Fate/Reach Boundary   作:日彗

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双貌塔イゼルマ 4

 

─── 初めて、彼に出会ったのは拙の生まれ故郷である墓守の村だった。

 

 あの時は確か、ベルサックさんの家の前でばったりと、自分は彼と出会ったのだ。

 

『はじめまして、折本ツカサです。よろしく』

 

 挨拶はシンプル。必要のない情報は削ぎ落した──単に面倒くさかっただけかもしれない──自己紹介が自分と彼との初めての会話だった。

 

 折本ツカサ。光を飲み込む漆黒色の髪と同じく黒い瞳の、日本から来たという魔術師であり師匠の()()()。とは言っても施設育ちだった彼を師匠が引き取り、弟子兼護衛としているらしい。師匠の性を名乗っていないのはそういう理由もあるのかもしれない。

 後から聞いたところによると、魔術師としての位階は典位(プライド)。それも近々昇格するかもしれないという噂を時計塔内で聞くことがある。師匠の教え子たちの中でも特別優秀な魔術師らしい。師匠に引き取られたのが8歳の時だと言う。いくら魔術の素養があるとはいえ、8歳の子供を自分の護衛にするなんて、とこの時はドン引きした。

 

『いやいや、先生は悪くないよ。俺にとってもまたとないチャンスだったし。先生には感謝こそすれ、恨みなんてないさ』

 

 衣食住もしっかりしている。学校にも通えている。言語には苦労したらしいが、そこは魔術でなんとかしたらしい。言語を翻訳する魔術もあるのかと当時は驚いた。

 

『怖くは、ないんですか?』

 

 自分の口から零れ落ちた問い。

 怖くないのか。魔術が、魔術師が、他人を守るために戦いへと身を投げることを求められることが。

 自分は怖い。墓守でありながら霊が怖い。だから聞きたかったのだ。これから同期となる彼はどうなのかと。

 

『怖くないと言えば嘘になるけど、大切な人を亡くす方がずっと怖い』

 

 困ったような笑みを浮かべて彼はそう答えた。

 それは本心なのだろう。亡くしたくない、失いたくない、そういう思いで彼はこの非日常を生きているのだ。

 

『……君も、いつかわかる日がくる。誰かの願いを、美しいその想いを叶えてあげたいと強く思う日が。その時が来たら遠慮することなんてない。自分に芽生えた気持ちに嘘を吐く必要なんてどこにもないんだ』

 

 それが、自分と彼の初めての出会い。

 

 

 

 

「スヴィン、油断するな。アトラム・ガリアスタは魔術戦に関しては一流。慢心してたら負けるぞ」

 

「……ああ、わかった」

 

「フラット、その他大勢は任せる。お前ならそう難しくないだろ? 遊んでいいぞ」

 

「やった! 俺、試してみたいのが結構あるんだあ!」

 

 二人に指示を出してバイロン卿のもとまで下がる。念のためバイロン卿の周りにも結界を張っておこう。

 

「なんだ、デカい口を叩いたくせに君自身は戦わないのか?」

 

「俺の相手は別にいる。あんたらは俺の優秀すぎる友人たちに任せるさ」

 

 空中に指を走らせ、ルーン文字を刻む。紙やペンがなくともこうして魔術を使えるよう、魔力で空間に文字を刻む術は嫌という程叩き込まれてきた。ルーンを扱う者にとって必須となる技術だろう。 

 

「そろそろ出てきたらどうですか? 早くしないとこちらの準備ばかりが整っていきますよ」

 

 森の中、木の生い茂るこの領域に息を潜めている魔術師へ声をかける。

 この森に向かう途中、使い魔と思われる生物を何体か狩ってきた。だから、おそらく原作よりも早い登場をすることになるだろうとは考えていたが、まさかアトラムとの戦闘が始まる前に来るとは思わなかった。

 

「……おいおい」

 

 森の中にただくすんだ緋色が浮かんでいる。その人影が佇む一角だけが、まるで切り取られた様に静かだった。

 

「気配も魔力も隠していた筈なんだがね。私も鈍ったかな……」

 

 どこか困ったように、微笑する緋色の髪の女。現在、イゼルマにいる者でもっとも危険な人物は間違いなく彼女だ。

 

「……ま、さか」

 

