した現代で、それらの武具は過剰ともいえるがな。良いか我が弟子よ。それらを使って良いのは、他になにも手段がなくなった時だけだぞ』

 

 わかってますよ師匠。さすがに誰彼かまわずこんな兵器を使うつもりはない。でも、その……………うん。

 

 

 

 ごめんなさい。多分近いうちに使う事になると思います。

 

 

 

 

 

 携帯電話に一通の連絡があった。送り主は先生、内容は『ライネスが社交会でやらかした』というもの。だから一緒について来いという事だろう。

 まあ当然そうなるだろうと思っていたので準備は済ませている。

 

 黄金姫の殺害、メイドのカリーナの殺害、ライネス達への容疑。恐らく既に起きたこと、これから起きるであろうことはすべて把握している。

 

「すまんツカサ。お前にも苦労をかける」

 

「今更ですよ。それより急ぎましょう」

 

 ウェスト・コースト本線に乗ってウィンダミア駅へ。そこまではすぐだったのだがその先が大変だ。なにせ目的地である双眸塔イゼルマは城自体が一種の結界となっている為、地元の人間に聞く訳にもいかない。

 

 でも結界だというなら別にそれほど問題じゃない。こうなることを予測して『結界を探す』魔術礼装も作って来た。たとえ結界内の魔力を断絶するような高度な結界であっても、この礼装は『結界』という概念そのものを探知する。問題は小さいものから大きいもの、人工的なものから自然発生のものまで何でも探知してしまう点だ。この辺りはまた今度改良しよう。

 

「あっちです。行きましょう」

 

「…………お前がいてくれてよかったよ」

 

 あとは走った。比喩などではなく、本当に走った。へばった先生が回復するのを待ち、歩いてを繰り返す。そして───

 

「…………一体、何をしているんだ。レディ」

 

 やっとのことで辿り着いた。

 

 辿り着いたのは泉のほとり。鬱蒼と茂った森の中で、滾々と泉が湧き出している空間。そこに彼らはいた。

 

 ライネス。グレイ。そして手を血で赤く染めた水銀メイド、トリムマウ。

 緑のドレスを着た老女、ロード・バリュエレータ。口髭をたくわえた四十半ばの朱いスーツを纏った紳士、バイロン・バリュエレータ・イゼルマ。従者であろう女性、メイドのレジーナ。

 

 そして、泉に浮かぶ死体。レジーナと同じ顔のカリーナ。

 

 ……第三者がこの現場を見たら、トリムがカリーナを殺害し、証拠隠滅に泉に投げ込もうとしたようにしか見えない。

 

「まったく、少し目を離すとこれだ。お前はもう少し無軌道さを減らせないのか」

 

「まあまあ先生。今回ばかりは条件も悪かったですよ」

 

 心配していたとか無事だったとか、そういう類のことは欠片も口にせず、先生はただいつもの不機嫌疎な顔で見下ろす。

 

「っ……いくらなんでも、到着が早くないかな? まさか、可愛い妹のために泡を食って来てくれたのかな?」

 

「し、師匠?」

 

 突然の登場に狼狽え、グレイが瞬きする。

 

 実際、ライネスから先生に連絡があったのは先日。内容は『黄金姫から亡命を希望するという申し出をされたこと』。そこから俺に『ライネスがやらかした』と連絡してきたのだから先生の義妹への信頼度が伺える。

 

「お前の面倒を他人に任せられるか。残っていた大教室の授業はシャルダン翁に依頼してきたがな」

 

 ひたすら不機嫌そうに顔をしかめ、この凄愴な状況で彼はいつものように言い募る。

 そして。

 顔色一つ変えず、先生はこの場で最も権威を持つであろう老女へと向き合った。

 

「ここは私が預かりましょう。かまいませんね? ロード・バリュエレータ」

 

「ほう。オレにそれを言うのか」

 

 だがむしろ楽しげに、イノライは微笑した。

 

「言いますとも。技量はともかく、『ロード』という一点で、私とあなたは対等です」

 

 足が震えている。

 十二の君主(ロード)の中でも特別視される三大貴族──ロード・バリュエレータに対して真正面から立ち向かう。

 格の違いは歴然。まるで像に立ち向かう蟻。見る人が見ればあまりにも馬鹿げているとでもいうだろう。

 だがこれが先生だ。これがロード・エルメロイⅡ世なのだ。そんな彼だからこそ、多くの生徒に慕われているのだろう。

 

