Fate/Reach Boundary   作:日彗

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双貌塔イゼルマ 3

 

 あれは師匠(スカサハ)と出会った後、先生(ウェイバー)に出会う少し前の事だ。

 

『アンサズ、あんさず、アンさず……やばい、ゲシュタルト崩壊し始めた……』

 

 昼間とはいえ、他にやる事もなくルーン文字の勉強をしていた。寝れば影の国へと赴き(だいたい三日に一回の確率)師匠との地獄のレッスンが始まる。

 それ自体は結構、というかかなりキツかったが魔術という神秘に触れることは楽しかった。だから昼間でも人目を盗んで魔術の鍛錬をすることもあった。

 

『───童、貴様このような場所で何をしている』

 

 結論から先に言おう。俺は油断し過ぎていた。

 ここは型月世界だとわかっていた。わかったつもりでいた。だが俺は本当の意味でわかってはいなかったのだと痛感させられた。

 

「なんだ。口がきけぬわけでもあるまい。この(オレ)に見惚れるのは当然だが、聞かれたことにはしかと答えよ」

 

 その声に魂が揺さぶられる。その瞳に心を見透かされる。その玉体はあらゆる宝石さえもが眩み、その髪は純金よりも美しく輝いている。

 黄金の髪に紅い瞳の美青年。そうだ、俺は知っている。この人を、この方を、俺は───

 

『ギル、ガメッシュ王……?』

 

『いかにも。我こそはシュメルの都市国家ウルクを修めた人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。して童よ。貴様、名は何と申す』

 

『お、おおおおお……』

 

 まさに雷に打たれたような衝撃だった。それは師匠と出会ったとき以上のもので、それでいて俺の今世における方向性を決定づけた瞬間だ。

 人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。神の時代を終わらせ、真に人の時代を築き上げた英雄の中の英雄、王の中の王。

 魅了。そんな生易しいものではない。魂を直接握られたと錯覚するような、人を惹き付ける天性の絶対的カリスマ。

 溢れ出した想いはもう止まらない。それがたとえ届かぬ星であったとしても、手を伸ばさない理由になどなりはしないのだから。

 

『俺を、貴方の臣下にしてくださいっ!』

 

 そして俺は、(うんめい)と出会った。

 

 

 

 

 遺体は本当に黄金姫のものだったのか。

 先生の疑問は常人にとっては『何を言っているんだ……』と思われるだろうが、ここは神秘を操る超人、魔術師たちの巣窟。それに今はあの(ひと)もここにいる。そういう考えに至るのも頷けるだろう。

 

「黄金姫の死体は偽物だったというんですか?」

 

「うむ。順を追って説明しよう」

 

 だがグレイの様に魔術に染まり切っていない者はすぐに理解できないだろう。それは仕方がないことだ。

 

「ほぼ確実に、黄金姫と白銀姫の魔術には、この巨大な日時計と月時計が関係しているだろう。……が、ごく最近さっきの秘宝を導入したとすればどうにも日付が合わなくなる」

 

「日付?」

 

「大きくは二つあってね。本来、太陽と月の術式で一番いいのは真昼の日食だ。何しろ新月も太陽も頂点に位置してるんだからな。で、次にいいのが満月期の真昼。地球を挟んで太陽と月が一直線に向かい合うオポジション。まあ占星術的には凶兆なんだが、魔術に利用するには都合がいい」

 

 近くの枝を拾って、地面にがりがりと模様を描いていく。

 描かれた模様は、魔術師でなくとも、それこそ雑誌や占いで一度は見たことがあるだろう。

 

「ホロスコープか」

 

 つまりは、天体の配置図だ。

 おおよそ惑星と黄道十二宮からなるその図形を、先生はざくざくと刻んでいった。

 

天体科(アニムスフィア)でなくても、この程度は基本中の基本だろう。で、オポジションの時期なら一ヶ月内にもあったんだが、次善と言ったのには理由がある。本来凶兆なのもあって、別の惑星の位置関係も干渉してくるんだ。太陽と月ならば同位置か逆位置が基本だが、惑星ならば百二十度(トライン)が必要だ。今回の場合、黄金姫や白銀姫に関わる術式なのだから、造形を司る土星と百二十度(トライン)の位置にならなければならない」