 スヴィンが女を見つめながら呟く。アトラムも、彼女の存在は一応知識として持たされていたらしい。

 だが、二人ともがその出現に戦慄した。フラットの方は不明だが、全員がこのタイミングで介入してくるとは思っていなかった。

 

「蒼崎さん。一応聞きますが、何をしに?」

 

「ん、まあちょっと依頼されたものでね。エルメロイ教室、私は、君達の敵に回ることになった」

 

 蒼崎橙子は、雨で濡れた地面を歩みつつ、とある方向へと寄り添った。

 アトラムの隣だ。そこで振り返って、時計塔の最高位──冠位(グランド)たる魔術師は、ゆるりと微笑したのだ。

 

「依頼、ですか。それは誰から?」

「悪いが守秘義務は守らせてもらう。依頼を受けたからにはきっちりしないとな」

 

 橙子の足がついと動いた。

 そのかかとが、地面にとある文字を刻んだことに気付いたのは俺と、フラットだけだった。

 

「ル・シアンくん!」

 

 背後でフラットの手が回る。

 先程までアトラム傘下の魔術師たちに行っていた介入術式。

 しかしその術式が効力を発揮するより早く、橙子の魔術が衝撃となってフラットを襲う。

 だがフラットの身体が吹き飛ばされることはなかった。衝撃がフラットにまで達した瞬間、霧のように霧散したのだ。

 よく見れば分かるが、フラットの背中に文字が刻まれている。先程俺が書き込んだ『守護のルーン』だ。念のために刻んでおいてよかった。

 

「ほう、妹を倒したというのはあながち嘘でもなさそうだ」

 

「フラット、スヴィン。前言撤回だ逃げろ。俺が時間を稼いでおく」

 

 俺が使ったのはスカサハ直伝の原初のルーンではなく、共通(フサルク)ルーン。だからこそ、この女の実力が嫌という程分かってしまった。

 

 編まれた術式が美しすぎる。

 

 黄金姫・白銀姫を紐解くまでもなく、魔術師は術式の仕上がりを美しさによって判断する。ある種のプログラマーがコードを美しい美しくないと判断するように、橙子と魔術基盤の繋がり方はあまりにも理想的過ぎた。

 勿論、神代から生き続けるルーン魔術の天才、スカサハには及ばない。だが現代の魔術師が夢見る理想は間違いなくこちらだろう。

 けして魔力量が群を抜いているわけではない。時計塔の高位魔術師がそうしているように、恐るべき礼装を纏っているわけでもない。(持っていないとは言っていない)しかし、この女がゆるゆると循環させている魔力は、メビウスの輪のごとき完成された佇まいを保っていた。実際に魔術をぶつけ合った俺だけでなく、他人の魔力に対して敏感なフラットもその自然な凄まじさを、誰よりも悟ってしまった。

 

「うん、わかった! ツカサくん後は頑張って! さあ逃げようル・シアンくん!」

 

「は? ふざける……」

 

 ぐるりと振り向いたスヴィンの目が、大きく剥かれた。

 

「逃げようル・シアンくん!」

「逃げようル・シアンくん!」

 

 そう叫んでいるのは、フラットではなかった。

 フラットそっくりではあったが、明らかに表情も姿勢も固定されたままの───真っ黒に染まった切り絵のような人形だった。

 

「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」「逃げようル・シアンくん!」

 

 ひたすらリピートしている様は、壊れたオルゴールのようだ。

 肩をすくめて、橙子が口を開く。

 

「さっさと本体は逃げた後か。一回撫でただけで引き上げるとはどんな逃げ足の速さだ。……ふむ、影を転写して、自分のニセモノに仕立て上げたらしいな。元ネタはどこの魔術になる? ドイツの田舎かどこかか?」

 

 しげしげと人形を見つめる燈子を横目に警戒しつつ、スヴィンへと近づく。

 

「お前も早く逃げろ。その嗅覚でフラットの位置はわかるだろ?」

 

「断る。アイツの言葉に従って逃げるくらいなら、死んだ方がマシだ」

 

「バカ。いいか、俺達の勝利条件は『先生が来るまで事態を悪化させない事』だ。相手が死ぬことも俺達が死ぬことも許されない。現状を維持する為に逃げろと言ったんだ。……さすがに俺も蒼崎橙子一人で手一杯になる。だからお前達がアトラムからバイロン卿を守れ」

 