「もう一度、言いましょうか」

 

 と、先生は正面から切り出した。

 踵を鳴らし、手袋をはめた腕で目の前を切り払うようにして、堂々と宣言したのである。

 

「ロード・エルメロイⅡ世として、この事件を預からせていただく」

 

 

 

 

 ほとんどそれは、宣戦布告に匹敵する内容だった。

 いや、実に素晴らしい。俺もいつか言ってみたいものだ。

 だけど、まあ。

 

「───そうはいかないだろう」

 

 と、拒絶したのはバイロン卿だった。

 

「あなたの妹御への疑いは、度を超えている。いかに君主(ロード)とはいえ、簡単に事件を明け渡すのには承伏しかねる」

 

 まさに正論。そりゃそうだ、としか言えない。俺が同じ立場でも同じことを言うだろう。

 

「………」

 

 その当主へと対峙して、先生はしばらく視線を伏せていた。

 やがて……

 

「黄金姫の術式は、特に隠すつもりもないのでしょうね」

 

「……っ、何のことだ?」

 

 始まった。

 

「陽の塔、月の塔。黄金姫に白銀姫。これだと太陽と月の術式を黄金と白銀になぞらえているのは丸わかりだ。くわえて、術式の基本は錬金術がモチーフらしい。太陽や月を比喩として使うのも、とりわけ西洋圏の錬金術ではよく見るパターンです。もともと錬金術の目的は卑金属を黄金に変える───という比喩のもと、俗世にまみれた人間を神に匹敵する存在にするための大いなる作業(アルス・マグナ)であるとされていますが、つまり黄金姫、白銀姫における究極の美とはそういうことなのでしょう」

 

 つらつらと、台本でも読み上げるかのような流暢さで術式をかみ砕いていく。

 神秘の解体。それは魔術師が最も恐れていることである。魔術師にとって自らの魔術を解体されるという事は魂を暴かれるにも等しい行為だ。

 

「ですが、実際に陽の塔と月の塔を見て、感嘆いたしました。実際に黄金姫を形成するにあたって宇宙(コスモス)大宇宙(マクロ・コスモス)の照応は魔術の基本ですが、普段から暮らす住処に取り入れる事によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは、発想まではできても実行しうる者は希少です。

 恐らく、あなた方の食事や睡眠、排便さえもそうした周期に則っているのでしょう。医食同源と古い国が言ったように、口から入るものこそは人間の肉体を構築する。例えば、秦の始皇帝が不老不死を求めて水銀を食した事自体は間違いじゃないが、同時に星のごとき肉体を形成しなければ毒となるだけだ。あなたがたはその理屈を十分に知って、食事と生活、さらには環境までも自らの肉体と合一させている。この土地の霊脈ひとつとってもそうだ。東洋の禹歩やチベットの独自技法のように、大地から魔力を取り入れる歩法を日頃から強制してるのでしょう。

 太陽と月は天の諸力。食事や生活は地の諸力。つまるところ、黄金姫や白銀姫とはこの土地の化身ともいうべき存在になりうる。まして、あなた方の家系がそんな行為を代々ずっと重ねてきたというのなら───」

 

「やめろ!」

 

 叫びが、こだまする。

 憎々し気にバイロン卿が先生を睨みつけていた。

 

 陽の塔、月の塔はここへ来る前にちらっと見たが、なぜあれだけでここまで推察することができるのか分からない。先生は謙遜するが、この知識と知識をつなぎ合わせるという事に関して、俺は先生より優れた人物を他に知らない。英霊クラスになればいるかもしれないが、英霊なんてどいつもこいつも化物だ。

 

 俺自身、魔術を扱う者として先生の恐ろしさがよくわかる。仮に工房なんかを造ったとして、先生だけは絶対に近づけたくない。解体するのはいいが、解体されるのはごめんだ。

 

「ええ。ではやめておきましょう」

 

 先生もあっさりとうなずく。

 もともとの目的は介入の許可を得る事。そのためのちょっとした脅しであって解体が目的ではないのだ。

 

「……なるほど、これがロード・エルメロイか」

 

「できれば、Ⅱ世をつけていただきたい。私がその名に見合うとは思えない」

 