 

 丁寧に他の惑星の配置まで書き添えながら、太陽と月を差し、そこから百二十度の位置にある土星を突いた。

 

「なるほど……理想の位置に来た場合、そもそも満月期の真昼にならないわけか。そういえば、時計塔でもそんな授業をしてたな」

 

「星々を利用する魔術を扱うなら必修事項だ。太陽と月の組み合わせでなければ、昼や夜を気にする必要はないんだがな」

 

 ライネスが少し考え込む。グレイはそろそろ厳しそうだ。先ほどから目が回っているように見えた。

 

「だが、そもそも秘宝とやらを黄金姫に使ったとは限らないんじゃ?」

「ええ、アレは()()()()()使ってませんよ」

 

 ライネスの疑問に口を挟む。ライネスと先生の視線が突き刺さるがスルーだ。

 

「……何か知っているのか?」

 

「知ってますけど、それはそれ、これはこれです。ただ、先生は難しく考えすぎですよ。今回の事件はもう少し簡単ですから」

 

「……何か知っているなら教えろと言いたいが、お前は聞かんからな」

 

 別に嫌がらせで教えないわけではない。そもそも原作知識を話したところで大した問題もないだろう。

 だが俺はロード・エルメロイⅡ世の謎解きが見たい。探偵の活躍を一護衛如きが奪ったりしたら面白くもなんともないじゃないか。

 まあ、原作知識の事は何も教えてないんだけど。たまにアドバイスや情報を流したりするけど、何処で知ったか聞かれたときは「魔術です。探らないでください」と突っぱねる。この言い訳メチャ便利。

 

「……なるほど、我が兄が何がなぜこの男を連れて来たのか分かったぞ」

 

「最悪、コイツを脅すなりして真相からなにまで吐かせればいい。バイロン卿の提案を呑んだのはこういう理由もあってのものだ」

 

「えっ」

 

 先生がなにやら恐ろしいことを言っている。大丈夫なんで自力で解決してください。サポートはしますから。

 一拍おいて、

 

「……冗談はともかく、蒼崎橙子がいたなら、考えるべきことはまったく変わってくる。無論、レディも考えていただろうが」

 

「ああ。もちろんわかっているさ」

 

 続く溜息はなおさら重苦しい。

 あの人のせいで事件がややこしくなっている。もう全部あの人のせいでいいんじゃないだろうか。

 

「黄金姫と白銀姫、どちらかが人形ではないか、ということだ」

 

「……え?」

 

 きょとんと、グレイが瞬きした。

 

「……人形……って、でも拙たちが見た黄金姫は確かに」

 

「人間にしか見えなかっただろう? けれど、その場に蒼崎橙子がいたとなれば話は別だ」

 

 と言って俺は二本指を上げる。

 

「彼女が時計塔であげた実績は多々あるが、とりわけ目立っているのは二つ」

 

 そう、二つだ。少なく感じるかもしれないが、正直に言ってありえない量。本当に現代の魔術師なのかと疑いなくなるほどに。

 

「一つは、魔術基盤の衰退したルーンの再構築」

 

「ルーン……ツカサさんも使っている北欧の魔術、ですか?」

 

「ああ。グレイも知っている通りルーン魔術自体は有名で、一部の魔術師は古くから活用・研究していたがその多くは失われていた。それを、蒼崎橙子はその失われた大部分を再構築してのけた。基礎となる共通(フサルク)ルーン二十四文字の魔術的再生、そして原初のルーンをいくつか、な」

 

 師匠から原初のルーンを学び、時計塔で共通(フサルク)ルーンを学んだ俺としては、あの人の成した偉業が異常すぎて意味わからない。フラガの様に神代からの魔術特性を現代まで伝えきったルーンの大家ではなく、俺の様に神代から生き続ける師匠直々に鍛えられたわけでもないただの魔術師が、原初のルーンを扱ったという事実がもう恐ろしい。