 ただでさえ混沌としている現状、これ以上事態をややこしくしてしまうとエルメロイにとって損しかない。先生が現状を打破できる切り札も手に入れているはずだから、それまで時間を稼ぐ。原作ではグレイが担っていたことだ。

 

「いや、そもそも既存の魔術基盤を利用していないなこれは。即興の魔術式を基盤代わりにして成立させてる。……なんだそれは。ひとつ魔術を使うたびにCPUの設計図をつくりなおすようなものだぞ。無駄なことを見当はずれな魔術で器用にやってのける類のバカか。まあ、私も人のことは言えないが」

 

 ほとほと呆れたように、橙子は溜息をつく。

 フラットの魔術に興味を示してくれたおかげで少し時間を稼げた。正直、あいつの術式に興味を持つ気持ちは分かる。fakeの方も読んだことのある人間、或いはフラット・エスカルドスの正体を知る者は皆そうだろう。

 

「必要性はともかくとして、術式のあつかいだけならその年で色位(ブランド)並みか。エルメロイも面白いのを飼っている」

 

 微笑して橙子はそっと指を動かした。

 虚空に刻まれた文字(ルーン)の名はソウェル。『太陽』を意味するその文字は、たちまちフラットの残していった影人形を朝陽に打たれた霜のごとく搔き消していった。

 

「さて、どうする?」

 

「スヴィン」

 

「………………わかった」

 

 そう言うとスヴィンは、人間の動体視力の限界を超える速度でバイロン卿を抱えて森の奥へと突っ切って行った。

 

「ふむ。君は逃げないのか?」

 

「俺が逃げたら、貴方は先生の下に行くでしょう。貴方と先生が会うのは向こうの準備が整ってからだ」

 

 俺の言葉に微苦笑し、橙子は肩をすくめる。

 

「それに、聞いていた以上に()()()()()()。今のアンタを荒耶やコルネリウスが見れば軽蔑の目で見られるだろうさ」

 

「……あの二人の事も知ってるのか」

 

 嫌そうに顔をしかめ、息を吐く。すると視界の端にまた奇妙なものを捉えた。

 さっき消されたはずのフラットの影人形が、どうやらスペアを用意していたのか、新たな場所に立ち上がっていたのだ。

 

『ええと橙子さんですよね? お金が欲しいなら、その褐色の人をぶん殴って、そっくりの人形作って家を乗っ取った方が効率的ですよ!みんなで幸せになれますよ!』

 

「っぐ……!」

 

 事実上名指しされたアトラムが歯ぎしりする。

 対して、橙子の方はふむと一瞬真面目に考える顔つきになってアトラムの横顔を見やってから、ふるりとかぶりを振った。

 

「あいにくだが、これは美意識にそぐわない。そんなつまらない人形をつくる気にはなれないな」

 

「───どうでもいい」

 

 さっきからごちゃごちゃとどうでもいい事ばかり話す。そんなものに興味はない。

 

「蒼崎橙子。青を掴めなかった、橙色を冠する魔術師よ。そんなくだらないことはどうだっていいんだ」

 

「………」

 

 橙子の表情が微かに歪む。彼女に対する『禁句』に掠りかけたからだろう。だが別に構わない。例えこれから未来永劫殺し合うことになったとしてもいいと思えるくらい、俺は彼女に対して怒っているのだから。

 

「俺は、あんたが腹立たしくてしょうがない。俺達の邪魔をすることも、己のしたことを()()()()()ことも。依頼だ? ふざけるなよ。誰のせいでこんな状況になったと思ってる。あんたが余計な真似をしなければライネス達はこんな目に合わなかったんだろうが」

 

「……君が何を言っているのか知らんが、つまり何が言いたい?」

 

 ああ、彼女は本当にその一瞬を愉しむために生きているのだろう。それはある意味で魔術師らしい。

 だが違う。たとえどんな理由があったとしても、この女がイゼルマに関わらなければ先生達はここに来ることはなかったかもしれない。

 俺が怒る理由はそれだけ。身内を巻き込まれたからだ。たとえ裏で糸を引く黒幕がいたとしても、この女が余計なことをしなければこんな事にはならなかったかもしれない。そう思えば思う程、この女への苛立ちは増していく。

 

「……もういい。あんたへの苛立ちはこの際後だ。ただ、あんたが先生の敵になるというのなら、俺はあんたを止める」

 

「頼もしい騎士(ナイト)だな」

 