「……ご希望とあらば」

 

 皮肉げな笑みを浮かべて、バイロン卿がうなずく。

 

「では、どうぞバイロン卿の広きお心をもって、私が事件の調査に関わるのをお許しいただきたい」

 

「……いいだろう」

 

 苦々しい顔で、バイロン卿が認めた。

 ここで却下して、さきほどの続きをやられたら敵わないからだろう。選択肢を制限させるという意味で先生の刺した釘は有効だった。

 

「……ただし、時間制限はつけさせてもらう。まさかこんな状況のまま数日も放置しておくわけにはいくまい。───そう、黙っていられるのは明日の夜までが限度だ」

 

「承りました」

 

「……それ、本当に受けていいのか、兄よ」

 

「大丈夫ですよ。事件そのものは大したことないので」

 

 どういうことだ、とライネスの瞳がこちらを向く。それに対して微笑(できたかどうかは置いといて)を返した。

 

 森の濃い空気の中で、鉄錆びた臭いを鼻の奥に感じた。

 もちろん錯覚だ。だが、そんな錯覚を催すほどに対峙している二人の気配が密度を増していく。その気配が魔力となって駆動すれば、たちまち千変万化の魔術となることは明らかだ。無論、どちらの魔術師が屠られるかも。

 

 それを抑止するために、俺はここにいる。時計塔内外であまりよくない意味で有名になってしまった俺のことは彼らも知っているだろう。だからこそ俺がいるだけでである程度の抑止力になりえる。

 

「……ちっ」

 

 バイロン卿は、小さく舌打ちをした。

 すう、とその視線が泉のほとりで硬直したままのトリムマウへと流れる。

 

「もうひとつ。こちらの月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)をお返しするわけにはいかない。なにしろ殺人に使われた可能性があるのだからね」

 

「ええ。仰ることはもっともです。仕方ないでしょう」

 

 これまた素直にうなずく。

 ただし、コートの内側から一枚の紙きれを取り出して。

 

「代わりに、預かりの証文を描いていただきたい」

 

「……くくく。そこで魔術に頼らないあたり、君は傑出しているよ」

 

 傍観していたイノライが苦笑する。

 実際そういう魔術はいくつか存在する。有名なのは自己強制証明(セルフギアス・スクロール)だろう。ゼロで切嗣がケイネスに使っていたヤツだ。

 

 苛々した顔でサインをした紙を突き返してから、バイロン卿が踵を返す。ついで。

 

「なかなか面白かったよ。ロード・エルメロイⅡ世。では、ごきげんよう」

 

 イノライが腰の袋に触れると、砂がこぼれ、泉のほとりで固定されていたトリムマウを包み上げる。

 あの砂自体もそれなりの触媒だが別に高度な魔術礼装というわけでもない。つまり単純に使い手の魔力と技量が凄まじいのだ。

 三人の気配が遠ざかる。まだ安心はできないが、ひとまず峠は越えられただろう。

 

「いやぁよかったよかった。ここで戦闘になっても負ける気はないですが、些か面倒なので。よかったですねぇライネス嬢」

 

「……どこがだ。登場早々、派手にやってくれたな、我が兄よ。てっきり、人の魔術を解体するのは無意識にやっているのかと思ってたぞ」

 

「む……滅多にやらんぞそんなの」

 

 いえいえ、先生は結構無意識に解体してますよ。そのたびに相手さんから殺気叩きつけられてるじゃないですか。他人の横暴で胃を痛めるくせに実は本人もわりと横暴なのが面白い。

 

「まあ、妹を助けるゆえの勇み足とでも思っておこう。うんうん。とりあえずは感謝しておくぞ」

 

「どうして、この流れで感謝を告げるのが最後の最後になるんだお前は。だから友達ができないんだろう」

 

「ん! だ、だから友達とか君には関係ないだろう!?」

 

「いやいやライネス嬢。さすがに友人はいた方が良いですよ。お年頃なんですから気の合う子とかいないんですか?」

 

「よ、余計なお世話だ! だいたい君の方こそどうなんだ! 友人の一人や二人いるんだろうね!?」

 

「はっはっはっ。いとおかし、いとおかし。こう見えて結構友人関係は広いんですよ。魔術師、一般人関係なく伝手は広いに越したことないでしょう?」

 

「友達を伝手と呼ぶな」

 