 

「もう一つは、卓越した人形師としてだ」

 

 むしろ蒼崎橙子を語るのならこちらの方が大きいかもしれない。

 すると、グレイがこてりと首を傾げた。

 

「……確か……人体模造の魔術概念は……?」

 

「ルーン魔術とはいささか事情が違うが、人体模造の魔術概念も既に衰退している。言ってみれば、彼女は二つもの魔術を現代に蘇らせたのさ」

 

「………」

 

 グレイの沈黙に、先生とライネスは強く頷く。

 そうだろう。俺だって馬鹿げていると思う。衰退した魔術を蘇らせるというのは、死者の蘇生にも等しい所業だ。

 だが、なればこそ、魔術世界における最高位───冠位(グランド)の称号を得るに足る。

 

「……その推理ですと、死んだ黄金姫は蒼崎橙子のつくった人形で、黄金姫はまだ生きているかもしれないという事ですか?」

 

「うん、まあ、先に答えを言っておくと、あの遺体は間違いなく黄金姫その人だし、冠位人形師である彼女の腕をもってしてもあの『美』を人形で再現することはできないよ」

 

「……………。つまり、どういう事なんですか……?」

 

 余計にこんがらがったと、グレイは顔をしかめる。

 その様子に多少の罪悪感を憶えるが、俺の愉悦の為にも我慢して欲しい。中途半端に情報を与えて混乱させるのって意外と楽しいよね。

 

「そうだ」

 

 話題を変えるためか、ふと思い出したかのようにライネスは懐からハンカチを取り出した。

 正確には、その中に包んでいたものを。

 

「兄よ。この粉を見てもらえるか?」

 

 それは黄金姫の死亡現場で採取したという粉。魔力を帯びており、何かの手掛かりになるかもしれないと持ってきたらしい。

 

「ふむ……少し待て」

 

 手にしていた小さなバックからルーペを取り出して観察を始める。ここで魔術を使わないのが先生らしい。

 

「……これは灰か?」

 

「私も同じように思ったんだけどね。それ以上はさっぱりだ」

 

 しばらく、魅入られるかのように灰を見つめていた。ルーペ越しに凝視して、しばらくするとルーペも外して直接睨みつけ、果てはその灰の一つまみを自らの口に放り込んだ。

 

「ちょ! 兄よ、気でも違ったか!」

 

「…………ああ、こちらは見当がつく」

 

「ほう? てっきり犬畜生な前世でも蘇ったのかと思ったぞ」

 

「前世とはずいぶんオリエンタリズムな発想だな。……だがペローか、バジーレか? それともミロのヴィーナスよろしくギリシャまで遡るつもりか……?」

 

 うつむいたまま、ぶつぶつと呟きノートにペンを走らせる。

 

「太陽をヘリオスに見立てての術式も駄目……逆に月をセレネかナンナに置き換えて聖獣の属性を付与した所で根幹は変えがたい。陽の塔と月の塔が因子として大きすぎて小手先の技法がまるで意味をなさない……」

 

 しばらくの間、静かに先生を見つめていた俺たちだったが、推理に行き詰まったのか先生は頭を抱えた。

 

「駄目だ。やはり太陽と月では揃わない……本当にあの秘宝は関係ないのか……?」

 

「おいおい兄よ、いつまでそこにこだわっている。そんな調子でバイロン卿のつけた時間制限に間に合うのか」

 

「ああ。いや、これについては待ってるというのもあって……」

 

「───先生、着いたみたいですよ」

 

 草原に潜む気配を感じ、先生に伝えるとまだ火のついた葉巻をピッ、と指で弾き飛ばした。

 葉巻を飛ばす寸前、先生が何か呪文を呟いていたのを見逃してはいない。飛ばされた葉巻は綺麗に弧を描き、草原に落ちた所で燃え上がった。

 

「───()ちちちちっ! わあ見つかっちゃった!」

 

「………な、何をしに……?」

 