 橙子の呟きとほぼ同時に、俺の周囲おおよそ十メートルほどがルーン文字で埋め尽くされる。ぱっと見ただけで三桁に上りそうな数。無論、この場に来てからこれほどの量のルーン文字をつくれるはずがない。

 

「まあ、どの道これをどうにかしてからだ」

 

 蒼崎橙子は、ルーン文字にルーン文字を創らせると言う境地に至っている。そして当然だが俺はそれを知っている。

 

「……?」

 

 いつの間にか俺の右手には一振りの剣が握られている。柄も鞘も黄金に輝く一振りの剣。この剣の放つ異様な気配に橙子も気付くが、それよりも速く、俺は剣を鞘に納めたまま振り抜いた。

 ルーンが一斉に起爆する。だがその衝撃も、音も、閃光も、魔力によって生まれた現象の一切が俺にまで届かない。

 

「……ほう。ルーンに込めた魔力そのものを分解したのか。その剣は君が創ったのかね」

 

「あんたには関係ないだろ。知りたかったら先生の事は諦めてくれ」

 

「そいつは残念」

 

 警戒すべきは鞄と魔眼。魔眼への対抗策は用意してあるが鞄の方は厄介だ。使われる前に封印するしかない。

 この土地の所有権をイゼルマから俺に移し替えられればもう少し楽にはなるのだが、それも現実的ではない以上このまま耐久するしかないだろう。

 

 ああ、まったく面倒だ。

 

 

 

 

「……これでは埒が明かないな」

 

 すでに幾百という魔術をぶつけ合い、橙子の放った礼装の数々も破壊した。

 スヴィンたちも逃げきった頃だろう。先生ももうすぐ到着するかもしれない。

 

「よもやその年でここまで魔術を洗練させるとは。よほど良い師に巡り合えたと見える」

 

「……まあ、否定はしませんよ」

 

「ツカサさん!」

 

 茂みの中からグレイが飛び出してくる。先生に頼まれて援軍に来てくれたのだろう。

 となると、もう少し時間を稼がないとな。

 

「よく来てくれたグレイ。この人面倒くさいから人手が欲しかったんだ」

 

「……スヴィンさんとフラットさんは?」

 

「二人にはバイロン卿を連れて逃げてもらった。とりあえず先生が来るまで時間を───」

 

 目の前に猫が現れた。

 一匹の平べったい影絵のような猫。青崎橙子の礼装の一つ。

 

「猫……?」

 

「チッ!影絵の魔物か!」

 

 視線の先の猫がブレる。次の瞬間には俺達の目の前で巨大化した爪を振り下ろしていた。

 

「……ッ!?」

 

 だがそれをグレイが間一髪で受け止める。手に握られているのはアッドが変化した大鎌だ。

 影絵の魔物。想像していたよりも速い。けれど想定よりはかなり遅い。

 ……問題ないな。

 

「グレイ、少しの間その猫任せた。俺は本体を叩いてくる」

 

「は、はいっ!」

 

「させるとでも?」

 

 燈子の声と共に背後の茂みから二体のオートマタが飛び出す。正面には猫、背後からは人形。なるほど、大ピンチだ。

 

「まあ問題ないな」

 

 頭上から魔弾が降り注ぎ、オートマタを粉砕する。

 天を仰ぐとそこには悠々と空を泳ぐ一機の飛行物体、ドローンが飛んでいた。

 

「あれは……」

 

「俺の使い魔みたいなもんだ。気にしなくていいよ」

 

 事前に()()()()()おいて良かった。元々偵察用に造ったものだが、俺自身とリンクしているためある程度の精密操作を可能にしている。原初のルーンも使える代物だぞぅ。

 

「お、見つけた見つけた。本体の幻灯機」

 

 ドローンから送られてくる映像で影絵の魔物の本体を発見する。なんかメチャクチャ精巧な鳥の形をしていて壊すのがもったいないが、そんな迷いは一瞬の事。

 性能がバカ高いためか、逆に本体の幻灯機は案外脆く、魔弾の一発で破壊することに成功した。

 

「あーあ、アレ結構なアンティーク品だったのに」

 

「大事なものなら使わないでくださいよ」

 

「冗談さ。……ああだが、その匣の中身は厄介だな」

 

 へいへい、俺の礼装は厄介じゃないですかそうですか。

 けれど会話に移ってくれるのなら時間稼ぎも容易になるだろう。

 