「……師匠」

 

 ついつい話し込んでいたところ、グレイが口を挟む。

 

「もう一人、来ます」

 

 グレイが睨みつける方向。森の陰。

 先の三人と入れ違いに現れたのは、くすんだ赤色の髪の女だった。

 

「─────っ!」

 

 三人を抱えて距離を取る。先生とライネスがグエッと汚い音を出していたが無視だ。いきなり攻撃してくるとは思えないが、()()の人間は総じて信用ならない。

 

「おや、随分と警戒されたものだな。妹と争ったという噂は本当だったか。私はあの愚妹ほど短気じゃないから安心しろ」

 

「……安心? 何を言っているのかさっぱりですね。体内にそんな化物飼っておいてそれは無理でしょう。せめて眼鏡をかけてください」

 

 警戒度はMAX。このイゼルマにいる人間で最も気を付けなければならない人物がこの女だ。

 蒼崎橙子。時計塔の与える魔術師の位階で最高位の『冠位(グランド)』の称号を持つ、文字通り現代最高峰の魔術師の一人。

 空の境界から魔法使いの夜、はては月の聖杯戦争にまで登場しているおっかない女だ。

 

「……固定しているのか」

 

「おいおい一言目がそれか。殺したくなるからやめてくれ君主(ロード)

 

 実に獰猛に、蒼崎橙子が言った。

 それから胸ポケットに入れていた眼鏡をかけて、柔らかく笑ったのだ。

 

「初めまして、ロード・エルメロイⅡ世。お会いできて光栄ですわ。蒼崎と言えばわかるかしら」

 

「あなたが、トウコ・アオザキ……」

 

「騙されちゃだめですよ先生。あのクソババアの姉ですからね。油断してると後ろからがぶりと」

 

「しないわよ」

 

 どうだか。少なくとも妹の方は好戦的だった。だからまあ、ぼっこぼこにしてやったんだけど。

 何せあの女、よりによって先生をキープ扱いしやがったのだ。この世界に転生してあんなに殺意を憶えたのはあれが初めてだったと思う。

 

 次会ったら殺す。そのための魔術も礼装も既に編み出してある。『魔法』に関しても大体把握した。ククク、今度こそは逃がさないぞババアァ。

 

「さっき、バイロン卿とすれ違って事情を聞きましたけれど」

 

 さらりと話題を切り替えて、橙子は先生へ問う。

 

「あなたが、この事件を預かるんですって?」

 

「そのつもりです。非才の身ではありますが、解決に微力を尽くさせていただこうと」

 

「そう。意外と挑戦的な気質は、エルメロイの伝統なのかしら」

 

 そんな伝統ないのです。

 

 先生が小さく咳払いする。

 森の空気に、その音が虚ろに響いた。

 

「封印指定を、執行停止されたと聞きましたが」

 

 対する橙子は、興味なさげに微苦笑する。

 

「当座、時計塔(そちら)とこちらで折り合いがつく間は。さて何年もつことでしょう」

 

 まるで他人事のようにそう言った。

 数多の魔術師が憧れ、同時に恐れる封印指定は俺にとっても他人事じゃない。その点は師匠にも先生にも釘を刺されている。

 

「ともあれ、こうしてお会いできて嬉しいわ。期待させていただきますよ、ロード・エルメロイⅡ世」

 

 どの口がそんなことを言うのか。

 手を振って淡い微笑を浮かべる彼女に、俺はそう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 今度こそ、他の人々が立ち去ってから先生はカリーナの死体を検分した。

 一通り調べ終えると、今度は塔へと移動して現場保存されている黄金姫の死体も確認した。

 

 死体となっても変わらぬ美しさに、さすがの俺も息を呑んだ。こちらも一通り調査した後に、再び塔の外へと出る。

 選んだ場所は、陽の塔と月の塔を同時に見渡せる草原。さわさわと湿った風が吹いて心地良い。

 

「死ぬかと思った……」

 

 大きな岩に腰をかけ、深いため息とともに先生が呟いた。

 

「調査早々、軟弱どころじゃない弱音を吐かないでもらえるかな」

 

「昨夜からほとんど徹夜で電車の中でもろくに眠れなかった上、ウィンダミア駅からお前に会うまでは延々と走ってきたんだぞ! あげく調査調査の連続だ! 努力は認めていただきたい!」