 ライネスの疑問も正当なものだろう。草原に潜んでいたのは俺の同期、エルメロイ教室現役最古参のフラット・エスカルドスだったのだから。

 

「俺やってきましたよ教授! 日本語だと夜露死苦(よろしく)ですよ! 日本の挨拶ってブッティズムな感じで深淵で深遠ですね!」

 

「おいこらふざけんな。俺の母国語を変な覚え方するんじゃない」

 

 先生の魔術を喰らったのに火傷どころか煤一つ付いていない。天才馬鹿め。変な所で無駄に才能を発揮しやがって。

 

「フラット!」

 

 そしてもう一人、フラットの背後の森から人が出てきた。出てきた少年は額に青筋を浮かべ、ズカズカと怒りの形相で詰め寄った。

 

「お前、僕が遅れてるから先に行って伝えてくれって言ったのに!」

 

「わ、ル・シアンくん!」

 

「だからル・シアン()って言うな!」

 

 スヴィン・グラシュエート。彼もまた、俺やフラットと同じく現役エルメロイ教室の最古参メンバーなのだが……この二人と同列に語られるのは納得いかない。

 

「ほらほら落ち着けって。常に余裕をもって優雅たれ、だぞ」

 

「うるさ───グレイたん!」

 

 フラットは問題児だが、こいつもこいつで問題児だ。現に話の途中だと言うのにこうして

 

「ああグレイたんグレイたんグレイたん! いつもの甘くて灰色で四角くて体の内側をひっかかれるみたいな匂い!」

 

「……スヴィンさん……や、やめてください……」

 

 グレイに近づいた途端、変態くさくなる。

 獣性魔術というのは強力なんだがこのデメリットがなぁ。もちろん、獣性魔術師が全員スヴィンのようだとは思っていないが。

 

「も、申し訳ありません。久しぶりにグレイたんの半径二十メートル内に入れたせいでつい理性が蒸発してしまって……」

 

 言い訳の内容が酷いが、すべて真実なのがもっと酷い。理性が蒸発とは、お前はどこのアストルフォだ。

 

「……君、生徒は使わせないんじゃなかったのか」

 

「自主性に任せた結果だ。時計塔の私室で準備しているところを見つかってな。……だが、ふたりとも調査結果だけメールで送って、現地には来ないように言ったぞ」

 

「だって教授! ライネスちゃんが大変なんでしょ! そんな楽しそうなの放っておけるわけないじゃない!」

 

「フラットの監視をしないわけにはいきません」

 

 わかる。癪だが、ライネスが大変そうなのを見たいと言うのはちょっとわかる。普段あまりないことだから、どうせなら間近で見てみたいよね。

 などと考えていたらライネスに横腹を殴られた。なんなのだろうか。これも魔術なのか、それとも噂の女の勘というやつなのか。突くではなく殴るというあたりこの女の凶暴さがわかるというものだろう。

 

「……で、頼んでいた調査はどうだった?」

 

「こちらです」

 

 スヴィンが取り出したのは一枚のメモ用紙。それをまだグレイの方をちらちらと眺めつつ、差し出した。

 

「……なるほど」

 

「どうしたのかな? 逆転の秘策でも?」

 

 メモの内容に目を通し、こめかみのあたりをつつきながら先生はゆっくりと立ち上がる。

 

「ああ。まだ、いろいろ欠片(ピース)が足りないがね。見切り発車するしかない」

 

 漆黒のコートが揺れた。

 赤いマフラーをなびかせて、ロード・エルメロイⅡ世は歩き出す。

 

「さあ。まずは、出陣の準備と行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

「だからさー、真犯人はバリツの使い手なんだって! バリツは本当に無敵で素敵なんだよ! 崖から落ちても大丈夫だし、秘孔をついて人間を爆発させるし! 壁抜けや透明化だってお茶の子さいさいだよ!」

 

「なんだそのふざけた魔術は。そもそも武術なのか魔術なのかはっきりしろ」

 

「いやいやスヴィン、バリツは神秘満載のトンデモ武術。すなわち魔術の域に達した武術と言ったところだろう。すごいぞぅ。俺も習いたい」

 