「……どうして、あなたがガリアスタに味方するんです?」

 

「おいおい、そんなのいちいち説明しないといけないのか? あの君主(ロード)がお前達を寄越したんだろう? だったら最低限の事情は察してると思ってたんだが」

 

 そんな意地悪ばかりしてるから男に逃げられるんだ。

 

「この人はただ依頼されただけだよ。仮にも冠位を与えられた魔術師がこんなくだらない依頼を受けやがって……恥を知れ!」

 

「どんな依頼を受けるかは私の気分次第だ」

 

 やかましい。何を堂々と言っているのか、この姉妹は本当にソックリで嫌になる。

 

「───ああ、そいつは面白い」

 

 橙子の興味がグレイの大鎌、アッドに移る。

 

「見るのは初めてだがそれは千年以上の神秘に属するだろう。ひょっとすると人の手になるものでさえないな? 現代の魔術師のかなうところじゃない」

 

「だったら退いてくれ。そうしないとうちのグレイが火を吹くぞ」

 

「残念だが一応依頼なんでね。こっちの事情ではいそうですかとは言えないさ」

 

「嘘つけ! アンタ他人の事情なんか顧みないヒトデナシだろうが!」

 

 よくもまあいけしゃあしゃあと言えたものだ。それもこれ見よがしにルーン文字を刻みながらと来ている。安い挑発だ。

 橙子の刻んだルーンから氷の棘が伸びてくる。だがそれは俺達に届く前に蒸気へと昇華された。

 その隙を逃さずグレイが走り込み、それをサポートするために俺もまたルーンを刻んでいく。

 すかさず橙子も新たに魔術を発動して風、炎、光など千変万化に対応してくる。

 向こうにいくつ奥の手が残ってるのか知らないが、それはこちらも同じ。だがグレイの切り札はそう簡単に出すことができないものだ。

 身体能力では明らかにグレイの方が上回っている。俺が何かするまでもなく、このままいけば押し切れるだろう。

 何事もなければ。

 

「……っ!?」

 

 グレイの動きがピタッと止まる。これは停止系の魔術、魔眼の類ではない。

 

「どうも、君らも含めて今回集まった魔術師たちは勘違いしているな」

 

 橙子の握っている鞄の金具が外れていく。だがその前にグレイを回収して後ろへ跳んだ。

 

「魔術師が最強たらんと欲するなら自らに手を加える必要などない。あぁ、それこそロード・エルメロイⅡ世はよく知ってるんじゃないか?なにしろ彼が前の戦争で生き残れた最大の理由だ」

 

 グレイの様子は───大丈夫、鞄の中の()()に少し当てられただけの様だ。

 

「『自らが最強である必要は無い。最強であるものを作ればいいのだから』ですか?時計塔よりアトラス院の方が向いてそうですね」

 

「それは君も同じだろう。その礼装の数々を見れば分かる。君はこちら側の人間だ」

 

「……グレイ、あまりあの鞄を見るなよ。呑まれるぞ」

 

 グレイは霊的感受性が高すぎる。墓守であり巫女としての側面が強いせいだろうが、群を抜いて優れているからこそある種の場面では致命的な欠陥を露呈する。

 そうでなくとも、俺だってあの怪物とはなるべく戦いたくない。

 

「おやおやミス・アオザキ」

 

「……アトラムか」

 

 燈子の後ろから現れたのはアトラム・ガリアスタ。そして俺とグレイのもとにはスヴィン、フラット、バイロン卿がやってくる。

 ……逃げろと言ったのになんでここにいるんだ?

 

「どういうつもりだスヴィン。バイロン卿を連れて逃げろって……」

 

「先生達の臭いが近づいてきてる。僕には先生の崇高なお考えまではわからないが、なるべく同じ場所に集めた方が良いと判断した」

 

 スヴィンの言葉に眉を上げる。

 先生達がこっちに。ということはロード・バリュエレータや白銀姫の説得に成功したのか。

 ならば、あともう少し。

 

「いかがですバイロン卿? 手間がかかったがそろそろ観念のしどころでしょう」

 

「……何を、観念しろと」

 

「ふう。諦めが悪いのは時計塔のお歴々と同じかな。まったくどいつもこいつも頭にカビが生えているんじゃないか? それよりそちらだミス・アオザキ。さすがは冠位(グランド)、麗しい少女にも容赦がないとは」

 

「おいおいそんな人聞きの悪い事を言わないように。第一まだ何もしちゃいない」

 

 お話なら帰ってからしてくれませんかね?