 

「そうだそうだー。先生は今良い事を言ったぞー。俺達は褒美を所望するー」

 

 具体的には千年級の魔術触媒が欲しい。欲を言えば紀元前クラスの物が欲しいのだが、そこまで贅沢は言わん。

 

「それどころではなかったから何も言わなかったが、そもそもなぜ君まで付いてきたんだ。我が兄よ、生徒は自由に使えないとか言っていたのは君だったと記憶しているが?」

 

「彼は生徒である前に、私の義息子だ。身内なのだからセーフだろう」

 

「義息子だというのなら君の性(ベルベット)を名乗らせたらどうだい? まあ肝心の魔術刻印は担保にされているわけだが」

 

「俺が着いてきたのは先生の護衛ですよ。後はグレイ一人だと厳しいと思ったので。並の魔術師がいくら束になっても問題ないでしょうけど、相手が『青崎』となると話は別だ」

 

「……経験者は語る、か……」

 

 被害者なので。妹は脳筋だし姉は不死身だし。特にあの匣はマズイ。あれを持ち出されるとたとえサーヴァントでも不覚を取られかねない。

 

「あの……ツカサさんは蒼崎橙子とお知り合いなんですか?」

 

「いや? 会ったのは今日が初めてだ。ただ、以前あの人の妹と喧嘩したことがあって、そのせいでちょっと有名になったというか……」

 

「妹……その人も冠位の魔術師なんですか?」

 

「いや、蒼崎燈子の妹は魔術師ではない。……魔法使いだよ、レディ」

 

「魔法って、あの魔法ですか?」

 

 魔法。一般人からしたら魔術も魔法も大した差はないだろうが、魔術師にとってそれはとても大きな意味を持つ。それは魔術が『一見ありえない奇跡に見えても、「結果」という一点においては、別の方法で代用ができるもの』であることに対し、魔法は『その時代の文明の力では、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な「結果」をもたらすもの』だからだ。

 例えば魔術を用いて何もない虚空に火炎を出現させ、敵を攻撃して燃やすことは、一見してありえない奇跡に見えるが、「火で燃やす」という「結果」を問うなら、火打ち石でもマッチでもライターでも、火炎放射器でも代用ができる。

 

 人類が未熟な時代には数多くの魔法があったとされているが、それらは文明の発達にともなって、殆どが魔術へと格下げされた。それでもなお、魔法として残り続けているのが現代の五大魔法である。

 

 当然これは魔術師としては常識。むしろ魔術師の目指す最終到達点である根源の渦───「 」に至るには切っても切り離せないものだ。

 

「第五魔法・青を継承した蒼崎橙子の妹、蒼崎青子。魔術回路の質も量も姉の橙子の方がはるかに上だが、あの魔法を使うのに優秀な魔術回路は必要ないらしい。まあそれでも『破壊』に特化したあの女の戦闘力はヤバかったけど」

 

「た、戦ったんですか……」

 

 正直ヤバかった。何の備えもしてなかったからとりあえず空間内の魔力を動作不良させる簡易結界を展開、その隙に組み伏せて今度はその術式を直接肉体に埋め込んだ。アキレウスの宝具『宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)』の超劣化版だと思ってくれればいい。

 魔法・魔術を発動される前に即効で倒したから損害は大したことなかったが、師匠との修業がなかったら体術で返り討ちにされてたわ。

 

「大丈夫大丈夫。奴を殺す手段はとっくに編み出したから。今度あったら塵も残さず消滅させる」

 

「……………あまり物は壊すなよ」

 

「注意する箇所が違うんじゃないか、我が兄よ」

 

 頭痛を堪えるようにして、懐から葉巻を取り出す。

 ナイフで先端を断ち、炙るように火をつけて、たっぷりと吸い込んだ。

 

「とりあえずここまでの状況を整理しよう」

 

「事件のかい? あらましはメールで送っておいた通りだが」

 

「いや、私が整理しておきたいのはどうやって黄金姫・白銀姫があれだけの美を獲得したかだよ」

 

 先生の返事に、ライネスは思い切り眉をひそめた。

 

「待て。我が兄よ、犯人を見つけて私を助けてくれるんじゃなかったのか」

 

「……師匠……」

 

「いやいや……だから必要なんだ。事件の解明に」

 

「……本当に……ですか?」

 