「シャーロック・ホームズからの伝統だし、きっと先生も使えるって! 探偵ならみんな使えて当然なんだ!」

 

「フラット。君は先生を探偵なんて下賤な職業と一緒にするのか!」

 

「えええ! 正式なバリツではステッキも使うんだよ! きっとそのステッキは魔術の触媒なんだ! だから魔術師のために作られた武術なんだよ!! 今伝わっていないのは、きっと誰かが自分の一族だけで秘匿してるんだと思う!」

 

「すごいな!? いやほんと、その発想力はマジで目を見張るものがあるぞ!? まったくの的外れに見えて、その実当たってそうなのが超怖い!」

 

 先生が勇ましいことを言った後、再び調査作業へと戻っていた。

 スヴィンから受け取った紙片や続いての調査によって何らかの進展はあったらしいが、正直俺たちはやることがなく、あまりにも暇だったためにその横合いでくだらない雑談に興じていた。

 

「それに、シャーロック・ホームズはロマンでしょ! 切り裂きジャックだって怖いし被害者の人には悪いけれど、倫敦史を彩るスーパースターだよ!?」

 

「先生を殺人鬼なんかと一緒にするな。だいたいシャーロック・ホームズだろうがナポレオンだろうが、少々文学や歴史上で目立った程度の相手を、先生と比較するなんてありえない!」

 

 お? 今コイツなんて言った?

 

「お前シャーロック・ホームズ舐めんなよ!? あいつがどれだけ化物かわかってんのか! どれだけ小さな穴も見逃さず、超人的な思考回路を有し、あらゆる事象を鋭い鑑定眼と持ち前の推理力で見通す推理の天才! 彼の宝具である『初歩的なことだ、友よ(エレメンタリー・マイ・ディア)』なんか立ち向かう謎が真に解明不可能な存在であったとしても、必ず真実に辿り着くための手掛かりや道筋が『発生』するなんていう因果も物理も完全無視なデタラメ宝具! アレを敵に回したら勝ち残れる自信がないネ!」

 

「……何の話だ?」

 

 何の話だったろうか。いやそんな事よりも語らねば。次はジャック・ザ・リッパ-の話でもしよう。フラットの前で言うのは少し不思議な感じではあるが。

 

「……お前ら、少し静かにしろ」

 

 先生が苦々しく口にした。

 それから、

 

「お客様だ」

 

「───何か、分かりましたか?」

 

 耳にしただけで、陶然と意識を書済ませるような声が、草原に響く。

 ただ佇む女性。長く伸びた影さえも彼女から零れ落ちることでまったく別の何かに見えた。

 

「白銀姫」

 

 ヴェールを被った女の名を、先生が呼ぶ。

 そしてその一歩後ろには、物静かなメイドが付き従っていた。

 

「初めまして、ロード・エルメロイⅡ世。お噂は存じております」

 

「あまりいい噂をされたことはないと思うが」

 

 苦笑した先生を前に、白銀姫が顔を上げる。

 風が止まったかと思った。耳に入る音はことごとく絶え、草原の花々さえも彼女の素顔に酔いしれるかのようだった。ヴェールの内側から覗いたそれは、黄金姫とはいささかの趣の違いを孕みつつ───しかし、やはり隔絶した美貌。

 

「姉のディアドラ──黄金姫とカリーナの死について、あなたが何を分かったというのですか」

 

「亡くなられたお二人について、衷心より哀悼の意を表します」

 

 白銀姫の声音は、美しさゆえの凄みがありこちらの芯までも貫くようだった。

 

「ですが、だからこそ真犯人を突き止める必要があると考えます」

 

「ご自分の義妹は、犯人でないと信用されていると?」

 

「ええ」

 

「……いい兄をもたれましたね」

 

 きっぱりと言い切った先生に、白銀姫の雰囲気が少し和らいだように思えた。

 

「ええ。もちろん、そのつもりです」

 

 しれっとライネスが受けて、意味ありげに頷く。

 この人、とりあえずハッタリ効かせて立ち振る舞えばいいだろうとか思ってないだろうか……ん?