 だがこれで多少は時間を稼げる。楽して目的を達成できるならそれが一番だ。

 

「───Gray(暗くて)………Rave(浮かれて)………」

 

 そう思ったのも束の間、グレイの手元、正確にはアッドから神々しい光が立ち上がる。

 

「グレイ!?」

 

「……Crave(望んで)………Deprave(堕落させて)………」

 

 影響を受ける前に離したつもりだったが、この距離でも駄目だったか。

 今のグレイは燈子の持つ匣の怪物に当てられて半ば暴走状態になっている。確かに聖槍を見たいとは言ったがこんなくだらないところは嫌だ。せめて十三拘束解除した状態が見たかったなあ!

 

「む、それはうまくないぞ?こいつが興味を示しかねない」

 

 橙子の鞄は既に開き、中身が出掛けている。アッドの中の聖槍の気配に釣られたか。

 止めたいが魔力の収縮率が高く、最悪暴発しかねないのが面倒くさい。コレが仲間じゃなく敵だったら問答無用で阻止できる………………の、だが。

 

─── その人を見よ

 

「─────、───」

 

 声がした。

 引き寄せられるままに視線が()()へ向かう。草木の生い茂るこの空間において()()だけが切り抜かれた異次元のようにも錯覚した。

 時が止まった。

 座標が意味を失った。

 まるであらゆる時空連続体が、その整然たる緊密さを奪われたかのように。

 居並ぶ魔術師たちの意識だけでなく、森に住まう小動物や昆虫、生物ならざる土塊や水滴にまで影響をもたらす精髄。

 およそ人の手の届かない領域。形状と数字としての終点であり極点。極まりすぎたが故に下手をすれば繋がりかねない完全な■がそこにはあった。

 

「アッド……が……」

 

 グレイの手元の鎌は、真の姿である『槍』を露わにするどころか、小さな匣へと逆戻りしていた。

 

「こちらも引っ込めさせられたか」

 

 やれやれと橙子が片目をつむる。彼女の手にしていた鞄もまた、口を閉じていた。

 

「なんだ、今のは……」

 

 空を仰げば、夜空を埋め尽くしていた暗雲までもが一帯にわたって流れ去っていた。数十人がかりで仕掛けていた天候魔術さえも、あたかも薄紙が破れたかの如くたやすく霧散したのだ。

 

 最悪の気分だ。完成され過ぎた■を見た本能(悦び)とこうなることはわかっていたのにという理性(嘆き)が両立している。自分でも精神が安定していないのが自覚できるほどに。

 白銀姫の後ろで術式の発動と補佐をしていた先生達が現れる。

 

「……なるほど、投影か」

 

「ご明察です。白銀姫の顔にお披露目での黄金姫を投影しました。私の弟子ライネスが」

 

「ふん。術式を構築したのが君で、儀式のお膳立てがメルアステア派の二人では威張るわけにもいかないがね」

 

 投影魔術(グラデーション・エア)。衛宮士郎の扱う等価交換の法則を無視したクソチート反則技とは違う本当の投影。

 あれだけの準備と手間、そして黄金姫と瓜二つの白銀姫を触媒にしてようやく一瞬だけ顕現できるとは。改めて投影魔術って不便だなぁ。

 

「それがどうしたのかね。つかの間アッと言わせた程度で僕らを止めたとでも?」

 

「強がりはやめとけ。魔術は現実世界を変革できるという確信と相応の集中から成り立っている。今は瞼を閉じるだけであの顔がちらつくぞ。まあニ、三時間は私も開位(コーズ)レベルの魔術しか使える気がしないね」

 

 同感だ。なんなら目を開けていてもさっきの顔がフラッシュバックする。こんな状態ではまともに魔力を練ることもできない。

 全自動タイプの礼装もあるから命の心配はしていないが。

 

「ミス蒼崎」

 

「ふむ、確かに毒気は抜かれたがどうするつもりだね」

 

「毒気を抜かれたなら交渉の余地はあるでしょう。……それに今ので()()()()んじゃないですか」

 

「……ふむ。もしかしてと思っていたが()()()()()()か?君のパフォーマンスは私に対する回答を兼ねていたわけかね」

 