「では一応信用するとして……黄金姫と白銀姫の術式について我が兄は何を知りたいわけだ?」

 

「知りたいのはなぜ今このタイミングでイゼルマの研究が花開いたのか、ですよね先生」

 

「ご名答」

 

 一つ頷いてくるりと指を回す。エルメロイ教室でも時々やる癖だ。

 

「化粧や整形手術などの美の追求の歴史はかなり古い。当然、イゼルマの魔術もその歴史の上に成り立っているわけですが、聞いた話だとイゼルマがこの土地で研究を始めてからだけでも十代以上───ざっと数百年はかかっています」

 

「それに、いくつか胡乱な噂を小耳に挟んだ。つい先月、イゼルマが特別な秘宝を買い上げたらしい」

 

「秘宝?」

 

 再び眉をひそめたライネスに、軽く肩を竦めて答える。

 

「会員しか招待しない闇オークションでイゼルマがほぼ一本狙いで買い上げたらしいですよ」

 

「イゼルマはそんなに富豪なんですか?」

 

「いいや。そういう話は聞いたことがないな」

 

 実に羨ましいことだ。英霊を呼び出す触媒としては超一級品。あんな使い方をするなら俺が欲しいくらいだ。

 

「ふむ。では、その秘宝によって黄金姫を完成させたと、我が兄は言いたいのか?」

 

「……まあ、最初はそう思ってたんだがね」

 

 歯切れ悪く、先生は頭を掻く。

 

「どうにも時期が合わない」

 

「時期が?」

 

「ああ。さっきも言ったが、黄金姫と白銀姫の術式は太陽と月が基準になっている。つまり、どのような秘宝を合わせるにせよ、その周期が基準になるんだが……この一月ほどはどうにも具合が悪くてね。これが月だけだったら、一巡りするわけだからどうにでもなるんだが、太陽と月の術式となるといかにもよろしくない」

 

「まあ、だからこそバイロン卿の前で術式を解体したんですからね。黄金姫と白銀姫に使っているのが()()()()()()()()()()()()()確かめるために」

 

「さすがにあの逆上が演技とは思いにくい。……ほかの魔術師に露見しないよう、わざと違う名称をつける場合もある。そういう場合でも象徴性が落ちないように、ある程度近い感じで名づけるものだが」

 

 ぶつぶつと言い訳じみて呟く先生。だがそれも仕方がないだろう。

 

「この景色を見る限り、その心配はいらなそうでしたけどね」

 

「───ん? どういうことだね?」

 

 ライネスの問いに、信じられなそうな顔をしたのは先生だった。その顔が気に入らなかったのか、ライネスはむっとする。

 

「なんだなんだ。そんな顔をしなくてもいいだろう。何か気付いたことがあるというなら、可愛い妹に教えてくれてもいいんじゃないか」

 

「都合よく、妹と生徒の立場を入れ替えるな。───ともあれ、ここからあの二つの塔を見たまえ」

 

 言われた通り、塔を振り返るライネスとグレイ。

 奇妙に傾いた建築物は、さしずめ蟻地獄か鬼の角めいて映る。ただ、この方向体と傾いた太陽が視界に入り、長い影をこちらへ伸ばしていた。

 

「……ああ!」

 

「……ライネスさん?」

 

 いぶかしげに呼んだグレイの前で、頭を抱えるライネス。義兄がなぜあんなにも呆れた眼で見てきたのか理解したのだろう。

 あと理解していないのはグレイだけ。だが元来魔術師ではない彼女にそこまで求めるのはフェアではないだろう。

 

「日時計と月時計だよ。あんな堂々と見せられるとかえって気付きにくいものだが」

 

「あ」

 

 そう、あの大きく、そして妙に傾いた陽の塔は極めて巨大な日時計なのだ。そしてそれは月の塔も同じ。月時計は満月のときにしか機能しない。さらに言えば、どちらも本式には傾きが足りないが、あの湾曲ぶりや土地の方で補正をかけている。計算しつくされた建築物。無駄に技術力が高いのが逆に腹立つ。

 

「そもそも、ここに来てからずっと考えていたのだが───」

 

 先生の瞳が俺達を見据える。

 

「あの遺体は本当に黄金姫なのか?」

 

 その疑問は、この状況において実にもっともだった。

 




【次回】9月10日18:00更新!
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