 

「どうしたフラット? さっきから森の方ばかり見て」

 

「あーいや、なんかたくさん人がいるな~て。ツカサくんもわかるでしょ?」

 

「いやわからんけど。お前の探知性能と一緒にしないでほしい」

 

 だが次の瞬間、ざく、と全身を刺すかのような悪寒が襲う。

 これは、イゼルマの結界の作用だ。つまり何者かが敷地内に侵入したことを知らせる警報のようなもの。

 なんで結界が反応するよりも早くそれを探知できるんだコイツ……。

 

「教授!」

 

「フラット?」

 

 見ると白銀姫は踵を返し、そそくさと去って行っていた。先ほどの結界について、先生以外はしっかり感じ取っている様子だ。

 フラットは先生のもとに駆け寄り、森の方角を指さす。

 

「多分、あっちですよ。これ十人以上いるんじゃないですか? いや二十……あれ、三十以上いる?」

 

「それほどの数で、こんなタイミングにイゼルマの襲撃を?」

 

 ライネスが瞬きする。

 偶然とは思えないのだろう。連続殺人事件が起きたばかりのイゼルマへ、魔術師の軍勢が襲来する。これが偶然ですむのなら、それこそ魔術など必要あるまい。世界を騙してある種の超常現象を再現するのが魔術だが、こんな負の奇蹟が乱発されるなら世界はとっくに魔術に侵されている。

 

「ああ。もちろん偶然じゃない。スヴィン、お前の調べていたヤツだ」

 

「ですが先生。それなら僕らは───」

 

 スヴィンの言葉が途中で止まる。

 そもそも、イゼルマから犯人扱いされているのは自分達だ。この襲撃はこちらにとって有利に働くのか。それとも何もかもぶち壊してしまうのか。混迷した状況どのような手を打つのが最善なのか。誰しもが考えあぐねていた。

 けれど。

 

「悩むのは後にしろ。今すべきことはこっちだ」

 

 そんな悩みは知らんと切り捨て、懐から取り出したルーン文字を刻んだ石……ルーンストーンを俺達を囲う様に四方へばらまく。

 その直後、突然夕陽が陰った。

 東の方から流れてきた黒雲が、あっという間にイゼルマの土地を覆っていたのだ。不自然極まりない速度と規模に、息を呑む気配を感じながらも魔術を発動させる。

 

 低く、雷鳴が轟くのと結界が完成するのほぼ同時だった。

 

 直撃こそしなかったものの、強烈な衝撃が結界を叩く、

 まさにそれは爆撃だった。かなりの魔力を溜めこんでいたのか、一撃が大地を震わせ、その余波だけで全員を震撼させるに足りた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、おかげでな。……どうやら、丁寧に挨拶ということらしい」

 

 いくら強大な術式とはいえ、直撃していない余波ごときでは結界はビクともしていない。実は原初のルーンを刻んだものなのでバレるとまずいのだ。回収回収っと。

 とはいえ。

 

「夕暮れを狙っての天候魔術とは、古い定石通りにやってくれる。……狙いは、土地の守護をイゼルマから引きはがすという所か」

 

 土地が傷つけられれば、自然と普段通りの魔力は動きにくくなる。魔術師が土地を管理している場合、そこに防衛魔術を仕掛けているのは当然で、逆に襲撃する側がそれを無効化するところから始めるのも定石だ。

 今回の襲撃者たちは規模こそ派手だが、手段としてはかなり堅実的だ。おのれ成金石油王。先生が怪我したらどうするんだ。魔女の炎に焼かれて死ね!