 出したままにしていた礼装を誰にも見られない物陰に隠れて仕舞っていく。先生から絶対に人に見られないようにしろと言われてからはこうしてチマチマとしているがいい加減肩が凝る。

 

「アトラム・ガリアスタで間違いないかな?」

 

「何かな君主(ロード)

 

「あなたが求めているものを私は知っている」

 

「……別に隠してるわけじゃないからね。まして君なら当然に分かるだろう?」

 

「先月、イゼルマとあなたがオークションで争い合ったのはとある英霊の聖遺物だ」

 

「っ───!」

 

 グレイが息を呑む。誰あろうこのアトラム・ガリアスタこそが第五次聖杯戦争の協会枠を金で買収した張本人なのだ。

 ならば当然勝ち残るために英雄を呼び出す聖遺物が必要になる。ただそれを手に入れるためだけに態々こうして攻め込んできたのだ。頭がおかしいと言わざるを得ない。

 

「だから………なんだね?」

 

「私の推測通りならバイロン卿を脅しても無駄だよ。彼も現在の聖遺物のありかは知らないはずだ」

 

「何───?」

 

 ようやく焦った顔で振り返ったアトラムに対し、バイロンは木に体重を預けた格好で両の手を見せた。その通りだとでも言いたいのか知らないが、妙にムカつくなこのおっさん。急にイキり始めやがって。

 

「私ならその聖遺物のありかを教えられる」

 

「……ははあ。だから手を出さず君のくだらない推理とやらをありがたく拝聴せよとでも?言っておくが今の僕の戦力なら君や弟子たちをくびり殺すことなど造作もない。今この場で無理矢理聞かせて貰ってもいいんだぞ」

 

先生、コイツもう殺しましょう。灰すら残らないよう徹底的に

 

「ステイ。ツカサ、ステイ」

 

 止めないでください。どうせいつか死ぬんだからそれが今になっても構わんでしょう。そうだ、コイツ殺して代わりに聖杯戦争に出ましょうそうしましょう。

 

「それだけの価値は約束しよう。それにもしも私の推理が外れていた場合、あなたが狙っていた以上の宝物も譲り渡そう」

 

「は?何を言ってるんだ君主(ロード)。エルメロイの懐は十分に理解できているつもりだ。あれ以上のものを君たちが用意できるはずがないだろう………………………いや、まさか」

 

「エルメロイの君主(ロード)として誓う」

 

 懐から葉巻を取り出し、火をつけて燻らす。この状況で、己が命より大切な宝を賭けると言うのに、先生の表情は普段通り冷静だった。

 

「私の持つ聖遺物を、今の約束に賭けよう」

 




 礼装解説

不敗剣(クラウ・ソラス)

 第四次聖杯戦争後、ツカサの元へ訪れた英雄王から賜った小さな剣。それに手を加えて生み出した概念武装。
 クラウ・ソラスとは呼んでいるがケルト神話に出てくる光の剣とは完全に別物。王に与えられた剣もケルトとは縁のないものである。
 剣としての性能は中の下。セイバークラスの扱う聖剣魔剣の類には遠く及ばない代物である。
 ただし名の通り、この剣は不敗剣。『敗北』という因果・概念を遠ざけ、所有者に不敗の加護を与えるもの。つまりこの剣を持っている以上負ける事はない。
 ただし負けないと言うだけで勝てるわけではない。『勝利』を引き寄せる礼装を生みだすには素材も時間も技術も足りなかったため苦肉の策として造ったのがこの不敗剣である。
 王から頂いた剣を使っているのは刀身部分。柄と鞘は別物であり、鞘の方には剣とは違う機能が付与されている。(蒼崎橙子に使ったのはこの機能だが、英霊クラスの神秘には無力なため滅多に使わない)
 所持しているだけで不敗の加護が与えられるため、無理に武器として使う必要は無く、お守りとして持っているだけでもいいのだが、それでもツカサは武器として使い続けている。
 剣としての性能は並の宝具に及ばないが、効果は一級品。ちなみにツカサは与り知らぬことだが、この剣の素材になった王より賜れた財宝は剣というよりは銛のような、まるで槍の穂先のような見た目をしており、元から柄も鞘もなかったという。王にとって『特別』であるソレを与えるほどに、ツカサという『人間』を気に入ったということなのかもしれない。


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