 

「……師匠」

 

「ひとまず、こちらは被害を受けないように退避しておきたいところだな」

 

「ほう。一目散に逃げたい、とは言わないのかな」

 

「もちろん逃げたいさ。できたら頭を抱えて、二度とこの土地には入りたくない。誰かさんが担保を押さえられてなければな」

 

「あ、じゃあイゼルマ滅ぼしてきます? それともここら一帯更地にして全部なかったことにしますか? それが一番楽ですね」

 

「やめろ!! お前が言うと冗談に聞こえん!」

 

 当然。だって冗談じゃないし。

 

「ええい、こうなったらさっさと安全地帯を見つけて、落ち着くまで隠れてるぞ……いや」

 

 そこで一人、減っていることに気が付いた先生。彼はそういうことも得意とする魔術師だ。

 

「もうやらかされたか」

 

「追いかけます!」

 

「っ、待てスヴィン!」

 

 止める間もなく、今度はスヴィンが駆け出す。

 得意とする魔術の特性故か、メチャクチャ速い。フラットが何処へ行ったのかもわかっているのだろうスヴィンは、一直線に森の方へと消えていった。

 

「ああもう! だから、現地には来るなと言ったんだ!」

 

「じゃあ俺も行ってきます」

 

「お前まで私の胃を壊す気か!?」

 

 先生の叫びを無視してルーンストーンの入った袋をグレイに持たせる。あまり役に立たないだろうが、念のためだ。

 

「あの二人だけじゃ厳しいでしょう。最悪殺されかねないし、俺も行きますよ。とりあえず時間は稼ぎますけど早めに助けに来てくださいね」

 

「おい待てこのっ……ああくそ! やっぱり連れてくるんじゃなかった!」

 

 

 

 

 

 

─── さて、現況を整理しよう。

 

 双貌塔イゼルマ。まずここ起きた事件である『黄金姫殺し』と『カリーナ殺し』。これらの犯人は別だ。

 別、というかそもそも黄金姫は殺されたわけではない。いや、ある意味イゼルマという家に殺されたと言えるかもしれないが。

 だがやはり、いまライネスや先生を取り巻く現状を打破ずるために解かなければならない謎はこの二つ。その二つの真実を暴き出し、自分たちの無実を証明しなければエルメロイ家は終わりだ。

 

─── 遠く、森の中から魔力が弾ける気配がする。だが一番警戒しなければならない女はまだの様だ。

 

 ()()()()()()()()。魔術師ならば恐らく、その結論に至るだろう。魔術に研究中に人が死ぬことはよくある事、どころか常識だ。だが先日開かれた黄金姫・白銀姫のお披露目会ではそんなそぶりはなく、その日の夜にはライネス達が直接会っている。それが翌日の朝にはバラバラ死体で発見されたのだから殺人だと思うのは必然だ。

 だが先生は『殺されたのは本当に黄金姫なのか?』という疑問に行き着いた。それは冠位人形師である蒼崎燈子がいたから、というのもあるだろう。だがそのキッカケさえあればあとは時間の問題だ。

 恐らく今頃、先生は偽の黄金姫を生み出した術式に思い至ったころだと思う。そしてその欠片(ピース)が揃えば先生の脳は答えを見出すだろう。

 

─── 泡の弾ける音、草木の焼ける臭い、そして獣の雄叫びが森に轟く。

 

 ならば俺の、俺達の役割はここに決定した。先生が準備を整えるまで()()()()()()()()()()、それがまず絶対の最低条件。誰か一人死ねばその責任の追及が始まる。無論、他所の土地に無断で侵入し、踏み荒らした向こう側はそんなこと言える立場などではないが、まあついでだ。俺ってばやっさしィー。

 

─── 気配が一つ増えた。魔力の質も量も、スヴィンたちが戦っていた雑兵と比べてもずっと上。だがあの女ではない。今回の襲撃者達の親玉であるあの成金王子だろう。

 

 考え事していたらもう着いてしまった。あの女はまだ来ていないようだし、とりあえずこっちに助力しよう。

 

 森の中を歩くこと15分ほど。ようやく見つけた目当ての人物たち……スヴィン、フラット、バイロン卿、顔を隠したその他大勢に独りだけ雰囲気の異なる褐色の偉丈夫。

 

「───失礼。アトラム・ガリアスタ殿とお見受けする」

 

「……君は?」

 

 誰がどう見ても戦闘中。そこに空気を読まず乱入したのだから当然、全員の視線が俺に集中する。

 それに対し、俺は褐色の偉丈夫───アトラム・ガリアスタの右手に収まっている()()にへと視線を向けた。

 

「原始電池。蓄えられた電力に自らの魔力を乗せるというのは、言葉にすると簡単だが実行できる者は希少だ。それは古代より多くの地域で神威とも神鳴とも崇められてきた『力』を制御するということに等しい。先程の天候魔術もそういった技術を応用したものですね?」

 

 スヴィンとフラットのもとへ歩いていく。仕掛けは既に終えた。後は魔力を流し込むだけでいつでも発動できる。

 

「スヴィン、フラット、先生が怒ってたぞ。帰ったら説教間違いなしだな……俺もだが」

 

「───僕の問いかけを無視か? 度胸だけは認めてやるぞ小僧」

 

「初対面でいきなり小僧呼ばわりする人とは、あまり関わりたくないんで」

 

 しかし弟子が碌に挨拶ができないと噂されると先生にも迷惑がかかる、か。仕方ない。原始電池も見られたし、この人にはもう興味ないのだが。

 

「エルメロイ教室、折本ツカサ。イゼルマの客人として、バイロン卿の守護のため参上した」

 

 こういった些細なことでも、恩を売っておけば巡り巡って自分のためになる……かもしれない。なるかなあ。なるといいなあ。

 

「アトラム殿。このイゼルマに()()()()()()()()()()()()()。諦めて帰ることをオススメする」

 

「ハッ。君が何を言っているのか分からないな。そう言われて『はいそうですか』なんて言うとでも?」

 

「……信じるつもりはないと?」

 

「くどい。戦争は既に始まっている。戦争(ウォー)戦争(ウォー)戦争(ウォー)。野蛮な響きだが、始まってしまった以上どちらかが滅ぶまでは終わらない」

 

 くそったれ魔術師め。無いと言ったら納得して帰ればいいものを。

 

「面倒くさい。ならさっさとしてくれ。殺さないよう手加減はしてやる」

 

「よく吠えた! ならば冥土の土産にその眼に焼き付けろ!」

 

 アトラムの持つ原始電池に魔力が込められていく。それが蓄えられた電力に上乗せされ、増幅。

 

猛れ(ガッシュアウト)!」

 

 その一言とともに、電撃が巨大な手となった。

 その速度はまさしく雷速。空気抵抗を噛み破り、瞬きよりも早く振り落とされる。

 

 だが俺達に雷が届くことはなかった。

 

 俺とアトラムのちょうど中間、そこから俺たちを隔てる様に光の壁が防壁のように出現し、雷を受け止めたからだ。

 アトラムの雷と俺の結界は一瞬対抗し、雷の方が霧散した。

 

「馬鹿な……」

 

「いや、驚いた。雷という『力』そのものをここまで操るとは、戦闘面ならば確かに一流だ」

 

 だが相手が悪い。師匠の修行なんか、それこそ天変地異みたいな攻撃を雨のように降らし、それを生き延びてみせよとか言われた。あの地獄に比べれば雷撃なんて可愛いものだ、マジで。

 

「ほら続けろ、アトラム・ガリアスタ。中東に居を構える魔術師よ。これは、お前が始めた戦争だろう」

 




【次回】9月11日18:00更新!

 礼装紹介

【常世の鍵】
 師スカサハの扱う死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)と英雄王ギルガメッシュの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を参考にして生み出した、現世と異界を繋ぐ門を開くための鍵。虚数空間に沈めた『蔵』への納入・取り出しを可能とする。見た目はただのラピスラズリの指輪だがこれと対となす魔術礼装が蔵の中にある為、最小源の魔力で起動することが可能となっている。
 蔵そのものは中の空間を弄っているためかなりの容量が入る。また、虚数の特性として中のものは時間が経過しない。入れた物が腐らないから超便利。
 これ一つとっても現代の魔術師から見たら卒倒もの。余裕で封印指定対象なので慎重に隠し通している。
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